表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
川島恭介の受難  作者: ゆきち
第三章:交錯する記憶
15/34

第15話 お花見? お葉見




 そして、時刻は午前十時。

 俺達は舗装された道の外れの草むらにレジャーシートを広げて、並べられた重箱を囲むようにして座った。

 そしてそれをさらに囲むようにして、緑が生い茂る木が立っている。

 この状況を見てお花見、もといお葉見と思う者はいないだろう。言うならピクニックだ。といっても、皆の様子を見るに花とか葉っぱとかには全く興味はなく、楽しく飲み食いできればそれで良さそうだった。

 とりあえず真ん中に置いてある重箱を崩し、並べていく。

 お葉見に集まったのは、俺と椎名、御島、望月、九頭、小林の六人だ。

 小林は来ないと思っていたが、椎名達が来てからそれほど経たずにやって来た。

 どうやら、用事というのはすぐに片付いたらしい。

 重箱を並べ終えると、椎名がコホンと咳払いをひとつして注目を集めた。


「それでは……あーえっと」


 乾杯の音頭をとろうと椎名は口を開くが、どうしたのか急に口籠った。

 そんな椎名に皆もどうしたのかと顔を見合わせている。


「先輩、どうしたんですか?」


 俺がそう聞くと、椎名は一度まばたきしてこちらに視線を向けると、ニコリと笑った。


「これ、何の集まりだっけ?」


「おい」


 一瞬こいつは何を言っているのだろうかと思った。

 一応先輩ではあるが、思わず『お前……』とか言ってしまいそうな勢い。というかもう『おい』とか言っちゃってるし。


「えっ、ただのピクニック的なやつじゃないの?」


 と、九頭が声を上げるも、椎名はそれに対して納得がいってないのか「むむむ……」と唸っている。

 まあ、理由としてはきっと何もないのだろうが、切っ掛けはきっと俺が朝に聞いた、桜が綺麗に見える場所について質問したからだろう。


「ま、まあ、何でも良いんじゃないですか? 大体いつも意味なんて――」


「あ、思い出した!」


 俺の言葉を遮って椎名は何かを思い出すと、手を打った。

 どうせろくでも無いことだろうなと思いながら、耳を傾ける。


「川島君が急に桜を見たいって言ったんだった!」


「そんなわけ……えっ、あれ? 普通!? 合ってるんだけど!」


 いつもなら、話を断片的に混ぜて駄目な方向に持っていくのに、今回はそのままだったので思わず驚いてしまった。


「どこに驚いてるの?」


 変なところで驚く俺に御島は訝しげにこちらを見る。

 今回は俺がおかしい人扱いだ。いや、実際にこの状況だけ見たら確かにおかしいのは俺なんだけども……。


「と、とにかく、もう乾杯しましょ。ほら御島もコップ持って持って」


「う、うん……」


 俺は誤魔化すようにして急かすと、御島は曖昧に頷いてコップを胸の前まで挙げる。

 他の皆もそれにならってコップを挙げる。


「それじゃあ皆、このよくわからない集まりに乾杯!」


「「「「「……かんぱーい!」」」」」


 戸惑いながらも、声を揃えて乾杯し、各々が料理に手を伸ばした。

 乾杯から、しばらくすると望月が弁当に入っていたおかずのしきりに使われている草を箸で摘まんで疑問の声を挙げた。


「ねぇ、この草みたいな奴って何て名前だったっけ」


 望月は俺と小林の方に箸を向けて、首をかしげる。

 前にバラエティー番組で聞いたような覚えがあるが、名称については思い出せなかった。小林も同じなようで目を瞑ったまま首を捻っている。


「何だったかな……。変な名前だった気がするんだけど」


「うんうん。あたしもそこまでは覚えてるんだけど……」


 そう言って俺と望月が唸っていると、小林が「よし!」と急に膝を叩いた。


「なんだよ?」


「もしかして思い出したの?」


「いや、全く思い出せん」


 あっけらかんと言う小林に、望月は残念そうに視線を落とすが小林の言葉は続いた。


「だから、スマホで調べてみよう」


「おお、その手があったか!」


「ナイスだ小林! 現代っ子の鏡だぜお前は!」


「お前、それ誉めてないだろ……。まあでも、任せとけよ」


 そう言って親指を立てると、ポケットからスマホを取り出した。


「これ何て検索すれば良いんだ?」


「適当に『弁当』『草』みたいな感じで良いんじゃない?」


「そうだな、と」


 聞くと小林は手慣れた手つきで文字を入力すると、検索結果が表示された。

 その中の一番上に表示された『この弁当草生える』をタップすると、画面が再び切り替わった。

 俺と望月は横から画面を覗き込む。


『この弁当マジクソ笑wwwwwwww』


「「「そっちの草じゃねーよ!」」」


 俺達は声を揃えて誤った検索結果を出したスマホに突っ込んだ。

 この後、弁当に入っている草が『バラン』だということがわかった。




 料理も順調に減っていき、謎のお葉見会も終盤に差し掛かった頃、何かを思い出したかのように小林が声をかけてきた。


「そういや恭介、今朝は何かうやむやにされたが、何で急に桜が見たいだなんて言い出したんだよ」


「ん? だから言ったろ、確かめたいことがあるって」


「それが何かと聞いてるんだけどな……」


 中々口を割らない俺に、小林は不満げな顔をして烏龍茶を自分のコップに注いだ。

 小林には悪いが、記憶喪失なことは出来れば話したくないのだ。気を遣われたくないっていうのもあるが、一番の理由としては話が長くなる上にこの和やかな空気を壊す可能性があるからだ。


