stage1-2 Log inされたし非日常
セーブデータをロードしますか?
▶️YES
NO
プレイヤーを選んでください。
???
▶️逢沢雅影
???
???
???
『逢沢雅影』でゲームを始めますか?
▶️YES
NO
※ ※ ※
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※ ※ ※
沸騰した湯の中へ固さ設定したパスタを投げ込めば、勝手に茹で上がる。
切り方を選択した包丁を野菜へ当てていけば、勝手にカットされていく。
それはもはや料理というより作業に近い。しかし出来上がった特製パスタを見て、逢沢雅影は満足そうに微笑んだ。頭に乗せたハットを右手で軽く直す。
皿へ盛りつけた四人分のパスタを食卓の丸テーブルに並べていく。飲み物を注ごうとして、リビングへ入ってくる気配を察して振り返った。
「お疲れさまみんな。どうだっ……た……?」
雅影は固まった。入ってきたメンバーに見馴れない少女がいたからだ。
ブレザーを着ているので学生らしいことはわかる。星の形の髪留めをつけた彼女は、不安に満ちた表情で周囲を見回していた。
「お、いいにおい~」
一人ててっと駆けてくるのはショートカットの少女。横に跳ねた羽みたいな癖っ毛をぴょこぴょこさせながら、少女──渇川ツバメはテーブルについた。
いち早くフォークを握る彼女を横に、雅影は訊ねる。
「……その子は?」
「ごめん、起こしちった──ツバメのやつが」
「わたし!?」
自分の名前が出てくると思ってなかったのか、心外そうな顔でツバメが振り返った。フォークはパスタに潜り込む直前で止まっている。
「映だって一緒にほっぺぷにぷにしてたじゃん!」
「責任転嫁はよくないよ~ツバメ?」
白いメッシュを揺らしながら氷狩映がニヤニヤ笑う。挑発するようにツバメの右隣の席に座る。
「最初に触ってたのはどこの誰だったかな~?」
「で、でも映は起きてからもずっとぷにぷにしてたし!」
「どっちでもいい」
ぶっきらぼうな物言いが二人の声を遮った。油藤智歌は鋭眼でテーブルの料理を一瞥する。
「沖丸の分も作ってあるんだろう? もらうぞ」
言うが早いか、智歌はキッチンへ消えていく。その後ろ姿を、小鹿のように震える女子高生の瞳が追っていた。
「君、大丈夫?」
雅影はうんとマイルドに女子高生へ声をかけた。彼女がここにいる経緯も、今のやりとりで何となく把握できていた。
彼女は雅影の顔をしばらくじっと見つめたあと、こくりと頷いた。そこに畏怖や恐怖の震えはなかった。
雅影はメニューからマイプロフィールを開く。それを反転させ、読みやすいよう相手へ向けた。
「怪しい者じゃない。俺は逢沢雅影。こいつらの保護者みたいなところ」
表示されているのはプレイヤー名の他に、LvやHPなどのステータス。それをまじまじと観察してから、彼女は雅影を見上げた。
「ま…………逢沢さん」
「雅影でいいよ」
そっと微笑んだ。女子高生の頬に紅が差す。彼女はそれを誤魔化すように、見よう見まねで宙で五指を動かした。メニューはすぐに現れた。
ぎこちない指先でマイプロフィールが開かれる。彼女はそれに一度自分で目を通したあと、雅影がそうしたように反転させた。
[PLAYER]の文字の右下に、【九野涙/クノルイ】と書かれている。Lvは170。彼女は恥ずかしそうに顔をうつむかせた。
「は……はじめまして。九野涙っていいます。えっと……」
「うん」
「……よろしくお願いします」
「よろしく、涙ちゃん」
頬が紅みを増した。涙は左手で星の形の髪留めを弄りはじめる。
「相変わらず雅兄は流石だねぇ」
一足先にパスタを食べていた映が振り向いた。上がった口角に犬歯が見える。
「そんなんじゃないよ、映」
「無自覚って怖いなぁ。ツバメ、ああいうのを『罪な男』って言うんだ。覚えとくといいよ」
「それ、テストに出る?」
「100パー出る」
「出るわけないだろ」
ちょうどキッチンから智歌が戻ってきた。持ってきたパスタを空の席に置くと、椅子を引いた。ここに座れ、という意味らしい。
おずおずと涙が席につく。その両脇を挟むように雅影と智歌も椅子に腰かけた。丸いテーブルゆえ、全員の顔がよく見える。映とツバメのパスタはすでに半分ほど減っていた。
「じゃあ、俺たちも食べようか」
「あ……あの!」
