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召喚 4

 シアンの疑惑の視線を躱して、行哉は己の身体を見下ろした。幼体特有の、ぼさぼさの羽毛が見える。首を回せば背中も見える。なんだか新鮮だ。


「毛繕いですか、トリさん☆」

「ちげぇよ。俺のこの姿は、その、無理矢理生まれさせた結果なのか?」


 まだ少し『無理矢理』のくだりが気恥ずかしい。赤い羽毛でよかった。顔が赤くなっててもバレない。


(鳥って顔が赤くなるのか知らんけど)


 羽毛で隠れている限り、どんな鳥でも関係ないような気がしてきた。


「はい☆ 長老様たちが人間の使う召喚術を応用して、トリさんを喚びました☆」

「つまり俺は、召喚獣に、召喚術で、召喚獣として召喚されたと……?」


 冗談みたいだが、それが真実らしい。シアンは満面の笑みで頷いた。


「そのとおりです☆ あ、でもご安心ください。トリさんを召喚した術は契約召喚ではなく、術式召喚ですから、本体に影響はないはずですよ☆」

「イマイチ意味が分からんが」

「ご説明しますよ☆ 幻獣を本体まるごと移動させて人間界に発現させる召喚術を契約召喚といいます。これは幻獣と直接契約ができる召喚師のみが仕える高等術だそうです。それとは別に、幻獣の力だけを発現される召喚術が術式召喚と言うらしいです☆ これは初心者でもできるお手頃の召喚術だそうです☆」


 シアンはどこからか取り出したメモをざっと読み上げた。最後に期待したような顔でこちらを見る。つっかえなかったことを褒めて欲しいのだろうか。


「その話からすると、俺は初心者用召喚術でここに召喚されたと」

「はい、そうなります☆」


 行哉にスルーされて、シアンはちょっぴり不満そうだ。目を閉じて考え込む顔をして、行哉は知らん振りを通す。いちいちシアンの言動に突っ込んでいると話が進まないのだ。


「その、『力だけ発現』ってのどういうことなんだ?」

「そのまんまです☆ 幻獣が人間界に移動するのって結構大変なことなんですよ。移動だけで力を使い果たしちゃうこともあるんです。なので、大抵の召喚師はドラゴンさんを召喚するのに、ドラゴンさんが人間界で使える力の部分だけを影と一緒に導くのです☆」


 わかりましたか? とシアンが首を傾げてくる。行哉は、まだよくわからない。


「幻獣界と人間界で使える力って違うのか?」

「違うというか、制限されることが多いですねー☆ 私の場合、このまま人間界に移動したら、長く飛んでいられません☆ でも、『人間界で飛行する妖精』という力と形だけ渡してしまえば、あとはそれを操るのは召喚師の力量次第になります☆」

「喚ばれたドラゴンは幻獣界に残ったまま、『人間界で暴れるドラゴン』の力と着ぐるみを貸してやって、それを召喚師が操るだけ、でいいか?」

「どこか違う気もしますが、だいたい合ってます☆ その方が幻獣の負担も少ないんですよ☆」

「なあ、それだと、契約召喚とやらで丸ごと喚ぶ必要はないんじゃないか?」

「それがですねー、召喚師と相性が良いと、たまに制限が吹っ切れて予想以上の力が出ちゃうことがあるんですよねー☆ 」


 不思議ですよねー、とシアンはひとり頷く。


「相乗効果か。とりあえず二つの違いは何となく分かった。俺がここにいるのは、俺が人間界に残ったまま幻獣界で活動できる力と形が現れた結果ってことだな?」

「はい。ただ、トリさんの場合、その個体の原型はこちらで用意させてもらいました☆」

「もしかして、キャラ選択のアレか?」


 鳥獣型、ドラゴン型、妖精型の3タイプからの選択画面が思い起こされる。


「それです☆ 長老様たちは幼体を強制的に出現させるところまでは成功したのですが、すべて成長しないまま消えてしまいました☆ それで、幼体が個体として維持できるまでの間、人間界から生命力を借りてこようと言うことになりまして☆」

