第六章
「お前……」
ルッカから事の顛末を聞き終えたユラスは頭を抱えそうになったが、渾身の力を持って抑え込む。
ルッカ自身、この急展開に憔悴している。
ここでリーダーたる自分も動揺するとルッカが途方に暮れてしまうだろう。
「理由は分かった」
ユラスは大きく息を吐く。
「フレリアの正体を知ってしまったんだな?」
「そう」
ルッカは頷いた。
此度の魔物大発生も下火になり、皆の待機場所である教室にて一息を吐いていたユラス。
すると息せき切って駆けこんできたルッカがユラスの姿を見るなり泣き出し、落ち着かせてから何があったのかを尋ねて現在に至る。
「……怖い、私、怖い」
ユラスは、俺も震えたいよと言いたくなった。
「確認するが、フレリアは自分が魔物とのハーフだと認めてしまったんだな?」
「うん。そして私を殺そうとした」
フレリアにしては浅薄な行動だ。
あいつは直情的な性格で口よりも手が先に出ることを身をもって知っているユラスだが、こういった核心的な内容に関しては事を荒立てず、向こうの勘違いで済ませてきた。
「フレリアも昂っていたのか?」
全力で戦ったことによる高揚感がフレリアを疑ったルッカを殺すという短絡的な行動に駆り立てた。
と、そんな筋書きを建てるが、フレリアがキレた理由など今はどうでもいいことに気づき、頭を振って思考を切り替える。
「まずはパーティーのメンバーを集めるぞ」
早急に手を打たなければならないのは戦力の確保。
フレリアは必ずカナンに事の顛末を伝えている。
そしてカナンならフレリアを守るためゼクシィ達に危害を加えることも躊躇しない。
他のことは差し置いてでも仲間を集めなければならなかった。
「そこは大丈夫。私が予め声をかけておいたから十分もすれば来る」
「……」
嫌に用意が良いルッカにユラスは沈黙する。
そういえばルッカは有能な怠け者だ。
さぼる時は徹底的にさぼるルッカだが、いざという時の手腕には舌を巻く。
ゼクシィよりもルッカの方がリーダーに向いているかもな。
「確認するがフレリアの正体は誰にも伝えていないな?」
もしティト達が知っていれば最悪の事態が待ち受ける。
「大丈夫、犠牲は私だけで良い」
やはり、最終的には己を切り捨てるか。
パーティーを組んで短くない時間が過ぎているにもかかわらず、ルッカの自己犠牲は変わらない。
「……とりあえず全員が揃うまで待とうか」
そのルッカの心を変えてくれるのはティト達パーティーメンバーだ。
「絶対に勝つぞ」
彼女達がルッカを変えてくれるまでの時間を何としてでも稼ぎだしてやろうとユラスは心に決めた。
「学生会のパーティーが敵になる」
ティト、ゼクシィそしてミコトの三人が集い、全員が揃ったところでユラスは開口一番そう述べる。
「王族の忌子カナン、古の炎の英雄フレリア、無の申し子ジーク、そして絶対防御ジルベッサー……お前達も聞いたことがあるだろう」
史上最強と称される学生会のパーティーメンバー。
彼等彼女達の活躍ぶりは枚挙にいとまない。
今回の魔物の大発生による侵攻も死者ゼロに抑えられたのは彼らの働きが大きかった。
「戦う必要があるんですか?」
ミコトが手を上げて質問する。
「何を知ったのか知りませんけど、腹を割って話し合えば許してもらえるんじゃ--」
「うーん、ミコト。とても魅力的な提案だけど、それはないね」
珍しくティトが断言する。
「フレリアはともかく、あのカナンがこの好機を見逃すとは思えない」
ティトは思い出す。
テツジが率いる集団の暴走を止めた際、カナンの言い放った言葉。
あれは自分達の破滅を心から望んでいる。
ユラスがあちらにいることが許せない。
あまり露骨な真似をするとユラスの逆鱗に触れてしまうので手出し出来なかった分、この絶好のチャンスを逃しはしないだろう。
「話し合いと詐称してだまし討ちを仕掛けてみてもボクは驚かないよ」
「悲しいが否定できんな」
カナンと長くいたユラスにしてその言葉。
「アハハ、ユラスさん。冗談だったんだけど」
ティトが乾いた笑いを漏らしたのは聞かなかったことにする。
「安心しろ、みな。負けることはあり得ない」
