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バスワール学園  作者: シェイフォン
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第五章

「~♪」

 ルッカは鼻歌を歌う。

 特に何かあったわけでもない、ただ歌いたかったから歌う。

 それは普通なようだが、ルッカはその普通が出来なかった。

 人間と魔物とのハーフ。

 魔物は人間にとって忌み嫌われている存在ゆえ、その憎しみの矛先はルッカにも向けられる。

 バスワール学園はそういった差別は薄いのだが、ないわけではない。

 当然、ルッカの姿が目に留まった学生は顔をしかめ、鼻歌を耳にした学生はわざとらしく耳を塞ぐ。

 以前ならその光景を見るのが嫌で大人しくしていただろう。

 しかし、今は違う。

 ルッカを認めてくれる仲間がいる。

 自分という存在を肯定してくれる者がいることがこれほど嬉しいこととは。

 皆がグループやパーティを組む理由がわかる。

 安心したルッカはだから。


「時間を忘れて校舎を歩き回ってしまい、十分遅れたと?」

「……ごめんなさい、ゼクシィ」

 腕組みをして仁王立ちしたゼクシィにルッカは頭を下げた。

「十分も遅れるなんて何をしているのですか」

 ミコトはふふんと薄い胸を張るが。

「ん~、でもミコトも五分遅刻したよね」

 ティトが苦笑しながら指摘する。

「一緒だと思うよ?」

「いえ、違います! 五分は大きいです!」

 ミコトはそう力説するがゼクシィには届かない。

「ミコト、お前にはルッカを叱る資格はない」

 ゼクシィは低い声でミコトを脅す。

「ちょうどいい機会だ。ミコト、ルッカ、私の前に来い。時間の大切さというのを教えてやる」

「うわっ」

「げぇ」

 ルッカとミコトは揃って嫌な顔をする。

 ゼクシィの説教は長い上に少しでも気が緩むとすぐに叱責が飛んでくるのだ。

「それは後にしようかゼクシィ」

 説教開始かと思いきや、席に着いていたユラスがそう止める。

「説教は終わってからでも出来るだろう?」

「うん? ああ、分かった」

 ユラスの指摘にゼクシィは素直に従う。

 リーダーとして実績も能力も己を上回っているユラス。

 素直に従っておくべきだ。

「……助かった」

「ナイスです、ユラスさん」

 絶妙のタイミングで声を発したユラスに二人は小さな声で礼を述べる。

「本来ならティトの役目なんだけどな」

 が、ユラスはティトに向けてそう注意している。

「うん、気を付けるよ」

 ティトは頭を下げて己の不明を恥じた。

「さて、ここしばらく平和な日々が続いていたが、それがいつまでも続くとは限らない」

 教壇に立ったゼクシィは前口上を述べる。

「つい先日、魔物が大量発生する予兆が発表された。よって学園のみならず、世界全体が緊張している」

 魔物の大量発生。

 それ不定期に引き起こされる災害の一種。

 普段は森や山の奥に潜んでいる魔物が平野へ侵攻し、町や村問わず襲い掛かってくる。

 一体それらの魔物は何処に潜んでいるのか。

 世界は何度も調査団を派遣しているが、未だに解明の糸口すらつかめていなかった。

「よって我々パーティーも気を引き締めなければならない。何時、どこで警報が発令しようとも即座に集合できるよう各自心得ておくように……分かったな、ミコト、ルッカ」

 ゼクシィは二人の名前をきつめに言い放つ。

「わ、分かってます」

「……はい」

 ミコトは心外とばかりに顔をしかめ、ルッカは落ち込んだ。


「あ……ユラス」

「おお、ルッカか。ここで会うとは珍しいな」

 意外な珍客に驚きの表情を作るユラス。

「ここは武器の売買を行う場所。後衛の魔導士には縁がない場所だが」

 バスワール学園の一角。

 そこには専門の鍛冶氏や武器商人が常駐し、学生に合う武器を製造・販売している。

「迷っちゃって」

 ルッカは正直に述べる。

 以前までは自分にとって関係のある場所しか行かなかったが、ユラス達と交わるようになって行動範囲が広がった。

「ミコト曰く、ここら辺に美味しいお菓子を売っている場所があるって」

「ガセネタだ。そんなもん」

