空に舞え
行哉は足下を見回した。長老の座は、特別な建物があるのではなく、だだっ広いだけの場所だ。野球場一つくらいは余裕で作れると思う。
「あ、あれでいいか」
少し離れたところに大きめの石があった。高さは、今の行哉とちょうど同じくらいだ。行哉から見たら立派な岩だが、カルガカから見たら小石程度になるのだろう。つついてみて、ぐらつかないことを確かめてから、行哉は石の上に飛び乗った。
「?」
カルガカは首を傾げながら行哉の様子を眺めている。
行哉は石の上でカルガカに向き直り、見てろよ、と羽を振った。そして――飛んだ。
「よっ、と!」
小さな羽を懸命に動かして、気持ちだけは空へ向かって、身体は地面にぽてっと落ちた。
「な?」
「なにが、『な?』なのだ」
ドヤ顔で振り返る行哉に向かって、カルガカは前足を振る。行哉は避けた。だんだん慣れてきた。
「見ての通りだってことだよ。いくら俺に飛ぶ気持ちがあっても、全然飛べないだろ?」
「飛ぶつもりだったのか。ふむ。おかしな話だな」
「おかしくねえよ。だいたい、羽があるだけで飛べるんなら、生まれた瞬間に飛べることになるだろ」
「だからそうだと言っているだろ」
「は?」
再び、行哉とカルガカは「こいつ何言ってんだ?」と、見つめ合った。話はひたすら平行線を辿っている。
「……なるほどな。久しく人界に行っていないから忘れていたぞ。人界にすむ鳥たちは、生まれてすぐは飛べなかったな」
やがて、合点がいったように、カルガカは頷きながら言った。
「ってことは、ここの鳥は生まれてすぐ飛べるのか?」
「鳥に限らん。翼を持って生まれたものは全てだ」
「じゃあ、ペンギンもダチョウもドラゴンも、あと、シアンみたいな妖精もか?」
「ぺ、んぎん……?」
「あ、ペンギン知らない? 海を泳ぐ鳥なんだけどさ、やっぱここにはいない?」
こういう感じのなんだけど――行哉は足で地面に描いてみた。あまりうまくはないが、だいたいのイメージは伝わるだろう。
「鳥なのかこれは? うーむ、残念ながら心当たりはないな」
「そっか」
行哉自身も、ペンギンやダチョウが召喚獣として登場した作品には心当たりが無いから、きっといないだろうとは思っていた。
「しかし、仮にその『ぺんぎん』や『だちょう』がこの世界に存在するとしたら、そのものらも飛ぶことは可能だろう」
「生まれたての雛でも?」
「飛ぶだろうな」
「飛ぶのか……」
ふわふわのペンギンの雛が飛ぶところが想像できなかった。それ以前に、そんな簡単に飛べたら、子育てなんて不要ではなかろうか。
「ドラゴンの奴らは特殊な連中もいるから、一概には言えんが」
カルガカはその特殊性についても詳しく話したそうだったが、行哉は無理矢理話を戻させた。
「とにかく、俺は、飛べるのか?」
「だからそう言っているだろう」
何度も言わせるなとばかりに、カルガカ。牙がちらっと見えたが、行哉は怯んでいられない。
「でも俺、シアンに一回放り投げられたときに墜落死するところだったんだぜ?」
「なに? 貴重な雛に、シアンの奴め何を……」
あとでおしおきだという呟きを、行哉は聞こえなかったことにした。
「……まあいい。人界の鳥しか見たことのないお前には、わかりにくいのかもしれんな。この世界では、翼というのは、飛ぶことの象徴にすぎんのだ」
「いきなりもっとわからなくなったんだが」
「話は最後まで聞け。お前たちの世界と違って、この世界に棲むものはすべて、力の象徴として形を成している」
「はあ」
「全然わかりませんという顔はしなくていい。お前さんみたいな、ふわふわの頼りない翼だろうが、ユナムみたいに立派な羽だろうが、飛ぶという力の象徴に過ぎないわけだ」
「大きさとか形が違っても、飛ぶことには変わらないってのはわかるよ」
行哉の世界にも飛ぶものはたくさんあるし、それらが全て同じ羽を持っているわけではない。生息場所やエサの捕獲等の目的に応じて必要な形状に進化したのだということも理解できる。
「言われてみれば、俺の世界でも虫なんかはうまれてすぐ、ってわけでもないけど数時間で飛ぶし。でも鳥はそうじゃないはずなんだよな」
「ふむ……お前さんが飛べないのは、その思い込みのせいだな」
「思い込み?」
「人界の鳥と同じに、雛のうちは飛べないという思い込みが、お前さん飛行能力を妨げているとワシは見た」
「ほんとかよ……」
「火炎鳥の雛としてのお前さんの身体にはどこも不具合は無いんだから、そうとしか考えられん」
カルガカは断じて譲らない。
「気持ちの問題なのか? まあ、そう言われりゃそうかもなあ……俺人間だったし、飛び方とかよく知らないし」
「間違いない。いっそ人間だったことも忘れてしまえ。お前は飛べる。長老であるわしがそう言うのだから間違いない」
「そんな無茶な――」
ぐだぐだ言わずに飛んでこいと、カルガカは前足を振った。行哉は避けたつもりだったが、気づくと宙に舞っていた。
「ええ!?」
下を見れば、カルガカがニヤリとしているのが見えた。巨大な狼の全身が見えるほどの高さにいると知って、行哉は慌てて翼を動かした。
「おい! スパルタ教育にも程があるだろ!?」
これじゃシアンと変わらない――怒鳴りつけたとき、視界がブレた。
「え?」
「なに?」
カルガカの慌てた声を最後に、行哉の意識はブラックアウトした。
お読みくださってありがとうございます。
最近購入した鳥のぬいぐるみ、丸っこいせいかよく転がるんですよね……