ゼクシィは自信満々な表情で続ける。
「確かに学生会パーティーは強い。だが、私達の方がさらに強い……そうだろう?」
「その通りだと信じたい」
ゼクシィはユラスが肯定するのを期待していた。
しかし、その期待に反し、ユラスの物言いは奥歯にものが挟まったよう。
「どうしたアルバーナ殿? まさか私達よりも向こうの方が強いと?」
二度目の問いかけは肯定してくれと言わんばかりに弱弱しい。
「いや、それはない。ひいき目に見ても現在のお前達は三か月前のフレリア達よりも強い」
三か月前という言い方。
つまり現在では違うと。
「……フレリアとルッカとの闘いにおいてルッカはフレリアをねじ伏せられなかった」
ユラスにとって最大の懸念事項がそれ。
「フレリアは魔道系に対し、ルッカは戦士系。三か月前の実力から推測するとルッカの圧勝でもおかしくなかった」
結果は無情にも引き分け。
しかも得意領域における引き分けは負けに等しいとユラスは考える。
「これがフレリアだけなのか。若しくはカナンを含めた全員なのか……考えるだけでも恐ろしい」
一体この三か月の間にどれだけ伸びたのか。
本来なら拍手喝采してしかるべきだが、今の状況は裏目に出てしまった。
「が、そんな悲観論を口にしても仕方ない」
相手が強かろうが弱かろうが自分たちのやるべきことは変わらない。
この戦いに勝ち、ルッカの生存を認めさせるのみである。
「どうせなら総当たり戦でもやるか」
全員の顔を見渡したユラスはそう決断する。
お前達よりもフレリア達の方が強いかもしれない。
そう宣言された彼女達は落ち込むどころかむしろ闘志を燃やしている。
ティト達にも自尊心が備わっている。
優れた才能と力を持ちながらも環境と性格によって正当な評価を与えられなかったティト、ゼクシィ、ルッカそしてミコト。
なまじ力があるがゆえにその思いは人一倍強い。
自分達こそが最強だ、ちょっと運が良いだけの学生会パーティーに負けるはずがない。
「それでいこう。皆、心を決めておいてくれ」
そんなこと、言われるまでもないよ。
と、言わんばかりにティトが好戦的な笑みを浮かべた。
「ユラスさん、総当たり戦なら私達が一人余ってしまいますが」
ミコトが手を上げてそう質問する。
それに応えるのはユラスでなくティト。
「でも、そんな心配はしなくていいんじゃない?」
ティトは笑う。
「学園でトップクラスの実力を持つ学生なんて限られているし、何よりユラスさんと同程度の実力を持つ相手なんて--」
「学園内ならな」
ユラスは強い口調でティトの話を打ち切って続ける。
「学園外まで輪を広げると前提が変わる。連携は期待できないにしても余りある実力を持ち、かつルッカを殺すことに躊躇いを持たない人物に俺は一人心当たりがある」
一体その人物は誰なのか。
全員が息をひそめる中、ユラスはゆっくりと口を開く。
「テツジ=エルア……俺なら奴をパーティーに入れる」
サムライ--テツジ。
意外なところでその名前を聞いたゼクシィはその凛々しい顔を凍りつかせた。
「--と、いう理由でテツジさん。一時的ですが私達に協力をお願いします」
カナンの涼やかな声が響く。
「承知した。俺としては魔物のハーフであるルッカとやらを殺せればそれでよい」
テツジは年下のカナンに使われることを屈辱と感じているのか怖いほど無表情である。
ユラスの予感は的中していた。
フレリアから事情を聴いたカナンはすぐさま行動を起こす。
当初はティト達を分断しようと目論んだが、それより早くに行動を起こされて頓挫を余儀なくされる。
ならば次の策として大多数の学園生の力を借りようとしたが、それも先手を打たれた。
ユラスから届けられた手紙。
そこには外で五対五の決戦を行おうと。
敗者は勝者の言うことを何でも聞くとの条件。
カナンからすれば一笑に付したかったが、フレリアを始めとする面々は違う。
ユラスが離れて三か月、フレリア達は何とか彼の鼻を明かしてやろうと修行していた。
その結果を果たせる場が目の前に転がっている。
これをお預けにしてしまえば暴発してしまうだろう。
「フフフ、本当に面白いお方」
