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長老の条件

「僕は」


 アシオンは、胸元から何かを引っ張り出した。細い鎖の先にぶら下がっていたのは、指輪だ。


「狼どのが言ったとおり、強い召喚獣を喚べたなら、追いかけてくるダギュールの兵を全部倒して、父上と母上のかたきを取って、オルシスカを取り戻したい」


 取り出した指輪に向かって告白するように言ってから、アシオンは顔を上げた。


「そのための条件とはなにか、教えてもらえますか?」

「おぬしが国を取り戻したのち、わしはダギュールの子どもに同じことを申し出ること、だな」

「なんだよそれ!」


 叫んだのは、行哉だ。もがきにもがいて、ようやくカルガカの足の隙間から頭が出た。空気が美味しいが、堪能している余裕は無い。


「それじゃずっと終わらねえじゃねえか!」

「人間は戦いを繰り返すものだ」


 カルガカは長年の苦労の果てに悟りを開いた老人のようなことを言う。実際、長老なので合っている。そして大抵、年老いた物の言葉は若者の神経を逆なでする。


「だからやってもいいってことにならねえだろ!」

「では、一方にのみ肩入れするのはいいのか」

「それは……ほら、こいつ、一応召喚術使えるわけだし」

「わしの申し出はこやつの技量を超えた力の提供だ」

「そうなんだけど……先に攻めてきたのはダギュールなんだし」

「それならわしが力を提供したのは、こやつが先だ」

「ああもう!」


 カルガカの前足から完全に抜け出して、行哉は改めて抗議の構えを取った。

 とはいえ、行哉がいくら抗議したところで、アシオンに力を貸せるのはカルガカだけなので、条件を決める権利はカルガカにだけある。例えそれが、子どものへりくつみたいな理由でも、覆せない。


(子どもって言うより、へんくつジジイだけどな!)


 大学にもこんな融通のきかない教授がいたことを思い出して新たな怒りに沸いていると、小さな手に包まれた。


「僕の代わりに言ってくれてありがとう」


 アシオンは行哉をすくい上げると、カルガカに向かってはっきりと言った。


「トリのおかげでわかりました。狼どのの条件をのむわけにはいきません。父上は、戦争を止めさせるために努力していたんです。僕は父上の努力を無駄にするところでした」

「……お前、やっぱり物わかりが良すぎるぞ?」


 自分が十歳だった時なんて、毎日親に怒られて反発したことしか思い出せない。

 一方で、カラアイはアシオンの背後で目頭を押さえていた。「ご立派になって」とか呟いているのが聞こえる。


「わかった。では、この話は無しだ」


 カルガカが告げると、アシオンは落胆したように頷いた。心のどこかでは、カルガカが力を貸してくれることを期待していたのだろう。


「なあ、長老――」

「あとはお前が考えろ」


 他の手段は無いのかと、行哉が訴える前にカルガカは前足を突きだしてきた。目を丸くする行哉の前で、もふもふの前足が揺れている。我に返って前足を払うと、したり顔の狼が現れた。


「は? ちょっと待てよ! どういうことだよそれ!」

「どうもこうも、もともとお前が言い出したことだろう。こやつを助けたいのだろう?」

「それはそうなんだけど!」

「わしもこやつが気に入った。だから何か助ける方法を考えろ」

「はあ? 気に入ったんなら長老が何とかしてくれよ! でっかくなってみんな乗せて、どーんと飛んでいけば良いだろ!」

「元の大きさに戻っても、外にいる人間までは一度に乗せられん。それはこいつが望まぬ事だ」


 全員一緒に逃げ延びる、がアシオンの望みだ。


「じゃあ大きくなって敵を――」

「それもこいつが望まぬ話だ」


 アシオンがさらに大きく頷く。


「……長老が変な条件つけなきゃいいんじゃないのか?」

「そうはいかん。新たな契約条件を付加しなければ、わしはこのまま、話し相手になるしかできぬ」

「あー、もう、めんどくせえな!」


 アシオンの手から飛び降りると、行哉はテーブルの上をうろうろ歩き出した。


「俺だって、こうやって文句垂れ流すしかできないんだぞ! 敵が何百もいるのに、ヒヨコと子犬、じゃない、仔狼でなにができるんだよ!」

「トリさん、私もいます☆」


 シアンが存在を主張するように、多めに星をまき散らした。ヒヨコキックの他に妖精キックが増えたが、戦力は相変わらず0のままである。


「シアンはそもそも影だけだろ」

「トリさんと長老様以外は、みんなそうなると思います☆」


 行哉は謎の現象故に、カルガカは長老という偉大な存在であるが故に、契約召喚でもないのに実体で出現している。おそらくこの他に本体ごと移動できるのは妖精族の長老アケイディアとドラゴン族の長老のユナムだけだろう。他は全部、おしゃべりできる影だけが現れるわけだ。


(……みんな?)


 テーブルの端まで歩いていた行哉は、シアンの所までダッシュで戻った。きっと飛ぶより早い。


「みんなって何だ、シアン、みんなって」

「みんなは、みんなです☆」

「ナゾナゾしてる場合じゃねえから」


 掴みかかろうとして、行哉はシアンを通り過ぎた。そういえば、影だけだった。

 長老の尻尾が動いた。行哉は間一髪で避けた。


「何を慌てている。みんなはみんなだ。こやつの喚び声が届いた、みんな、だ」

「それってどのくらいの数なんだ?」

「さてな。少なくとも我が一族のほとんどには届いただろう」


 鳥獣族であれば「小さくて、ふわふわ」の条件に合致するものは多いだろう。


「シアンの様子からしても、妖精族にも届いているようだな」


 妖精族だと、「ちいさくて、羽根がある」の条件に当てはまる。ふわふわの部分についてはシアンが例外であると思いたい。


「ドラゴン族はどうだろうなあ」

「鳥獣族と妖精族なら、どのくらいの数になるんだよ」

「だからよくわからん。数十かもしれんし、数百かもしれんし、数千かもしれん」

「まじか。へたすりゃ数千の『話し相手』が来たってことでいいか?」

「そうなるな」


 カルガカは事も無げに頷いた。


「……数、千……?」


 アシオンは、目を丸くして固まっていた。無理もない。


「なあ、長老。そいつらって……まだこっちにこられる状態のか?」

「可能だ」


 カルガカが、ニヤリと笑った。

お読みくださってありがとうございます。

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