合わせかけた手が止まる。五人もいるテーブルで、涙はまっすぐ雅影だけを見てきた。
「え、えっと……」
しかし、いまだ整理がついていないのだろう。二の句が継がれることはなく、彼女は黙りこんでしまった。智歌がグラスに水を注ぐ音だけがやけに響く。
「……言いたいことはわかる。目が覚めて見覚えのない場所にいたら誰だって驚くよね」
「だが気にすることはない」
智歌がピッチャーを涙の前まで滑らせた。中の氷が暴れ、ガランガランと音が鳴る。
「ログイン直後は記憶があやふやになることが稀にある。そのうち思い出すから心配するな」
「ろぐいん……?」
「智歌?」
雅影は顔をしかめた。智歌が何を言っているか分からなかったからだ。
智歌が一瞬だけ雅影を見た。その目は「黙っていろ」と語っていた。
「簡単に言えば、ゲームの世界に飛び込むことだ。私たちが今いるここは現実じゃない。電脳空間だ」
「でんのう、くうかん?」
「……なるほどねぇ」
小さく呟いたのは映だった。皿の上の少量のパスタをフォークでかき混ぜている。
「ナナちゃんさ、ゲームタワーって知ってる?」
「ゲームタワー、ですか?」
聞き返した涙の左隣、智歌の眉がひくついた。
構わず映は続ける。
「そう。灰瀬……じゃなかった、名古屋にある世界最大級の研究施設。専門が主にゲーム空間だから、通称ゲームタワー。この電脳空間はゲームタワーで行われている実験のひとつで、俺たちはその被験者ってわけ」
智歌は不機嫌そうな顔でじっと映を睨んでいる。
雅影は涙に目をやった。顔色を見るに、先ほどまでと比べてだいぶ落ち着いたようだった。
「それって、私は自分から志願してここにいるってことですか?」
「もちろん。バイトみたいな感じでね。実験の規模が規模だし、これも弾むよ~?」
人差し指と親指をくっつけて、映は輪っかを作った。それを見た涙は面持ちを改め、「なるほど……」と呟いた。
しかしそのすぐあと、小首をかしげる。
「でも……私、ゲームなんてしたこと──」
「雅兄おかわり!」
雰囲気を裂いて、元気よく皿を差し出したのはツバメだった。文句のつけようがないほどのきれいな完食っぷりであるが、一同の視線はそこには集まらなかった。
ちょこんと、鼻の頭にクリームソースがついているのである。
「…………ぷっ」
映が吹き出した。つられて雅影も失笑する。
「なに、二人とも?」
「別になんでも?」
そっぽを向く映。雅影は手を伸ばして、鼻のクリームソースを指でぬぐった。
「あ、いつの間に。全然気づかなかった」
「器用な付け方するよね。これパスタだよ?」
微笑を浮かべながら、雅影は空の皿を受け取って席を立った。
思い出したように涙がフォークを取る。置かれてそれっきりだったパスタをフォークに巻きつけると、口へと運ぶ。
「あ……おいしい」
「ありがとう涙ちゃん」
微笑みを涙へ向けると、その頬が再び紅くなった。雅影から視線を外し、もじもじとパスタを巻いていく。
その様子を少しだけ不思議に思いながら、雅影はキッチンへ引っ込んだ。
※ ※ ※
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※ ※ ※
その後、ツバメはパスタを三杯もおかわりした。相当おなかがすいていたらしい。多めに作ったはずだったが、フライパンは見事に空になった。
沖丸の分はまた別に作らなければと考えながら、雅影はキッチンで洗い物をしていた。といっても、洗剤を食器に当てて、現れた泡を汚れもろとも水で消す、ただそれだけの作業だ。そこにスポンジは存在しない。
洗い物をすべて終えると、雅影はメニューからエプロンの装備を解除した。リビングへ戻るとツバメが一人、冴えない顔でテーブルで唸っていた。
「どうしたのツバメちゃん?」
「えっくすわいひくさんえっくすはきゅーえっくす」
「は?」
棒読みのようにツバメは呟いた。手元のディスプレイには【xy-3x=9x】【y^2=24x】という数式が写されている。連立方程式というものだ。
「わいとちっちゃいにはにじゅうよんえっくす」
「……それは二乗って読むんだよ。その数を二回かけるって意味」
「わいかけるに?」
「そういうことじゃないんだ」
ばたん、とツバメがテーブルに伏せる。両手両足をバタバタさせて「だぁ~~~!」とわめき声をあげた。
「なんでこんなこと勉強しないといけないの!? こんなの電卓でイッパツじゃん!」