テツジを前にしながらカナンの頭には野性味あふれるユラスの姿がある。
「この分ですと私がテツジさんに協力を申し出ていることも想定済みでしょう」
それぐらい考えていなければ面白くない。
相手が用意したフィールドで勝負するのは不本意だが、そもそもこの状態はユラスにとっても想定外。
散々こちらの気をやきもきさせておきながら笑っているユラスにきついお灸をすえさせよう。
もう二度と、決して浮気などしないよう徹底的に。
「さて、作戦会議です。フレリア、ジーク、ジルベッサーそしてテツジさん、よく聞いてください」
ただ、残念なことにここまで持って行けてもまだ私達が有利。
「戦闘の想定としまして、まずフレリアはルッカと一騎打ち」
最大戦力同士のぶつかり合い。
フレリアには無詠唱の爆裂魔法があり、ルッカはあらゆる動きを捉える目を持っている。
この二人の趨勢が試合に直結する。
「矛盾の証明、ゼクシィが貫くか、それともジルベッサーが守り抜くか」
隙を見せれば容赦なくサムライの一刀が聖騎士の守りを切り裂くす。
「腹の探り合い、ジーク対ティト」
そんな二人を少しでも有利にするためジークとティトは互いにをけん制し合い、弓を扱う。
先にゼクシィかジルベッサーを崩すことが肝要。
「魔力勝負、私とミコト」
味方の身体能力を向上するプロテクションがどれほど強力で持続させるか。単純な魔力比べ。
「最後に、遊撃隊としてテツジさんとユラス。どうぞご自由に」
この二人には命令に囚われず、自由に動くでしょう。
戦況が拮抗した場合、勝敗を決めるのはこの二人になりそうだ。
「あら、いやだ」
カナンは気づく。
勝利への決め手はユラスとテツジの動きにかかっていることを。
「少しよろしくありませんね」
片や部外者、片や最も信頼の置く人物。
不安を覚えるカナン。
「では、対戦相手を変えてはどうかな?」
テツジが提案する。
「俺とルッカが当たり、フレリアがユラスと当たる。それなら懸念も解消されよう」
それはそれで面白いんですけどねえ。
欲を言えば、カナンとジルベッサー以外の三人で突っ込むのが最も効率的。
フレリアの能力は射程は短いながらもこれ以上ないアシストだろう。
しかし。
「私はそんなの認めないわよ」
「フフフ、やはり反対しますか」
フレリアの言葉にカナンは笑む。
「あれだけ私達を馬鹿にしたのだから、ユラスのその高慢な鼻をへし折ってやりたいわ」
フレリアのその言葉がカナンを除く全員の総意。
それ以外の作戦は認められない。
「ですよねぇ」
カナンは笑みの表情のまま溜息を吐く。
通常ならカナンはそんなことを言い切った輩を見せしめを兼ねて血祭りにあげる。
しかし、フレリアはカナンにとって大切な学生会のメンバー、つまり身内。
身内相手にそんな真似はしたくないカナンである。
「そこがユラスとの違いでしょうか」
もしユラスなら関係なく押し切るだろう。
ふざけるなと一蹴して終わり。
当然、反感を買い、一時的に白い目で見られるがユラスは気にしないだろう。
だが、カナンは耐えられない。
心を許した身内相手からマイナス感情を一瞬たりとも向けられたくない。
例え破滅が待っていたとしても、味方から恨まれずに済むならそれで良かった。
「やれやれ、やはり私はリーダーに向いていませんね」
カナンは溜息を再度吐く。
身内には徹底的に甘いことを自覚しているが、直す気はさらさらない。
「やはりユラスさんが相応しいでしょう」
両方から非難されるのはユラスの役目。
カナンはユラスの陰で謀略を巡らせる。
それがカナン達の正しい在り方なのだ。
「フフフ、楽しい楽しい」
カナンはテツジがドン引きしているにもかかわらず笑った。
後日。
バスワール学園から離れた場所に二組のチームがいた。
一組はユラス率いるパーティー。
もう一組はテツジを加えた学生会パーティー。
双方とも気おくれした様子を見せていない。
闘志が満ち溢れていた。
「フフフ、やはりテツジさんが来るのを予想していましたか」
先頭に立ったカナンは面白いと言わんばかりに笑う。
「俺としては最悪の予想だったがな」
対照的にユラスは苦々しい表情。
