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川島恭介の受難  作者: ゆきち
第四章:二つの祭りと二人

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第20話 明日の御予定は?

 あの夢から二ヶ月と少しが経過し、季節は夏となっていた。

 燃えるような太陽とやかましいセミの鳴き声が街中を熱気で包み、通りを歩く人々の体力をじわじわと削っていく。

 そんなある暑い夏の午後、俺は冷房の効いた喫茶店のカウンター席から、呆然と窓の外を眺めていた。

 夏休みということもあって店の前をたくさんの人が行き交っている。だが、相変わらずこの喫茶店の前で足を止める者はいない。

 皆一様に服やらうちわやらをパタつかせて楽しそうに歩いていく。

 そんなに暑いならこの喫茶店に入ればいいのにとか思うも、世の中そんなに甘くはない。

 俺は暇をもてあまし、思わずテーブルに乗せた腕に顔を埋めた。


「……桐島恭介、か……」


 ふと、顔も見たこともない少年の名前を呟いた。

 彼女は夢のなかで俺のことをそう呼んだが、俺の方は全く聞き覚えがない。

 その名前に関して色々と聞きたいことがあるというのに、あれからというもの、夢を見ることが無くなった。

 それはもうパッタリと。


「はぁ……やめよう」


 俺は考える事をやめた。

 どうもこういう一人の時間があると色々と考えてしまう。

 自分のことしかり世界平和しかり。

 いや、世界平和は違うか。自分のことでいっぱいいっぱいだし。


「何やってるの川島君?」


 アホなことを考えていると頭上から声がした。

 その声は若干呆れ混じりだ。


「ん? ああ、御島か。ちょっと世界平和について考えていたんだ」


「ふーん。今日お客さんは?」


「そんな適当に流さないでくれよ……まあ、お客は見ての通り、閑古鳥が泣いている状態だ。なんなら俺も泣きたい」


「泣けば良いと思うよ?」


「あの……御島さん? もしかして何か怒ってらっしゃる?」


 辛辣な御島の言葉に思わず敬語になる。

 何か怒らせるようなことをした覚えがない。というか今日の朝は会ったことなかったはずなんだが。


「別に……ちょっとむしゃくしゃしてるだけ」


「それを世間一般的には怒ると言うんじゃ……というか俺に当たらないで……」


 俺が恐る恐る返すと、御島はギロリと猛獣もビックリな眼光で俺を睨み付けると、スタスタと喫茶店の入り口へと向かう。

 そこでドアに手をかけるとこちらに振り返った。


「……図書館、行ってくる」


 それだけぼそりと言って、喫茶店から出ていった。


「全く……嵐かよって」


「呼んだ!?」


 そう呟くと待ってましたと言わんばかりの声で椎名が居間からにょきっと顔を出すと、こちらにとてとてと歩いてきた。  


「またややこしい奴が……というか、何で嵐って単語に反応してるんですか?」


「よく嵐のような子だと言われるからね!」


「分かってるなら少しは自重してください!」


 満点の笑顔で親指を立てる椎名に、軽く頭を抱えたくなる。


「先輩はもう少し周りの意見に耳を傾けて……」


「周りの意見に流されるだけの人生なんてつまらない! だからあたし、常に自分というもの持ってるんだよ!」


「それには同意ですけど、人の話くらい最後まで聞いてください! だいたい、先輩は自分というものが固まりすぎなんですよ! 少しは周りの意見も取り入れてください!」


「…………」


 早口で捲し立てると椎名は目を瞑り、無言になった。

 急にどうしたと首をかしげていると。


「あ、終わった? なら次はあたしのターン!」


 パチリと目を開けて、腕捲りしながらそう言った。


「全然聞けてない!」


「ちゃんと最後まで聞いた上での行動だよ川島君!」


「ならもう何言っても無駄ですね。俺が言った……」


「あ、それで、川島君って明日暇? 暇だよね? 明日……」


「って、おい!」


 面倒臭くなったのか、俺の話を無視し始めた椎名の言葉を遮ると、椎名はムッとした顔をする。

 え、なに? 俺が悪いの?


