ダリネの好きなもの
「……あの、な」
何度か口を開け閉めして、やっと言葉が出せるようになった。
「はい」
「お前、何歳だ?」
「先月、十歳になりました」
アシオンは誇らしげに答えた。行哉はまた絶句しそうになった。
「お……親は、どうしたんだ?」
「父上と、母上は……」
アシオンの目が虚ろになった。カラアイが、見かねたように申し出た。
「アシオン様、よろしければ私からお話しいたします」
「……ううん、僕が、話すから」
大丈夫だよと、カラアイを見上げたアシオンの顔色は血の気が無くて真っ白だった。カラアイは唇を噛みしめ、引き下がった。
「かしこまりました」
「あのな、やっぱり、話さなくても良いぞ?」
立ち入りすぎたかと、行哉は反省した。カラアイの鋭すぎる視線がざくざくと身体を貫通しているのを感じる。アシオンは真っ白の顔のまま、首を振った。
「僕が話したいんです。今度は僕の話し相手になってください」
「そうか……眠くなったら寝て良いからな?」
ちらりとダリネを見れば、すやすやと眠っている。同じように妹を見て、アシオンは頷いた。
「はい。でも、できれば寝ない方がいいかもと思ってます。ダギュールの将が約束を破らないとも限らないので」
「約束って?」
「明日の朝まで、僕たちに手を出さないという約束です」
アシオンの声が、震えた。
行哉はアシオンの手に飛び移った。
「前にさ、俺の羽ってふわふわで気持ちいいって言ってくれた人がいたんだけど、触ってみねえ?」
アシオンは素直に行哉の羽に手を伸ばした。少しだけ、顔に血の気が戻った。
「……ほんとにふわふわです」
アシオンの手が震えなくなるまで待って、行哉は言った。
「ダギュールの将ってのは、要するに兵隊のことだよな。戦争でもしてるのか?」
アシオンの手が一瞬止まって、また動いた。
「僕が生まれる前から、オルシスカとダギュールの戦は続いていました」
「オルシスカ?」
「父上は、オルシスカの王太子でした。強くて、とてもりっぱな父でした」
声に、嗚咽が混じり始めた。しゃくりあげながら、アシオンは父が休戦協定の帰り道で亡くなったと話した。
「休戦協定を結んだのに、襲われたのか?」
「敵味方ともに、反対の多い協定でした」
そこから語り手はカラアイに移った。アシオンの側近だという青年は、残りの経緯を語る間、終始、静かな怒りを孕ませていた。
カラアイの語りによれば、オルシスカは三百年の歴史を持つ古い国だった。新興国のダギュールは周辺の小国を併合した後、オルシスカに侵攻してきた。国境線での小競り合いに始まり、数年ごとに休戦を交えながら二十年近く戦を続けてきたという。
「今回の休戦協定はダギュール側からの申し出でした。今年は不作だったため、補給が難しくなったためだったようです」
オルシスカ王は休戦を受け入れたが、国内にはいまのうちにダギュールを叩いておくべきと言う強硬派も多く存在した。だから、休戦協定を結んだ帰り、王太子が何者かの襲撃を受けたというのは、想定の範囲内だった。想定外だったのは、王太子の死、だ。
襲撃者はダギュールの兵である印を持っていたが、当然、ダギュール側はこれをオルシスカによる工作と反論する。休戦協定は結んだ直後に破棄され、ダギュールの侵攻が再開された。
王太子を殺害されたオルシスカは、戦意は高かったが内部のまとまりに欠け、敗退を繰り返し、ついには王都にまで攻め込まれた。アシオン達は王都に侵攻される前に逃げ落ちていたが、ダギュール側は王家の血を絶やすつもりだった。逃げる先々まで追いかけてきて、五十人からいた護衛隊はあっという間に数を減らされた。
今残っているのは、側近カラアイと、外で見張りをしている数人の兵だけ。現状で兵達が守れるのは、王族を守って死ぬという名誉だけだ。
「あの、さ」
アシオンはずっとしゃくり上げている。妹を起こさないように、声を殺そうとしている。
「もうホントに助からねえの? なんか逃げ道ってねえの?」
行哉がおずおずと訊けば、カラアイの視線が更に鋭くなった。
「ダギュールの追跡隊の任務はアシオン様とダリネ様の首を持ち帰ることです。交渉の余地はありません。またこの建物の周囲は、三方が崖です。残る一方にダギュール軍が陣を敷いています」
崖の下にも兵を配置しているでしょうと、カラアイ。仮に崖を降りる道があったとしても、行き着く先は敵の中というわけだ。
「今さらだけどさ……俺なんか喚ばないで、もっと強い奴を召喚した方が良かったんじゃねえの?」
「できなかったんです」
しゃくり上げながら、アシオンは言った。
「逃げている間、僕はずっと過去の召喚術についてできるだけ学んで、試しました。でも、ドラゴンも、妖精も、力にはなってくれませんでした。母上の曾お祖父様は召喚師だったそうなんです。だからきっと僕もできるって……でも、だめだったんです!」
「……」
「ダリネを泣かさないようにしますって、母上と約束したんです。でも、ダリネが好きなものは全部、城に置いてきたから……大好きだった乳母もいなくて……せめてダリネが喜んでくれるものを喚ぼうと思って」
『翼もつものよ、小さきものよ』
行哉の耳に、喚び声が蘇った。いつもと違うと思ったのは、そういうことだったのかと腑に落ちた。
「……ダリネは、鳥が好きなのか?」
「はい。庭に小鳥を見かけると、いつまでも見ていました」
「そっか」
もしかしたら今回は、誰かの替わりじゃないのかもしれない。
『柔らかくてふわふわで――話せるもの!』
行哉を喚んだ声は、妹の好きなものを喚ぶ声だった。
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