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川島恭介の受難  作者: ゆきち
第三章:交錯する記憶

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第17話 食い違い



「記憶喪失?」


 椎名がコーヒーを飲む手を止めて、一息つくようにコーヒーカップを置いた。

 立ったまま話すのもなんだかなと思い、カウンター席に場所を移して俺の事情をある程度話した。

 記憶喪失。望月のこと。地元を離れた訳。最近、記憶が戻り始めたこと。その全てを話したんだが、椎名の反応は薄い。


「はい……そうなんですけど、あんまり驚かないですね?」


「……驚いてはいるんだけど、多分川島君が思っていることとは別の理由で」


「別の?」


 どこか勿体ぶるような言い方をすると椎名は、頭のなかを整理でもしているのか手元のコーヒーカップを見つめたままだ。

 そこまで複雑な箇所はないとは思うが、記憶喪失以外に驚くような部分なんてあっただろうか?

 俺がもう一度今の自分の状況を思い返していると、椎名がようやく口を開いた。


「川島君の地元はここじゃないんだよね?」


「そ、そうですね……それはさっきも説明した通りです」


 特に難しい部分でもないところを質問されたので、思わず動揺する。

 地元がここじゃないというだけで、別段おかしな話じゃないはずなのだが、椎名は俺が質問に答えると考え込んでしまった。


「どうしました?」


 様子のおかしい椎名に心配するように声をかけた。

 だが声が届いていないのか、ピクリとも反応がなかった。

 そしてその横顔は何かを必死で思い出そうとしているような、そんな表情だった。


「あ、あの……さっきからどうし――」


「やっぱり……少しおかしいかも」


 急に意識を戻した椎名が、俺の心配する声を遮るように言った。

 唐突な言葉に俺は若干戸惑うも、何とか口を開く。


「……どういうことです?」


「だって彼女……明日香ちゃんは、その時期あたしと同じ中学だったはずだから」


「え……?」


 俺は彼女が一瞬何を言っているのか分からなかった。

 望月がこの街の出身? それも事故が起きたあの日、中学二年生の夏はこの街の学校に通っていた?

 ここに来て矛盾が生じている。

 そして椎名は発言の裏付けをしていく。


「あのね、あたしが通ってた中学はソフトボールが強かったんだけど、それで表彰されたときに代表として出てきたのが明日香ちゃんだったの」


「な……」


「でも表彰されたってだけならあたしも覚えてなかったと思うんだけど……」


 そこで椎名は言葉を区切ると、言って良いのか迷うようにすると、やがて続きの言葉を口にした。


「当時は仲の良かった幼馴染みが亡くなって、部活に異常なまでに打ち込んでたって噂があったの。それはきっと、悲しい気持ちを紛らわせたかったからだと思う」


「部活については初耳ですが、幼馴染みが亡くなった話は本人に聞きました……。でも、学年が違うのに伝わってるってことは結構有名だったんですか?」


「多分ね……すごく明るい子で友達も多かったみたいだから」


「そうですか……」


 俺は彼女の笑顔を思いだし、納得する。

 確かに人当たりもよくて、明るくて、クラスに一人はいそうな人気者になっていそうだ。

 だけど、そんな負債を抱えて今笑顔でいられるのは乗り越えられたからなんだろうか?

