第18話 ゲリラゲーム大会
◇
椎名と別れ、自分の部屋に戻ると時刻は既に19時をまわっていた。
お葉見会から帰ってきてから、ずいぶんと時間が経っていたらしい。
思えば、今日は肉体的にも精神的にもかなり疲れた……いつも通りな一日だった。
俺の相変わらずな生活にため息をつくと、ベットの上に倒れ込む。
するとすぐに睡魔が襲い、心地のよいまどろみが俺の意識を奪っていく。
「あー、もうこのまま寝れる……」
そうして目を瞑ったときだった。
俺の呟きに返答が返ってきた。
「お疲れのようですなー、恭介氏?」
「ほんとにな……ん?」
帰ってくるはずのない返答に、閉じていた目を勢い良く開く。
そこには悪戯ぽく笑う九頭の顔が目の前にあった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
俺は自分の声とは思えない悲鳴をあげ、ベッドから転げ落ちる。
そんな俺の反応とは対象的に、九頭は特に気にした様子もなく荒れたベッドの上であぐらをかく。
「お、おおお前は何やってんだよ! 心臓が止まるかと思っただろうが」
「いやいや、普通気づくと思うんだけど? 人がベッドに入り込んでたらさ。もしかして、わざと?」
「違うわ!? 今日は疲れてたの! 誰かがベッドに潜り込んでるとか気づかないくらい疲れてたの!」
俺の弁明に九頭は手をひらひらさせながら、ジト目で俺を見てくる。
何これ? 俺が悪いの?
「恭介君もやっぱり男の子だねー」
「そのエロ本を見つけた母親みたいな反応やめろ! 違うって言ってんだろ!」
「わかったわかった……でも驚きすぎだと思うよ?」
全く分かった様子もなく、笑いをこらえながら喋る九頭に若干の殺意を覚える。
絶対にいつか泣かす。
「それにしても、女の子がとなりに寝てた反応が『きゃぁぁぁ!』て……やっばい、笑いこらえるの必死だった」
「全然堪えられてないけどな」
さっきの俺の姿を思い出しているのか、九頭はまたくつくつと笑い始めた。
あんなのやられたら誰だって驚くと思うんですがね?
「さて、そんなことよりも」
「おい」
先程の出来事を『そんなこと』で片付ける九頭を止める間もなく、言葉は続いた。
「さあ、やるよ!恭介君!」
「何をだ?」
だいたい俺にとって良くないことなのは百も承知だが、一応聞き返す。そんな俺に『ふっ』と九頭は鼻で笑うと、布団の中から勢い良く何かを取り出し、高々と上げてこう宣言した。
「第五回、ゲーム大会を開催したいと思います!」
そう宣言する九頭の手には、某スマッシュ系格闘アクションゲームのパッケージがあった。
「…………」
「第五回、ゲーム大会を――」
「いや、それは分かった……いや、分からんわ。一から四はどこいったんだよ」
繰り返す九頭の言葉を遮ると、九頭はにこぉっと満面の笑みを浮かべた。嫌な予感がする。
「一から四は別の場所で行われているので、恭介君が知らないのは無理もないです」
「ならそんないかにも『恒例行事ですー』みたいな言い方するなよ……」
「何さ! さっきからやる気のないツッコミばかり。やる気あるの!?」
「ねぇよ」
即答する俺に若干ムッとしたかと思えば、また口許に笑みを張り付けた。
「恭介君……ずいぶんと他人事のようだけど、あたしがわざわざ君を呼ぶためだけにベッドに潜り込んでたと思うかい?」
「じゃあ、なんだって言うんだよ? まあ、どのみち参加するつもりはないけどな」
「それは無理だね」
九頭は即答すると「だって」と続け、大きく手を広げた。
そこで気づいた。
こいつが何故、ここにいるのかを。
だが、時既に遅すぎた。
「ここが、その会場なんだからさ!」
そう言ったと同時に、俺は九頭を押し倒す勢いで両頬を思いきり引っ張った。
「何してくれてんの? 誰呼ぶかは知らんけど、お前の交遊関係とか絶対ロクな奴いないじゃん! 俺疲れるの決定じゃん!」
「痛い痛い……頬をつねらないでよ!」
「今すぐ中止の電話を入れろ。今すぐに――」
突如聞こえたドアの開閉音と声が、俺の言葉を遮った。
「ねぇ、さっきからなんの……さわ、ぎ?」
振り返ると、俺達の姿を見て固まった御島がそこにいた。
そこで改めて俺も自分の状況を確認した。
ベッドの上で押さえつけた九頭の頬をつねっている。
実際はただそれだけなのだが、それはあくまでも主観的な話だ。
だがこの状況を客観的に見るとどうだろうか?
