stage2-2 潜入! High-school
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氷狩映
逢沢雅影
渇川ツバメ
油藤智歌
▶️九野涙
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「へ、編入してきました、九野涙です。よろしくお願いします!」
規則正しく並んだ机と椅子。そこに腰かけてこちらに視線を向ける四十人近い少年少女。涙はこの状況下でよく噛まずに自己紹介ができたと、自分を褒めたくなった。
教室に響くまばらな拍手。最後に一度小さく頭を下げてから、涙は小走りで指定された席に着いた。
涙が着ているのは当然、ブレザータイプの制服だ。しかしそれは北海道の盟涼高校が指定する濃紺色のものではなく、宝丈学園高等学校が指定する緋色のブレザーである。首元にあるのもリボンではなくネクタイだ。
なぜこんなことに、という思いが溜め息となって霧散する。
事の始まりは二日前。土曜の昼に東雲探偵事務所に呼び出されたときのことだ。
「私が……編入?」
「だからそう言っている。同じことを何度も言わせないでくれたまえ」
椅子の上で、まるで紅茶でも注ぐように高い位置から麦茶を注ぐ沖丸が言った。
「学園に潜り込んで、ツバメと一緒に未確認生物を調べてほしい。初登校は明後日。まあ、君ならそつなくこなせるだろう」
「ちょ、ちょっと待ってください! いきなりそんなこと言われても」
「安心したまえ。編入手続きは全て、そこにいる礼奈さんがやってくれる。君は月曜の朝を待つだけでいい」
「そういうことを言いたいんじゃなくて……」
ちらと隣を見ると、ツバメがキラキラした瞳でこちらを見上げていた。
「ルイルイとお仕事……もしかして、初めてのキョードーサギョーってやつ!?」
「そ、それはちょっと違うような……」
苦笑しつつ、沖丸の肩をつつく。桐生院礼奈の視線を気にしながら、沖丸を部屋の隅まで連れていくと、その耳元にそっと囁いた。
「忘れてるかもしれないけど、私、トラベラーなんですよ? この世界じゃ十二年前の人間なんです。なのに高校に編入なんて……」
「忘れてなんかいないさ。トラベラーかどうかは関係ない。前の高校のことも言う必要はない。礼奈さんがうまくやってくれる」
「そんなこと言われても……」
「勉強についていけない、なんてことはないはずだ。なんたって君は一度高校二年生を経験しているのだからね。期待しているよ」
ポン、と背中を叩かれ、沖丸はまた椅子に座ってしまった。話すことはもうない、と言わんばかりに。
沖丸と入れ替わるように腰を上げたのは、高校教師だという桐生院礼奈だった。
「九野さん、どうかよろしくお願いします」
そう言って礼奈は綺麗なお辞儀を見せた。こんなことをされたのでは、涙は断るタイミングを完全に失ってしまう。
「えーと、その……」
左右に視線を這わす。右では沖丸が優雅に麦茶に口をつけ、左からはツバメの眩しい眼差し。
五秒ほど沈黙を貫いたあと、涙は部屋の角を見ながら細い声で告げていた。
「こちらこそよろしくおねがいします……」
なんであのときOKしちゃったんだろう。
そんな疑問を胸のうちで燃やしながら、涙は机に突っ伏したい衝動を必死にこらえた。
ホームルームが終わり、束の間の休み時間が訪れる。涙は特に何をするでもなく、ぼーっと窓の外を眺めた。青空に雲が二つ三つ浮かんでいる。
「未確認生物ねぇ……」
一人呟く。いわゆる宇宙人とかツチノコとか、そういう類のものだろうか。
今はまだ単なる噂話だと礼奈は言っていた。ならばまずはその噂を知る人物を探すのが先決か。
「といってもどうやって……」
「あの……」
外を眺めていた涙に、恐る恐るといった様子で声がかけられた。視線を教室に戻すと、涙の隣の席の女子生徒だった。
ブロンドの髪をショートカットにした少女だ。彼女は少しおどおどした様子で続きを口にした。
「未確認生物って、あの噂のこと?」
「たぶんその噂のことだけど……あなた知ってるの?」
少女がコクりと頷く。
噂を知る人物を思わぬ場所で発見し、涙は拍手しそうになった。棚ぼたとはこのことである。
「あなた、名前は?」
「桐生院日奈。よろしく、九野さん」
「桐生院……?」
