作戦開始
「召喚師アシオンが命じます――!」
行哉が思いついたのは、情報による敵の攪乱である。
「これから、ダギュールの兵士達と話してきてください!」
短くまとめると小難しく聞こえるが、やることは召喚獣達によるデマの拡散だ。
「あ、話す内容は、カラアイと、トリの言う通りにお願いします」
途中まで堂々としていたアシオンは、慌てて側近の服の裾を掴んだ。カラアイは小さく微笑んで頷いた。
「じゃ、よく聞いてくれよ。時間も無いし、後ろが詰まってるから一回しか言わねえからな!」
カラアイの頭の上で行哉は声を張り上げた。アシオンの喚び声に惹かれてやってきた召喚獣達は、一度に室内に入りきれない。順番に説明を繰り返して送り出すしかない。
じっとアシオンに注がれていた視線が行哉の上に集まった。行哉は羽を振って言った。
「これからこいつが言う通りにしてくれ」
「トリさんが説明するのではなかったのですか☆」
シアンが飛んできて余計なことを言う。口を塞いでやりたいが、シアンの実体は幻獣界だ。
「具体的な内容を考えたのはこいつだから良いんだよ」
行哉が思いついたのは『召喚獣にデマを飛ばさせて混乱させる』という作戦の大枠だけだ。実際に何を言えば敵が混乱するのかを考えたのはカラアイと、部屋の隅で居心地悪そうに固まっている護衛の兵士達である。
残っている護衛兵は全部で八人だけだった。夜更けにいきなり招集された護衛兵達は、思いも寄らない状況にパニックになりかけたが、アシオンが声をかけると、あっという間に冷静さを取り戻した。見事な忠義心だ。
「というわけで、よろしく」
「承知しました」
カラアイは特に文句を言うでもなく、淡々と召喚獣達に向かって説明を始めた。
「敵と話すと言っても、会話をする必要はない。皆に頼みたいのは、敵兵に故郷はどこなのかと問いかけること。それを聞いてどうするのかと訊かれたら、故郷を滅ぼすことを命じられたと答えること」
余計なことは話さず、決められた言葉だけ繰り返していれば、それだけで人は奇妙に思うし、勝手に不安を大きくしていく。大きくなった不安は恐怖に替わり、とどめの一言で制御不能に陥る。
「それで最後に合図が――」
「故郷って、なニ?」
「ねえ、滅ぼスってどうすること?」
一部、人との会話に長けていない召喚獣達から質問が飛び出す。会話がおぼつかないのにどうしてアシオンの喚び声に応えられたのかと言えば、やはり召喚術そのものの緩みが原因だとしか思えない。
(つーか、そんな無理矢理でも、こいつの呼びかけに応えたかったってことなのかな)
ここは素直に、アシオンの技量を褒めるべきだろうと、行哉は納得した。
「故郷というのは――」
カラアイの答えに召喚獣達は耳を傾けている。ようやく全員が己の役割を理解したところで、行哉は言った。
「よーし、それじゃ全員入り口の所に移動してくれ。勝手に一人で行くなよ」
結局、三回に分けて説明をして、ようやく全ての召喚獣が建物の入り口に揃った。
「すごい、ですね」
数百からの召喚獣達を見て、アシオンは目を丸くした。
「こいつらを喚んだはおまえなんだぞ?」
「信じられないです」
困った様子で、アシオン。妹の最後の夜を楽しくしてやりたい一心で行った召喚術だった。応えたのは小鳥一羽だと思っていたのに、いつのまにかこんなに増えていた。
「アシオン様、号令をお願いします」
カラアイに促されて、アシオンは大きく息を吸った。
「みんな、お願いします」
この日、アシオンが召喚したものたちは、世界の根幹を揺るがすような大きなものではなかったし、履行内容も多大な力を必要とする術ではなかった。
それでもアシオンはこの日、歴代の偉大な召喚師に比肩する術を発動した。
「はーい」
「いってくるぜ」
「おはなししてくるノ」
大きく息を吸った割にはか細い声だったが、召喚獣達にはしっかりと届いた。
召喚獣達が騒がしかったのは最初の返事だけで、あとは密やかに移動していった。光っているものは影のあるものに隠れることというカラアイの注意も忘れていないようだ。
「……行ったな」
残ったのは、アシオンと、その護衛と、行哉とカルガカとシアンだけ。ダリネは部屋で眠っている。
「中に入りましょう」
カラアイが促すと、アシオンは頷いた。
「そうだね。ダリネを起こして、狼どのと妖精どのに会わせてあげよう」
「ふむ。妹と話せば良いのだな」
カルガカがアシオンの後に続く。
「わたしもお話しします☆」
シアンもふわふわと飛んで続く。
行哉はカラアイの頭の上で、召喚獣達が向かって言った方角を眺めた。
(うまくいけば、いいんだけどな)
作戦が成功すれば、アシオン達を取り囲む兵士はいなくなる。失敗すれば、全軍が突撃してくる。兵の一部が逃げ出しても、少数が残っていれば同じことだ。成功の確率は、だからとても低い。
それでも、アシオンはやってみたいと言った。もしかしたら、ダリネだけでも逃がせる道があるかもしれないからと。
(やらないよりは、ましになればいいんだけど)
行哉達には聞こえなかったが、ダギュールの見張り兵が悲鳴を上げたのが、作戦開始の合図だった。
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