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死亡演義  作者: trias
4/16

4:死体色の少年

「はぁ……はぁっ……」


僵尸の弱点は、太陽の光だといわれている。

死者である彼らは、光の中では生きていく事が出来ない為、太陽光を浴びてしまうとその肉体を維持する事ができず、

灰となって消えるという。

自分に残されている手は、夜明けが来るまで逃げられるだけ逃げることしかない。


(ミーネは逃げ切れたかな……)


人気が全く無い街中へと入り、ボーファンから逃げ始めるとメイファはふと、途中で別れたミーネのことを考えた。

彼女も、年で言えば自分と同じで、少女である。

条件は同じで、僵尸から狙われる度合いも同じ程度の筈だ。

しかし、こうやって自分を追いかけてきていると言う事は、ミーネの方は大丈夫なのだろう。


(あたしが……)


街中は歩き回っているから、地理には自信がある。

しかし、追いかけてきているボーファンの動きはかなり素早い。

恐らくは―――逃げ切れないだろう。

だが、ここであっさりと殺されてしまったら、今度はミーネが狙われるかもしれない。


(あたしが……何とか時間を稼がなきゃ……!)


メイファは、例え最終的に自分が死ぬこととなっても、これ以上、生まれ育った街の人たちを犠牲にしないために。

力の限り逃げ回ることを心の中で固く決心した。

そんな時だった―――


「えっ!?」


ふと逃げ込んだ路地の先を見て、メイファは思わず足が止まった。

そこは、いつも学校へと近道をする為に使っている裏道だったが、何故か、うず高く何かが積まれて塞がっていたからだ。

今まで見たことが無い、壁のようなものが出来上がってしまっていた。


「なっ、何これ!? 何なのよ!? こんなの、朝無かったのに!」


駆け寄って登ろうとするが、手を引っ掛けられるような場所が余り無い。

すぐに登る事は出来なさそうだった。

そして、路地の入り口にはボーファンがいる。もう戻る事も出来ない。

追い込まれてしまった―――


「ビン……? これ、ビールのケースだわ」


中身を見て、メイファはこのビールケースの持ち主が誰かわかった。

この裏道を抜けた所に、開店を控えた何かしらの建物がある。

そこは飲食店になるという話を数日前に聞いていたのだ。

恐らく、これはそこで使うものを一時的に置いているのだろう。


(どうしよう……登ってる時間はないわ)


登って越えるだけなら、時間があれば出来るだろうが、それではボーファンに追いつかれてしまう。

もう、とてもそんな暇は無い。

どうしようかと考えていて、メイファはふと、一つの案を思いついた。


(そういえば……僵尸って火にも弱かった筈だわ。確か……)


メイファは、”とある事”を思いつくと周辺のビールケースの中身をさらった。

見た感じだと、単一の銘柄ではなく、店で使うもので、常温で保存しておけるものを適当に置いているのがわかる。

ならば、もしかすると”アレ”があるかもしれない、と考えたからだ。


「あった……”桃源酒”!」


メイファは、淡いピンク色の液体が入ったビンを手に取った。

片手で持つとボトルが手からはみ出すぐらいの、やや小ぶりのビンだ。

これは”桃源酒”と呼ばれるお酒が入ったものである。

名前の由来は原料に桃を使っている事と、桃源郷でしか産出されない伝説のお酒、というイメージから

名づけられた物であるといわれている。


(これなら……)


メイファはビンを三つほどポケットに入れて持つと今度は懐から、短冊状の紙を手に取った。

中央に赤色で火を起こす為の文字が描かれている術符だ。

そして、ボーファンが来るのを待った。


「ハァァァァ……」


メイファが身構えて待っていると、ボーファンはゆっくりとやってきた。

もう逃げられないのを遠くからでも確認できたからなのだろう。

両手の伸びた爪を、親指を使って研ぎながら、メイファが立ち往生している場所までやってきた。


(なんて姿なの……)


ぐるる、と猛獣を思わせるように喉を鳴らすボーファンの姿を見てメイファは改めて戦慄を覚えた。

もはや完全に人ではないばかりか、狂気すらその表情には孕んでいるように見えたからだ。

ボーファンはメイファが脇から逃げないよう、確実に距離をつめてくる。

メイファはどんどん早くなる胸の鼓動を抑えながら、心の中で言った。


(落ちつかないと……効きさえすれば、逃げられるはずなんだから……!)