涙は少女の髪をまざまざと見つめた。それが恥ずかしかったのか、日奈は両手で髪を隠した。
「な、なにかついてました……?」
「ううん、ごめん。ねえ、もしかしてお姉さんいる?」
「二人いるよ。礼奈お姉ちゃんのこと?」
「うん。同じ苗字だし、髪色も一緒だし、もしかしてと思って。お姉さんがもう一人いるとは思わなかったけど」
「礼奈お姉ちゃんが長女で、私は三女。真ん中の瀬奈お姉ちゃんも公務員やってるんだ」
「へぇ……すごいね、桐生院さん家は」
「そんなことないよ……そりゃあ、お姉ちゃんたちは憧れではあるけど……」
頬を染めてもぞもぞする日奈は、「それよりも」と話の舵を切った。
「未確認生物の話でしょ?」
「そうだった。なにか知ってるなら教えてくれない?」
「いいけど……こういう話好きなの?」
「ま、まぁ……」
調査のためです、なんて言えるわけもないので視線をそらしながら曖昧な返事をする。幸いにも日奈に不審がる素振りはなかった。
「それで? どういう噂なの?」
「私も断片的にしか知らないんだけどね……見たんだって」
「見た?」
聞き返すと日奈は顔を近づけ、もとより控えめな声量をさらに絞った。
「お化けだよ。深夜に学校に忍び込んだ生徒がお化けを見たんだって」
「お化け……」
ゴクリと涙の喉が鳴る。日奈は続けた。
「なんでも、とても背が高くて、手足がたくさんあるんだって……」
「手足が、たくさん……」
その姿を想像してしまい、ぶるっと体が震える。本当にこんなものがいるとすれば、それは迷い込んだ野生動物なんかでは決してないだろう。
「……そのお化けを見たって人は?」
「わかんない。私も噂を聞いただけだから」
そのとき、教室の前扉が開かれ、背の高い男性教師が入ってきた。
「席に着けー。授業始めるぞ」
思い思いに休んでいた生徒たちが一斉に座り出す。日奈と涙も居住いを正し、正面の黒板へ身体を向ける。
日直の号令に従いながら、涙は噂のことをずっと考えた。野生動物ではないのはいいとして、正体はお化けでした、では終われない。礼奈にそんな報告をしても納得してもらえないだろうし、仮に本当にお化けだったとして、放っておくわけにもいくまい。
この世界にも除霊師はいるのだろうか。涙はそんなことを考え始めていた。
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「夕方?」
目の前でツバメが放った言葉を、涙はだらしなくも鸚鵡返しをしてしまった。
時は昼休み。情報共有をしようと訪れた一年教室の窓際の席で、涙はツバメとその友人二人と一つの机を囲んでいた。
ツバメは雅影作のお弁当を頬張りながら喋る。
「うん。未確認生物は夕方に現れるんだって。大きさはこのくらい」
と、ツバメは自分の肩幅程度の大きさを示す。それから左右に座る友人たちに「だよね?」と問いかけた。
その問いかけに、制服を着崩した金髪の女子生徒が頷く。
「ああ。あたしが聞いたのはそのくらいのやつ。ニョロニョロしててすばしっこいとも聞いたな」
「なんか怖いですよね……」
反対隣にいた、黒髪ボブの女子生徒が呟く。こちらはまるで模範生徒のようにわずかな乱れもなく制服を着ている。
「私の聞いた噂と全然違う……」
「ルイルイの聞いた噂って?」
「深夜に、大きくて手足がたくさんあるお化けが現れるって噂。聞いたことない?」
一年生三人は顔を見合わせ、やがて三人とも首を横に振った。
「もしかしたら九野先輩が聞いた噂ってのは、尾ひれがつきにつきまくって原型がなくなったやつかもしんないすね」
金髪の女子生徒がチョコレートをかじりながら告げる。
「そんなことあるの?」
「たまにありますよ、こんな感じに噂が二分されること。基本こういうのって、どんどん大袈裟になっていくもんなんで」
「そういうものなのかな……」
「そういうものなんすよ」
パリッ、とチョコレートがいい音を立てる。
「実際、一年じゃ夕方の方の噂を知ってるやつがほとんどだったし。だよな医月?」
金髪少女が模範少女に投げかける。模範少女は噛んでいたサンドイッチを飲み込むと、はい、と応えた。
「午前中にできる限り多くの一年生に話を伺ったのですが、聞くのは夕方の噂ばかりでした。深夜の噂というのはレイラさんの言うように、話に尾ひれがついたものかと」