「そんなこと言ってないで。ほら、貸してごらん」
雅影は隣に座り、連立方程式を丁寧に解説した。二乗の意味もしっかり教えると、ツバメの表情がだんだんと明るくなった。つたない指先で方程式を解きにかかる。
「ところでみんなは?」
「ルイルイは沖丸ちゃんの部屋のベッド。たぶんもう寝てると思う」
「……ルイルイって、涙ちゃんか」
【xy-3x=9x】が【xy=9x+3x】に変形する。そこから一度【xy=12xx】を経て【xy=12x】にたどり着く。
「映と智歌は?」
「さー? 見てないけど」
「……なんで智歌はあんなこと言ったのかな」
ぴたりと、ツバメの手が止まる。
「ログインとかのこと?」
「うん。映もそれに乗っかるし……なにか考えがあってのことだとは思うんだけど……」
「私もそう思う。智歌ちゃんこっそり『余計なことは言うな』って耳打ちしてきたから」
【y=12】を特定したツバメは続けて【y^2=24x】を解いていく。【12×12】を筆算で割り出そうとしたときだ。
「12の二乗は144。で、xの解は6だよ」
入り口から声がした。見ると映が得意そうな顔で立っている。その脇には智歌もいた。相も変わらず機嫌はよくないらしい。
ツバメは口を開けたままプルプル震えていた。ショートケーキの上のイチゴを盗られたときの子供のような顔である。
「なんで答え言っちゃうの!?」
勢いよく立ち上がったツバメが怒声をあげた。目尻には悔し涙が浮かんでいる。
「いいじゃん別に。数学嫌いでしょ?」
「嫌いだけど、それとこれとは別だもん!! もう少しで解けたのに……」
「これは映が悪いよ。ツバメの宿題なんだから」
雅影はハンカチでそっとツバメの涙を拭う。ツバメは半分不貞腐れながらディスプレイに解答を記入した。
「宿題は結構だが、そろそろ時間だ」
腕時計を見ながら智歌が告げた。リビングのデジタル時計はまもなく九時半を示す。
「そっか……じゃあ続きは帰ってきてからだね」
「せっかくノってきたのに……」
ぶつぶつ言いながらもディスプレイを閉じ、ツバメはリビングを出ていった。すれ違いざま、映にべーっと舌を出すことも忘れずに。
「まったく、お子様だねぇ」
「お前が言うな」
吐き捨てて智歌が去っていく。続けて映と雅影もリビングを後にした。
玄関を出た先は細い路地だ。昼間ですら閑静な場所で、ましてやこんな夜中に通行人などいるわけがなかった。
それでも周囲に最大限の注意を払い、四人はメニューを開く。【装備】項目から各々、特異な衣装を選択して身に纏う。雅影は紺の貴族服、紺のハット、金色のマスクに装いを変えた。
「行くぞ」
グレーのマスクと黄色の袴姿になった智歌──もといカグヤは、器用に壁を蹴って隣の建物の屋上に上がった。夜空に浮かぶ月がその姿を際立たせる。
雅影たちも屋上に飛び上がる。色とりどりの東京の夜景が視界に広がった。
「ねークラウン。美術館ってどの辺?」
チャイナドレス姿のツバメ──すなわちファルコが訊いてきた。クラウンというのは雅影の呼び名である。
クラウンは月とは反対の方角を指差した。
「あの辺。パトランプもたくさん見えるでしょ?」
「ほんとだ……ゲンジューケーカイだね」
カタコトにも近い発音でファルコが呟いた。おそらく意味はよくわかっていないだろうに、鳥形マスクからのぞく双眸だけはとても得意気だった。
「気合い入ってるねぇ警察も」
白黒タキシード姿の映──ゼロがパトランプを眺め下ろして笑った。夜風に白いメッシュが揺れる。
「油断は禁物だよ、ゼロ」
「わかってるって」
わかってなさそうな返事をして、ゼロはメニューを出す。あるページを開くと、それを三人に見せてきた。
「……これは……?」
クラウンは訊ねる。彼はニヤリと牙を出した。
※ ※ ※
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※ ※ ※
中央蘭堂美術館。茶色に縞模様が入った独特の外壁が、眩しいほどのライトに照らされ煌めいている。
三階建てのその建物を囲むのは無数の警官たちだ。来場者用の正規の出入り口はもちろん、スタッフのための裏口、非常口も警官が配置されている。近づこうものならハイエナのごとく飛びかかってくるのは想像に難くない。
「あ~んな怖い顔しちゃって。疲れないのかなぁ」
