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バスワール学園  作者: シェイフォン
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第四章

 あの一件以来、ティトは変わった。

 以前はとりあえずユラス達に付き合っていたのだが、今は自ら積極的に関わってくるようになった。

 元々ティトは勤勉な体質であり、加えて空気も未来も読める有能。

 あっという間にパーティーの参謀役としての地位を確立した。

「ティト、どう思う?」

「ん~、それでいいんじゃない?」

 それを意識してか、ユラスはサブリーダーにティトをよく指名する。

 この役職は輪番制だったが、いつの間にかティトの指定席と化している。

 なのに誰も文句が出ないのはティトの実力故。

 全員、ティトがその地位に就いた方がパーティーにとってプラスだと知っていた。

 ティトが間に入るようになってからパーティの動きも円滑になる。

 が、それを邪魔する者もいるのが事実。

 誰かというと--。

「もー、ゼクシィ! 勝手に動かないでよ」

「知るか。私に命令するな」

 御存じゼクシィである。

 当初はユラスの言葉通り動いていたゼクシィだが、パーティープレイに慣れ始めると独断行動が目立つようになる。

 今はまだ大事ではないが、これを放置しておくとゆくゆくは大変なことになる。

「ユラスさん。ゼクシィさんにびしっと言ってあげてよ」

 そうであるがゆえにティトは何度もユラスにそう訴えるのだが。

「ティトの気持ちは分かっている。少し待て」

 ユラスはその一点張りだった。

「ほら、パーティー結成時みたいに賭けをしたら良いんじゃない?」

「あんな超ハイリスク、失敗すれば即終了の奥の手を安易に使えるか」

 賭けを持ち出したのはそうしなければ確実にパーティーがバラバラになっていたから。

 その状況と比べると現在はまだ手を打つ余裕がある。

 失敗のリスクを鑑みると手が止まった。

「ティト。お前の苦悩は分かるぞ」

 俯いたティトを励ますようにユラスは続ける。

「だがな、あいつは強者の言うことしか耳を貸さない。加えてこのパーティーでゼクシィより強い奴はいないのが現状だ」

 一対一での勝負ならユラスはおろか、どの学生が相手でもゼクシィに勝てない。

「あいつ自身が気づくまで待つ忍耐力もリーダーには求められるぞ」

 ユラスはそう締め括るが、ティトはどうしても納得できない。

「安心しろ。今は危険がないので自由にやらせているが、危機が迫れば本気で警告する」

 ユラスのその言葉にティトは不満だったが、現状打つ手がないので賛同するしかなかった。

「うー……じゃあユラスさん、模擬戦してもいいですか? 一体四の」

「別に構わんが、やるだけ無駄だぞ。さらに明日から長期クエストだ。疲労を残すわけにいかん」

「大丈夫、そこらへんの調整はうまくやるから」

 と、ティトは己の胸を叩く。

 サブリーダーのティトとしては和を乱すゼクシィに一発かましてやらなければ気が済まなかった。

 しかし……

 剣士科は学園にある科において最も多数の学生が在籍している。

 だが、その数多いる学生の中で『刀』を扱う学生はゼクシィのみ。

 理由は、『刀』ほどメリットとデメリットが大きい剣は他にないから。

 切れ味は超一流、攻撃力--切断力に関しては最高峰に位置する武器である反面、刀身が細くて防御できず、集中力が少しでも乱れれば威力が激減してしまう点。

