出会い 2
(食われる!)
目を閉じることすらできず、行哉は鋭い牙が迫るのを――
「ふわぁー……ふぅー」
――迫ってこなかった。あげく、気の抜けた吐息と共に閉じられる。
「なーんだ、ひよこか。巣から落ちたのか?」
「……そんな、ところ、かな……」
「なら、そのうち誰か迎えに来るだろうから、おとなしく待ってろ」
大あくびをしながら言った黒犬は、再び目を閉じ、軽いいびきなどをたてて眠ってしまう。
(た、助かった……?)
全身の力が抜けた。力が抜けすぎて、その場から転げ落ちそうだった。犬を起こさないように静かに体勢を立て直し、行哉は大きく息を吐いた。
「……なんだったんだ……」
展開が怒濤過ぎて頭が追いつかない。悪夢を見たのだと言われたら、納得してしまいそうだ。
「つか、ここどこなんだ」
見上げれば空からは柔らかい光がこれでもかと言うほどに降り注ぎ、足下では巨大な獣がいびきをかいて眠っている。呼吸に合わせて上下する身体の上にちょこんと乗っかった行哉は、のどかな空気に潜む睡魔に蝕まれ始める。
(いや、寝てる場合じゃねえし!)
慌てて首を振って、ついでに身体全体もぷるっと振るわせて睡魔を追い払う。見たことの無い場所だが、こののんびりした空気は、幻獣界のような気がする。
(とりあえず……降りるか?)
乱れた羽毛を繕いながら地面に降りる道を模索している間に、聞き慣れた声が降ってきた。
「トリさーーーん!」
青白い光点が見えたかと思うと、あっという間に見慣れた妖精の姿になった。
「こんな所にいたんですね☆ 怪我はありませんか?」
行哉の前に降り立ったシアンは、容赦なく行哉の身体をなで回す。
「おい、待て、くすぐったいから! やめろ!」
「うん、ケガは無いようです☆ はー、ホントに召喚されちゃうなんて、びっくりしましたよー☆」
「……なんとなく展開は読めてきたが、俺に何が起きたのか、詳しく話してもらおうか」
正直に話さないと突っつきたおす――半眼で睨んで嘴を突きだすと、シアンは慌てだした。
「わ、わ、わ。わ、トリさん落ち着いてください! さっきもと言ったとおり、召喚魔法が発動して、トリさんが召喚されたんですよ!」
「うん、そんな気がしてたんだが、ちょっとおかしくないか」
「なにがでしょう?」
「シアンの話じゃ、喚ばれた奴が拒否すると他の奴が代わりに召喚されるんだよな?」
「はい、そうです☆」
「それがおかしいんだよ。普通、っていうか、俺が知ってる召喚術ってのは、力を借りたい召喚獣を決めて喚ぶもんだったと思うんだが」
「ええ、以前はそうでしたけど、最近復活した召喚術というのが、割とアバウトな作りになっていましてですね、力を貸してくれるなら何でも良い、という形式なのですよ☆」
「なんだそりゃ……」
当初は、意欲のある召喚獣だけが発現することとなったので有効な方式ではあったのだが、今となっては召喚を拒否できない低レベルの幻獣が仕方なく力を貸していると言う状況である。
『そんなものしか喚べないのか!』
髭面の男の、苛立った声が蘇る。そうか、あれはこういう意味だったのかと遅まきながら理解した。
「……なあ、そうやって生まれたばかりの子供の幻獣がこき使われて力尽きたんじゃないのか?」
「いえ、それ以前から新しい幻獣が生まれなくなっているので、その点は大丈夫です☆」
胸を張って、シアン。威張ることじゃないという突っ込みは控えて、行哉は次の疑問に移る。
「ま、そういうことにしてもいいけど……そんないい加減なら召喚術なら、丸ごと召喚の方じゃないよな?」
シアンの説明によれば、召喚術は契約召喚と術式召喚の二通りで、本体を丸ごと移動させる契約召喚は高等技術だったはずだ。
「はい、その通りです☆ トリさんよく覚えてますねー☆」
「だとしたら、どうして俺は本体ごと召喚されたんだ?」
術式召喚では、例え召喚に応じても必要な力と影だけを送り出すだけだとシアンは言ったが、巣箱からここまで勝手に移動していることから考えても、行哉は本体ごと召喚師の元に移動していたとしか思えない。
「実は私にもその点がわからないのです☆」
明るく言い切ったシアンは、だからこそ慌てて探し回ったのだとも言った。
「例え生まれたてであっても、術式召喚なら移動することはあり得ないのです☆ ただ、トリさんの場合、そのぅ、いろいろ予想外のことが起きてますし、他に例がないことでもありますから、一度長老様にご相談してみないとですね☆」
「結局、不具合かよ……」
一度決めた覚悟が、またぐらつきそうだった。
お読みくださってありがとうございます。
シアンのせいで、眠りこけているモフモフのくんの出番がガリガリと削られていきましたよ……。