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死亡演義  作者: trias
2/16

2:虎の人

(あんなの、でっちあげの噂に決まってるわ)


黒鯨団は、いつもこの街の平和を守っていた。

その中では、確かに危険なこともあった。

怪物が街の外に現れて、大騒動になったり、夕暮れに街の外へ、避難が遅れた人を迎えに出て行ったり、

街中に入ってくる魔獣を外へと追い返したりもした。

ここはそんな、勇気ある人たちが働いているところだった。

危険だけど、いつも困難をみんなで力を合わせて乗り切っていた。


「今日も、夜の明かりが綺麗……」


見回りの最後の場所である、北の城壁の上を歩きながらメイファがつぶやく。

ここは自分たちが担当している夜間の見回り任務の最後の場所だ。

メイファはここから見る外の光景が好きだった。

黒くヴェールに包まれた闇の世界は、一見すると恐ろしいものに見える。

真っ黒な森の中に入れば、生きて出る事は不可能そうだし

腰ほどの高さの草むらは、いつ人を襲う魔獣が出てくるかわからない。

でも―――空を見上げれば、ほのかに光を放つ星々が見える。

山の向こう側の空には、遠くにある都会の光が、僅かに反射している。

そんな光景に、メイファはとてもロマンを感じた。

一歩、街を囲っている城壁の向こう側へと出れば、とてつもなく危険な世界が広がっている。

でも、まだ見知らぬ世界に、何物にも変えがたい憧れを感じていた。


「ねぇ、メイちゃん」


「え、あっ、何?」


街の外を見ていると、ミーネが話しかけてきた。

メイファは慌てて「何?」と応えると、続けて彼女は訊ねた。


「メイちゃんは……竜とか、獣人って見たことある?」


「ん~、無いかなぁ。あたしはこの街生まれのこの街育ちで、外に出たことって殆どないから……外に行く採集係とかになった事もないし。ミーネはあるの?」


「私、一度だけ……竹の子を取りに行った時に、虎人に会った事があるよ」


「虎人?」


「うん。大きくて、見かけは虎なんだけど、服を着てて、二本の足で立ってたから間違いないと思う」


獣人。それは獣が二本足で立って歩いている獣と人間が混ざったような魔物だ。

有名なものは「狼人」、「虎人」などで、謎が多く、彼らは深い森の中だとか人の中々立ち入らない山の中だとかに

住んでいるといわれている。

虎人は樂草では特に有名な獣人で、赤色の華やかだが角ばった服を好んで身につけている事が多いらしく、噂では普段は街道で人間のフリをして商売をしていて、時たま本性を現して人間を喰らう、とか言われている。


「ええっ!? 襲われなかったの!? 怖いなぁ」


「その時は……襲っては来なかったよ。隠れてて見つかったんだけど、腕組みしてこっちを見てるだけだった」


ミーネはその後、詳しくその時の様子を話してくれた。

巳秦の外れにある広大な竹林の中で、会ったその虎人は噂で聞いたとおり赤色の服を身に纏っていたという。

濃い橙色の身体に、がっしりとした体躯をしていたが、白く長いひげを生やしていたらしい。

だから、年老いた虎人だったのでは、と。


「獣人ってお年寄りとか居るのかな? どこかに村とか作って住んでたりする……のかなぁ?」


「わからない。でも……そうだったらいいな。話し合えば、わかりあえそうだから」


ミーネはこういう話をするのが好きだった。外の世界の話を。

優しいファンタジーというか、ファンシーな話。

何もかもが平和で、優しい出来事になってくれたら、という願望の話だ。


(……そうだと、いいんだけどな)