 加えて他の武器に応用できない独特の対捌きゆえ、剣を扱う者は『刀』を敬遠している。

 そんな扱い辛い武器なのだが--

「風剣! カマイタチ!」

 真空刃を飛ばして射程外にいる敵を狙い。

「雷剣! 稲妻切り!」

 刀身にあたった獲物を痺れさせ。

「水剣! 露払い!」

 魔術や神秘術を切り裂き。

「土剣! 土隆昇!」

 土を隆起させて敵の位置を固定させた挙句。

「これで終わりだ火剣! 焔切り!」

 火傷を追加させる斬撃で敵を屠るゼクシィ。

 彼女はそんな刀を手足の如く扱っていた。

「お見事、ゼクシィ」

 溶けて使い物にならなくなった剣を放り出したユラスは白旗を上げる。

 彼の後方には風剣によって早々に脱落させられていた三人が地面にへたり込んでいた。

「ふふん言っただろ。私は最強だと」

 ゼクシィは得意満面になって鼻を鳴らした。

「きゅ~」

 ティトが目を回していたのはお約束。

 理由はゼクシィがティトを徹底的に狙っているからだった。

「しかし、これは凄いな」

 ティトなど眼中にないとばかりにゼクシィは興奮気味にユラスにまくしたてる。

「このミスリルで出来た鞘。これがあれば鬼に金棒だ」

 自慢するようにミスリル製の鞘を突き出した。

「そう言ってもらえると贈った甲斐がある」

 ユラスは喉を鳴らす。

 実はゼクシィが差してある鞘はユラスが特注した逸品。

 魔法を蓄える性質のあるミスリルを使用することによって魔力が低いゼクシィでも魔剣技が扱える。

 さっき放った五つの技は全てユラスが贈った鞘がなければ使用不可能だった。

「しかし、驚いたな。ミスリルにこんな使い方があったとは」

 ゼクシィが驚く。

 一般的にミスリルは魔法剣士が扱う剣になることが多い。

 ゼクシィのように鞘に使うのはあまり例がない。

「普通に考えたら効率が悪いからな」

 鞘にミスリルを使用すると、魔法を放つには一回一回鞘に納めなければらない。

 一瞬を争う戦場だと、その時間が命取りとなってしまうからだ。

「まあ、『刀』のような武器でないと思いつかん方法だ」

 鞘に閉まった状態を攻撃の起点と置く武器はあまりなかった。

「ところでユラス殿。前から思っていたのだがこの鞘はいくらした?」

 ゼクシィがそう聞く。

「貰い物というのは具合が悪い。だから代金を払いたいのだが」

 どうやらゼクシィの矜持に障るらしい。

「鞘の値段か。これはオーダーメイド品だから……ちょっと来い」

 ユラスはゼクシィを手招きする。

「……分割払いで頼む」

 いったい鞘はどれぐらい高かったのだろうか。

 ゼクシィは冷や汗を垂らしながらそう口にした。



「ぬ」

 解散後。

 一人歩いていたゼクシィは前方から歩いてきたカナンの姿を捉える。

 帽子に杖、そして鞄を持ったその姿は帰宅途中であることが一目瞭然。

「ごきげんよう」

 カナンはゼクシィについてさほど興味を持っていないようだ。

 一般学生に向ける類の微笑みをゼクシィに向けたカナンは速度を落とさずそのまま通り過ぎて行こうとする。

「ちょっと待て」

 ゼクシィはカナンの肩に手をやって動きを固定する。

 カナンはティトやルッカを苦しませた張本人。

 同じパーティーに属する者として挨拶ぐらいしてやろう。

「どうされました? ゼクシィさ--」

「ユラス=アルバーナといっても大したことないな」

 人を責めるにはその人が最も大事にしているのを貶めればよい。

「今日の模擬戦も私の勝利。一体四なのになぜ勝てないんだか。リーダーとしての能力を疑われる」

 さて、ここまで挑発されたカナンはどう出るのか?