 ユラスは半眼になる。

「ミコトは不確かな情報を自信満々に言い放つからな」

「……確かに」

 あの失敗を恐れない堂々とした態度は羨ましい。

 そして、失敗しても周囲が許してくれるのはもっと羨ましかった。

「ユラスはどうしてここに?」

「うん? 俺か? ああ、魔物の大量発生に備えてな、武器を新調しておこうと思って」

 ユラスは腰に差さった得物を見せる。

「装飾が少し違う」

 無骨なことは変わりないが、鞘が少し広くなっている。

「重量を上げて元の状態に戻した。まあ、軽さを犠牲にしてしまったが、もう必要ないだろう」

 その言葉を聞いたルッカは、今までユラスが合わせてくれていたことを知る。

 思えばカナン達とのパーティーと自分達とのパーティーにおいて同じ役割というのはおかしい。

 メンバーが違う以上、大なり小なり変わってくる。

「断わっておくがこのことは誰にも言うなよ?」

 ユラスはそう口止めしてくる。

「……別に恥ずかしいことじゃないから言えばいいのに」

 と、口を尖らせると。

「ハハハ、カナンにも同じことを言われたよ」

「む」

 聞きたくもなかった学生会長の顔が思い浮かび、思わず顔をしかめた。

「ところでユラス。元の武器はどうするの?」

「ロングソードか? うーん、置いていても荷物になるだけだから売ろうかな」

 ユラスは考えながらそう述べる。

 どうやら明確な未来を持っていないらしい。

「じゃあ、私にくれない?」

「ルッカにか?」

「うん、ユラスのように振り回してみたい」

 ルッカは手を差し出す。

「大分重いんだけどな」

 ユラスは苦笑しながら剣の柄をルッカに握らせる。

 渡す際に落とさないよう力加減を調節していたのだが、すぐに無駄だったことを知る。

「思っていたより軽い」

 何とルッカは一般学生が両手持ちで扱う武器を片手で操っていたのだ。

 しかも全身を使わず右手のみの力で。

 大きな鋼の棒をまるで小枝か何かのように扱うルッカ。

 その光景を見た何人かの剣士が心を折られたとか。

「そういえばルッカは魔物の血を引いていたよな」

 力も魔力も強い魔物の血を引いていれば想像がつく。

「片手杖、そして片手剣というスタイルで敵に突っ込ませるのもありか」

 敵陣に特攻し、かく乱させる遊撃者。

 ティトも似たような役割だが、火力が低いことは否めない。

 その点ルッカなら力も魔力も申し分ないように思える。

「いや、私は動きたくない」

 が、当の本人が嫌がる。

「今度の議題に出してみるか」

 個人の意見ならともかくパーティー全体の総意なら従わざるを得ないだろう。

 なんだかんだ言ってルッカもパーティーが好きだし。

 そのための力になるのなら大嫌いな前衛も引き受けてくれそうだった。

 


 結論から言えばルッカは前衛にコンバートされた。

 本人は散々嫌がっていたが、ユラスがやらせてから決めようと提案、了承される。

 そこで縦横無尽の活躍をしたルッカ。

 魔物の血を引いているルッカは力だけでなく、皮膚も頑丈。

 鋼の鎧と同等の固さを持つ。

 判断力もあり、おまけに魔術も使えるルッカ。

 武器をロングソードからより破壊力のある戦斧を片手に、魔法を放って敵をかく乱・殲滅するルッカ。

 その光景を見たパーティーの全員がこう思ったという。

 もう全部あいつ(ルッカ)一人でいいんじゃないか、と。

 ルッカの考えはともかく、彼女が前衛になったことはパーティーにとって多大なメリットを齎した。

 まず後衛がミコト一人になり、護るのが容易になったこと。

 ルッカが最前線で敵の足止めをしてくれるのでティトの活躍の場が増えたこと。

「う~ん、どう考えてもルッカが前衛が良いよね」

「うむ、それだけは確実に言える」

「ルッカさん大丈夫です。ケガをしても私がいる限り戦え続けます」

 と、ティト、ゼクシィ、ミコト三人から太鼓判をもらったルッカ。

「……どうしよう。とても複雑な気分」

 頼りにされるのは嬉しいことだが、しんどくなるのは避けたいルッカだった。


 全体的に緊張感が漂っているものの、普段と変わらない学園生活。

 その終止符が打たれたのは学園中に響き渡った鐘の音だった。

 カンカンカンカンカンカンカンカン!