九頭を押し倒そうと迫っている図に見えなくもない。
俺はゆっくりと状態を起こすと、天井を見上げた。
「ハハッ……終わった……」
乾いた笑いがこぼれる。
このあとに弄られるであろう光景を想像したら、誰だって絶望するだろう。
そんな俺にポン、と目の前の九頭が肩に手を置いてきた。
「恭介くん……」
「何だよ?」
九頭は先程までの笑みを引っ込めると、真剣な目で口を開く。
「ドーンマイ!」
「ドンマイじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
俺が叫ぶと同時に、九頭はもう一度吹き出すように笑いだした。
「あっははは……修羅場だ……これ……くくく」
「誰のせいだと思ってやがる!」
全く悪びれない九頭の頬をもう一度引っ張る。
先程と同じく、また九頭に迫っているように見えなくもないが、
既に最悪の状況である今の状況がさらに悪くなる事態なんてそうそうない。つまり、もう何も気にすることもないわけだ。
「だいたいお前は――」
そこまで言ったところで、バタバタと複数の足音がドアの方から聞こえ、部屋のドアが再び開いた。
「おーい九頭? いつものメンバー連れてきた、けど……?」
「あ……」
声に思わず振り返ると、若干冷たい目をした御島と笑顔の引きつった小林と知らない顔四人がこちらを見ていた。
小林は何度か俺達と御島を交互に見ると、こちらに背を向ける。
「恭介……二股するならもっと上手くやれよな」
そう言ってゲーム大会の参加者であろう四人を押し返していく。
そこでようやく、状況が悪化したことに気づく。
「ちょ、待て! 違うから! 確かに本命彼女と浮気相手がバッタリな昼ドラ的状況に見えなくもないけど、これ修羅場とかじゃないから!」
九頭から離れると俺は弁解の言葉を叫ぶ。だが相変わらず御島は冷たい目のままで、小林は後ろ手でひらひらと手を振っている。
俺がこの面倒くさい状況を真っ青な顔で眺めていると、九頭はこちらに指を差しながら笑い転げていた。
「あっははは……さらに状況が悪化したよ……ははは」
笑う九頭の今の姿はとても女子とは思えないほど服を乱して、恥ずかしげもなく男のベッドの上で転がっている。
そんな九頭に今度は俺が冷たい目を向ける。
「お前みたいな、なんちゃって女の子との関係を疑われるなんてな……」
「な、なんちゃって女の子って何さ! あたしだって立派な女の子なんですけど!?」
俺の言葉にムッとした顔をしながら反論する九頭に「ふっ」と鼻で笑う。
「ちょっとちょっと! 今鼻で笑ったね!?」
「ああ、お前が立派な女の子とか……面白すぎるだろ。あー、腹筋いてーわ」
そう言うと俺は無感情にお腹を擦る。
「全然痛そうに見えないんだけど!? なにさなにさ、あたしが女の子だから、隣に寝てたのに気づいたとき驚いたんでしょ!?」
お返しとばかりに、再び九頭は誤解を招くような発言をする。
すると案の定、御島の目はスッと細くなり、背後の小林たちもその様子に息を飲む。
「ふん。お前が自称女の子(笑)だろうがクズだろうがゴミだろうがクソヤロウだろうが……」
「ねぇ、それって全部あたし? あたしなの!?」
自覚があるのか、すぐに気がついた。
自覚があるなら治して欲しいものだ。
「誰が寝てたって驚くに決まってるだろ? それで『あたし女の子ですぅ』とか言われてもねぇ……説得力ないって」
「ぐぬぬ……だけどね――」
「そもそも!」
九頭の反論の声を遮る。
「本当に女の子なら、そうやって男のベッドの上で服装乱しながら転がってるのはあり得ないだろうよ!」
「なっ!?」
言われて気づき、九頭は慌てて服装を整える。だが、色々と手遅れだ。