高い樹木の上からゼロが非常口を見下ろした。規則的に並んだ警官たちに陣形を崩す気配はない。監視ロボットのようにただ広範囲に視線を向けている。
考えるまでもなく死角はない。地上に降りた瞬間、見つかるのは避けられないだろう。
「ファルコちゃん」
クラウンは隣の樹木にいるファルコに声をかけた。
「あとどのくらい?」
「んーっと……あと二秒くらい」
二秒も待たずして遠方から喧騒が聞こえた。ロボットのようだった警官たちの注意が一斉にそちらを向く。それと同時に、彼らの無線機に声が届く。
《諸君、怪盗が現れた。場所は美術館入り口。警備を担当していたE班が催眠ガスで全滅したらしい。各班、至急応援に回ってくれたまえ》
「了解!!」
怖い顔をさらに怖くして警官たちがぞろぞろと捌けていく。三分の一程度まで数が減ったのを見て、ファルコはふんと胸を張った。
「どお? 完璧でしょ?」
「いいよファルコ。催眠ボム仕掛けてくるだけのサルでもできる仕事だけどよくやった」
「むぅ、絶対バカにしてるでしょ」
「無駄口を叩く暇があるなら集中しろ」
桃色の球体を握ったカグヤが、わずかな警官たちを睨み下ろす。
球体が投げ捨てられる。それが地につく前に、警官たちが反応するより前に、カグヤはそれを和傘で撃ち抜いた。
「うおっ、なんだっ!?」
たちまち桃色の煙が広がり、警官たちを飲み込む。煙はすぐに晴れ、現れたのは、無防備に寝顔をさらす警官たちだった。
「やっぱ効力すごいわそれ」
ゼロが樹木から飛び降りる。すやすや寝息をたてる警官に顔を近づけると、敬礼をしてみせた。
「ゴクロー様でーす」
「そうやって九野涙を起こしたのは誰だ?」
警官たちに目もくれずカグヤが非常口へ近づく。ドアノブを回してみるが、鍵がかかっているらしく開かなかった。
「やはりか……」
鉄の扉をペタペタと触っていく。その背中にクラウンは問いかけた。
「カグヤ、いけそう?」
「任せろ」
改めて、彼女はゆっくりと扉に触れる。その指先が扉に吸い込まれた。
そのまま手が、腕が、そしてカグヤの全身が扉の向こうに消えた。それから少しして解錠の音が鳴る。
扉が開き、顔を見せたのはカグヤだった。
「早く入れ。そのうち巡回が来る」
三人は館内に足を踏み入れた。左右には眠らされた警官が倒れている。
内装は外壁とは一変、雲のような真白色だった。汚れの一つも許していない空間に、いくつもの絵画や美術品が並んでいる。
「こんなときくらい片せばいいのに……」
それがクラウンの素直な感想だった。警官を大量に導入する事態になっても、絵はいつも通り額縁に閉じ込められている。
「だよねー。俺らが盗むかもとか考えなかったのかなぁ?」
「それは俺が許さないよゼロ」
「ジョーダンだって」
迷路のように複雑な廊下を、ゼロは進んでいく。
「余計なものを盗んでる暇はないからねぇ。ちゃっちゃとお目当て盗って帰りますか」
「おー!」
ファルコが拳を振り上げた。そのときだった。
後方からわずかな物音がした。
「誰だ!?」
「ひゃあっ!?」
向けられた和傘の銃口。悲鳴をあげたその人物を見て、カグヤは目を見開いた。
真っ白な廊下の端。美術品の台座の陰で尻餅をついたのは、九野涙だった。
「あ、ルイルイだ。やっほー!」
駆け寄ろうとしたファルコの襟首をゼロがつかむ。
「うぇっ」
「能天気かお前は」
ファルコにデコピンを入れると、ゼロはにこやかな笑顔を浮かべて涙の前に片ひざをついた。
「よくついてこれたねぇ。大変じゃなかった?」
「あ、あの……皆さんはいったい何を──」
「貴様!!」
涙のか細い声が怒号にかき消された。乱暴にゼロを押し退け、カグヤが涙の胸ぐらを掴み上げる。
「貴様、なぜここにいる!?」
荒れていた。普段の冷静な彼女からは想像もつかないほど、感情が顕になっていた。彼女をつかむ拳にどんどん力がこもっていく。
「く……くるし、いです……」
「答えろ!! なぜここにいる!? どうして起きていられる!?」
「やめろ智歌!!」
クラウンの一喝でカグヤが我に返る。緩まった手から崩れ落ちた涙は、へたりこんで幾度も噎せ返っていた。
※ ※ ※
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※ ※ ※
ここまでの冒険をセーブしますか?
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