やがて、じわり距離を詰めてきていたボーファンの足が止まった。

そして、少しずつ身を低くしていく。

飛びかかるタイミングを伺っているのだろう。

メイファはそれを見ると、右手の人差し指と中指に先程用意した短冊状の紙片を挟んで持ち、左手に桃源酒のビンを持った。

そして―――


「やぁっ!」


メイファは持っていた桃源酒のビンをボーファンに向かって投げつけた。

最初のひとつはボーファンは空中で切り裂いたが、中身が酒であると知ると二度目は避けず、そのまま酒をモロに被った。

メイファが持っていたビンがなくなると、それを見計らったかのように、ボーファンは雄たけびを上げて飛びかかってきた!


「ガアアアアアッ!!」


メイファは飛び掛ってきたボーファンへと向かって、符を構え、左掌を合わせて呪文を唱えた。

その瞬間、火の腕がボーファンへと伸びるように彼へと放たれた。


「発火掌!」


火の腕がボーファンを薙ぐと、一瞬のうちに彼の身体は燃え上がった。


「グアアアアッ!!」


(やった、効いた……!)


メイファが使ったのは発火を起こす術「発火掌」だ。

余り大きなダメージを与えられるものではないが、今投げつけた「桃源酒」のお陰で、火は一気にボーファンの身体を包んでいた。

桃源酒は、アルコール度数が極めて高いお酒であり、発火性が非常に高いのだ。

メイファは料理で火力を高める際に、この酒を使っているのを見た事があったのだった。


「ガ、ガガ……」


僵尸は死体であるので、水分が余り体に無く、その為火に弱いと言われている。

ボーファンもそれは同じようで、上半身をあっという間に火に包まれた彼はもがき苦しみ、その場に膝を着いた。

メイファはその隙を狙って脇をすり抜けていく。

これだけでは倒す事は恐らく出来ないが、しばらく動きを止められる。

脇を抜けるぐらいならば可能なはずだ。


(今のうちに……!)


そう思って脇を抜けようとした時、下半身に鋭い痛みを感じた。


「痛ッ!」


痛みを感じた瞬間、足がもつれて転んでしまい、仰向けの状態にメイファは倒れ込んでしまった。

すぐさま立ち上がろうとしたが、体に力が入らない。


(な、何……? 何かに引っ掛けちゃった……?)


上半身を起こし、自分の痛みを感じた箇所を見ると、太ももの辺りに、赤く横線が引かれたかのような傷があった。

そして、血が流れ出していた。

すれ違う際に、ボーファンに爪で引っかかれてしまったようだった。


(そん、な……)


毒素が全身へと回り、熱い感覚が身体中を支配していく。

痺れるような感覚は、すぐに突き刺すような痛みへと変わり、吐き気と悪寒の感覚が頭に満ちていく。

同時に、恐怖も心の奥底からゆっくりと鎌首をもたげてきていた。

火を完全に振り払ったボーファンの姿が、メイファのすぐ前へと立っていたからだ。


「い、いや……」


メイファは歯の音が合わなくなっていた。

これから食い殺されると思うと、恐ろしくてたまらなかった。

舌なめずりをするボーファンの姿を、生まれて今まで見てきたどんな猛獣よりも恐ろしいと感じた。

大粒の涙が両目に溜まり、目の前がぼやけていく中、メイファの目に、何かが映った。

ビールケースの山の上に何か、赤色と橙色の混ざったものが見える。


(―――えっ?)