 この鐘の音の合図は。

 それは魔物が出現、非常事態体勢を取れ、という意味だった。

 ルッカはお菓子を食べていた手を止め、すぐさま集合場所へ向かう。

「よし、全員揃った」

 ゼクシィはルッカが来たのを見てそう言い切る。

 また怒られるのか。

 ルッカが緊張すると、ティトが笑いかける。

「安心して、怒るほど遅れたわけじゃないから」

 ティトはルッカの誤解を解き解した。

 その言葉に幾分か安心するものの、教室を見渡して違和感を覚える。

「あれ? ユラスは?」

 そう、ゼクシィもティトもミコトもいるのにユラスがいない。

「ああ、彼は学生会に行ったよ」

 ティトが説明する。

「ユラスさんは元々学生会の一員だからね。今回のような非常事態はそっちを優先するんだよ」

「そう……」

 理屈としては納得できる。

 ユラスは本来学生会パーティーであり、こちらに来ているのは出張という意味合いが強い。

 そうなのに、感情的に彼がいないのは寂しく感じる。

「ルッカの気持ちも分かるよ」

 ティトは優しい笑みを浮かべながら続ける。

「けど、逆に考えよう。信頼しているからこそユラスはボク達と別行動を取ったんだって。ユラスさんの性格は分かっているよね? 本当に心配しているなら離れず、ずっと傍にいる--学生会のように」

