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アシオンの願い

「羽根があるってことは、長老、飛べるのか?」

「あたりまえだ」


 カルガカは軽くジャンプして羽ばたくと、ふわりとに舞い上がった。そのまま見せつけるように天井付近を旋回する。こんなおもちゃがあったなと、行哉は既視感を覚えていた。


「……狼が飛んでる……」


 おもちゃはともかく、鳥の自分が飛べないのに、狼が飛んでいる。なんという理不尽か。しかし長老側から言わせると、行哉は翼があるのに怠けて飛ばないということになるので、口には出さない。


「わあ! すごい!」


 行哉と違って何のわだかまりも無いアシオンは、飛び続けるカルガカを見上げて感嘆の声を上げる。妹を起こそうか、カラアイに相談していた。それにしてもダリネはよく寝ている。


(あのシアンの声で起きなかったしなあ)


 大きさのせいだろうか。同サイズの行哉にシアンの声はよく響くが、子ども達にとっては、まさに小鳥のさえずり程度かもしれない。

 長老はテーブルの上には戻らず、アシオンの足下に降りた。狼と聞いてカラアイはますます警戒したようだが、今度はアシオンに「大丈夫」と止められた。


「それで、お前と話せば良いのか?」


 ちょこんとお座りして見上げる仕草は、ただの子犬と変わらない。アシオンは思わず撫でようと手を伸ばして、慌ててひっこめた。


「いえ、妹と……」


 ダリネはよく寝ている。それは行哉も確認済みだ。


「ふむ。起こすか?」

「いえ。できればこのままゆっくり眠らせてあげたいです。こんなに気持ちよさそうに寝ているのは久しぶりだと思うので」

「そうか。では代わりに誰か別の者と話すか?」

「別の……」

「おぬしの『喚び声』は話し相手になれ、だった。特に妹とは言っていなかったからな」

「なあ、長老」


 テーブルの端から、行哉が割り込んだ。


「今って、元の大きさに戻れないのか?」

「元の? 戻れないことはないが……」


 少し面倒だと、カルガカはいい顔をしなかった。


「戻れるんなら、ここにいる人たちを乗せて遠くまで行けないか?」

「ふむ?」


 カルガカは首を傾げ、アシオンは、はっとしたように顔を上げた。


「どういうことだ?」

「詳しく話すと長くなるから簡単に言うけど、こいつら追い詰められてるんだ。外には何百って敵がいて、明日の朝には攻撃してくるんだ。だからそれまでに逃がしてやりたいんだ」

「ほう、それは難儀だな」


 カルガカは他人事のように――他人事なのだが――頷いて、言った。


「しかし無理だな」

「なんでだよ!?」


 行哉は身を乗り出しすぎて、テーブルから落ちた。途中で気づいて羽を広げたおかげで、軟着陸はできた。


「なんでといわれてもな……もしそうするなら、『喚び声』から一度離れなきゃならん。その上で、こやつがわしを再召還しなきゃならんわけだが……おしいな、今はまだ、そこまでの技量は持ち合わせていないようだな」


 アシオンを眺めて、カルガカは首を振った。


「惜しいの? だったらそんなけちくさいこと言わないで、ちょっとだけ手を貸してやってくれよ」


 それでも首を縦に振らないカルガカにヒヨコキックを食らわせてやりたい気分だったが、さっきの体当たりでもびくともしなかったので、体力を無駄に使うだけだ。仕方ないので周りを回って「ケチケチすんな」コールを繰り返す。だんだんシアンと言動が似てきたと、心の隅で思った。


「ケチで言ってるわけじゃない。だいたい、なんでお前はそんなにこいつらを助けたいんだ?」


 カルガカは尻尾を一振りして、行哉を転ばせた。気をつけるべきは前足だけではなかった。


「なんでって……だってこいつらまだ子どもなんだぞ」

「そんなのは――」

「待ってください」


 アシオンが行哉をそっとすくい上げた。


「ありがとう、トリ。でも、僕たちだけではだめです」

「僕たちだけって、他にいないだろ?」


 怪訝そうな行哉に、アシオンは首を横に振った。


「外に、最後まで僕たちを守ってくれた護衛の者がいます。彼らも一緒でなければ、駄目です」


 うっかり忘れていたが、アシオンの話では建物の外には護衛の兵がいるはずだった。

 幼い主人の気遣いに、カラアイがぐっと拳を握る。


「アシオン様のお気持ちは彼らにも伝わっています。しかし彼らはアシオン様の命を守ってこその――」

「イヤだ!」


 初めて、アシオンは声をあげた。ワガママを言う子どもの声で、カラアイに言った。


「僕は約束したんだ。もう、この先は最後までみんな一緒だって。だから!」

「アシオン様……」

「ねえ、トリ、本当に逃げられるなら、外のみんなも一緒に逃がしてください。それじゃなければ僕は逃げません」

「えっと……」


 行哉はカルガカを見上げた。カルガカは、なぜだか面白そうな顔をしていた。


「夜明けまで、か」

「はい」


 アシオンは頷いた。カルガカは天井を見上げて、なるほどと一人呟いた。


「まだしばらく時間はあるようだな。では、おぬし。わしと話をしよう」

「僕と、ですか?」

「正確には、わしと、おぬしと、そやつでな」

「俺も?」


 アシオンの手のひらの上で首を傾げていると、


「長老様、私も☆」


 シアンが飛んできて、カルガカの身体をすり抜けていった。


「お前は大人しく待っていろ」

「長老様、酷いです!」


 怒りつつも、シアンは大人しくテーブルの上に戻って星をまき散らしだした。

お読みくださってありがとうございます。

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