ツヨカッタ勇者のヨワクナッタ少女の話
とある少女の話をしよう。
人間の中で最もツヨカッタ少女の最もヨワクナッタ人生を。少女はとある村のごく一般的な家庭に生まれた、周囲の誰もが彼女を愛しまた彼女も周囲を愛した。少女は所謂天才だった。そんな彼女を村の誰もがより一層愛するのは当然とも言えた。彼女がそろそろ15歳になろうかという頃、ある日国の将軍を名乗る人物が教会の神官と思わしき人物をつれ、やって来た。
将軍はこの村にいるはずの勇者の加護を持つ者を王国へ連れに来たと言った。村の住民達は直ぐに誰が勇者なのかわかった。村で一番の才女であり、誰からも愛される彼女が勇者なのは明白だったと考えたからだ。
少女は将軍の前へと連れられて本当に加護があるのかと神官に調べてもらった。結果は予想通り彼女には勇者の加護があった。彼女の両親は涙ながらに少女を見送った、王国から重い何かが入った袋を受け取りながら、見送った。
彼女は王国に着くと勇者として経験を付けると言われ王国の兵士相手に訓練をした。しかし、彼女には不要だった。勇者の加護が彼女の身体を技を訓練の中で最適なものへと作り替えていったからだ。彼女が王国で最強の名を手にするまで時間はかからなかった。彼女は王国でも愛された、彼女のファンクラブなるものが出来るのにも時間がかからず、誰もが愛した。彼女は王国の命令でワルイ魔族の王、魔王と呼ばれる王が治める国へと独りで攻めに入った。
彼女が王国に帰る度に民衆達は英雄の凱旋だと、彼女を迎えた。彼女もまたどんなに辛くてもこうして帰る場所があることで何よりも頑張れた。そのうち魔族から彼女は不死身の勇者と呼ばれるようになった。彼女は何故か魔族からどんな攻撃を受けても傷一つつかなかったからだ。唯一彼女を傷つけられたのは魔王ただ一人だった。彼女はツヨカッタ、独りでにも関わらず魔王討伐を命じられてから一年後遂に彼女は魔王討伐に成功した。
彼女に唯一傷をつけられた魔王を倒し彼女は王国へと帰る。しかし、王国で待っていたのは彼女の凱旋を喜ぶ声ではなくまるで親の仇に向けるような怨嗟の声だった。彼女には理解ができなかった…いやしなかった。認めてしまったが最後彼女は彼女でいられなくなるだろうから。民衆が投げる石は彼女を傷つけることは無かったが彼女は王国から立ち去った、彼女の何処が軋む音がした。民衆の中に見かけない顔が殆どだった事を彼女は気がつくことは無かった。
途中何度も王国の兵士達に襲撃されながらも彼女はどうにか故郷の村へと帰ってきた。しかしどういうことか村は静まり返り人の気配を感じられなかった。彼女は不安になりながらも自分の家族と住んでいた家に向かう。あの優しい両親と幸せな時間を過ごしていたことを思い出しながら。そこで待っていたのは優しい両親だった何かだった。既に人としての何かを失った様なまるで魔物のような両親。彼女は懸命に両親だったものに話しかけるも両親だった何かは黙ったまま近づいてくるばかり。両親だったなにかが彼女に迫る直前、どこからか呪文の詠唱が聞こえ両親だったモノを弾き飛ばす。
と同時に彼女の元へと現れたのは王国の王子だった。彼はとりあえず落ち着ける所に移動しようと彼女へ言うと彼女の手を握り走り出した。落ち着ける場所へと移動してから王子の説明を受ける彼女は驚きの事実にただただ呆然とした。なんでも、不死身の勇者が魔王を倒したのはよかったが魔王の最後の一撃で
人を魔物に変えてしまう細菌を解き放ってしまった為故郷の村のように滅んでしまったところがあったようだ。そして、更にはこの細菌をわざと解き放ったのが魔王をわざと追い詰めた不死身の勇者だと言う噂がたちまち王国中を巡り彼女が王国に帰ってきた時あのような仕打ちを受けてしまったのだと王子は申し訳無さそうに誤った。
何故国に追われたか聞くと王子は将軍が勇者を危険だと無理を言って捕縛令が出たんだ。彼女はまだ捕縛令であるのか…という落ち着いた様子ではあったが内心とても荒れていた。魔王がそんな一撃を放った覚えなんてない…魔王は間違いなく私と同じツヨキモノだった。そんな魔王が細菌をばら撒くなんてましてや私がそれに加担したなんて…。魔王とは最終決戦になるまで何度か戦ったからこその根拠だった。それを王子に伝えると、何とも言えない顔をしてそれからとりあえず当面は俺が用意する隠れ家に隠れていてくれ、王族は君の味方だ、そういった。
それからは王子と共に隠れ家を転々とした、彼女はどんな攻撃も受け付けない不死身の勇者だからと大丈夫だと何度も言ったが王子はそれでも頑なに勇者を隠し続けた。そんな王子に段々と彼女も心を開くようになりお互いを名前で呼び合う程となった。隠れ家生活をしている間何度かハプニングがあったが将軍を筆頭とした勇者捕縛令に従う者達からどうにか逃げ続けて一年が経とうとしていた。
王子は勇者の無実を証明するべく証拠を集めていたようでようやくその証拠が集まったので明日王城に向かうから今日は早く寝るといいと言い王子がいつも入れてくれた温かい飲み物を受け取る。彼女はそれを飲むと眠くなったのか直ぐに寝てしまった。