九頭は身なりを整えると、ベッドから足を下ろして座り直した。
その顔は若干赤い。少しは羞恥心というものがあるらしい。
俺はそんな九頭の様子に、若干の満足感を得ると優しく微笑みかけた。
「……そこで顔を赤くできるなら、まだお前は女の子かもな……」
「きょ、恭介くん……」
九頭は俺の急な優しさに瞳をうるっとさせた。そんな彼女に俺は……。
「たとえ、ゴミカスビッチクソヤロウビッチのお前でも……」
「ちょ、ちょっと……さっきより酷くなってるんですけど……というか、ビッチって二回も言ってるんですけど?」
「まだ、間に合うと思うぜ……多分……恐らく……きっと……」
「どんどん声小さくなってるし! そんなに保険掛けないと駄目なレベルなの!?」
俺は必死な様子の九頭から、そっと目を逸らした。
その意味を悟ったのか、九頭は慌てて俺の両肩を掴む。
「ね、ねぇ……嘘でしょ?」
「…………」
「なにか言ってよ!」
少し芝居かかったような台詞だが、きっと彼女は真剣なんだろう。
俺はそれに対して、心の真ん中くらいから答える。
「あ、じゃあうん……世界一可愛いよ」
「…………」
俺の全く心のこもっていない言葉に九頭は顔を伏せると、見かねた御島が声をあげた。
「あの、それはさすがに雑すぎるんじゃ……」
弱々しくフォローを入れた直後だった。
「やったぁ! 誉められた!」
「九頭さん!? それでいいの!?」
さっきとは一転した様子に御島が驚いていると、九頭はその場で満面の笑みをしながら跳び跳ねて両拳を握った。
そこで『ようやく終わったか』みたいな顔をした小林が部屋に入ってくる。
「小芝居は終わったか?」
「ん? ああ、ちょうど終わった」
「うん。楽しかったー」
「え? ……え?」
俺達の会話が理解できないのか、御島は頭に?を浮かべながらキョロキョロしている。小林が連れてきた四人も同様の反応だ。
そんな様子もお構い無く、九頭は話を進めてきた。
「じゃあ気を取り直して、ゲーム大会を始めよっか!」
「そうだな。恭介も参加するよな」
「せざるをえないでしょ。ここ俺の部屋だし」
「よし。決まりだね! 御島ちゃんは……って、あれ?」
九頭の反応に俺達は思わず振り返ると、御島は下を向いてプルプルと体を震わせていた。
どうやらこの中で一番やる気なのは御島らしい。その証拠に顔を赤くして、目の奥には強い炎が見えた気がした。
俺がうんうん頷いていると、突然小林と九頭の姿が見えなくなった。
「え? あれ? 何でお前ら、そんなに離れてんだよ」
訝しげな視線を二人に向けると、二人は何かに怯えるようにしてこちらを指差す。いや正確には、俺の背後を。
俺はゆっくりと首を回すと、先程まで何もなかったはずの御島の両手には、分厚い本が握られていた。
どこから出したんだよ! とかツッコんでいる余裕もなく、俺は僅かに後退りして二人に並ぶ。
「(お、おい……何であんなに怒ってんだ?)」
「(そんなの俺が知るかよ。原因があるとすれば恭介の方だろ!)」
「(そ、そうだよ! 七海ちゃんが怒ってるのは恭介君のせいだよ!)」
九頭も小林に便乗して俺を責めてきた。
「(俺かよ!? 俺なんも悪くないだろ! もとはといえば九頭が余計なことをしたのがそもそもの原因なのを忘れてないだろうな!?)」
「(関係ないよ! 押し倒したのは恭介君だもん!)」
「(だから、その誤解を招くような言い方やめろ!)」
「もういいかな?」
俺達がひそひそと醜い争いを繰り広げていると、冷たい声で御島が言った。
九頭はそんな御島に対して嫌々をするようにして後退していくもすぐに壁にぶつかる。
「あ、あたしは悪くない! 悪くなーい!」