 胸を張った姿のまま、薄眼でカナンの表情を確認しようとするゼクシィ。

 さぞかし怒り心頭か、それとも絶対零度の笑顔か。

 ゼクシィとしてはどちらかを期待していたのだが、なんとカナンはクスクスと肩を震わしていた。

「ぬ? どうした?」

「いえいえ。歴史は同じことを繰り返すという真理を思い出したところです」

「は?」

「クスクス。実はフレリアさんも同じことを言っていたんですよ」

 まるで懐かしい過去を思い起こすかのような優しい笑みで。

「無理矢理連れて来られたせいか、もう暴れる暴れる。何度ユラスさんが消し炭になりかけたか」

 カナンにとっては黄金の思い出なのだろう。

 同性であるゼクシィが見ても惚れてしまいそうな顔である。

「まあ、私としましては良い過去を思い起こして頂けたのでお礼を言いたいのですが。今、貴方達は現在進行形で素晴らしい思い出を作っている最中ですよね」

 何故だろう。

 表情はそのままなのに周囲の温度が下がった。

「なので少し仕返ししましょう。使い捨ての部品でしかないゼクシィさん。いくら貴女が強くてもユラスさんの代わりは務まりませんよ。何故なら貴女の取り柄は『強さ』のたった一つ。ゼクシィさんの『強さ』は求められても貴女自身誰も必要とされていない部品がユラスさんに勝る道理はありません」