 ユラスが学生会を抜けたのは、学生会はユラス抜きでも大丈夫と信頼したから。

 彼は一見傍若無人だが、誰よりも仲間のことに心を砕いている。

 そんなユラスが離れる以上、抜けても大丈夫だと安心したからだろう。

「ほら、そんな渋い顔をしないで。むしろ役目を果たしてユラスさんに良い顔をしようよ」

 最後にティトはルッカの背中を強く叩いて発破をかける。

「……うん、頑張る」

 ルッカは少し元気出た。

 なお、余談として。

「ミコトはどうしたの?」

 あの能天気なミコトにしては一言も喋っていない。

 机に突っ伏したまま微塵にも動いていなかった。

「ああ、ちょっと黙ってもらった」

 ゼクシィは簡潔に述べる。

「ん~。未曽有の出来事で興奮したのに加え、ユラスさんがいないことに怒りを爆発させてね。連れ戻すと言ってきかなかったから少し静かにしてもらったんだよ」

「この拳でな」

 ティトの言葉にゼクシィは右手を掲げる。

「アハハハハハ!」

 ミコトの慌てぶりとそれを抑えるゼクシィとティトの光景を想像したルッカは声をあげて笑った。


 ルッカ達のパーティーは形成されて日が浅く、低評価なのだが持ち場所は命の危機すらあるハイリスクのエリアに回される。

 なんでも学生会パーティーがルッカ達をここのエリアにねじ込んだとか。

 当然抗議したものの、そこの担当がユラスと聞いて矛を収める。

 彼が言うなら仕方ない。

 全員が納得し、大人しく持ち場に着いた。

「悪いな、勝手に決めて」

 全員への訓示が終わった後、ユラスはルッカ達に近づく。

「さすがに今回はお前らにつきっきりというわけにはいかなかった」

 この災厄は街や首都レベルの防御さえ上回る時もある。

 当然上回れば全滅確定。

 災厄を避けるため、打てる手はすべて打つのが決まりだった。

「酷いです、ユラスさん」

 ルッカ達はユラスの立場が理解しているので何も言わないが、唯一ミコトが文句を口にする。

「条件付きの絆など本当の絆ではありません。何を差し置いてでも護るというのが本当の絆で--」

「はい、ちょっと黙ろうかミコト」

「ミコト、私はこれほどまでお前のことを恥ずかしく思ったのは初めてだ」

「……ミコトを殺して私達も死にたい」

 ティトが唇の端を引きつらせ、ゼクシィはミコトの頭を抑えつける。

「ハハハ」

 ユラスが苦笑するのは周りの反応を見たから。

 案の定、ミコト達のパーティーを皆は大人げないパーティーだと噂している。

 ユラスは皆から頼れる兄貴として高評価を受けていた。

「まあ、お前ら。この正門前は学園防衛において最も危険なエリアだ」

 バスワール学園の正門は城門のように巨大で上に連絡路がある。

「扉の前に一定の魔物が集まったら開門。で、頃合いを見て閉じて中の敵をせん滅する」

 少しでも敵圧を防ぐための措置。

 閉じたままならば、突進力の優れた魔物の攻撃で破壊されてしまう。

「分かっていると思うが、入り込んだ魔物は速やかに駆逐し、かつ力を温存しろよ?」

 一日二日、下手すれば三日以上戦わなければならない。

 そこを鑑みると、数戦でバテテしまうのは論外だった。

「ふふん、問題ありませんよユラスさん」

 復活したミコトは鼻を鳴らす。

「私は基本的にその場から動きません。なので疲労はほとんどありません」

 ミコトの言葉は間違っていない。

 しかし、今それを言うべきでない。

「……ミコト、ちょっと殴っていい?」

 ミコトと同じ後衛だったが、コンバートされて前衛を走り回ることになったルッカ。

 彼女は眼を三角にして迫る。

「じょ、冗談ですよルッカさん。だから後ろに下がって……ねえ?」

 ルッカの気迫にミコトは珍しくタジタジとなった。


「魔物を中に受け入れる! 各員戦闘準備!」

 ユラスが号令を発する。

 ほどなく門が開き、少なくない魔物が押し寄せてきた。

「門を閉めろ!」

 一定の魔物が通過したのを確認して閉鎖。

 中の魔物は孤立状態になった。

「第一班から第三班までのパーティーは前に出ろ!」

 全員で襲い掛かる必要はない。

 ローテーションを組み、各パーティーの負担を減らしていく。

「殲滅完了! 五分後に門を開くぞ!」

 余韻に浸っている暇はない。

 すぐさま次の戦いの準備のために手早く屠った魔物の残骸を専門のパーティーが現れて片付けた。

「--そろそろかな」

 流れを確認していたティトが呟く。