でもメイファはそんな事が無いと知っていた。

いや、ミーネの方もそれは知っているはずだ。

獣人は危険で、恐ろしくて、人を襲うものだ。そんな甘いものではない。


「……」


メイファはここしばらく、外に出ていない。

城壁の外には、戦う技術を修めた人間と一緒でないと出る事はできない。

そうでないと危険すぎるからだ。


「外に……最近出てないなぁ」


「あたしも。少し……向こうの竹林にまた行ってみたいな」


そんな事を話していると、夜の街の外の森林が鬱蒼と茂る中に、赤色の何かが見えた。


「あ……あれ?」


「ねえ、あれ……」


ミーネが遠くのほうを指差し、メイファもそちらを見た。

すると、立っている人影が見えた。

ただ、普通の人間の姿ではなかった。


「あれ、虎人なんじゃ……!?」


「ほんとだ……間違いないよ!」


ミーネの指差した方向には、真っ赤な中華風の服を着た虎が立っていた。

足元が隠れてはいるが、どう見ても立ち上がっている。

虎人は、城壁の上に見えるメイファとミーネの姿を静かに見つめていた。


「あの時の……なのかな」


ミーネが今しがた話していた虎人の特徴の通り、確かに顎元から白く長いヒゲが見えた。

「年老いた」というのはぴったりな表現だ。

そして、一つ”妙なもの”を付けているのが見えた。


(ん……? あれ、なんだろ……?)


森の方が暗いなので確認しづらかったが、メイファには虎人がどうも眼鏡を掛けているように見えた。


「ね、ねぇ。ミーネ。あの虎人、眼鏡かけてない?」


漢方薬の店で調剤をやる時に、店の人間によっては目盛りをちゃんと確認する為に、片目用の眼鏡をかけている。

虎人の右目の部分には、どうもそれが掛けられているように見えた。

ただ、ミーネには見えないようだった。


「うーん……ちょっとよくわからない。掛けてるみたいにも見えるけど……」


「なんか不気味……今日はもう戻ろ?」


「そうだね。あたしも報告出して、早く帰りたいし」


ミーネが怖がりながら言うと、メイファは仕方なく頷いた。

そして夜の見回り作業は終わった。

そんな様子を、虎人はずっと見ていた。


「……」


二人が壁の上から姿を消すと、虎人は視線を城壁から街中の方へと移した。

何かを探しているかのようなその眼差しは、どうも

黒鯨団の集会所の方向を見ているようだった。



夜の見回りの仕事を終え、メイファとミーネは集会所へと帰ってきた。

そしてホッと一息を付いた。

今日この時間は、黒鯨団の戦闘要員である「強威」と呼ばれる隊員が集まっている時間である。

だからある意味、ここもっともこの街で安全な場所であると言ってもいい。


「虎の獣人だと~? マジなのか?」


「嘘じゃないわよ! そうだと思うなら、今すぐ見てくればいいわ。今なら、まだ残ってるかもしれないから」


メイファとミーネは、壁の見回りのときに見たことを受付のスゥに報告していた。

見回りの時に異変があったら、術師や戦士たちが後でチェックに行って、問題が無いかどうかを念入りに調べるのが決まりであるからだ。

とはいえ、壁の外に獣人の姿を見るのは珍しい事であるが、たまにある事で、際立っておかしい事でもない。

後でチェックに行って、それでおしまいだろう。


「う~む……なら、俺ももうすぐ上がりだから、終わったらすぐ行ってみるか」


「早く行った方がいいわよ~? 獣人って警戒心強いって聞くから」


今日も、特に変な事はない。

報告を上げたので、深夜の夜警担当の人間が着たらそれで交代すれば終わりである。

メイファは待機用の部屋に向かいながら、明日の学校に備えて早めに寝ないといけないな、とか考えていた。

そんな時、ふと思い出した。


「あっ……!」


「え? どうしたのメイ」


「宿題まだ残ってたの忘れてた……ああ―――嘘でしょ~~~もう~~~!!」


「あらら……今週の初めに出されたアレでしょ? 物凄く時間掛かるやつだったのに」


「徹夜してなんとか間に合わせないと……あーあ……」


メイファは学校で出されていた宿題を忘れていた自分にうんざりした。

かなり重要な宿題で、1週間も前に出されていたものだ。

やって行かないと、今度は倍の量を倍の期間でやってこい、と言われてしまう。

自分のクラスを担当しているのはそういう先生である。


「ねぇねぇ、ちょっとだけ……手伝ってくれない。ミーネ」


「ダメだよ。自分でやらないと。それに作文もあったから私が手伝ったらバレちゃう」


「あ~ん……もう……~~~っ!」


忘れていたものが重く圧し掛かってくるのを感じて、メイファは心が重くなった。

これから帰ってどれだけ苦労しなければならないのか……などと考えると、気分が重くなるばかりだった。


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