三つの不幸
「あなたの、おうちは、どこにあるの?」
「来るな! あっちに行け!」
故郷とは、生まれて育った家があるところだと教えられた召喚獣は、悲鳴を上げて逃げ回る兵を追いかけて問いかけ続けた。
「お前の故郷はどこか」
「うるせえ、消えちまえ!」
人の言葉に長けたその召喚獣は、振り回される剣を事も無げに避けながら問いを投げ続ける。
「何が起きているのか!」
悲鳴を上げて見張り兵が逃げ戻ってきた直後から、ダギュール軍は大混乱に陥っていた。各部隊長は隊の秩序を取り戻そうと声を張り上げるが、指示に従うのは周囲の数名の兵だけで、それすらもどこからともなくふわふわと漂ってきた光の玉や得体の知れない影に追い回されて、混乱の中へと駆け戻っていく。
「まったく……なっておらん!」
陣の最奥部にいた追撃隊の総司令官は、混乱する兵達の様子に舌打ちをする。しゃべる光の玉が現れたなんて、何の冗談か。しかも報告によれば、その光の玉は、召喚者に故郷を滅ぼすように命じられたと言っていただとか。
「召喚……そういえば、あの子ども達は確か……」
ダギュール軍にとって不幸なことは三つあった。
一つ目は、彼らが召喚術というものをよく知らなかったこと。ただ、これは世界中のほとんどが知らないことなので仕方が無いことだ。
二つ目は、追跡しているオルシスカ王家の生き残りが、過去に名を馳せた召喚者の血を引いていることを司令官が知っていたこと。故に、総司令官は兵達が言う『しゃべる光の玉』を、ただのまやかしと断じきれなかった。
三つ目は――
「――おぬしの故郷はいずれにある?」
総司令官の耳元に囁く声があった。とっさに剣を握ったが、抜けなかった。
「は――!?」
部下の報告から、てっきり『しゃべる光の玉』が自分の下にもやってきたのだと思い込んでいたのだが、振り返ってみれば、目の前にいたのは『光っている美女』だった。想定外すぎて、総司令官は束の間、息をするのも忘れてしまった。
「聞こえぬか? それとも話ができぬか?」
「何者だ……」
ようやく吐き出した言葉は、自分でも愚かだと思う質問だった。光る人間などいない。しかも相手はよく見れば地面から足が離れている。浮いているのだ。訊くまでもなく、『しゃべる光の玉』と同種としか考えられない。
「召喚されしもの」
光る美女は思った通りの答えを返してきた。
「こちらの問いには答えぬのか?」
更に尊大な物言いで質問を重ねてくる。
「答える必要は無い」
「おぬしになくとも、こちらにはある。いや……答えなければそれでもよい。手間が省ける」
言葉の最後の方は独り言のようだったが、聞き逃せない響きを含んでいる。
「手間、とは?」
こんな意味の無い問答はさっさと切り上げるべきだと感じている。しかし、切り上げてしまっては取り返しの付かないことになると心のどこかから声が聞こえる気がする。
総司令官の問いかけに、美女はうんざりした様子で肩をすくめた。
「ダギュールという名の土地は広い。その中からいちいちおぬしたちの故郷を探し当てて滅ぼしに行くのは、手間が掛かって仕方が無い」
「……」
「我ら召喚されしものが命じられたのは、おぬしらの故郷を滅ぼすこと。なれば、ダギュールと名の付く土地をすべて滅ぼせば済むこと」
「……そんなことができるものか」
そう言いながらも、総司令官は総毛立っていた。美女の言葉の一つ一つが、心の奥底から恐怖を誘い出そうとしている。
ふ、と美女は微笑んだ。力のないものを哀れむ微笑みだった。
「周囲の小物どもと一緒にするでない」
「――司令官どの!」
側近の一人が戻ってきた。彼は果敢にも光る美女に向かって斬りかかったが、剣は空を切って終わった。
「ご無事ですか?」
「なんともない。それより全軍に――」
「司令官どの、その前に報告が」
無礼を承知で、側近は上司の言葉を遮った。
「一部の兵士が、妄言を放ち始め、結果として少数の脱走兵が出ております」
「数は?」
「ごく少数ですが――」
「報告いたします!」
別の側近が割り込んだ。総司令官は頷いて第二の報告を促した。
「さきほどから出現した奇妙な光の玉はが、一斉に移動を始めました」
「移動しただと? どこに?」
「それが……光る玉たちは、ダギュールに向かうと言っていたと……」
「なに!?」
総司令官の脳裏に、光る美女との会話が何度も繰り返された。呪いの言葉のように頭の中でこだまを返し、総司令官の心を蝕んでいった。
「全軍に移動命令を出せ! 急ぎその謎の玉を追いかけろ!」
「し、しかし我々の任務は――」
「任務はもう終わりだ! あれは、召喚されたものだ! あの子どもは、命と引き替えに喚んだのだ!」
オルシスカ王家の生き残りが血を引いているという召喚師には、命と引き替えに禁忌の幻獣を召喚して祖国を守ったという逸話があった。おそらく王家の生き残りの子どもは、自ら命を絶って仕返しを企んだのだ――総司令官は自らの説を信じ込んだ。
側近が反対の声を上げても、総司令官は耳を貸さなかった。
砦の中を調べるべきと声を上げた兵は、総司令官同様に恐慌状態の同僚に斬りつけられるという騒ぎにもなった。
崖下で見張っていた部隊も含めてすべて、ダギュールの追撃隊は、夜明けを待たずに引き返していった。
「――あの雛鳥の思惑通りになったか」
行哉としては、ここまであっさり引くとは思っていない。ただ――ダギュール軍は不幸が重なったのだ。
総司令官が忘れていたことが一つある。子どもの頃に聞いた昔話だ。昔話で出てくる妖精は、常に人を惑わす言葉をかけてくる。もし妖精に出会ったら、その言葉には耳を貸してはいけないと、そう締めくくられていた。
「しかし……相変わらず、人との『会話』は面白いものよ」
ダギュール軍の三つ目の不幸、妖精族の長老アケイディアは大慌てで移動するダギュール軍を眺めて微笑んだ。
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