「おいなんだその言い方は!」

 あまりにも辛らつな言葉に今度はゼクシィが烈火のごとく怒る。

「フフフ……」

 しかしカナンは涼しい笑みで受け流し、その場を後にした。


 翌朝。

 ユラスが指定した集合場所にて全員の姿があった。

「さて、確認するが今回のクエストは一週間かかる長期クエストだ。ティト、詳しい説明を」

「はいはい--今回の依頼は秘境までの道中の護衛。当然ながら道程も時間も大分かかる」

 整備された道を行くのではないのでその分疲労が重なる。

「えーと。私は大丈夫でしょうか?」

 ミコトが手を上げる。

「その辺りは大丈夫だ。特例としてミコトは馬車に載せてもらうことになった」

「そうなんですか?」

「ああ、代わりに浮遊術を使用して馬車を軽くすれば良い」

「なるほど、そういうことですか」

 ミコトは納得する。

 馬車が軽ければ必然馬にかかる負荷が減り、道程を短縮できる。

 馬車の上なら服も汚れる心配がない適材適所である。

「……はあ」

 道中ルッカが溜息をこぼす。

「……私も乗せて欲しい」

 ルッカは馬車に乗っているミコトが羨ましくて仕方ないのだろう。

 時折そんな言葉が漏れる。

「もしお前が馬車に乗る時は俺達全員が疲労でぶっ倒れた時だ」

 ユラスは軽く笑いながら続ける。

「ルッカは前衛並みのスタミナと腕力を持っているからな」

「そうそう、腕相撲でゼクシィと張り合ったときは眼が飛び出そうになったよ」

 ユラスの言葉をティトが受け継ぐ。

 ルッカはハーフの影響なのか魔術師にあるまじき身体能力を兼ね備えている。

 パーティー内で最強はゼクシィだが、手数の多さという意味合いではルッカが一番。

 本人もそれを意識してか、ルッカの獲物は打撃に向いた杖だった。

「……けど、しんどいものはしんどい」

「駄目だ。お前は甘やかすととことん甘えるからな」

「むう」

 ユラスの言葉にルッカは唇を尖らせた。


 つつがなく依頼は終了。

 依頼主と共に帰宅途中、道中に人影があった。

「……準備しておけ」

 先頭を歩いていたユラスは手を上げてティト達に合図を送る。

「待て、アルバーナ殿。まだ敵と決まったわけではないだろう」

 ゼクシィはそう意見するが。

「うん、これは危険な香りがするよ」

 ティトは眼を細めてユラスに賛同した。

「ミコト」

「はい! 神よ、彼らに恩寵を」

 ミコトが祝詞を唱えて加護を与えて準備万端。

 警戒しながらユラス達はその人影に近づく。

「もし、俺の名はユラス=アルバーナ、バスワール学園所属。そなたの名前と所属組合を教えて願いたい」

 ユラスは一般的な挨拶をする。

「……」

 薄暗いとはいえ十歩の場所まで近づくとその人影の顔がわかる。

 四十代、働き盛りの壮年。

 力量が衰えておらず、経験の豊富にある最も強い年代である。

 その壮年は袴に羽織といった装い。

 そして得物は腰に差した二振りの細い剣。

 長い黒髪を一本に纏め、垂れ流している様は--サムライ。

「なっ」

 ゼクシィが驚きの声を上げるのも無理はない。

 何せ初めて己と同じサムライに出会ったのだから。

「返答を願おう」

 ユラスはそう催促するが壮年は返さない。

「穢れた血--ルッカ=エデンだな?」

 代わりにルッカへそう問う。

「……だとしたら、なに?」

「無論、死んでもらう」

 その言葉を最後に壮年は一気に間合いを詰めてきた。

 十歩の距離を一瞬で詰める脚力にティト達は反応できない。

「っ」

 ルッカも棒立ちのまま。

 このままだと次の瞬間にはルッカの首が飛んでいた、が。

「危ないぞ!」

「何をする!」

 反応できたのはユラスとゼクシィ。

 ユラスがルッカを抱え、ゼクシィはサムライの前に立ち塞がった。

「ルッカ! ティト! お前らは後方の馬車に乗って先に行け!」

 誰よりも早く指示を出すユラス。

「う、うん」

「分かった」

 その声に弾かれるように二人は馬車に飛び込び、全力でこの場を去ろうとする。

「逃がすと思うか?」

 サムライは馬を斬ろうと進路に立ち塞がるが。

「お前の相手は私だ!」

 つばぜり合いに持ち込んだゼクシィはそのまま押し込んで道を確保した。

「ふむう、中々やるな」

 過ぎ去った馬車を見ながらしたり顔でそう述べるサムライ。

「では、ごめん」

 これ以上の戦いは益なしと判断したのだろう。

 身を翻して逃げ出した。

「っ、ゼクシィ待て!」

 ユラスとしてはサムライを放っておきたかったが、頭に血が上ったゼクシィは後を追う。

「この馬鹿か!」

 ゼクシィを追うか、それともティト達と合流してから追うか迷うユラス。