「ボク達は第十五班。今、戦っているのが十二班だから次の可能性が高い」

「うむ。しかし、緊張するな」

 ゼクシィ肩を鳴らしながら弱音を吐く。

「あれ? ゼクシィの腕前ならこれぐらい朝飯前じゃないの?」

「前回私はやってもやらなくても良い雑用だったからな。今のようにここの敗北が全滅に直結するエリアを任されたのは初めてだ」

「あ~、そうかも」

 ここのエリアに組み入ろうとすれば相応の、最高クラスの実力と連携が必要される。

 ゼクシィ達は個々の実力はあるものの、連携は皆無。

 こんな重要エリアを任されることなど普通はありえなかった。

「ティト、アルバーナ殿の顔を潰さんようにしないとな」

「その通りだね」

 ゼクシィ達がここに抜擢されたのはユラスの推薦があったから。

 つまり不甲斐ない姿を晒してしまえばユラスの名に傷がつく。

 自分達に新しい世界を教えてくれた恩を考えると、それは許されなかった。

「ティトさん、ゼクシィさん。二人で盛り上がるなんてずるいです」

 仲間外れにされたミコトがふくっれつらを見せる。

「私も同意見です」

「それは済まなかった、ミコト」

 ミコトの健気な言葉にゼクシィは頬が緩むのを抑えられなかった。

「次の班は準備!」

 ユラスの言葉が響く。

「頼むぞ、ルッカ」

 この四人の中で最も早く魔物と相対するのはルッカ。

 それゆえゼクシィはまず彼女に声をかける。

「……まあ、ケガをしないように」

 やる気ない声のルッカ。

 しかし、ゼクシィ達は知っている。

 これがいつものルッカなのだと。

 どれだけ低コンディションであろうとしっかり結果を出してくるルッカ。

 不貞腐れた態度を取られようと誰も何も思わなかった。


「しっ」

 乱戦時、やはりルッカは強い。

 周りをよく観察し、彼我の距離を瞬時に判断して最適な行動を取る。

 離れていれば魔術、近づけば近接戦闘。

 その微妙な判断をルッカはほぼ間違いなくこなしていた。

 縦横無尽の活躍を見せるルッカだが、時間が経つごとに違和感を覚える。

 --誰も協力しようとしていない。

 通常なら、別のパーティーであっても目標が同じである以上回復をかけたり援護したりする。

 しかし、ルッカ達のパーティーにはそれがない。

 まるで二班はルッカ達などいないかの如く互いに連携を取っていた。

 その阻害感。

 聡いルッカは同然のこと、ティト達も気づいている。

 気づいているが何もできない。

 彼らがティト達を疎んじるのは魔物の血を引くルッカの存在。

 いるだけでなく、自分達より活躍することが許せないようだ。

 このままではルッカ達のモチベーションが下がることは火を見ることより明らか。

「こいつらは本当に」

 ゼクシィが歯噛みする。

 不穏な気配が漂い始めるものの、すぐに雲散霧消する。

「ルッカ、背中を借りるぞ」

 理由はユラスがいるから。

 彼はルッカの傍まで移動し、魔物を狩り始めた。

「アルバーナ副会長! 何も前線で剣を振るわなくてもいいのでは!?」

 ユラスの部下らしき学生が叫ぶ。

 確かにユラスはこの場の監督であり、全体を俯瞰して手を打つ役目を持っている。

 そう考えると、一学生として剣を振るう行為は間違っているように見えるが。

「貴様らが馬鹿げた行動を取るからだろうが!」

 ユラスは一喝する。

「そんな余裕があるのなら前に出ろ! そいつらのパーティーだけでここを護ってもらう!」

 ユラスからすれば今の状況は好き嫌いを差し込める余裕はない。

 魔物とのハーフが嫌いという私見を許せるほど強いなら魔物全員を相手にしてほしかった。

「……」

 そこまで言われれば皆は従う他ない。

 多少ぎこちなさは残るものの、ルッカに囲まれれば救援に駆けつけるほどになった。

「よし! 二週目に入るぞ!」

 元の場所に戻ったユラスはルッカ達のパーティーを下がらせる。

「……ありがと」

 ルッカは感謝の気持ちを表現したくて、ユラスがこちらを向いた瞬間に頭を下げる。

「気にするな」

 返礼にユラスは親指を高く掲げた。

 ローテーションを回していくユラスとその割り当てられたパーティー。

 やはりというか、回数を重ねていくごとに動きが鈍くなる。

 動きが鈍くなるということは正門が攻撃にさらされる時間が多くなるということ。

 加えてどこからか突破してきたのか魔物が後方から現れ始めるようになる。