「だってさ、ルイルイ」
弁当箱に残っていた最後の卵焼きを頬張ると、ツバメは涙に問いかけた。
「というわけで、今日放課後しばらく張り込もうと思うんだけど……いい?」
「うん、いいよ。というより、私もそのつもりだし」
「よし、決まり!」
ツバメが両手をパチンと合わせる。
「ごちそうさまでした!」
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地平線に近づく真っ赤な夕日が、涙の影を校庭に長く伸ばす。
部活を終えて帰る運動部の姿を遠くに眺めながら、涙は隣をトボトボ歩くツバメに話しかけた。
「でないね、噂の生物」
「うん……あれだけ探したのにね」
午後のホームルーム終了後、弾丸のような速度で二年教室へやってきたツバメは、涙の手を引っ張って校舎の巡回を始めた。夏なので日は長く、まだ空は青かったが、逆に言えば校舎を端から端まで見て回ってもまだ夜は遠かった。
しかし残念なことに、どこを何度探しても、ニョロニョロとすばしっこい未確認生物は確認できなかった。それどころか動物のどの字もない。
「完全に骨折り損のくたびれもうけだったね」
「何それ?」
「頑張ったのに何も手に入らなかったときのことを、ことわざでそう言うんだよ」
「へー……ホネホネゾンのクタクタモウケか……」
微妙に違う言葉を口ずさんで、ツバメは足元の小石を蹴飛ばした。勢いよく校庭の縁を転がっていった小石は、やがて白いブーツにぶつかって止まった。
「あ」
と、ツバメが顔を上げる。白ブーツの主はコートのポケットから手を出すと、キザな仕草で前髪をかき上げた。
「やあ、調子はどうだい?」
「沖丸さん……なんでここに?」
「理由がなければ、可愛い助手の働きぶりを見にきちゃいけないのかい?」
「…………」
うげ、と心の中で呟く。続けて沖丸かウインクまでしてきたので、涙は思わず眉間にシワを寄せてしまった。
「そんな顔しなくてもいいじゃないか。僕たちは同じチームなんだから」
「はいはいそうですね。で? まさか本当に顔だけ見に来たわけでもないでしょう?」
「当然さ。僕は探偵だからね」
そう言って沖丸は近くのベンチに腰かけた。
「さあ、成果を僕に報告したまえ」
「…………」
「それがね、ホネホネゾンのクタクタモウケで……」
涙に代わってツバメが今日一日のことを話す。沖丸は黙って話を聞いていたが、ツバメが話し終えると足を組み替え「ふむ」と呟いた。
「ニョロニョロですばしっこい……それは蛇だと思うが……」
「やっぱり? ツバメもそう思う!」
「ただ、少し気になる点もあってね。この辺りに野生の蛇はいないはずなんだ。飼っていた蛇が逃げ出した、なんて話もない」
「それって……どういうこと?」
クエスチョンマークを浮かべるツバメに代わって、涙が予測を口にする。
「つまり、未確認生物の正体が蛇だとしたら、人の手によってここに連れてこられたってこと」
「もしくは……その蛇がゲームモンスターという可能性もある」
ゲームモンスター。その言葉が出たとき、空気が引き締まる感覚がした。
ウェイブの影響を受け、一時的にモンスター化してしまった人間をそう呼ぶ。KETOSの活動理由は彼らの救出であり、それが関わっているのであれば対応の仕方も変わってくる。
顔を見合わせたツバメが真剣な表情で言った。
「もしそうなら早く見つけないとね。人を襲うかもしれないし」
「どちらにしても明日以降だ。もうすぐ日が沈む」
沖丸の言う通り、夕日の底が地平線に触れていた。まもなく夜が訪れる。
沖丸はベンチから立ち上がると、踵を返した。
「今日はもう帰ろう。きっとこれ以上待っても出てこないさ」
「だね~。また明日かぁ」
溜め息を吐きながらツバメも歩き始める。涙もそれに続こうとして一歩踏み出したとき、背後に強い気配を感じて振り返った。
「ルイルイ? どうしたの?」
しかし、後ろには宝丈学園の校舎があるのみで、人ひとりいなかった。
「気のせい、か……」
沈みかけの夕日が目に染みる。眩しさから逃れるように振り向くと、涙は沖丸とツバメの背を追いかけて校門を出た。
東の空は、もうすでに夜の色が滲み始めていた。
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