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川島恭介の受難  作者: ゆきち
第三章:交錯する記憶

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第19話 夢と自分





『……恭介君』


 桜並木の下で、彼女は薄く微笑みながら坂の上でこちらを見下ろす。

 また同じ夢だ。

 彼女の名前はいまだに思い出せない。

 俺は何も答えずに振り返り、彼女の姿を確認する。

 だがその彼女に視線を合わせた瞬間、焦点が合わなくなる。

 表情はわかるのに、何故か顔が分からない。

 そんな奇妙な感覚に苛まれていると、彼女は口元に手を当てて小さく笑った。

 そこで思わず口を開いた。


「君は……誰なんだ?」


 その質問にまた彼女はクスリと笑う。

 少し様子がおかしい。

 いや、俺の見方が変わったからそう見えるのかもしれないが、今の彼女はすごく気味悪く見える。

 やがて彼女は口元に笑みを張り付けたまま口を開いた。


『あたしのことより、まずは自分の事を思い出した方がいいんじゃないのかな?』


「そう簡単に思い出せたら苦労しない……」


『それもそっか……』


 彼女は特に興味もなさそうに言った。。

 俺はそんな彼女の態度に眉をひそめると少女は『でも』と言葉を続けた。


『恭介君はそもそも、記憶を取り戻したくないんじゃないのかい?』


 まるで俺の心を見透かしているような物言いだった。

 それもそのはず。これは俺の中の記憶から作り出された光景なのだから。


「そうだな。出来ることなら取り戻したくない……だけど、そうもいかないだろ?」


『どうして? このまま黙っていれば、今の川島恭介は消えずに済むんだよ?』


 訳がわからないというように少女は首をかしげた。

 その姿は幼い子供のように無垢で、だがそれが……その姿こそが俺が自分の過去から目を背けていることを表しているのだと思わせられる。

 きっと俺は今の自分を心の底から失いたくないと思っているのだろう。

 だから綺麗事や失った川島恭介への罪悪感なんて忘れてしまえと、いつまでも悩んでいる俺に言っているのだ。

 それはまるで、悪魔の囁きのように。


『誰も君を責めたりしないよ。もちろん、死んでしまった川島恭介も』


「え……?」


 少し含みのある言い方をする彼女の言葉に思わず顔をあげた。

 だが彼女は特におかしな事を言ったつもりないというように、相変わらずとぼけたように首をかしげている。

 ただの杞憂だと思った。

 だが――。


『川島恭介はあの日、完全に死んだんだよ』


 そう突きつけるように彼女は言い放った。

 その表情は前に見たあの眩しかった笑顔が嘘のように、酷く冷たい。

 俺は動揺を抑えつつ、何とか言葉を絞り出す。


「完全に死んだって……どういう意味だ?」


 言葉の意味を内心では理解しつつ、問い返す。


『そのままの意味だよ。もう川島恭介は帰ってこない』


 そう言った彼女の言葉には妙に説得力があり、俺はふと否定の言葉が言葉に出そうになる。

 確かに思い出したくはない。だけど、前の川島恭介を否定することだけはしたくない。

 それに、気になる点もある。


「……俺が感じた、既視感は?」


 彼女の言葉が比喩でもなんでもないというのなら、俺がここ最近で感じた既視感に説明がつかない。

 だから次の彼女の言葉を聞いたとき、俺は余計に混乱した。


『その既視感については本物だと思うよ』


 もう意味がわからなかった。

 既視感があるなら、記憶が戻る可能性は十分あるはずだ。何故ならその既視感は記憶の残滓に他ならない。

 だが彼女は先程『川島恭介は帰ってこない』と、そう言った。

 言葉の矛盾に顔をしかめていると、彼女は言葉を続けた。


『だけど、そこから繋がる記憶は、恭介君の思ってるものとはまったくの別物』


「さっきから何を言ってるんだ? 別物ってなんなんだよ!」


 なかなか結論を言わない彼女に早口で捲し立てる。

 冷や汗が頬を伝い、何か俺の想定できない事実があるんじゃないかと焦りがつのる。

 そんな俺の心情を知ってか知らずか、彼女は苦笑すると口を開いた。


『それは恭介君が――』


 そう言いかけたところで、彼女は何かに気づいたように空をあおいだ。


『……時間切れみたいだね』


少し名残惜しそうに言う彼女は俺の方に顔を向けると、寂しそうに笑った。


「ちょっと待てよ! まだ話は――!?」


 そう言って、彼女の方へ詰め寄ろうとしたところで、それを邪魔するように真っ白な光が目の前を照らした。


「…………!?」


 思わず顔を庇い、目を細めた先に彼女はいつかの夢のように微笑むとこちらに手を振った。


『じゃあね――桐島恭介きりしまきょうすけ君』


 聞きなれない名前を残して。

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