「んで、確かめてどうだったんだよ?」


「さっぱり分からんな。やっぱり桜が咲いてないと意味がないのかもしれん」


「そうかよ……。それは残念だったな」


「ああ、ホントにな」


 そう言って俺は手元を見つめて、夢の事を思い出す。

 あの子は一体誰なのか。夢でははっきりと見えていた筈の顔は、今じゃ霧が掛かったように思い出すことができない。

 だが、夢に出てきた場所はきっとここだ。

 今じゃ桜がなくてわかりづらいが、木の配置と構図が似ている。

 きっと俺は、一度ここに来たことがある。それも、記憶を失う前にだ。

 だが、何故今更になって記憶が戻る前兆が来たのか、沢山の思い出が詰まっている筈の地元では欠片も思い出すことが出来なかったのに、何故この場所なのだろうか。考えれば考えるほど分からなくなる。

 これは一体、何なのだろうか。


「ま、考えすぎるのも程々にしとけよ。最近、その不細工な顔が多いぞ」


「ぶさ……って、おい」


 料理に手を付けながら言う小林の言葉に吹きそうになるが、なんとか押さえる。

 俺が何かに悩んでいることを知って、こうして軽い冗談を言ってくれたのだろう。

 俺はそう信じている。


「それに、こういう時くらいは何も考えずに過ごした方が良いこともあるんだぜ。お前が何に悩んでるのかは知らんけど、騙されたと思ってやってみろ」


「小林、お前……」


 俺が小林の予想外の気遣いに両目をうるうるさせていると、恥ずかしくなったのか視線を逸らした。 こいつは何だかんだ言って……。


「ええ奴やなぁー。ホンマ惚れてまいそうやわ」


「何で急に関西弁なんだよ……。つか瞳をうるうるさせんな、気持ち悪い」


「どっちかというと京都じゃあ……」


 少しにやけながら言うと、小林はもう喋ることなく料理を口に運んでいく。

 俺はこの辺で勘弁してやろうと料理に手を伸ばそうとしたところで、ふと視線を感じた。

 箸を止めて、ギギギと首を横に向けると、瞳をうるうるさせてハンカチを噛む椎名の姿があった。


「うわ、こわっ!? えっ、何ですか先輩?」


「川島君のバカ! この泥棒犬!」


 訳の分からないことを言いながら先ほど噛んでいたハンカチでビンタしてくる。地味に痛い。


「ちょ、やめてくださいよ先輩。ていうか、泥棒犬ってなんですか」


「女の子が猫なら男は犬でしょ! この泥棒犬!」


「そんな安易な……。そもそも、何でそんな事言われないといけないんですか!」


「あたしから、大切なものを奪った」


「いやいや、何切っ掛けなの?」


 寧ろ奪われているのは俺の方なんだけど……尊厳とか?


「奪ったじゃん! あたしから、こ……」


「「「こ?」」」


 いつの間にかこちらに聞き耳を立てていた俺と小林以外の全員が口を揃える。


「こ……こ、コバヤカワ、ウバッタ」


「何で片言!? それに、誰ですかそれ!?」


 言ってて気づいたのか、椎名は目をスイスイ泳がせている。

 前から思っていたが、バスタオル姿で男の部屋に入ってきたりするのに、たまにこうして紅一点となる。椎名の羞恥の基準がわからない。


「……おい、小林。こばやかわってお前のことだろ? 助けてやれよ」


 俺は顔を椎名の方に向けたまま、内緒話をするようにして声のボリュームを下げて言う。


「……小林?」


 だが、いつまで経っても小林から返答が返ってこない。おかしいと思い後ろを振り返ると、小林は両耳を塞いでいた。

 どうやら助ける気はないようだ。

 そんなやり取りをしていると、椎名はバッと立ち上がった。


「そ、そんなことより! 料理も無くなったし、片付けをしよう」


 言われて正面を見ると、確かに料理はいつの間にか空になっていた。


「なっ!? 俺、まだ全然食ってないんだけど」


「おかしいな……さっきまでそれなりに量があったような気がしたんだが」


 いつの間にか耳を塞ぐのを止めていた小林がそう言った。

 確かに料理は椎名が紅一点になる前はそれなりの量があったはずだ。

 そう思いふと視線を正面へと移すと、こちらに背を向けている九頭の姿があった。

 他の皆も気づいたのか、自然と九頭へと視線が集まる。


「……九頭さん?」


 望月が恐る恐ると言った様子で九頭の肩に触れて、こちらに向かせると、両頬がリスのように膨れていた。


「「「「「…………」」」」」


 それを見た俺達は黙るしかなかった。

 しばらくすると、ゴクンと口の中のものを全部流し込み、満足そうにはにかんだ。


「……九頭、何か言うことはあるか?」


 俺が呆れ混じりに言うと、九頭は能天気に「んー……」と何事か唸り。


「ご馳走さまでした」


 九頭はそう言って、礼儀正しく手を合わせた。俺達はそれを見て遅れて「ご馳走さまでした」と手を合わせた。

 こうして俺の発言を切っ掛けに始まった謎の集まりは解散となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