召喚獣の還し方
夜が、明けた。
「まじで!?」
話し相手、つまりダギュールの兵は誰もいなくなったと、部屋中のひしめく召喚獣達は異口同音にそう言った。
「あんなのでほんとに帰ったのかよ……」
訓練された兵士が、子どものいたずら程度の作戦に引っかかるとは思ってもみなかった。
「手の込んでいないところが逆に良かったのかもしれませんね……」
カラアイの言葉は、自分に言い聞かせているようでもあった。やはり成功するとは思っていなかったらしい。
「むろん、中には聞き分けの悪い人間もいたのだがな。我が言葉に耳を傾けた途端、回れ右で帰っていったぞ」
得意げに語ったのはアケイディアだった。手のひらサイズ、とはいかなかったのか、子どもサイズに縮んだ妖精族の長老は、ふわもこの毛で覆われたガウンを優雅にまとって、テーブルの端に腰掛けている。最初、その姿を目にしたときには、行哉だけでなくシアンも盛大に驚いていた。二大長老まで召喚してしまうとは、アシオンの能力は計り知れない。
「そんなにすごい脅し文句だったのか」
「失礼なことを言うでない」
「妖精は脅したりしません☆」
シアンまで一緒になって抗議してきたので行哉は素直に謝った。
「じゃあ、何て言ったんだ?」
「『早く戻らねば、先に戻った者がおぬしらは故郷を見捨てて逃げたと告げるであろう』と」
「……やっぱ脅しだよな?」
「違います☆ 可能性を囁いたら信じちゃっただけです☆」
「……妖精族の言葉には耳を傾けるな。やつらは要らぬ疑心を植え付ける……なるほど、昔の人の言葉はきちんと聞いておくべきです」
カラアイがまた、呟いた。今度は確信めいた様子で頷いている。おそらくこの後、アシオンに言い聞かせるに違いない。
「口が開いたままだぞ、雛鳥よ。まだ何か言いたいことがあるのか?」
アケイディアにつつかれて、行哉は首を振った。
「……いや、まあ、うまく行ったなら、良かったよな」
「はい!」
アシオンが元気に返事をした。
「これもみな、トリのおかげです。本当に、ありがとう」
「小鳥さん、ありがとう!」
ダリネも兄に習って元気よく礼を述べる。
ダリネは目を覚ましていた。気持ちよく眠っていたところを起こされて、最初はぐずっていたのだが、カルガカの姿を一目見た途端、機嫌を直した。今はカルガカをしっかり抱きしめて話さない。途方に暮れたカルガカの顔というのもなかなかお目にかかれないので、行哉は救いを求める目で見られても知らんぷりを決め込んだ。知らんぷりできなかったのはアシオンである。
「ダリネ、そろそろ狼どのを放してあげたら……」
「イヤです」
「狼どの、すみません……」
「うむ……まあ、よいわ。それより皆を還してやってくれぬか。おぬしの力がいかに強大でも、疲弊している者も出始めているようだ」
カルガカに言われて、アシオンは項垂れだ。
「あの……僕、還し方を知らなくて……僕の命が尽きれば戻れるはずだったので……」
小声で言い訳するアシオンの頬に、アケイディアの手が触れた。実体が無いはずの手は温かかったと、アシオンは後に語った。
「種族の長まで召喚したおぬしが俯いてはいかん。還し方など無い。おぬしが戻れと願えば我らは住処に帰る」
「それだけ、ですか?」
アシオンはほっとした様子だった。それならばと、手近に浮かんでいた光球に手を伸ばした。触れられないが、撫でるように手を動かす。
「名前も知らないきみ。来てくれてありがとう。もう住処にお帰り」
「……おまえニ、幸運ヲ」
ふるりと揺れた光の玉は、たどたどしく伝えた後に消えた。アシオンは笑顔でアケイディアを振り返った。そのまま続けよと、アケイディアは頷いた。
「狼さんも、小鳥さんも帰っちゃうのですか?」
しょんぼりと尋ねるダリネに、行哉は曖昧に頷くしかできない。
「あー、まあ、うん、そうだな」
「また、きてくれますか?」
「おぬしの兄に頼むといい。彼の者の『喚び声』であれば、我らは誰でも駆けつけるであろう」
カルガカの答えに、ダリネは顔を輝かせ。カルガカを力一杯抱きしめた。
「長老様、苦しそうです☆」
「実は喜んでるからほっとけ」
結局カラアイが止めに入って、カルガカはようやくダリネの腕から解放された。
「――本当にありがとう。僕の命があるのも、ダリネやカラアイや、他の全員が助かったのも、全部トリのおかげです」
「どっちかって言うと主に妖精のちょ――」
「トリさん☆」
シアンの声と、アケイディアの氷点下の視線が、行哉の口を止めた。アケイディアの前で長老と呼んではいけないというシアンの忠告を思い出せて良かった。
「ちょう……えー、妖精族の、長……あれだ、族長の働きが一番だったけどな!」
「はい。本当にみんなのおかげです。僕の声に応えてくれて、ありがとうございました」
「精進せよ、人の子。もっと我らをうまく使いこなせるよう研鑽を重ねることだ」
アケイディアは厳かに言って、先に帰還した。アシオンは深く頷いて見送った。
「できればこの後はまだ召喚術を覚えている者を訪ねたいと思います」
「楽しみにしているぞ」
「しています☆」
カルガカとシアンも消えて、最後に行哉はアシオンの手のひらに上で羽を振った。
「元気でな!」
「はい!」
アシオンの返事と共に視界がブレて、行哉も帰還した。
お読みくださってありがとうございます。
収まりきれなかったのでもう一話続きます……。