「川島君! 人の話はちゃんと最後まで聞かないとダメだよ!」


「だから、先輩がそれ言うのおかしいでしょ……。聞いて欲しかったらまずは俺の話を聞いてください!」


「えー、だってつまんなそうだもん」


「そんなことないですって! 将来ちゃんと先輩の役に立つはずです! だから聞いてください!」


「じゃあ何の話?」


「説教です」


 無表情でそう答えると椎名は声を張り上げた。


「何でよ! 川島君ちょっと頭が固すぎるんじゃないの?」


「先輩が柔軟すぎるんですよ!」


 思わず机をバンバンと叩いた。

 何でこう、俺の周りは変な奴が多いんだ。もう少しまともな奴がいたって良いじゃないか。

 俺は椎名を改心させることを諦めて、短くため息を吐くと用件を聞くことにした。


「……もういいです。それで、さっき何の話をしようとしたんですか?」


「ん? 聞きたい? 聞きたいんだね!?」


「全然。全く。これっぽっちも」


 少し得意げな顔でこちらに迫る椎名に対して冷たく返すも、全く怯む様子もなく「もぉ、ツンデレなんだから」などと言いながら頬をつついてきた。若干ムカつく。


「川島君って明日の夜予定とかある?」


「珍しいですね。先輩がわざわざこちらの予定を聞いてくるなんて」


 俺が嫌みっぽく言うと椎名はムッとした。

 だが実際珍しいのだ。

 いつもなら当日に何の思い付きか、無理矢理俺を引っ張っていっては面倒事になる。それなのに今回はわざわざ……もう一度言うがわざわざ予定を聞いてきた。これはもう、嵐やら台風やらあられやらが来るに違いない。

 俺が戦慄していると、椎名はムッとした。


「あたしだって予定ぐらい聞けるもん! いつもは唐突にやりたいことが降って湧いてくるから予定を聞く暇がないだけだもん!」


「いやいや、それでも『今時間ある?』くらい聞けるんじゃないでしょうかね!?」


 思わず声を荒げた。

 そもそも椎名の場合、暇があるとかないとか関係なしに、興味を持ったら何も考えずに『とりあえず』で行動してしまうんだろう。そう思えば、元気の良い子供と思えなくもない……年上だけど。

 俺はため息を吐くと、ジトッとした視線を椎名に向ける。


「じゃあ、明日予定があったらどうするんですか?」


「……なるべく本人の要望や希望には沿わせて頂こうかと」


「業者か! やっぱり無理矢理連れてくつもりなんじゃないですか!」


「だって! だってだってなんだもん!」


 言葉に詰まった椎名は訳の分からない言い訳をしだした。

 つか、だってだってなんだもんってなんだよ……。


「まあ、明日は予定ないんで大丈夫ですよ。それに、ここで断ったら後が怖そうですしね」


 実際今までの経験上、ちゃんと断れた試しがない。

 断る度に問答無用でイベントに参加させられる。それも自分がバスタオル姿だとしても、外まで追いかけ回して無理矢理話を聞かせるくらいだ。

 それならもういっそのこと身の振り方を考えといて、その時に備えた方が無難だ。


「それじゃあ明日はオッケーなんだね? 皆に伝えておくね」


 そう言って去ろうとする椎名を慌てて止める。

 そういえばまだ内容を聞いてなかった。


「待ってください。明日何を……」


 だが椎名はもうこちらの話に耳を傾けることはなく、そのまま店の入り口から出ていった。

 追いかけたいのは山々だが、まだ営業時間中の店を空けるわけにはいかない。

 まあ皆と言っていたし、無茶なことにはそうそうならないはず……そう信じたい。

 俺は自分にそう言い聞かせるように一口コーヒーを飲んで、ホッと一息ついた。


(何もなければ良いけど……)


 そう静かに心の中で呟いた。

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