「っ、仲間は見捨てられん!」

 もし単身追いかけ、伏兵がいれば目も当てられない結果になるだろう。

 しかし、ユラスの勘が、もしこのまま放置すれば大変なことになると訴えていた。


 風のように速いサムライを追うゼクシィ。

 これ以上離れると不味いのではという考えが頭によぎった時、サムライが足を止めた。

 そして抜刀術の体勢、どうやらここで迎え撃つつもりのようだ。

「愚かな」

 ゼクシィは嗤う。

 一体多数を相手にする場合、まずは逃走して足の速いものから順に戦っていく戦法は実在する。

 しかし、それはあくまで格下の相手のみ通用する戦法。

 一対一なら学園最強を自負するゼクシィにとって愚かの極みに見えた。

「その心意気を組もう」

 ゼクシィは速度を緩めない。

 交差する一瞬で終わらせる、そんな未来を思い描く。

 あと三歩、二歩、一歩。

 神速の抜刀術を披露しようとしたその瞬間であった。

「っ」

 ゼクシィの勘が告げる。

 相手の方が速い、このまま攻撃を続行すると相手より自分が斬られて死ぬと訴えた。

「ええい、くそ!」

 刹那の逡巡、ゼクシィは勘に従う。

 抜刀術は中止、代わりに受け流しを選択。

 相手の体が流れた瞬間を狙うに変更した。

「上手い、だが青い」

 サムライが笑ったように見えた。

 --一瞬の出来事だった。

 受け流そうと構えた刀が断ち切られ、ゼクシィの体にめり込む。

「う……」

 感覚がない。

 喉の奥から血がせりあがってくる。

 肋骨の何本か折れてしまったのだろうと推測する。

 勝負は決した。

 後はサムライが刀を引けばゼクシィの命は終わる。

 その瞬間を見届けようとゼクシィは閉じそうになる己の瞳に力を入れた。

「……目を瞑らないのか?」

 しかし、刀を引く代わりにそんな言葉がサムライから発せられる。

「ああ」

 血反吐を吐いたゼクシィは応じる。

「見苦しい死に様はご免だ。私には安らかな死より強敵と戦っての討ち死にを願う」

「そうか……それこそサムライの生き様、天晴だ」

 ゼクシィの姿に感銘を覚えたのかサムライは尊敬の念を込めて目を瞑った。

 サムライとしては黙とうの後に刀を引き、ゼクシィを散らす予定だったのだろう。

 しかし、黙とうしたその瞬間、サムライは自ら周囲の警戒を解いてしまった。

「ゼクシィ!」

 ユラスの声が響くと同時にサムライの腕に何かがめり込む。

 ユラスの投げたナイフが見事に刀を持った腕に当たり、その衝撃に手を放してしまった。

「っ、邪魔が入ったか」

 サムライは落ちた刀を拾わず、腕を抱える。

 その傷口が青紫に変色していることから毒でも塗っていたのだろう。

「命拾いしたな、女ザムライ」

 そう言い残したサムライは後ろへ下がり、そのまま草原の奥へ消えて行った。


「何があった……って、聞くまでもないな」

 ユラスはゼクシィの状態を見て問いかけを止める。

 刀は両断され、ゼクシィも喀血した状況。

 戦闘不能なことは疑いなかった。

「ほら、戻るぞゼクシィ。皆心配している」

 ユラスは深く考えずに手を差し伸べる。

 てっきりその手を素直に握るかと思っていたが。

 パシッ!

「余計なことを」

 ゼクシィは払いのけ、怨嗟に満ちた声を出しながらユラスを睨む。

「私に生き恥を晒させて」

「ゼクシィが命をどう思っているのか知らんが、すでにお前の命はお前だけのじゃない、パーティー全員のだ」

「なにをっ! ぐ、ゴホ!」

 力んだからなのだろう。

 怒りに染まった顔が一瞬で青くなり、そして口から血を吐き出した。

「やれやれ、とりあえず戻るぞ」

 ユラスは頭をかいた後、ゼクシィを背負う。

「傷むかもしれんがミコトに会うまでの辛抱だ」

「離せ! 離せ!」

「じっとしていろ」

 ゼクシィは暴れたが、珍しいユラスの低い声にしゅんとなる。

「無事で良かった」

 ユラスは繰り返す。

「生きてさえいれば挽回がきくからな」

 一体ユラスはどのような経験をしてきたのだろう。

 まるで老兵のような深い感慨がこもった声だった。


 数日後。

 ユラス達の集合教室にて、ゼクシィを除く全員が揃っていた。

「ゼクシィは今日も休みか」

 ユラスはここ数日の出欠状況を見てそうぼやく。

「なんというか……ショックを受けたのは想像通りだが、学園まで休むゼクシィの心の弱さは意外だった」

「ユラスさん、ゼクシィを責めるのは止めて」

 ティトは強い口調で続ける。

「ゼクシィは自分が最強であることが、一対一なら絶対に負けないことが心の拠り所だったんだよ。それが崩れ去ってしまった。今のゼクシィはその代わりになるモノを必死で探している最中なんだよ」