目を一旦閉じて、涙を落とすとメイファは改めて相貌を見開いた。

そこには―――見回りのときに見た「虎人」が居たからだ。

虎人は来ていた服のポケットから水晶の玉を取り出した。

そして、一言。


『火焔鳥の息吹!』


虎人がしゃがれた声で呪文を放つと、炎の風が巻き起こり

再度ボーファンへと襲い掛かった。

メイファが放った攻術のものよりも、遥かに強力な火炎の術だ。

ボーファンは今度は全身が燃え上がり、火達磨となって悲鳴を上げながら地面を転げ回った。

それを確認すると、虎人は高く飛び、メイファの元へとやってきた。


「どれ……」


虎人はメイファの傷の具合を確認すると、

胸元から黄色の木の葉を取り出し、ぺたりとメイファの腿にある傷口に貼った。

木の葉はつい今しがたもぎ取ってきたかのように湿っており、

まるでシールが貼り付けられたかのように、メイファの傷口にぴったりと張り付く。

同時に、メイファの全身の熱が引いていった。


「ひとまず、これで毒は良いじゃろう」


「……」


てっきり、獣人が獲物を横取りにでも来たのだろうか、と思っていたが

どうもそういうわけではないらしい。

虎人の目は、噂で聞いていた濁りきった獣人のものではなく、澄み渡った仙人のような深みを備えている気がした。


「ハァァァァ~……」


虎人の背後から、嫌な呼吸音が聞こえると、背後にはボーファンが再び立ち上がっているのが見えた。

服が焼け焦げているが、いつの間にか炎は消えており、焼け爛れた顔が、先程よりも人外さを引き立てていた。

もはや元々人間であった、などと言っても信じてもらえるか怪しい。

虎人は、その姿を見ると小さく溜息を漏らして、言った。


「この術にも耐えるか。思いのほか丈夫じゃのう」


虎人はかなり術に精通しているように見えた。

しかし、相手は僵尸である。

この虎人でも勝てるかどうかわからない。

虎人は、ボーファンが僵尸であることを確認すると、右手を挙げて言う。


「リュウォンよ!」


路地裏全体に響く声が放たれると、ビールケースの後ろ側から小さな人影が上空へと飛び出し、虎人の前に姿を現した。


(だ、れ……?)


人影が地面へと着地すると、わずかに地面が揺れたような気がした。


老師せんせい。参りました」


「あの者の相手を頼む。ワシはこの者の治療を続ける」


虎人が言うと、現れた人影は短く返事をした。

虎人の前に立ったのは、少年だった。


「さて……ではどうしたものか」


「リュウォン」と呼ばれた少年は、身体全体を覆うように角ばった服装に身を包んでいた。

だが、虎人からの命令を受けると、それを脱ぎ捨てた。

するとその下からは身体を大袈裟に包んでいた布切れとは違い、今度は体に密着した服装となった姿が現れた。

しかし、それにメイファは驚いた。


(え……!?)


胴体部分だけがある程度、布に包まれているが、手足などが露出しており非常に動き安そうに見える。

恐らくは武術などを使うのだろう、とそれ自体は別に変には見えなかった。

異様だったのは、少年の肌の色だ。

彼の肌は、普通の人間のものではなく”青色”に染まっている。

ボーファンほど青黒くはないものの、海のような深い青色だ。

彼は、”僵尸と同じ肌の色”をしていた。


「な、なん……で……?」


「これ、話すでない。毒が回っているのじゃ。黙って回復を待て」


虎人が言うと、僅かだけ少年がこちらの様子を気にしたのか、振り向いた。

その額には、何故か巨大な呪符が貼られていた。


「僵、尸……?」


「ガアアアアアァアッァア!!」


「ぬんっ!!」


ボーファンが殴りかかると、少年は彼の拳を同じく腕を持って止める。

すると、まるで重い鉄の塊同士がぶつかり合ったような鈍い轟音が、軽い地震と共に響き渡った。


成立なりたての割りに……重いな」


攻撃を受け止められると、ボーファンは続けて何度も拳での攻撃を繰り出していく。

その度に金属が衝突しあうような振動と音が響き渡り、周囲を揺らす。

やがて、単純な徒手空拳では効果が無いと悟ったのか、ボーファンは爪を立て、少年を切り裂くように攻撃し始めた。

この攻撃は簡単には受け止められず、少年は袈裟切りの軌道で引っ掛かれ、大きく服が切り裂かれた。

少年は、僅かに苦悶の声を漏らす。


「むぅ……」


しかし、血は吹き出ない。

身体がさほど深くは切断されていない為か、それとも少年もまた死体の身体である為だろうか。

ボーファンは更に切りつけ、身体を切断しようとするが、少年はボーファンの動きを見切ると、手刀を受け止め、逆に裏拳と掌底の攻撃で胸と頭部に素早く攻撃を叩き込んだ。


「グアッッ!!」


連打の後、更に素早く握り拳を胸へと押し当てる。

そして腰を落とす動きで、全体重を僅かな動きに乗せて放った。

功夫の技の一つである「寸勁」だ。


「甘いッ!!」


押し当てられたまま、全体重が一瞬にしてボーファンの身体を突き抜け、勢い良く彼を吹き飛ばしていった。

まるで小さな爆弾が押し当てられ、爆発させられたかのような威力だ。

ボーファンは、ビール瓶のケースの山に突っ込み、そのまま倒れ込んだ。


(……)


メイファは、目の前で起こっている事に対して、急に現実味が薄れたかのように感じた。

僵尸が現れて、黒鯨団の集会所が破壊されて、スゥが目の前で胴体を両断されて殺された。

それだけでも、悪夢としか言いようが無かったのに、獣人が街中に現れて、更に別の僵尸が現れて戦い始めたのだ。

大怪我を負ったこともあったが、現実感のない事の連続で、彼女は急に意識を失い始めていたのだった。


(眠いな……)


やがて、体力が低下していた事もあってか、メイファは瞼を開けていることができずに、闇の中へと落ちていった。


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