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召喚 5

(一ヶ月の鳥人生……いや、鳥生活か)


 行哉は虚ろな目を室内に向けた。

 一ヶ月の仮住まいとなった巣箱の中は、二十畳のワンルームといったところか。窓は無く、壁全体が日差しを通しているかのような柔らかい光を放っている。室内でもぽかぽかという音が聞こえそうだ。そんな、ほんわかした空気によく合っている藁山と、不似合いな衣装ダンスが、鳥型幻獣となった行哉が持つ全てである。


(変なゲームなんかやるんじゃなかった……)


 もふっ、と行哉は藁山に頭を突っ込んだ。息苦しくないし、暖かいし、このままこうして一ヶ月、何もしないで過ごしていたい。


(だいたい、そんな重要な選択なら、利用規約なんかに入れるなよな! 始める前にでっかく出しとけよ! 普通、とばすに決まってるだよ! つーかこんな契約無効だろ!)


 契約?――ぼふっと、行哉は顔を引っ張り出した。今、何か大事なことがよぎった気がする。


「トリさん、どうしたんですか? 何かいいものありました?」

「ねえよ。いいから頭突っ込む前に聞けって。シアン、俺が利用規約に同意したから召喚されたって言ったよな?」


 行哉の真似をして頭を藁の中に突っ込もうとするシアンの首根っこを掴まえ――ようとした結果、翼で顔周りを撫でただけに終わったが、シアンを思いとどまらせることには成功としたのでよしとする。


「へっぶし!――はい、言いました☆」


 オヤジくさいくしゃみで藁を吹き飛ばして、シアン。行哉は危うく直撃を食らうところだった。


「きったねえな。つか、それって、さっき言ってた本体丸ごと召喚の方になるんじゃないのか?」

「へ? ああ、違います☆ あの契約は、幻獣の存在意義みたいなものですから☆」


 行哉が分からないという前に、シアンは説明を始めた。


「幻獣界は人間界と影響し合って存在しているので、人間界に移動することを前提として存在しています☆ でもトリさんは人間さんですから、幻獣界に移動することを前提に生まれてません☆ ですので、その前提条件を一時的に外す契約が必要だったんです☆」

「へぇ」


 意外と細かい規約が張り巡らされているようだ。召喚というのはそれらの契約を一つずつクリアしていくことなのかもしれない。ゲームの召喚師が、派手な召喚術の裏で契約条項を確認しているところを想像すると微妙な気持ちだ。


「じゃあ、丸ごと召喚の契約じゃないって事でいいか?」

「良いです☆ そうじゃないと人間のトリさんが丸ごとこちらに来てないとおかしいですよ☆」

「俺の意識がここにある時点で既におかしいんじゃなかったのか……?」

「トリさん細かいですぅ☆」

「細かくねえ!」


 身をよじりながら、シアンは藁山から飛び出した。そのまま空中で一回転を披露する。行哉の巣箱は天井も高いので、そんな芸当も可能だ。


「さて、それじゃもうお話はいいですか? お出かけしましょう☆」


 強引に話を打ち切られたが、これ以上はなすことも思いつかない。黙り込んでいたらシアンに藁山から引っこ抜かれた。


「うおっ!? 待て、出かけるって、どこにいくんだ?」

「そうですねえ、まずはおうちの周りを一周して、そのあとはトリさんが気になるところにどこまでも!」

「どこまでも、って……途中で落とすなよ?」


 釘を刺すと、シアンは、うふふと笑う。


「ご安心ください☆ トリさんが独り立ちするまで危険な目に遭わせたりしません☆」

「さっき落としたよな……な?」

「アレは妖精ジョークですから☆」

「……」


 イマイチ信用できないが、シアンを頼らざるを得ない状況だ。巣箱の出入り口は天井付近に一つあるだけで、飛べない行哉は落とし穴にはまったのと変わらない。これでは食事もトイレもままならない。


「あ、そういや、俺、メシはどうなるんだ?」


 雛鳥のエサと言えば、親鳥が一度消化したものを口移しでもらうものとしか記憶していないが、行哉には親鳥がいない。いたとしても、そんな食事は御免被りたい。

「特に食事、というものはないんですよね☆ 空腹というものがそもそもよく分かりません☆ たまに『魂の水』を飲んだりそこで水浴びしたりするのが、トリさんの言う食事に近いかもしれません☆」


 幻獣界では各種族毎に『魂の水』と呼ばれる水の池や湖が存在するが、必ずその水を摂取しなくては生きていられないというわけでもなく、気が向いたら疲れを癒やす程度だそうだ。


「トリさんはもっと大きくなって、一人で飛べるようになってからですね☆ 私は妖精族ですから、トリさんの『魂の水』に近寄れませんので☆」


『魂の水』り場所は、種族の最大の秘密なのだそうだ。

 食事がないというのも味気ないが、仕方がない。さっきからしゃべりっぱなしなのに喉も渇かないし、少しも腹が減っていないのも事実だ。幻獣生活が終わったらめいっぱい食べてやると考えても、食べたいものが思い浮かばない。


(食わないって事は、トイレも必要ないって事か)


 台所も洗面所もない理由が、分かった気がする。代謝がないなら風呂も不要だ。睡眠欲はあるようだから、この快適な藁山だけあれば行哉は生活できることになる。


「行くか」


 ぷるっと頭を振って、人間を捨てかけた自分を戒めた。


「はいです☆」


 元気よく応じたシアンは、行哉を抱えたまま垂直でなく、水平に移動した。


「おい、外に行くんじゃないのか?」

「行きますよ、っと☆」


 シアンは行哉を抱えたまま壁に当たる直前で止まった。一度行哉を下ろすと、壁をぺたっと触る。


「……」


 壁が外側に開いた。爽やかな風が行哉の羽毛を揺らした。


「こちらは外から開かないので、返ってくるときは上から入ってくださいね☆」


 出口専用と言うことらしい。これなら飛べなくても外に出られると行哉は顔を突きだして、すぐに考えを改めた。巣箱は、木の上にあったのを忘れていた。一歩踏み出したら、真っ逆さまである。途中の枝に引っかかるかもしれないが、現在のふわもこ身体ではピンボールの玉みたいにあちこちに弾かれる未来しか浮かばなかった。


「良い風も来てますねー☆ では行きましょう☆」


 再びシアンに抱かれて、行哉は空中散歩を開始した。

お読みくださってありがとうございます。

主人公は幻獣ライフを開始しましたが、作者が創作ライフになかなか入れません……(涙)

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