「ティトさん、でもゼクシィを破った相手って歴戦の戦士だったんですよね。学園生と社会を知る者では負けても当然だったんじゃ」

「ミコト、もしそんな理由を口にしたらゼクシィはもう二度と立ち直れない。理由は何であれ負けたのは事実なんだ。そしてその事実がゼクシィを苦しめている」

「……私のせいなのかな?」

 ポツリとルッカは罪悪感のこもった声音で。

「もしあの時大人しく斬られていればこんなことには--」

「「「それは違う」」」

 ティト、ミコト、ユラスの声が重なる。

 代表してユラスが。

「お前が犠牲になって良かったなどありえん。ルッカだけではない、誰かの犠牲の上に成り立つ日常や平和など存在しないんだ」

 ティトが引き継ぐ。

「そうだよ。ボク自身のプライドのためにルッカが好き放題言われた結果。ボクは誰よりも苦しんだ」

「ルッカさん。もし貴女が犠牲になっていればゼクシィは護れなかった己を責めるでしょう」

 口々にルッカの重要性を説く三人。

 ルッカは三人の励ましを聞いてどう思ったのか。

「……うん、ありがとう」

 ルッカの陰のある笑みは、心のどこかで納得していないようだった。


 さて、その頃ゼクシィは何をしていたかというと、自室にこもっていた。

「……」

 足を抱え込み、そこに頭をうずめている様子はまるで死を待つ者のよう。

 ゼクシィ本人もこのまま死んでしまいたかったが、体や本能は違う。

 腹が減れば空腹を訴え、睡眠を欲せば眠くなってくる。

「惨めだ……」

 本能の欲求に従うのみの自分。

 死を望んでいようとも本能が死を拒否する以上、自分は生きるしかない。

 あの死の淵からの生還。

 その経験がゼクシィを弱くしてしまっていた。

 コンコンコン。

「あのー、ゼクシィ=マイスターさん? この手紙を直接渡すよう言われましたので、置いていきますね?」

 ドアが開き、遠慮がちに開いたドア。

 見慣れない女学生がドア付近に封筒を置き、去っていった。

「……」

 一体何なのだろうか。

 気になったゼクシィは緩慢な動作で封筒を開け、中を確認し。

「っ--」

 息を呑んで大きく目を見開いた。


 その日の夜。

 バスワール学園の校門から少し離れた場所にゼクシィの姿があった。

「遅れずに来たようだな」

 指定された時刻。

 どこに隠れていたのか、ゼクシィの前にある男が現れた。

「っ!」

 その姿を見たゼクシィは反射的に唇をかむ。

 その反応は当然だろう。

 何せ眼前の人物はルッカを狙い、そしてゼクシィを叩きのめした人物--サムライ。

「俺の名はテツジ=エルア。初めて会うな、弟弟子よ」

 そのサムライはテツジと名乗った。

「どこでこの事実を知った?」

 ゼクシィは羊皮紙を投げる。

 羊皮紙に書かれていたのは日時と用件、そして。

「何故師であり育て親の名前を? 流派を?」

 ゼクシィに刀術を教えた者の名前と流派だった。

「決まっている。俺もその師から教えを受けた者。つまり兄弟子だからだ」

「……」

「師匠は謎の多いお方。滅多に過去を口にせん。実際俺も同じ流派の使い手であるお前の存在を知らなかった」

 まだ信用に値しないとゼクシィは考える。

 己の出自などその手の専門家に任せれば調べられないこともない。

 その疑いを持ってゼクシィはテツジを見た。

「その証拠に一つ技を披露しよう--一の剣、瞬光!」

 テツジの抜刀術を見たゼクシィは息を呑む。

 テツジの構え、技、そして残身。

 全てがゼクシィの師の姿と重なって見えた。

「あ、あなたは……」

 もはや疑いようのない。

 目の前の、テツジは紛れもなくゼクシィの師匠に仕えていた弟子。

 力強い先輩に会えた安心感と、そしてその先輩が仲間を狙っている怒りがごちゃまぜになってゼクシィ自身訳が分からなくなる。

「どうやら疑いが晴れたようだな」

「はい」

 それは事実なので頷くゼクシィ。

「そうか、ならば兄弟子の命令だ、穢れた血であるルッカ=エデンを殺せ」

「っ」

 息を呑むゼクシィ。

 それを聞き入れるわけにはいかない。

 ゼクシィにとってパーティーは居心地の良い場所であり、メンバーは頼れる仲間。

 それを自ら壊す真似などしたくない。

「やれやれ、お前は馬鹿か? サムライである我らに防御は不要、攻撃に全力を注ぐことでその真価を発揮する。我らサムライは騎士ではないぞ?」

 強靭な体力と巨大な盾を操って仲間の盾になるのは騎士。

 騎士は守りが主体のため仲間を大切に想うのは至極当然。