「その結果、俺が鳥になったと? 勝手なことすんなよ!」


 吐き捨てる行哉に、シアンは口元を手で押さえて、うふふと笑う。不気味だ。


「勝手、ではないですよ☆ ちゃんとトリさんはこの契約に承諾しました☆」

「俺が? そんな覚えはねーぞ」

「ゲームを始める前にお尋ねしたと思いますぅ☆」


 そんな記憶は無い、と言いかけて、また行哉の脳裏をとある画面がよぎった。


『本規約を承諾しますか? 承諾する・しない』


「あれか……」


 ぼすっ、と行哉は藁に頭を突っ込んだ。利用規約は必ずお読みくださいという注意書きが、今なら理解できる。


「いや待て! いくらなんでもゲーム規約に召喚が含まれてるとか思わないだろ!」

「まあまあ、落ち着いてください☆ 本当はこんな風にお話しすることもなく、トリさんは人間ライフを謳歌しているはずだったんですよ☆」

「どういうことだ……?」


 半眼で問い質せば、シアンはぺろっと舌を出した。


「ご本人の意識までこちらに発現するのは予定外でした☆」

「おい」


 聞き捨てならないことを聞いた。行哉はずいと嘴を突きだした。


「ちょっと待て。『本人の意識まで』ってのはどういうことだ」

「ですから、術式召喚で発現するのは幻獣の力と形だけなんですよ? 操るのは召喚師なので、そこに幻獣本体の意思も意識はありません☆」

「ありませんって……じゃ、俺がこうやって話してるのがおかしいってことか……?」


 さらに嘴を近づけると、シアンも焦ってきた。


「そ、その件については、現在調査中です☆ でも本体のトリさんは概ね異常なしのようですよ☆」

「その『概ね』ってのはどのレベルなんだ。俺の意識がこっちにあるから、本体は昏睡状態とかじゃないだろうな」

「そういうことはないです☆ トリさんが通常活動するのに問題ないと報告は受けてますう☆ 人間さんの意識は複雑ですし、分割されることもあるのでは、というのが今のところの有力説です☆」

「……ちなみに、今すぐ俺を元に戻すことは可能か?」

「できますよ☆」


 笑顔で、シアン。が、すぐに真顔になる。


「そのかわり、その子は消えることになります」


 リセットされると言うことか。行哉は思わず自分の身体を見下ろした。


「さらにもう一度トリさんを召喚できるかどうかも不明です」


 結果、幻獣界は再び幼獣を失い、消滅へと加速をかける。

 はあ、とシアンが大きなため息を吐く。


「かわいそうになー、せっかく生まれたのにな-、飛べないうちに消えちゃうんだなー、あ、トリさんには関係ないことですよね☆」

「……他にも、あのゲームやってる奴、いるんだろ?」

「かもしれません。今のところ成功例はトリさんだけです☆」

「……」


 意味も無く藁を突きながら、行哉は気持ちが固まるのを待った。シアンも隣でじっとしている。『リセットしますか? はい・いいえ』の選択待ちのようだ。


「……俺はいつまで召喚されてれば良いんだ?」

「トリさんの時間で言うと一ヶ月くらいでしょうか☆」

「一ヶ月……その間、俺は、人間の俺ってことだけど、普段と変わらないんだよな?」

「保証します。さっき見てきたらゲームを止めて寝ていました☆」


 そういえばチュートリアルで飽きてきていたことを思い出す。更に長い時間を掛けて、行哉はようやく決心を固めた。


「いいよ、わかったよ、もう……最後まで付き合えば良いんだろ!」

「わーい、ありがとうございます☆」


 シアンにしがみつかれながら、行哉はこの先全く見通しの付かない鳥生活に、どこまで耐えられるのか不安でいっぱいだった。

お読みくださってありがとうございます。

次からようやく召喚獣ライフ開始です。

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