こんな時どんな顔をしたらいいのかわからない
「……ま、それはともかくとしてだ」
よく考えてみたら落ち込むような話じゃない。行哉は召喚獣の雛として召喚されただけで、他の召喚師から召喚される立場ではない。その役割を勝手に押しつけられただけだ。
「あのな、シアン」
「はい、なんでしょう☆」
「いや、まあ、大した話じゃないんだけどさ」
こういう時どんな顔をすればいいのかわからない、なんてどこかで聞いた科白が脳裏を掠めていく。確かにわからないが、所詮、今の行哉は鳥なので普段の表情すらよくわからないのだと開き直る。
「あー、ほら、その、火炎鳥の所でさ、俺に召喚を押しつけた奴を探して追いかけさせるって、騒いだんだって?」
上目遣いで尋ねれば、シアンは驚愕の表情で否定した。
「騒いでませんよぅ、火炎鳥さんたちの領域に入ろうとしたら金色頭のモモさんに止められたので、妖精キックをお見舞いしただけです☆」
「しっかり騒いでんじゃねーかよ。つか、妖精キックってなんだ?」
「トリさんが前に狼さんに向かってやっていたのを真似しました☆」
「……」
黒狼の鼻面を怒りにまかせて蹴飛ばした記憶はある。相手に全くダメージが与えられなかった苦い記憶だ。
「……ちなみに、キックを受けたモモちゃんはどうなったんだ?」
「枝からコロッと落ちました☆」
「まじか」
「おかげで他の火炎鳥さんたちが集まってきたので、領域に入らなくて済みました☆」
「そういう問題か!?」
「はい☆ おまけにトリさんに召喚を押しつけたのは誰かと訊いたら、みなさん、すぐにモモさんを指さして教えてくれました☆」
「……妖精キックすげぇな……」
怯えた様子で転がっているモモを指さす火炎鳥たちの様子が目に浮かぶ。ちょっぴり、モモに同情した行哉だった。
「妖精キックの威力はよくわかったから、次は最終手段として封印しておけな?」
「封印、ですか?」
シアンは己の足をじっと見て、眉を顰めた。
「私はあまり得意ではないので、魔法に長けたドラゴンさんあたりに頼まないと――」
「いや、そこまで大掛かりじゃなくていいから。無闇にやるなって事だから」
「そういうことでしたか☆ わかりました☆」
にこにこと、シアンは頷いた。本当に理解しているのか不安になる笑顔だった。
「とにかく、だ」
その先の言葉がなかなか出てこない。行哉は羽の隙間を突ついたりして、言葉が喉から出てくる時間を稼いでみる。
「そのー……あれだ、心配してくれて……ありがとうな」
「…………ありがとう?」
「や、だからさ! 俺は勝手にこんな所に喚ばれたわけだけどさ、シアンに世話になってるし、黒狼の時だって戻ってきたら知らない場所だったから、シアンが迎えに来てくれなかったら途方に暮れてたわけだし、さっきもモモちゃんが来なかったらリトの願いも叶わなかったし、モモちゃんが結局リトの病気も治したらしいし、それってシアンがけしかけてくれたからそうなったわけで、で、シアンがそうした理由って俺のこと心配してくれたおかげなわけで、とするとやっぱりお礼を言わないと、人としてどうなんだって、いや、俺、今、鳥だけど――」
「ありがとう、ですか☆」
わたわたする行哉の前で、シアンはぼうっとした表情で浮かび上がり、突然、大量の星をまき散らした。
「……シアン?」
何が始まったのか。いや、自分は何を始めてしまったのか。行哉の動揺をよそに、シアンのテンションは急上昇した。
「ありがとう、ですか☆ いいですね! 私、初めて言われました☆」
「そうなのか?」
「そうなのです! ありがとうです☆ いいですね☆」
取り憑かれたように、くるくると巣箱の中を回り出したシアンを止める術も無く、行哉は流星群の真っ只中となった巣箱で、じっと終了を待つしかなかった。流れ星なら願い事と相場が決まっているが、この星たちに願っても知らん振りされそうだ。
(妖精ってみんなこんななのか?)
他に知っている妖精族と言えば、長老のアケイディアだけだが、巨人サイズの美女が星を振りまくところは想像できなかった。というか、したくない。流星と言うより惑星衝突レベルになる。
「……ふぅ☆」
やがて、恍惚とした表情でシアンは行哉の隣に戻ってきた。
「……気が済んだか?」
「はい☆」
シアンは満面の笑みで頷いた。
「昔、お友達のヘビさんがいたんですよ☆」
「ヘビ?」
唐突に、何の話だと思いつつ、行哉は耳を傾ける。
「はい、綺麗な水色で、すごく大きくて、水の中に住んでいて、雨とか簡単に降らせたりできました☆」
「もうそれ、水神とか言うレベルだろ」
「そうかもしれません☆ 強いヘビさんでしたから、とうぜん、契約召喚に応じていたんですけどね、でも私には世界を移動してまで人間のために力を貸す理由がよくわからなくて、どうしてですかって訊いたことがあったんです☆」
「ヘビは何て言ってんだ?」
「『ありがとう』って言われたからだそうなんです☆」
「……そっか」
「私、トリさんに言われて、やっとわかりました☆」
「……そっか?」
「私、そのときぜんぜん意味がわからなくて、そんなことで契約召喚に応じるなんてばっかじゃない、とか言っちゃったんですよね☆」
「心の広いヘビでよかったな……」
そうでなければシアンはその場でひとのみにされていただろう。
「優しいヘビさんでした☆」
「ちなみにそのヘビは」
「……いっぱい召喚されて、消えちゃいました☆」
シアンの表情は変わらなかった。それでも、悲しみだけは伝わってきた。
「そっか」
「ほんとに、優しいヘビさんだったんですよ……☆」
「会ってみたかったな」
きっと初対面では怯えるだろうけど、とは言わないでおいた。
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