「潮時だな」

 これ以上正門前で粘ると死者が出る。

 それに、持ちこたえるべき時間も当初の予定より大幅に過ぎている。

 これもルッカ達のパーティーが加わってくれた産物だとユラスは一人納得し。

「正門を放棄する! 全員! パーティーを組んで後方へ移動!」

 撤退宣言。

 皆もそろそろだと感付いていたのだろう。

 安堵する表情を浮かばせる者がいる程度でさしたる混乱もなく後方へ移動を始める。

「すまん。ルッカ、ゼクシィ、ティト、ミコト。最後まで残ってくれ」

 総責任者として殿はユラスが引き受けねばなるない。

 そのための協力相手として比較的損耗しておらず、さらに気心の知れたルッカ達にお願いしてみると快く応じてくれる。

 ルッカ達は自分達の力量に自信があったのに加え、ユラスが加入するなら大賛成。

 皆、ユラスと共に行動をしたいのであった。


 撤退戦といっても戦場で行われるような過酷な状況でない。

 防御施設はいまだ健在なので追撃を食らう心配がないのが大きい。

「ご苦労お前ら。他の歴戦パーティーと比べてもそん色ない働きだった」

「アハハ、ユラスさんから素直に褒められるとくすぐったいね」

「いや、アルバーナ殿。反省すべき点が多々ある」

「ふふん、私がいるから当然のことです」

「……疲れた、帰って寝たい」

 と、ユラスが四人の労苦をねぎらうだけの余裕があった。

「うーん……右後ろに何かいるね」

 ティトは喋りながらも周囲の警戒を怠らない。

「ティト、狙えるか?」

「障害物が多すぎるから厳しい」

 木が生い茂っているので、弓を使うには難だ。

「放置というのは?」

「つかず離れず。多分数が集まったら仕掛けてくるよ」

「だったらルッカ。速攻で終わらしてこい」

「……もう嫌なのに」

 ぶつくさ文句を垂れながらもルッカは迎撃の構えを取る。

 ユラスが抜けるのは論外、ゼクシィは後の先を取るタイプでありミコトも役目上難しい。

 敵数も能力も不明なままで独りで突っ込ませられるのはルッカを置いていない。

 この中での適任はルッカなことはわかっていた。

「……面倒くさいからすぐ終わらせる」

 ルッカは詠唱を始める。

「貫け--アイスニードル」

 無数の氷柱が高速で森に向かって発射される。

 その威力は高く、小さな木の幹を貫通して周囲の景色を変えさせる。

「……見つけた」

 先制攻撃で驚いている魔物に狙い定めて襲い掛かる。

 小さな体に似合わない怪力によって戦斧を振り回して頭を潰す。

 魔物は五体。

 想定より多いが倒せないことはない。

「本気を出そうかな」

 ルッカがそう呟くと同時に体に変化が起きる。

 額はもちろん、手の甲、首筋、頬に至るまで体のあらゆる場所に目が出現する。

「もう私に死角はない」

 それら全ての目は本物。

 後ろにいようが高所に隠れていようが逃れることはできない。

 統制のとれた魔物達はルッカを囲んで殺そうとしたが、全てが見えている彼女からすれば探す手間が省けたぐらいにしか思わない。

 あっという間に全滅させた。

「これで終わり。早く戻ろう」

 まごまごしていたら置いて行かれるので手早く血をふき取ってユラス達を追いかけ始める。

 距離が大分離れているが特に問題はない。

 魔物の血を引いているため身体能力が高いルッカ。

 あっという間にユラス達に追いついた。

「終わった」

「ご苦労、ルッカ」

「ユラス、言葉よりも形で示してほしい」

 具体的には休みとか。

「安心しろ。ここまで来ればお前たちの出番は終わりだ」

 最後尾のユラス達は学生の集団まで辿り着く。

「フレリア。済まない、待たせた」

 そこの責任者であるフレリアの肩をすれ違いざまに叩く。

「お疲れ、ユラス。どう可愛い後輩と一緒に休む?」

 フレリアは軽い口調でそう返してきた。

「面白い冗談だ」

 ユラスは苦笑の後。

「俺以外に誰がお前の横に立てる?」

「フフフ、その通りね」

 クスクスと軽く笑ったフレリアはもう何も言わない。

「さあ、行くわよみんな。バスワール学園の意地を見せてやりなさい!」

 奇しくもフレリアがそう吼えると同時に魔物の姿が見え始めた。

「……ゼクシィ達、先に行ってて」

 ルッカはフレリアを方を見ながら言う。

「ちょっと見学する」

 ルッカが気になったのはユラスの隣に立つフレリアの存在。

