出会い 4
「トリさん、そろそろ帰りましょうか☆」
「ああ……いや、待った」
行哉の声で、シアンはぴたりと動きを止めた。なつかしの『だるまさんがころんだ』が行哉の脳裏に浮かんで消える。
「シアン、俺が火炎鳥とかなんとか言ってたよな?」
「はい。言いました☆ 発火スキルも身につけましたし、もう立派な火炎鳥のトリさんですね☆」
シアンは嬉しそうに飛び上がってくるっと一回転する。どういう仕掛けなのか、シアンの動きに合わせて星型の光が振りまかれた。
「あのな、喜んでくれるのは良いんだけど、その辺で終わりにしろ。テンション落とせ。何なんだ、その星は」
「お祝いの魔法です☆」
原理についての説明は無かった。行哉も期待していなかった。これがシアンだと、どこかで諦めていたとも言う。
「そうか。とにかく降りてこい」
シアンは素直に地上に降りて、行哉の前にちょこんと座った。
「これで良いですか?」
「そんなに畏まられるような話でもないんだけどな。火炎鳥の一族とやらに会ってみたいんだが、できるか?」
「できないことは無いのですが、一度長老様方に訊いてみないとですね☆」
基本、行哉は育つまで幼獣保護区で過ごすことになっているので、長老の許可が必要らしい。
「だったら俺に召喚が回ってくるような仕掛けにするなよ……」
「その辺りのことも訊いておきますね☆」
結局、シアンに抱き抱えられて行哉は一度巣箱に戻った。入り口からぽとんと落ちて、お気に入りの藁山に収まり、一息つく。ほっとして気が緩んだせいなのか、あっというまに瞼が閉じてきた。
(あー、もう動きたくねえ)
藁山の一部と化していると、唐突に引っこ抜かれた。
「トリさん、寝てる場合じゃないです、行きますよ☆」
青白い妖精が満面の笑みでそこにいた。
「……まあ、そうだろうと思ったけど、一言声くらいかけろよな!」
「トリさん細かいですぅ☆」
行哉の苦情を右から左に聞き流して、シアンは巣箱から飛び立った。もちろん、行哉は飛べないので抱えてもらっている。
「許可は貰えたってことか?」
「はい☆ ただ、火炎鳥の皆さんは人見知りな方が多いので、領域の中に入ると怒られてしまいますから、手前までですけどね☆」
「人見知りで召喚獣なんかやっていけるのか……?」
「どうなんでしょう? ただ、噂では真っ先に召喚拒否した一族と言われています☆」
「……」
別の種族を選ぶべきだったかもしれない。キャラ作成時に戻れないかと遠い目をしているうちに、シアンが到着を告げてくる。
「はい、着きました☆」
火炎鳥という名からして、もっと火属性の強調された土地――例えば火山のような場所に生息していると思ったが、ごく普通の森だった。
「火炎鳥が森に住んでて大丈夫なのか?」
「トリさんだって木の上に住んでいるじゃないですか☆」
「そりゃそうだが……」
あの巣箱も木製だった気がする。防炎材でも塗ってあるのだろうか。
「それに火炎鳥さんの炎は、火炎鳥さんが燃やすつもりがなければ何も燃えません☆」
「へー……じゃあ俺の身体にいきなり火が付いても、巣箱が燃えたりしないんだな?」
「そう聞いています☆」
聞きかじりの知識をドヤ顔で披露するシアンだった。
「そんなに気になるなら試したらどうですか?」
「試してホントに燃えたらどうすんだよ」
「トリさんがどんなに頑張っても小枝が焦げるくらいだと思います☆」
「――例え小枝でも焦がされる木には不幸でしかないね」
すました声が割り込んできた。
振り返ると、すぐ後ろの木の上に一羽の赤い鳥が止まっていた。頭のてっぺんは金色の羽毛で、首筋から長い尾まで目の溜めるような深紅の羽毛に覆われている。嘴は尖った三角形で、うっすら紅色に染まった大理石のようだった。
「あ、トリさん、火炎鳥さんですよ☆」
「君が妖精のシアンだね? 長老から話を聞いたよ」
赤い鳥は枝の上で値踏みするような目つきを行哉に向けてきた。
「そちらが『召喚』された雛くんという訳か」
「雛くんではなくて、トリさんです☆」
シアンが訂正したが、赤い鳥は軽く首を振っただけだった。
「名前なんてどうでも良いよ。僕は長老から君たちに会えと言われた。だから来ただけだ。用が済んだなら帰ってくれ」
「といってますけど、どうしましょう、トリさん☆」
「……歓迎されてねえのはよくわかったよ」
赤い鳥は木の上からこちらを見下ろすばかりで、側に寄ってくる気配すら無い。行哉を見る目は、警戒の一色だ。親しく話ができるとは思えなかった。
「残念ながら君を歓迎するものは幻獣界にはいないと思うよ。君は僕らの静かな暮らしを破るものだ」
木の上から、赤い鳥が馬鹿にしたように言う。行哉も負けずに睨み返した。
「そんなの俺の知ったことか。ああ、帰るよ、俺だってこんな、人見知りの引きこもりの、生まれたばっかりの雛を召喚させて自分はぐうたら寝てるような奴らを仲間だなんて思いたくねえよ!」
一息に吐き捨てると、赤い鳥の顔色が変わった。顔を覆っている羽毛の色が変わったというのだろうか。赤みが増したように見える。
「なんだと……そんなデタラメ、よくも口にできるな」
「デタラメなもんか。俺はさっき黒狼の代わり召喚されて戻ってきたばかりだ」
「そうだそうだ☆」
隣でシアンが拳を振り上げて同調するが、どうにも気が抜けるので止めてもらう。赤い鳥も気を削がれたのか、羽毛の色は元に戻っていた。
「ともかく、僕が心穏やかにいる間に立ち去るがいいよ」
「ああ、そうするよ――」
邪魔したな――そう、カッコよく捨て台詞を吐いて背を向けたつもりだった。
「トリさん!」
視界が、ブレた。
(またかよ……)
シアンの慌てる声を遠くに聞きながら、行哉の視界はブラックアウトした。
お読みくださってありがとうございます。
そういえば狼も鳥も名前が出てませんでした……