「未来とは分からんものだ。こうなる結果など三か月前には想像もつかなかった」
ユラスの未来予想図は、彼は本来向こう側にいる予定だった。
学園最強パーティーの名をかけて学生会パーティーとティト達で争う。
その意味では、ユラスとテツジの位置が逆であるのが理想である。
「フフフ、ではこちら側につきますか?」
「面白い冗談だ、カナン」
カナンの提案にユラスは首を振って。
「お前達がルッカを殺そうとする限り、俺はこちら側につく」
予想とは外れてしまったが仕方ない。
最優先はルッカの命だ。
「では、戦おうか」
何の気なしにユラスは呟く。
それが戦闘開始の合図になった。
「ルッカは前に出ろ!」
「フレリアさん、頼みます」
ユラスとカナンの言葉に二人は飛び出す。
「消し炭にしてやるわ」
「……八つ裂きにされるの間違いじゃない?」
「ゼクシィ! カナンを仕留めろ!」
「ジルベッサーさん、よろしくお願いします」
ゼクシィがカナンめがけて走り、その途中で大柄なジルベッサーが立ちはだかる。
「どけ、デカブツ」
「俺はカナン様を護る」
「ティト、ゼクシィの援護!」
「ジークさん、お仕事です」
「ほいほーい」
「ふざけた奴だ」
投擲の動作に入ったティトをジークが妨害する。
「ミコト、神秘術を切らすなよ」
「フフフ、真っ向勝負といきましょうか」
ミコトとカナンは指を組み、出力を上げる。
「負けませんよ、カナンさん!」
「可愛い子です、本当に」
「待たせたな、テツジ」
「気にするな、すぐに終わる」
最後に残ったユラスにテツジが襲い掛かった。
「うん」
体中に展開した無数の目。
その目は眼前のフレリアはもちろん全員の様子を捉えている。
一度に複数の事柄を認識・対処。
常人なら脳が焼き切れる情報量なのだが、魔物の血を引くルッカの脳には余計なことを考えられるほどの余裕があった。
「よそ見とは随分な待遇ね」
その言葉と同時に眼前に広がる爆裂。
「それが私とあなたとの差」
その爆裂がルッカに食らうことはない。
彼女の目はフレリアの全てを見ている。
「そう、だったらぱっぱと終わらせちゃえば?」
フレリアは手招きして挑発する。
「……」
それが出来たら苦労しない。
今のフレリアは完全に待ちの体勢。
うかつに飛び込めない。
そうなると膠着状態に陥るわけだが、その状況はルッカにとって不利。
何故ならユラスと相対しているテツジの存在があるから。
どう贔屓目で見てもテツジの戦闘力はユラスを上回っている。
いうなればいつ倒されてもおかしくないぐらいの力量の差。
ユラス自身も言っていた。
『もって三分、女神が微笑んだとしても五分以内にケリをつけろ』
油断していたとはいえあのゼクシィを一瞬で無力化されるほどの力。
全員がユラスを心配していたが、今の状況を見る限りまだ大丈夫。
ガキン! カアン!
「ユラスとやら、中々やるな」
「俺としては言葉でなく行動で示してほしいね。俺とおしゃべりするとか」
防戦を強いられているユラスだが、不思議と安定感がある。
負けそうなのに負けない、何かをやってくれる気がする。
これがカリスマというやつなのだろうか。
「私もそれに応えないと」
格上の相手に互角の戦いを演じる姿を見て何も思わないわけではない。
ルッカを始め、ゼクシィ達もユラスの姿を見て奮起する。
ただ、残念なことに。
「フフフ、さすがユラスさん。面白いことをやってくれます」
「あんな姿を見せられちゃあ燃えないわけがないわね」
学生会メンバーも触発されてしまったことである。
「フレリア先輩、もう貴女は十分手に入れていると思う」
ルッカは戦斧をフレリアに突きつける。
「別に私は先輩に取って代わるつもりはないし、真実を追求するなんて大義もない」
フレリアのように称賛の的になる必要はない。
どこかの学者のように真実こそが絶対だと思っていない。
「私は今の場所を守りたい。私がいて、ティトやゼクシィ、ミコトがいて、何よりユラスがいる……このパーティーがあれば他に何もいらない」
ささやかな願い。
自分を認め、受け入れてくれた居場所を存続させたい。
そのためにはユラスの存在が必要不可欠。