 魔術師なのに前衛、ユラスと肩を並べ、そして古の英雄の再来として崇められているフレリア。

 それらに加え、出会った時からフレリアから何かを感じていたルッカ。

 彼女の戦闘を見ればその何かがわかるかもしれない。

「うむ、分かった。満足したら戻って来いよ」

 疲れていたゼクシィはルッカのそんな深い感情を理解せず、許可する。

 ティトもミコトも右に倣った。

 なお、余談として安易に追従したティトにユラスは激怒するのだがそれはまた後日の話である。

「さあ、どんどん来なさい!」

 フレリアは魔術師だが近接戦闘もこなす。

 具体的には無詠唱でこぶし大程度の爆発を起こす。

 触れる必要はない、ただ近くにいれば良い。

 十メートル以内にいた魔物は跡形もなく爆発四散した。

「突出しすぎだフレリア」

「ごめんごめんユラス。ちょっと楽しくて」

 差し違え覚悟で向かってきた魔物を相手しながらユラスはそう注意する。

 フレリアは熱くなってくると周囲の警戒がおろそかになる傾向がある。

 それを深く理解しているユラスは時に注意し、防御に回り、挟撃する。

 ユラスとフレリアとの一連の動作はまるで一つの生き物の如く淀みなく、次々と敵を屠っていく。

「スゲエ」

「さすが学園の最強パーティー」

「噂によると騎士相手でも引けを取らないらしいぞ」

 と、二人の奮戦を周りの学生は興奮の面持ちで囁き合う。

「……」

 その中で面白くない表情をしているのがルッカ。

 ユラスと共に立てるフリレアに嫉妬を覚える。

「……ずるい」

 ルッカは知らず呟く。

 以前から薄々感付いていたが、フレリアの魔法を見て確信する。

 フレリアの無詠唱爆裂魔法。

 あれはとある魔物の技だ。

 自分と同じ、魔物の血をフレリアは引いている。

「なのに何故ここまで違う?」

 魔物の血を引いているハーフであることは一緒。

 が、片や忌子として迫害され、片や英雄の再来として尊敬されている不条理。

 そして何より、ユラスから全幅の信頼を寄せられている事実。

 それがルッカにとって堪らなく悔しかった。


 今回の魔物の大量発生は小規模だったらしい。

 正門は突破されたが施設等があるエリアへの侵入を許さずに撃退。

 人的被害ゼロという文句なしの結果に終わった。

「さすが学生会だ」

「ああ、史上最強の名は伊達じゃない」

 と、学生会のパーティーが行政から表彰されているのを見ながら学生達は彼らを褒め称えた。

「ふう、終わったわね」

 校庭裏。

 人気の少ない場所にいたフレリアはそう安堵の息を漏らす。

 先ほどまで大変だった。

 後援会やファンに取り囲まれ、サインや握手、果ては私物の一部を持ち去ろうとする。

 避難所と目論んでいた学生会室は先回りされており、諦めるしかない。

 ユラスもカナンも自分と同じ逃げ回っているのだろう。

 普段剛毅なユラスが、泰然自若としたカナンが逃げる姿を想像したフレリアは知らず笑っていた。

 そんなことを考えていたからだろう。

 向こうから声をかけてくるまでフレリアは気づかなかった。

「--あの?」

「え? ああ、確か君はユラスが出張しているパーティーのメンバーだったわね」

 えらく長い言い回しをしたのは無意識的にユラスの最終的なパーティーは自分のところであることを示したかったのだろう。

「うん、私達にとってなくてはならないユラスのパーティーメンバー」

 小柄な体格のルッカは長身のフレリアを見上げた。

「へえ」

 知らずフレリアに好戦的な気配が帯びる。

「で、私に何の用?」

「用というより……確認?」

「なんの?」

「貴女の戦いについて」

 ルッカに指摘されたフレリアは細く白い指を唇に当てて考える。

 そういえばルッカに自分の戦闘を見せたのは初めてだった。

 ほぼノータイムで、高威力の爆裂魔法を駆使する戦闘など意味不明も良いところ。

 その極意やコツでも聞きに来たのだろうかとフレリアは推測した。

「まあ、あれが私の戦闘スタイル。断わっておくけど、真似なんてできないわよ」

 フレリアは何度も使用した答弁を行う。

 女神と表現される美しい美貌に微笑を浮かばせながらの言葉。

 大抵の者はこれで引き下がる。

 しかし、ルッカの口から驚くべき言葉が飛び出した。

「あれ……魔物の技でしょ?」

「……」

 フレリアは答えない。

 顔は笑顔のまま固まっている。

「なんのことかしら?」

「とぼけなくて良い」