 でも俺が初めて会ったときはその事で泣いていたから、もしかしたら今までの笑顔は全部作り笑いなのかもしれない。

 俺がその時の事を思い出していると「あと」と椎名は話を続けた。


「気になることはもうひとつあるよ。川島君の話には、地元に関する話が一切ない」


 言われてみればそうだ。

 そもそも地元では全く思い出せなかったものが、この街では色々と思い出すことができた。

 だけどそれは望月が過去の俺にとって重要な誰かだったから思い出したのだと思ったからだ。

 だがその前提はひっくり返ってしまった今、俺の記憶がただの夢物語である可能性が出てきた。

 公園で感じたあの既視感は思い込みで、望月は全くの赤の他人。

 何も変わってなんかいなかったわけだ。

 俺は受け入れがたい現実を突きつけられたように、思わず目を伏せた。


「つまり、俺が思い出したと思っていたものは実は幻想で、何一つ思い出してなんかいないと、先輩はそう言いたいんですか?」


「そうは言わないけど……もしかしたら望月さんがその、川島君にとっての重要人物とよく似た人だから、思い出したのかもしれないし……」


 思わずきつめに言った言葉に、椎名は自分がとんでもないことを言ってしまったことに気がついたのか、弱々しい声でフォローした。


「別に気を遣わなくてもいいですよ……らしくないですし。むしろ夢だと言われて、少しホッとしたくらいです」


 これは本心だ。

 なぜなら、これでまだ川島恭介を続けられるのだから。

 椎名は少し悲しそうな目をして、俺を見る。


「思い出したくないの? 自分の友達のこととか、親のこととか」


 そう言う椎名の表情は、とても悲しそうだった。

 それに思わず目を逸らした。


「……それは、思い出したいですよ」


 そして内心を吐露する。


「でも思い出したら、今の俺はどうなるんですかね?」


「そんなの、変わらないんじゃ。ただ今の川島君に記憶が足されるだけでしょ?」


「それならそれでいいんです……。けど…」


 俺はそこで言葉を区切り。


「そうじゃない可能性だってありますよね?」


「それって……」


「三年です……三年間、俺は別の人間として生きてきました。全く思い出せないまま、誰かとして」


 ここに来てからはなかなか楽しかった。

 何だかんだ文句を言いつつ、個性的な人達と過ごした日々は充実していた。

 それはもう、地元を離れて正解だと思ってしまうぐらいには。

 だから、記憶なんて戻らなくていい。

 今の俺が消えてしまうのなら、過去なんて要らない。今だけあれば十分だ。

 俺は自分の記憶に蓋をするように言い聞かせた。


「……俺は消えたくないんです……。ずっとここに居たい。ここで過ごした日々は本当に楽しかったんです……楽しかったんですよ……」


「川島君……」


 気が付けば、目の前が少し霞んでいた。

 まだ消えた訳じゃないのに、情けない。

 顔を隠すように後ろを向いた。

 そのときだった。


「大丈夫だよ……」


 優しく呟くような言葉が聞こえた直後、頭を暖かい感触が覆った。

 椎名が俺の頭を抱き締めていることにはすぐに気づいた。

 心臓の音が聞こえる。

 無意識でやっているのか、とても緩やかな音だ。


「川島君は消えない……それだけ思ってるなら大丈夫だよ」


 まるで子供をあやすように優しく呟く椎名の声に、俺は自然と体を預ける。


「だから、また元気な川島君に戻ってよ。ここ最近みたいな辛気くさい川島君、あたしやだよ?」


 そこで手を離して、椎名はどこか恥ずかしそうに笑った。

 こういう椎名の姿を見るのは初めてだ。

 いつもは周りを巻き込んで、俺を困らせて笑っているのに、いざ本当に困っていたらちゃんと話を聞いて慰めてくれる。

 いつもなら気味悪がっていただろうが、それでも、そのお陰でもう怯えるものがなくなった。そんな気がする。

 励ましてくれた椎名にお礼の言葉を言おうとして口を開きかけると、椎名は付け加えるように言った。


「それに、川島君の思い詰めた顔、すごく不細工だし」


「おい! えっ、ちょ、今結構良い話っぽく終わりそうだったのにそれをぶち壊すんですか? ていうか俺の思い詰めた顔ってそんなに不細工なんですか?」


「うん。それはもう!」


 椎名は満面の笑みでそう言った。


「力強く言いきりましたね……先輩の言葉にちょっと感動してたのに……。返して! 俺の感動返して!」


「いやだよ。そんなことより、解決したならそろそろ部屋に戻るね」


「は、はい……最終的に俺が傷付いただけなんですけど……とりあえず、ありがとうごさいました」


「どういたしまして」


 そう言って満足そうに微笑むと、部屋を出ていった。

 椎名が部屋を出てからふと考えてみると、最後に空気を壊したのは彼女なりの照れ隠しなんじゃないかと思い直す。

 その証拠に、部屋を出る直前の彼女の耳は赤かったように思う。

 もし本当に照れ隠しなら可愛いとこもあるもんだと、微笑ましく思えてくる。


「でも、小林も不細工って言ってたもんなー」


 つまりあれは彼女の本心で、思い込みだったというわけだ。

 そんな結論に至り、結局へこむのだった。

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