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夜明けはまだ遠い

「敵に囲まれているそうだな」


 アシオンが椅子に座り直すと、カルガカはテーブルの上に飛び乗った。


「はい」


 アシオンは頷きながら、行哉を気がかりそうに振り返る。床の上にぽつんと残された行哉は、どうやってテーブルの上に戻ろうか思案中だ。


「失礼します」

「お、さんきゅー」


 気を効かせたカラアイがテーブルの上に拾い上げてくれた。行哉の礼には何の反応も示さなかったが、アシオンが小さく頷くと表情を緩めた。


「朝になったら襲ってくると聞いたが」


 行哉が隣に戻ってきたのを横目に見つつ、カルガカは質問を続ける。


「はい。カラアイが交渉してくれました」

「ふむ? おぬしの従者のことか」

「そうです。あの、僕のことはアシオンと呼んでください」

「承知した。わしのことは狼でも長老でも、好きに呼ぶといい」


 言われて、アシオンはしばし悩んだ。


「では、狼どのとお呼びします」

「うむ」

「……なあ、長老」


 行哉はカルガカの脇腹を突ついた。


「なんだ?」

「なんで名乗らねえの?」

「まだ呼び名をやれるほどの技量がこやつに無いからだ」


 行哉は首を傾げる。


「名前を呼ぶのに資格が必要なのか?」

「そんなところだ」

「……俺、こいつに名前教えちゃったけど、それってマズい?」


 及び腰で尋ねる行哉を、カルガカは鼻先で笑い飛ばした。


「おぬしのレベルで呼び名を教えたところで、大した影響はない」

「シアンは?」


 今さらだが、散々、名前を呼んでいるので名乗っているのも同然だ。


「シアン、名乗ったのか?」


 カルガカが訊くと、シアンは首を横に振った、ような気配がした。


「いいえ☆」

「では大丈夫だ」

「大丈夫じゃねえよ。俺、散々シアンのこと、今もだけど名前で呼んでるんだけど」


 更に脇腹をつつくと、尻尾に転がされた。テーブルから落ちるぎりぎりの所で踏みとどまる。アシオンが、慌てたように手を伸ばしているのが見えた。


「問題ない。自ら名乗らない限り、例え呼び名でも人の耳には入らないからな」

「そういうもんなのか?」

「疑うなら訊いてみろ」


 訊くもなにも、目の前で声も潜めずに会話をしているのだから、丸聞こえだ。行哉が改めて尋ねると、アシオンは戸惑いながら頷いた。


「そちらの、『保護者みたいな妖精』のことですよね? トリが何度か呼びかけているようでしたけど、僕にはなんと言っているのかわかりませんでした」

 アシオン曰く、シアンの呼び名の所になると急に聞き取れなくなったしまうとのことだ。それはカラアイも同様だと言っていた。


「んじゃ、長老レベルで名前を教えるとどうなるんだよ」

「召喚術が使えなくなるとか、いろいろじゃな」

「すごい罠だよな、それ……」


 喚びだした召喚獣の名前を聞いたら召喚できなくなるなんて、笑い話にもならない。


「呼び名を尋ねる心構えというのは、召喚術の初歩だからな、そんな間違いは滅多に起こらないだろう」

「ふーん……だそうだけど、お前、知ってた?」

「……いいえ……」


 アシオンは消え入りそうな声で言った。知っていたら、例え相手が行哉のような小鳥でも、迂闊に尋ねたりはしなかっただろう。


「……」


 長老はしばし遠い目をしていたが、不意に立ち上がると、ぶるっと身を震わせた。反動で、隣にいた行哉はまた転げ落ちそうになった。


「その話は今はいい。それよりおぬしの話だ」


 カルガカは何事も無かったように座り直して、アシオンを見上げた。テーブルの端まで転がった行哉は、今度は少し距離を置いて座った。


「確か、おぬしの従者が交渉した、というところまでだったな」

「はい。もうどこにも行けないから、一晩だけゆっくりさせて欲しいと頼みました」


(ゆっくり、ねえ……)


 朝になれば命が無いという状況で、くつろげるかどうかは疑問だと思うが、少なくともダリネに関しては願いは叶っているようだ。


「ふむ。残った時間でわしらを召喚したと」

「はい」

「もっと他のものを召喚しようとは思わなかったのか?」

「長老、それ、俺も訊いたから。できなかったんだって」


 すかさず行哉が言うと、尻尾が襲ってきた。距離があったので、華麗に避けてやった。


「わしが聞きたいのは技量の問題ではない。アシオン、おぬしは他のものを召喚して、どうしたかったのだ? 敵を一人残らず殲滅させるか? おぬしと同じように、逃げ場の無いところに囲い込んでから死をもたらすか?」

「……僕は」


 微かに、アシオンは震え始めた。泣き出すかと思えば、ぐっと息を飲み込んで堪えた。


「最初は、そうしたかった。でも、仮に強いもの召喚できても、その力を行使させる技量が僕には無かったので」


 カルガカは目をすがめた。


「そうだな……おぬしではせいぜいそこの小鳥に蝋燭の火をつけさせるのが精一杯だろう」


 行哉も同じように目をすがめてみたが、視界が悪くなっただけで何もわからなかった。カルガカにはゲームでおなじみのステータスでも見えているのだろうか。


(そういや、この話、前もしたな)


 カルガカが現れる前、アシオンは同じことを言っていたのを思い出した。そんな話をしていた。直後にシアンが出てきてうやむやになってしまったのだ。


「なあ、召喚に成功したら何でもできるってわけじゃないのか?」

「当たり前だ。剣を持てるからと言って、うまく扱えるとは限らないだろう」

「それと同じでいいのか……?」

「だいたいそんなとろだ。それに、わしらだとて未熟な召喚術で喚ばれたとすれば、不満が募る。過去に未熟な術で喚ばれたドラゴンが、腹立ち紛れに召喚師ごと焼き払ったという話もある」

「短気すぎだろ。つか、そんなんだから幻獣界がヤバくなったんじねえの?」

「わしらの話は後回しだ」


 カルガカは厳かに話を戻そうとする。行哉には耳の痛い話を避けているようにしか見えなかったが、ここで問い詰めても無駄な時間を過ごすだけだ。


(朝まであとどのくらいなんだろ)


 カルガカが何を思ってアシオンと話を始めたのか、真意はまだ見えない。


「また話が逸れてしまったが、アシオン、技量が足りたなら、敵を殲滅するか? 条件次第ではやれないこともないぞ」

「まじか!」


 だったらなんで最初からやらないんだよと、わめき立てる行哉をカルガカは両前足でがっちり掴んで懐に引き入れた。


「……! ……!!」

「長老様、トリさんが苦しそうです☆」

「大丈夫だ。それより、アシオン、どうするのだ?」


 くぐもった怒鳴り声を腹の下で響かせながら、カルガカはアシオンの答えを待った。

お読みくださってありがとうございます。

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