その言葉にギロリと御島は眼球を動かすと、本を構えた。
「問答無用……」
感情のない声でそう呟くと、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
そんなときに小林はどこか諦めたようにため息をつく。
「俺今、ター○ネーター見てる気分だわ……」
「見てるというか、思いっきり当事者なんだけどな、俺ら……」
そんな下らない会話をしている間に、御島は少しずつ距離を詰めてきた。
「ど、どうすんだよ恭介」
「どうするって言われてもな……」
正直どうしようもない。どうしようもないのだが、前回食らった本ラッシュはガチで痛かったのでできるなら回避したい。だが、その方法がまったく思い付かない。
そんなときだった。
「二人とも……あたしに任せて!」
先程まで怯えていたはずの九頭が何を思ったのか、仁王立ちで俺達の前に出ると、自信満々にそう言った。
「「クズ!?」」
俺達が尊敬を込めた呼び方をすると、九頭は僅かに頬をひきつらせた。
「な、何か呼び方に引っ掛かるんだけどなぁ……まあいいや。ここはあたしに任せてもらおう!」
いやに自信満々な九頭に若干の不安を感じつつも、僅かに期待して聞き返す。
「任せるって、どうするんだよ?」
「相手の心に、直接話しかけるのさ……」
「「…………」」
沈黙が流れた。
「え? なに、この空気……」
俺達が微妙な顔をしていると、九頭は慌てて俺達を交互に見た。
そんな本気で「え?」とか言われても、意味が分からないものは意味が分からないのだからしょうがない。
俺はもう九頭に頼るのは諦め、適当に流すことにした。
「あーもう、分かったから。やるなら早くやってくれ」
「な、なにさ! そんなに言うなら見るがいいさ!」
そう言って今だに進行する御島の目の前に立つと、九頭は大きくてを広げた。
「七海ちゃん、あたし、あかりだよ!」
そして何をやるかと思えば、そんな語りかけるようなことを言い出した。
そんなふざけた方法でも、御島の足は止まり、俺達は安堵した。
動きを止めた御島に九頭は笑顔で駆け寄る。
「な、七海ちゃん! やっと正気に――」
「ふっ!」
九頭の言葉は最後まで続かず、代わりに短く息を吐いた音と、九頭の倒れていく姿があった。
「ぐふぅ……」
倒れるる九頭の姿を見た俺達は口を揃えてこういった。
「「あー、やっぱ駄目だったか……」」
あまりの予想通りの展開に思わずそんな声を上げる。
そうだよな……別に御島、自我を失ってター○ネーターみたいなことしてる訳じゃないもんな。だから心に話しかけたって、死ねとしか返ってこないわけだ。
御島は次はお前らだといわんばかり、こちらを振り返った。
「こ、小林、何とかして……って、あれ?」
小林に助けを求めようとしたところで、いつの間にか小林の姿が隣にないことに気がついた。
「えっ、あれ? こ、小林?」
慌てて振り返った先には、開け放った窓に手をかける小林がいた。
「恭介。地獄で会おうぜベイビー!」
「ちょ、ここ二階!?」
そう俺が止めるのも虚しく小林は親指を立てると、窓から飛び降りていった。
残されたのは俺一人。
そんな状況に呆然と小林の消えた窓の方を見ていると、ポンと肩に手が置かれる感触があった。
俺は後ろを振り返ることをせず、両手を上げた。だが、その行為は敵意あるなしに関係のない相手に対しては無意味だったようで、無情にも俺の背中に本が刺さった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
悲鳴が俺の部屋に響く。
この日、ゲーム大会は開かれることなくお開きとなった。