 ルッカは続ける。

「しかもあのレベルの魔法を連発し、その余波を受けても無傷--はっきり言って人間にしては異常な魔力量と耐久力」

「それは私が古の英雄の子孫。で、その先祖返りで力を受け継いだからなんだけど」

「そう。その説明で大抵の人は納得する。けど、私は騙されない。いくら隠そうとも同族である私に隠しおおせることはほぼ不可能--」

 それより先を口に出すことはできなかった。

 何故なら、ルッカの顔面で爆裂が起きたから。

 彼女は両手で顔を覆って蹲る。

「ルッカだっけ? 貴女って凄く勘が良いのね」

 フレリアは膝を折ったルッカを睥睨する。

「好奇心は猫を殺すっていうけど、知らなければ良かったのに」

 フレリアが異常に強いのは古の英雄の子孫だから。

 その金言があるから迫害されず、逆に崇拝の対象になっている。

 もしバレればどうなるか。

 答えは簡単、皆は手のひらを翻すかのように攻撃してくるだろう。

 苛烈に、容赦なく。

 なまじ信じていた分、その反動もまた大きなものになった。

「っ!」

 殺気を感じたフレリアは咄嗟に後方へ下がる。

 数舜後、彼女のいた場所に長大な戦斧が通り過ぎていた。

「……いきなり酷いことをする」

 ルッカの口調は普段と変わらない。

 小規模とはいえ爆裂魔法を眼前で食らったのに髪の毛一本焦げていなかった。

 恐るべき耐久力である。

「これは私も少し痛かった」

 ルッカの額に目が出現するのを皮切りに、彼女の体のあらゆる場所から目が現れる。

 そのおぞましい姿を見てもフレリアは顔色一つ変えない。

「さすが魔物とのハーフだけあるわね」

 フレリアは死天使を連想させる酷薄な笑みをルッカに向ける。

「貴女と同じく」

 対するルッカはいつもの眠そうな顔。

 まるで驚くに値しないと言わんばかりに。

「別に私は貴女の正体をばらそうとは思わない。ただ、一つだけ要求する」

「何をかしら?」

「これ以上ユラスの隣に立たないで。あそこは私がいるべき場所」

 ルッカは夢想する。

 ユラスと肩を並べて立つ自分の姿。

 そして後方にはゼクシィやティト、ミコトがいる。

 ルッカは今の場所を守りたかった。

「それは無理ね」

 が、フレリアは一瞬の迷いすらなく断言する。

「あの場所こそが、あのパーティーこそが私の居場所よ。ああ、それも面白いわね。私と一緒にユラス達と学園を出る逃避行……煩わしい学園業務やユラスの節操なさにもう振り回されることがなくなりそうだわ」

 フフフと笑ったフレリア。

「ユラスを巻き込まないで……逃げるなら貴女一人で逃げて」

 その挑発に受けて立ったルッカは一足で十メートルの距離を潰した。

「馬鹿みたいに突っ込んできて」

 フレリアはルッカの顔面で爆裂させようと位置を調整する。

 数舜後にはルッカの顔面が面白いことになる。

 しかし。

「甘い」

 瞬間、ルッカは急停止して爆裂魔法を避ける。

「良くわかったわね」

「貴女が何を企んでいようとも私の『目』からは逃れられない」

 幾重もの目がフレリアを捉えている。

 体のこわばりや瞼の震えさえ今のルッカは見落とさない。

 ほぼ完ぺきにルッカはフレリアを補足していた--見えていれば。

「その目は厄介ね」

 舌打ちと同時にフレリアは眼前に爆発を起こす。

 すると煙が彼女の体を覆い隠した。

「さあ、来なさい」

 煙幕の中、フレリアの声が響く。

 目に頼る者はそれ以外の感覚が鈍くなる。

 この視界の悪い中だとルッカが不利。

 一瞬で良い。

 フレリアには一瞬があれば決定打を与えられる爆裂魔法があった。

 ただ。

「……うん?」

 何時まで経っても襲撃されない。

 もしかして煙が晴れるまで待つつもりか。

 それは悪手だ。

 フレリアには時間があればあたり一帯を巻き込める爆裂魔法を発動できる。

 そんなフレリアの逡巡をよそに時間が過ぎていく。

 そして完全に煙が晴れた時、広がっていたのは。

「逃げたか」

 眼前には何もない。

 分が悪いと見て撤退したのだろう。

「まあ、良い判断ね」

 フレリアは敵であるルッカの選択を褒める。

 なにもルッカはフレリアをこの場で倒す必要はない。

「フフフ、面白くなりそうね」

 フレリアは狩人のように目を細め、赤い唇をなめた。


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