魔狼
「確かに仕方ないか。元の大きさだと、頭つかえちまいそうだしな」
今は行哉と同じにテーブルの上にちょこんと乗っているが、本来のカルガカであれば、室内に入りきれるかどうかもわからない。もしかしたら、影と力だけの召喚はこんな場合にも備えているのかもしれない。
一人納得する行哉に、カルガカは言った。
「それもあるが、『喚び声』を辿ったのだから仕方ないのだよ」
「長老も喚ばれたのかよ。っても、全然条件に合ってないよな?」
今は小さくなっているが、元の姿のカルガカではアシオンの召喚に応えられるとは思えない。
カルガカは頷いた。
「以前の召喚術なら、あり得なかったな。固定した対象を召喚できる力があるかどうかが問題だったが、最近の召喚術は『喚び声』に応えられるかどうかで決まるからな。ああ、わかっているぞ。意味がわからないんだろ?」
ぱかっと口を開けていた行哉は、長老に制されて口を閉じた。
「以前の召喚では、たとえばわしが召喚されたとしたら代理はあり得なかった。召喚できるかできないかのいずれかだったわけだ。最近の召喚術はその点が改変されていて、求める力を行使できればいい、という具合になっている。お前さんが喚ばれたように、火がつけられれば何でも良いというわけだ」
「そうすると今回は……話せればいいってことか?」
「そうだな。話せれば第一条件クリアといったところか。だからこそ、今回の『喚び声』は広く届いたのかもしれん。しかもお前さんが既に喚ばれているのに、『喚び声』が残っているという、さらなる謎のおまけ付きだ」
カルガカはアシオンを振り返った。値踏みするように、上から下までじっくりと見る。
「こんな幼きものがあの『喚び声』を放ったのか」
「あの……」
カラアイの後ろから、アシオンは尋ねた。
「この子犬も、トリの保護者ですか?」
「犬ではない。わしは魔狼族だ」
「狼でしたか」
「アシオン様、それ以上近寄られませんように」
挨拶でもしようとしたのか、一歩前に出たアシオンをカラアイが引き留める。その様子を見て、カルガカはニヤリと笑った。
「取って食ったりはしないぞ。なにしろ今わしらは『話し相手』のために喚ばれているのだからな」
(……ってことは、長老も着ぐるみなのか?)
シアンと違って存在感に溢れているが、影だけ送ってきているのだろうか。疑問に思った行哉はカルガカに近寄ると、そのまま体当たりした。
もふ、っという感触の後で跳ね返されて転がった。
「何をしてるんだ?」
「え、長老、本体ごと移動してるのか?」
「むろんだ。シアンの二の舞はゴメンだからな」
カルガカは胸を張った。
「長老様だけズルいです! 私もトリさんに触りたいです!」
シアンはカルガカの周りをくるくる回った。カルガカは「ふん」と笑い飛ばし、全く相手にしていない。
「ってことは、あいつの召喚術って契約召喚なのか?」
召喚獣と直接契約を結ぶ高等召喚術でなければ、本体ごと移動できない。シアンはそう言っていた。まさか、生まれて初めて召喚術に成功したアシオンは、知らずに高等術を使っていたのか。
カルガカは首を傾げた。
「そこなんだよなあ。わしも不思議に思っているのだが、『喚び声』は術式召喚だった。そうでなければ、あんなに広く届くまい。まあ、広く届くという時点でもおかしいのだが……」
「それってつまり、何種類もいっぺんに喚べないってことか?」
「うむ。召喚者の力量にもよるが、通常は一種類、一体、一履行だな」
「一種類に一体、一……なんだって?」
「一履行。わしらが人間界で行使する力は一つだけだ」
「ふーん。じゃあ例えば同じ召喚獣にもう一つ別のことを頼もうとしたら、もう一回召喚するところからやり直しなわけ?」
「術式召喚ならそういうことになるだろうが、普通はやらんな。お互いの消耗が激しすぎる。契約召喚のみと考えていい」
「なるほど」
じわじわと術式召喚と契約召喚の違いが明らかになってきているが、行哉の疑問の目は今、もっと別の所に向けられていた。
「なあ、今は長老も、『喚び声』に従ってきてるんだよな」
「うむ」
「あいつが召喚したい対象って、『小さくて、ふわふわで、羽があって、話ができる』やつなんだが、実は話せるものなら何でもよかったのか?」
「いや、小さいだのふわふわだのといった条件もクリアしないとだめだな」
「シアンの奴は小さくて羽があって話せるけど、『頭がふわふわ』だからってことで出てきたんだが、そんな適当でいいのか?」
「うむ。実は本当にそれで通るとは思っていなかった」
長老の告白に、シアンがまたくるくると回った。
「長老様酷いです!」
「シアン、帰ってからゆっくり怒っとけ」
今は落ち着けと行哉に言われて、シアンは素直に背後で大人しく星をまき散らしていた。
「シアンが適当なのは今さらだからいいんだけど、長老はどうなんだ? 話せるのとふわふわなのは前からだろうけど、サイズは小さくなれればいいってこと? あと、羽はどうしたんだ?」
「大きさは小さくなれれば問題ないようだったな。それと、羽はあるぞ」
何を今さら、とばかりにカルガカは言った。
「あるのかよ!」
行哉が叫んだ瞬間、カルガカの背中が不自然に盛り上がると、一対の翼が広がった。
「まじか……狼に翼ってありなのかよ……」
ぽかんと口を開ける行哉に、カルガカはニヤリとして見せた。
「ただの狼ではない。わしは魔狼だ」
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