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羽根と毛皮

「うわ……」


 床に、壁に、天井にも、光と影が蠢いていた。光は、シアンのような姿形のわからない光球で、影は姿形はわかるが薄ぼんやりとしていて実体が無いものたちだ。じわじわと室内に現れて、気づくと足の踏み場も無い有様になっている――踏んだところで、実体の無いものばかりだが、これだけ数があると圧迫感はある。


「なんだこれ……まさか……」

「召喚獣、ですか……?」


 行哉の声に、アシオンが続く。カルガカが頷いた。


「そのとおり」


 光球が一つ、ふわりとアシオンの前に飛んできた。


「喚んだのは、あなた?」


 小さな声は、新たに現れたものたちを代表していたのか、アシオンの視線が集中する。


「は、はい……」


 アシオンが頷くと、光と影はざわめき始める。


「聞いたか?」

「子どもがあの『喚び声』を使ったのか」

「ほんとうか」

「本当だ。長老様もいらっしゃる」

「長老様も小さい」

「こんな長老様、初めて見る」


 騒ぎの中心がカルガカに向かったので、アシオンはほっと息を吐いた。カラアイが気遣うようにのぞき込むのを、手で制する。


「大丈夫。少し、驚いただけだから。カラアイも驚いた?」

「はい」

「――ええい! わしのことはいいから、離れろ!」


 カルガカが声を上げると、取り囲んでいた光と影がささっと離れる。カルガカは咳払いをして、行哉を呼んだ。


「どうだ。これだけいれば、敵の人間を脅かせそうか?」

「え? あー、えーと、そうだな……」


 行哉は上下左右まんべんなく埋めつつある光と影を見回した。ざっと目で計算してから、カルガカを見上げる。


「長老、言ってた数より、随分少なくないか? 全部で百いるかいないかだろ」

「ふん、安心しろ。ここに入りきらなかったものたちは部屋の外にいる」


 カラアイがさっと扉に近寄った。できる側近は、いきなり扉を全開にしたりしない。細く開けて外を確認してから、やや興奮気味に戻ってきた。


「狼どののおっしゃるとおり、廊下にも多くの召喚獣がおりました」

「まじか」

「しかし……やはり、数百、というにはほど遠いようではありますが」


 カラアイは宙を見上げ、目を細める。


「『喚び声』の届いたものたち全部は、建物に入りきらないようだ。まだ支度の済んでいないものも含めて、幻獣界に待機している」

「支度……? 幻獣のくせに着替えでもしてるのか」


 からかい半分に言えば、カルガカは近くの影を鼻先で示した。


「……おい。ちょっと待て」

「――オレか?」


 室内の召喚獣達は、カルガカと行哉を除いてすべて光の玉か、ある程度、本体の姿がわかる影のいずれかの姿を取っている。カルガカが示したのは、そんな影の召喚獣のうちの一体だ。鳥獣族らしく、ふかふかした毛皮をまとっている。


「ん、お前は火炎鳥のヒヨコか? なんだ、雛が生まれたのか?」

「話すと長くなるから自己紹介はまた今度な。それより、なんなんだよ、あんたは」

「何って、見ての通りだが」

「俺の見た通りなら、あんたは『羊の毛皮を被ったミニチュアホース』なんだが?」


 大地の色をした綺麗なたてがみの生えた首から下の胴体は、ふわふわもこもこの羊の毛皮に覆われている。よく見ると、覆われているというか、毛玉を丸めて適当に貼り付けただけのようだ。所々、本来の茶色い胴体が見えている。

 行哉の指摘に、召喚獣は気まずそうに目を逸らした。


「仕方ないだろう、『喚び声』を辿るには、ふわふわが必要だったんだから」

「その前に、あんたほんとに馬なら、羽根なんか無いだろ」

「俺は天馬だ!」

 馬は、得意げに羽を伸ばして見せた。胴体からぽろぽろと毛皮が落ちて、もこもこの部分が減ってしまった。毛皮は後付けだが、話せるし、羽根は自前で、大きさもが抱きかかえられる程度と、アシオンが召喚した条件に、ぎりぎり合格ラインだ。


「……もしかしてこれが『支度』か?」


 イヤな予感がする。行哉が視線をずらすと、そこにいたのは光球タイプの召喚獣だ。少し眩しいが、直視できないほどではない。光の中心には、やはり毛皮をまとった妖精が見えた。


「……どういうことなんだよ」

「『喚び声』が届いた。召喚に応じるには条件を満たすことが必要だ。だから条件に沿うように支度をしている」


 何か問題があるのかと言わんばかりに、カルガカ。問題は大ありだ。


「なんだよそれ。今まで怠けて俺に代理させてた奴らがどうしちゃったんだよ」

「それほどの『喚び声』だったといいうことだな」

「いい話でまとめるなよ。そうじゃなくて召喚術がいい加――」

「それ以上言うな」


 長老の前足を避けきれず、行哉は最後まで言い終えずに転がった。カルガカは何事も無かったように問いかけてきた。


「で、どうなのだ」

「なにがだよ……って、ああ、そっか」


 行哉はカルガカの前足も尻尾も届かない位置で考え込む。百単位の召喚獣が現れているのは間違いない。召喚獣がは実体は無いしおしゃべりしかできない存在ではあっても、いきなり現れれば誰だって驚くだろう。


(でも、ただ驚くだけじゃ駄目だ。この場から全員が逃げ出すくらいじゃないと)


 訓練を積んだ兵士が逃げ出すくらいの恐怖をあたえる、もしくは、カラアイが言ったような取引ができる可能性はあるのか。


(交渉とか、絶対無理な気がするし……)


 アシオンの願い通り、見かけは小さくて可愛らしいものばかりだから、カルガカの言う通り、対等の交渉を願い出るのは難しいだろう。同じ理由から、命の危険を感じるほどの恐怖を与えるのも難しい。


(……長老がでっかくなって敵を追い払ってくれりゃ早いのに)


 思考は一周して、同じ所に戻る。力で追い払えば、同じことを敵の子どもに申し出るというのだから、少なくとも今のアシオンは助かる。が、将来のアシオンは、カルガカに命を奪われる結果になるのかもしれない。


(……でもなあ、今助からなきゃ将来も無いんだし……同じことやり返すっても…………同じこと?)


 行哉はカラアイを呼んだ。


「なあ、外にいる兵士だって、国とか故郷があるんだよな?」

「もちろんです。ダギュールの正規兵には奴隷はいませんから」


 怪訝そうな顔をしながらも、カラアイは請け負った。


「そっか。なら……いける、かな」


 夜明けまで、あと少し。

 闇が濃くなる一時に、召喚獣達は動いた。

お読みくださってありがとうございます。

なお、ダリネはまだ寝ています。

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