気になる声
数百、数千の召喚獣――それらが勢揃いした光景はどんなものだろう。
その光景を、行哉は想像できなかった。
「……いや、ねーわ」
行哉の想像力が貧困すぎるという点はひとまず脇に置いておくとして、そもそも召喚獣は現れないのである。『喚び声』は広く届いたとカルガカは言っていたが、届いたところで他の誰かが替わりが行けばいいだろうと昼寝に戻っているに違いないのである。
「ねーわ? なんだそれは」
カルガカか首を傾げる。
「だからさ、こいつの召喚術で何百も召喚獣が現れるなら、もしかして、とか思ったけどさ、あいつら怠けてるじゃん。今回だって、結局呼び出されたのは俺だけだし、この程度の召喚術じゃ自分にはふさわしくないとか寝ぼけたこと言ってるだろ。期待するだけムダ、ありえねえってこと」
「ふむ。現れたならこやつを救えるのか」
「ん? そうだな……敵の数と同じくらいなら……って、いや、やっぱねーわ」
「また、ねーわ、か」
「だってさ、ほんとに喚ばれた奴が全部来たとしても、ふわふわしてる影なんだろ? んで、こいつの話し相手になるだけなんだろ。何も解決しないじゃん」
「『喚び声』によれば、話し相手はこやつに限らないようだが」
実際、行哉が話し相手になったのはダリネである。
「んー、だからって、まさか敵の話し相手になるわけにも行かないだろ。話しても意味ないし」
「ふむ。意味が無いか」
「無いだろ。敵と何を話すって言うんだよ」
「ふむ」
カルガカはアシオンに顔を向けた。
「おぬしなら、何を話すことを望む?」
「え、僕?」
アシオンは生真面目に考え込んだが、最後は残念そうに首を横に振った。
「ごめんなさい、思いつきません。カラアイは、どう?」
主に意見を求められて、カラアイも生真面目に考え込む。
「そう、ですね。例えば……再度交渉するとか」
交渉の具体的な内容は口にしなかったが、おそらくアシオン達の命を救ってくれるようにということだろう。忠実な従者らしい答えだ。
「交渉か。なるほど、そういえば人はそんなこともしていたな」
遠い思い出を見つめるような目をして、カルガカ。過去体験を聞いてみたい気もするが、今はそんなことをしている時間は無い。
「狼どのは、昔どのような召喚師とお会いになられたのですか」
「はい、ストップ」
好奇心丸出しのアシオンに向かって、行哉はジャンプした。狙い通り、アシオンの柔らかい頬にぽふっと当たって弾んだ。今回は、カラアイはアシオンの頬の方が心配で、受け止めてくれなかった。
「トリ? どうしました?」
頬を押さえて、アシオンはきょとんとしている。ヒヨコキック同様、ダメージは0のようだ。
「どうしましたじゃねえ。空気読め!」
「空気……?」
さらにぽかんとするアシオンの顔めがけて、シアンが飛んだ。アシオンが眩しそうに目を閉じると同時に、すり抜けた。どうやら行哉の真似をしたらしい。行哉は何も見なかったことにした。
「俺だって気になるけど、訊かなかったんだってことだよ! 夜明けまで時間ねえだろ」
「はい……」
「長老様、トリさんが訊きたいそうです☆」
「ふむ」
「シアン、ちょっと黙ってろ」
本当はシアンに突っ込みを入れる時間も惜しい。なにしろカラアイが、主の頬に体当たりした無礼なヒヨコを最後の晩餐にしてやろうかと言わんばかりの目つきで睨んでいるのである。
「アシオン、お前が今訊かなきゃなんねえのは、そっちのお供が言ってた交渉の内容と方法だろ!」
「あ、はい! カラアイ、えと、内容と方法を!」
従者の殺気に気づかないアシオンは、勢いのまま行哉の言葉をオウム返しにカラアイに投げかける。主に忠実なカラアイは、すぐさまヒヨコの丸焼きの手順を放り出し、具体的な交渉について思い並べる。
「今から、交渉が可能であるとしてですが……例えば、交渉役を狼どのにして、アシオン様がこの場で召喚術を使えることを知らせる、というのはいかがでしょうか。こちらの希望はアシオン様の望み通り、我々全員の身の安全。対して我々もダギュール側の物安全を保証するというのは」
「交渉に出るのは構わんが、こんな可愛らしい仔狼を恐れる人間はいないだろう」
胸を反らしていうカルガカを、行哉は呆れた目で見上げた。
「長老、自分でそれ言うか?」
「狼どのは可愛いです」
言下にアシオンが肯定したので、カルガカはますます得意げだ。カルガカは満足だろうが、問題の解決に一片の役にも立っていない。
「冗談はともかく、おぬしが何百もの兵の将だとしたら、このような交渉の場に出てくるのか?」
「いえ……」
カラアイは肩を落として首を振った。
「長老が可愛いかどうかは別して、子犬にしか見えないのが一匹でちょこちょこ出てきても迫力無いしな」
「では、わたしも一緒に行きます☆」
張り切って星を振りまくシアン見るカラアイの目が、ますます昏くなっていった。仔狼に星が出てくる光球がついてきても、何も怖くない。全身の気配がそう言っている。行哉も大賛成だ。
「一匹と一……玉? 俺だったらちょっとびっくりする程度だけど」
「そうですね。ダギュールの兵全員がびっくりしないと、駄目ですよね」
アシオンが納得したように頷く。
「ふむ。わしとシアンで人間一人がびっくりするのか」
「だな。全員脅かしたいなら、何百ってやつがいないと……あ、そっか、数で脅せば、もしかしたら……」
例え、シアンのような姿で現れても、召喚術になれていない人間は怯えてくれるかもしれない。
「数がいれば良いのか?」
「うん、数がいれば……まあ、脅すにしてももっと怖がる内容を考えないとだけど、でも……出てこない奴らをあてにしてもしょうがないよな」
結局、召喚獣たちの怠惰な心根が代わらない限り、机上の空論、絵に描いた餅だ。
「……幻獣たちは、優れた召喚師の『喚び声』を待っておる」
「ああ、俺も最初に言われたぜ。俺が喚ばれて戻ってきたら、ヒヨコが代わりになる程度の召喚だったんだなって」
アシオンが拾い上げてくれたので、行哉は無事にテーブルの上に帰還した。何かを企んだような表情のカルガカと、対面する。
「そうだな。普通、『喚び声』は一体に一つ。だから一体が召喚を断ると、また別の一体に向くわけなのだが」
カルガカは宙を見上げた。行哉も、アシオンもカラアイも、たぶんシアンも、釣られて昏い天井を見上げた。
「しかしな、今回の『喚び声』は、同時に複数のものに届いた。それも幻獣界全域にだ。こんな変わり種の召喚術が気にならない幻獣はいないと思うがな」
カルガカの言葉が合図だったように、室内に一つ、また一つ、光と影が生まれ始めた。
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