彼女が目を覚ますとそこは王子と共にいた隠れ家…ではなくて何処かの地下牢の様だった。とりあえず調べようとして動こうとするも両手が鎖に繋がれてるのか動けなかった。それに何処か身体に力が入らず強引に出ることは難しそうだった。しかし、彼女は自分の身よりもあの優しい王子の事を心配した。自分が捕まったということはあの時同じ場所にいたかもしれない王子が危ないと…。そう思い行動しようとしたその時、何やら上の方から足音が聞こえてきたそれと聞きなれた声が聞こえてくる。そいつらに王子は無事なのか!と聞こうとして身構えていると────────現れたのは王子だった。
いつもの優しそうな顔ではなくまるで汚物を見るかのような眼差しで彼女を見下ろしていた。一瞬何が起こっているのか分からなくなり頬ける彼女に王子は馬鹿にするように言った。
────オイオイ、勇者様は何が起きてるのかわかりませーんって顔してるぞ、騙されてたことも気がつかずに今日までご苦労だったなぁ?オイ、聞いてんのか?それとも驚きのあまり逝っちまったんじゃねえのか?それとも────。
彼女には理解ができなかった、目の前にいる王子と今のこの状況が彼女には分からなかった、理解したくもなかった。彼女の心には深い深い絶望と、深い深い哀しみ…ただそれだけが全てを多い尽くしていた…。もう王子が何を言っているのかも理解できなかった、ただただ理解することを拒否していた。いかに彼女が天才であったとしても、いかに彼女が不死身の勇者として褒め称えられても、彼女はまだ16歳の少女である。彼女は突如として頭に来た衝撃を受けて気を失った。
彼女が次に目を覚ましたとき、彼女の何処かが変わっていた。そこからの彼女の行動は早かった、一刻も早くこんな所から抜け出さなくては…。彼女は勇者としての力は抑えられていたようだがたまたまとある秘境で出会った賢者から魔法を教わっていたのでそれを使い逃げ出した。彼女は今自分が何処にいるのかも分からなかったが兎に角遠くへ遠くへと走った。彼女はある程度離れた街に着くと目立ちやすい自分の装備の殆どを売り払い薄汚れたローブを一つ買いそこからまた走った。
────気の遠くなるほど逃げて逃げた彼女はある日道端に倒れる少年を見つけた。こういった場合、大体が盗賊などの下っ端だったりとろくな事には繋がらないのに彼女はその少年を助けた。彼女は最初は素っ気なく接していたが少年の性質が明るいものだった為彼女の凍った心を溶かすのに時間はかからなかった。一度は国民に、二度目は王国の王子に、と騙され拒絶され傷つけられてきた少女だったが少年と過ごす内にボロボロだった少女の心は癒されていった。そうして少女と少年は王国の外れの外れにあるとある村外れに家を構えた。そこで二人が暮らし始めてから暫くしてある日、少年は話があると少女を家から少し離れた海が良く見える崖の上へと呼び出した。
彼女は素直に少年に言われた崖へと向かった。そこは夜になると月が綺麗な場所だったので彼女も若しかしたらなんて考えていた。
彼女が崖に行くと彼は先に来ていた様で何処かいつもより小綺麗だった。彼は緊張しているのかオドオドしていたが意を決したのか彼女を見つめ告白をした。予想通りと言ってしまえばそれまでなのだろうか、それでも彼女は彼が精一杯考えてくれたこの告白に素直に喜ぶことにした。彼女が同意すると彼は迫ってきてキスをするのかと思い彼女は唇にくる事を想像し目を瞑った。
────ズブリッ。
彼女に来たのは優しい口付けではなく刃物だった。彼女は理解ができなかった、何故と自問自答するばかり。勇者であったのが幸をそうしたのか倒れる事は無かったが刺された腹部からはドクドクと血が流れ出ている。
何故と彼の方を向くとそこには彼ではない誰かが立っていた。彼ではない誰かは魔族特有の黒髪に黒目で彼よりも少し背が高かった。
────やっとだ、やっと父様の仇が討てた。これで父様の国も取り返せる。ふふっ、はははははははは!!。
────何故魔族がって思ってるだろ、お前がお前が悪いんだぞ、父様を魔王陛下を殺すから。我が国は人間如きに荒らされ蹂躙された…。だからこれは復讐なんだ、お前との生活なんて反吐が出るような毎日だったが今この時の為と思えばそれももうどうでもいい。
全く、毎日の会話に弱体化の呪いを掛けるのも苦労したんだからな。
彼女には彼だった魔族の言葉なんてもう耳にも入らなかった。一度目は国民に、二度目は王子に、三度目は滅ぼした国の魔族に。どうにか今まで頑張ってきた彼女の心が遂に折れた…。目からは光が消え、無表情になった。彼女はふらふらと痛みに耐えながらも後ずさりゆっくりとその意識を手放した。
────ザブンッ。
さて、お話はここまで。どんな強力な魔族の攻撃を通さなかったほどツヨカッタ不死身の勇者がたかが刃物で深手を追ってしまうほどヨワクナッタ少女の話は如何だっただろうか…。え?彼女がどうなったかって?さあ?それは私には分からない。私は話を知っている者であって見た者ではないのだから。
ここまでお読みいただきありがとうございました。