「私は、私達は他に何もいらないの」
ルッカは先日でのことを繰り返した。
ティト達もルッカの言葉に応えるかのように攻撃の圧力が増す。
紛れもなくルッカ達は一学年上の、史上最強のパーティーを押していた。
「言いたいことはそれだけ?」
フレリアの嘲笑と共に周囲の温度が上がる。
チリチリと周囲に火花が散り始める。
「私も学生会の一員だからね、一学生の要望をとりあえず聞くだけは聞いたわ。はい、それでお終い」
フレリアの言葉は簡潔明瞭。
考慮するに値しない。
ルッカ達の希望など叶える道理もないと突きつけた。
「……叶えてくれないの?」
術の発生速度も、威力も増し、今度はルッカが防御に追いやられる。
髪の毛の一部が焦げ、頬もすすが被り始める。
「何で大事な願いを人に任せるのよ。そんなだから貴女は学園で虐められて疎まれる」
能力も容姿もフレリアとそう引けを取らないルッカ。
なのに何故立場がここまで違うのかをフレリアは告げる。
他人任せにするか、それとも自分で動くか。
その奥底の一念が現状の差になった。
「そっか。それで良いのか」
何か理解したのかルッカは笑みを浮かべる。
それは誰もが初めて見る笑み、狂気と希望が要りじまった表情。
「うん、分かった。欲しいものはすべて手に入れたらよい、邪魔する者は全てなぎ倒す、それで良いんだ」
そう呟いたと同時、フレリアは命の危険を感じ、咄嗟に下がる。
その判断は間違っていなかった。
避けきれず、頬が僅かに斬れる。
「へえ」
頬に伝う血をフレリアは舌で拭う。
「身体を震えさせる死の恐怖を味わったのはユラス以来かしら」
つまりユラスは無詠唱で爆裂魔法を起こせるフレリアを瀕死まで追い詰めたということか。
たまにユラスは人間の皮を被った何かではないだろうかと思う。
まあ、でも。
「私には関係ない」
そう。
フレリアの考えも、ユラスの正体も今はどうでも良い。
目下の問題は、眼前の先輩を叩き潰すことである。
「そう、それでいいのよ」
フレリアは驚くべきことにルッカの打ち下ろした戦斧を剣で受け止める。
「私もリミッターを外すわ。だから遠慮なく来なさい」
一体どういう仕組みなのか。
流れていた血が燃え上がったかと思えばフレリアの身体能力が爆発的に上昇する。
「うん、分かった。じゃあ私も」
ルッカの体中には目が出現していたのだが、さらに口も現れる。
「氷よ」「凍てつけ」「砕け」「停止する」
口々に詠唱し、魔法が発動。
恐ろしいことに、ルッカは武器を振るいながら複数の魔法を詠唱していた。
「すぐ死んだら承知しないわよ!」
「それはこっちのセリフ」
売り言葉に買い言葉。
魔物の血が流れる者同士、人外の戦闘へ突入していく。
周りにいるパーティーメンバー。
もし普通のメンバーなら、フレリアとルッカで行われる戦闘の非常識さに足を止め、茫然となるだろう。
が、ここにいる者はそんな彼女達と長い時間を過ごしている。
驚くことこそあれ、嫌悪感など全くなかった。
たった一人を除いて。
「テツジ、お前が考えていることを当ててやろうか?」
血まみれになっているユラスはにやりと笑う。
「ルッカもフレリアも必ず葬ろう--そんなところだろうが止めておけ、ルッカはともかくフレリアに手を出すと完全にバスワール学園を敵に回すことになる。その意味が分かるな?」
フレリアはもはやバスワール学園にとって英雄の象徴。
その英雄に泥をつけるものは誰であれ排除されてしまう。
「自分の命はどうでもいいかもしれんが、組織は大事だろう?」
このことは他言無用、誰にも漏らすなと暗に脅す。
一度折れたテツジの事。
今回も従うだろうと予想されていた、が。
「俺の使命は魔物の血が入った者を一人でも多くこの世から消し去ること」
テツジは静かな声でそう宣言した後。
「例え組織が、世界がどうなろうと俺は穢れた血を絶対に許さん!」
ユラスはテツジの叫びを初めて聞いた。
ユラスとカナンが硬直した瞬間を狙ってテツジは駆け出す。
狙いはルッカとフレリアの首。
通常なら割って入ることなど出来ないが、ユラスは確信する、このままいくと二人の命が危ういと。
