出会い 1
『我は契約を知るものなり』
意識を失う直前、遠いところから声が聞こえた。
『風を知るものよ、業火をまといしものよ』
一言聞こえる度に、心かざわめく。耳を傾けずにはいられずにいられない。
『我が喚ぶ声に応えよ!』
行かなくては――強く、そう思ったことだけ、覚えている。
***
(暗いな……)
目を開けて最初に見えたのは、今にも雨が降り出しそうな曇り空だった。
(苦しい……)
雨が近いからか、空気が重たく濁っている感じがする。焦げたような臭いも、息苦しさを助長している。周囲が曇って見えるのは、もしかしたら煙のせいかもしれない。
(煙……?)
煙があるなら火があるはずだ。まさか大木が燃えているのだろうか。ついさっきまでのどかなだった丘に、何があったのか。
「――なんだそれは!」
いきなり罵倒された。むかっとしながら、行哉は首を回した。こんな時、鳥の首はよく回って本当に便利だ。が、その喜びも髭面のむさ苦しい顔でかき消される。
「そんなものしか喚べないのか!」
(誰だこいつ?)
言い返してやろうかと思ったが、目をむき出しにして声を荒げている男は、行哉に怒鳴り散らしていたわけではなかった。行哉はまた首を回した。そこにいたのは、若い男だった。こっちは髭は生やしていないが、それなりにむさ苦しい。
(どこだ、ここ……)
幼獣保護区から、どうやってこんな所に来てしまったのか全く覚えがない。話を聞こうにも、目の前の二人は話しかけづらい雰囲気だ。
(何言ってるのかわかるけど、日本人じゃないよな……?)
顔つきもそうだが、二人が着ている服も見慣れない民族衣装のようだ。気になるのは、あちこちが破れていて、汚れが付いていることだ。疲れの色が濃い顔を見ても、大変な目に遭ったと思われる。
「申し訳ありません! しかし全力を尽くします!」
若い男は背筋を伸ばして答えると、行哉を見下ろした。よく見れば、行哉は男の手のひらの上に乗っていた。
「頼むぞ」
(なにがだ?)
行哉は首を傾げた。男と目が合ったとき、息苦しさが強まった。大きな手でぎゅっと握りしめられているかのようだ。飛べないことを行哉は悔やんだ。飛べれば、こんなイヤな場所からさっさと逃げ出せたのに。
男は行哉を軽く握ると、遠くの一点を見つめて、叫んだ。
「行け――バーニングバード!」
(は?)
ナニソレ、と聞きかえす間もなかった。
(うぉっ!?)
男は行哉をオーバースローで放り投げた。ぐんぐんと地面が遠くなり、風と熱を感じた。
(あつっ――くない?)
周囲で炎が舞い踊っている。火の中にでも放り込まれたのかと驚いたが、火傷するような熱は感じない。そもそも行哉はまだ宙を飛んでいる。
(俺……燃えて、る?)
周囲の炎は、行哉の身体を覆っていた。第二の羽毛のように馴染んでいて、輝いている。まさに火の鳥だ。
(なんだこれ、すげー綺麗)
見とれていると、全身に衝撃が走った。炎が一瞬、大きくなる。
(っ!?)
何かにぶつかった――頭で理解した瞬間に、視界がまたブラックアウトした。
***
「――いてえ!」
痛みは、遅れてやってきた。体勢を立て直すこともできないまま、行哉は落下した。今度は、さっきより少しだけ柔らかい衝撃がやってくる。例えるなら、最初の衝撃が『ガツン』であったら、次は『ぽすん』というくらいに柔らかい。
(柔らかい……?)
一回弾んで勢いが落ちたところで、行哉は顔を上げた。思ったとおり、地面の上ではない。少なくとも、行哉が知っている地面はこんな真っ黒な毛むくじゃらではない。
「……なんだお前」
唸るような声がした。行哉は振り返って固まった。金色の目、三角の耳、細い鼻面と順に見たところで、じわりと腹の底が冷えてくる。
(犬、かな……)
どうやら自分は、大きな犬の上に落ちたらしい。
(いや、俺が小さいんだけどな!)
犬の正確なサイズはどうでもいい。行哉は素早く周囲を探る。犬は、どうやら寝そべっていたようだ。それでも地面まで飛び降りるには、少々勇気が必要な高さだ。が、迷ってはいられない。相手はひと噛みで行哉のライフを0にできるのだ。
「え、っと……昼寝の邪魔して悪かったよ……?」
そろそろ後ずさりする行哉に向かって、犬は口を大きく開けた。
お読みくださってありがとうございます。
ちなみに主人公は犬と狼の区別が付いていません……