そう思わせるほどベストなタイミングであった。
ゆえに。
「ティト、テツジを狙え!」
「ジークさん、お願いします」
ユラスとカナンは弓と投擲武器を持つ二人に命令する。
「りょうか~い」
「承知」
リーダーの命令に素直に従った二人はテツジに狙いを定める。
「ふん、造作もない」
しかし、交わす。
歴戦の勇士であるテツジの前に学生二人の足止めなど児戯に等しいらしい。
「カナン」
即座にユラスはカナンの名を呼ぶ。
ユラスの視線を受けたカナンはすぐに意図を読み取って口を開く。
「テツジさん、貴方には失望しました。契約を守るのは人として最低限の努めでしょう」
軽蔑の色を多分に含ませたままの弾劾。
「下らん茶番に付き合わせよって……俺を顎で使うのもいい加減にしろ!」
「茶番でありませんよ。本当にルッカさんには死んでもらうつもりでした」
「どの口がほざくか!」
カナンの言葉にテツジは平静を保つことができず、言い返す。
言い返すということは刹那の間、意識をそらすということ。
そしてユラスはその一瞬を待っていた。
「喰らえ!」
その言葉と同時にユラスは手に持っていたロングソードを投擲。
ロングソードはテツジ--ではなくその脇をかすめていく。
一体どこを狙ったのかテツジは見当がつかなかったが、もし意識を逸らされていなければ剣を叩き落としていただろう。
で、その叩き落されるはずの剣の行く先は--。
「ナイスキャッチだルッカ!」
「ん、褒めてもらえてうれしい」
ルッカの手に収まった。
「--どうしてユラスの剣が飛んでくるの?」
ヒートアップしていたフレリアだが、ルッカの手に収まった剣を見て理性を取り戻す。
「……それはこういうこと」
ルッカは答えとばかりにテツジが放ってきた一閃をその剣で受け止めた。
「テツジ、何のつもり?」
フレリアの目が三角になる。
楽しい決闘時間を邪魔されたのみならず、命まで狙われれば当然の反応だろう。
「穢れた血は--滅びなければならんのだ!」
「そう、そういうことね」
テツジの叫びにフレリアは納得し。
「ルッカ、一時休戦。先にこの馬鹿をやっつけるわ」
「ん、分かった」
ルッカは二つ返事で承諾。
以前、命を狙われた因縁もあり、テツジを葬ることに異存はなかった。
「それじゃあ、バイバイ」
「……はあ、面倒くさい」
フレリアとルッカはそんな言葉と同時に臨戦態勢を取り、テツジを叩き伏せた。
如何に優れた戦士であろうとフレリアとルッカの二人を敵に回して勝てる道理はない。
テツジは数秒と立たず、物言わぬ躯と化した。
「……」
ゼクシィが祈りの姿を取ったのは兄弟子に対する弔いであるためか。
「興が削がれちゃったわね」
テツジの死体を見下ろしながらフレリアは溜息を吐く。
「今日は止めにしない? 一度昇華した感情をもう一度昂らせるのはしんどいのよ」
どうやらもうフレリアに戦意はないようだ。
最大の難関であったフレリアが納得したことにユラスは安堵の息を吐き。
「もう戦う必要はないと思えるが」
ユラスは全員に聞こえるよう大きな声でこう宣言した。
「どうせならこの九人でクランを組むか?」
クラン。
それはパーティーのそのまた上の組織形態。
一般に二組以上のパーティーで結成される。
「良いんじゃない?」
「異存はない」
「……構わない」
「当然賛同します」
乗り気なのはティト達のパーティー。
彼女達はユラスがいれば良いのであり、学生会パーティーを排除までしようとは思っていないのでこうなる。
「私は別に構わないわよ」
「……」
「カナン様の一任する」
対する学生会パーティーは、フレリアが賛成、ジークは棄権そしてジルベッサーがカナンに任せる。
「どうする、カナン?」
「フフフ、この状況で私に振りますか。相変わらずユラスさんは酷いお方です」
と、前置きした後。
「認めがたいですが賛同しましょう」
本心はどうあれカナンは身内の意見に逆らうことはできない。
相変わらず甘いなあとユラスは心の中で思う。
「さて、では新しい仲間の参入にお祝いでもするか」
一度本気で戦った者同士、語りたいこともあろう。
皆もおおむね同意見だったらしく、反対意見は出なかった。