 しかし、ゼクシィはサムライである。

 盾を持たず、防御できない細い刀身を武器とする彼らに守りは不要。

 相手を一撃で仕留めることに重点を置いたサムライに守るべきものなど必要ない。

「お前はサムライというものをはき違えている」

 その叱責はゼクシィの心に響いてしまった。

「……」

「だが、俺もそのような幻想を抱いていた。ゆえにお前の葛藤も理解できる」

 テツジは忌まわしい記憶を思い出したかのように顔をしかめる。

「その温い感情はおいおい矯正していけばよい。だから妥協案だ、ルッカ=エデンをこの紙に書いてある場所へ呼び出せ。それが出来ればお前を弟子にしよう」

 紙を渡したテツジはその場所から動かない。

 恐らくゼクシィが去るまで立ち続けるつもりなのだろう。

「……」

 しばし硬直していたゼクシィだが、テツジの鋭い視線を受け、観念したかのように学園へと向かう。

 そのトボトボした足取りは弱弱しく、どんな最弱者であっても今のゼクシィに勝てそうだった。


「……」

 真っ暗な部屋の中、ゼクシィはテツジが持っていた刀を抜き差しする。

 相当な業物であり、切れ味はゼクシィの愛刀以上。

 少しばかり重いのがネックだが、訓練すれば使えるだろう。

「私はどうするべきなのだろうな」

 ポツリとゼクシィが弱音を吐く。

 強くなりたいのならルッカを差し出せばいい。

 この居心地の良い空気を護りたいのならテツジの提案を蹴れば良い。

 突き詰めれば二択。

 前に進むか、それともこの場に留まるか。

「ぐ、うう」

 ゼクシィは頭を抱える。

 以前なら何の躊躇いもなくルッカを差し出していた。

 当然だ、何せゼクシィにとって強いことは絶対条件。

 それが守られているのなら、その他は些細なことである。

「……出来ない」

 しかし、今は違う。違っている。

 自分が定めた絶対条件を脅かしてしまうほどにルッカ達パーティーの存在が大きくなっている。

 悩み、悩んだ末、出た答えが--。


「ルッカ、しばらく」

「ゼクシィ!」

 ゼクシィの姿を見たルッカの顔が明るくなる。

 パーティーを結成した当初は無表情であることが普通だったが、徐々に笑顔が増えていた。

「良かった、本当に良かった」

 ルッカはその小さな手を胸において安堵の吐息をつく。

 ルッカもゼクシィのことを相当心配していたらしい。

「他の皆に挨拶はした?」

「いや、まだだ」

「そう。だったらすぐに行こう。ユラスさん達も心配していた」

 ルッカはゼクシィの手を取って連れて行こうとする。

 しかし、ゼクシィは立ち止まって。

「なあ、ルッカ。私の願いを聞いてくれるか?」

「うん? なに?」

 ルッカは首を傾げる。

 その何も疑っていない様子にゼクシィは躊躇し、つばを飲み込む。

 笑って済ませるべきだろうか。

 何もないと誤魔化した方が良いのではないかとゼクシィは葛藤するが。

「二人きりで話がしたい。だから夜のここに一人で来てくれないだろうか?」

 気が付けばそんなことを口走っていた。

 そのゼクシィの様子にルッカは一瞬固まったものの。

「うん、分かった」

 ルッカは優しい笑みを浮かべて承諾した。


「……」

 ゼクシィは虚ろな目で夕日を眺めている。

 頭にあるのは先ほどの選択。

 本当にあれで良かったのかと自問している。

 愚かなことだと自嘲する。

 もう答えは出ているのに。

 否、出してしまったのに自分はこうして黄昏ている。

「しっかりしろ。明日には学園を辞めて弟子入りする身だぞ」

 ゼクシィはそう叱咤する。

 仲間を売った以上、もうこの学園にはいられない。

 賽を投げてしまった。

 もう後悔しても意味がないはずなのに。

「動けん」

 ゼクシィは己の身体がここまで重く感じたのは初めてだった。

「……」

 様々なことを考えていたゼクシィ。

 その背にの後ろに立つ人物が現れた。

「何を黄昏ているんだか」

「アルバーナ殿」

 ゼクシィもよく知った人物。

 ユラス=アルバーナが立っていた。

「どうしてここに?」

 ここに来るなど誰にも言っていないはずなのにユラスがいるのは何故。

「そうだな。挙げられる理由として同じ剣士科に所属しているから。剣を握った者同士、何かあれば似たような行動を取る」

 つまりユラスもゼクシィと同じ状況に陥ったことがあり、こうして夕暮れを眺めた時があったのか。

「……」

 ユラスはゼクシィの隣に腰を下ろして足を投げ出す。

 夕日を真摯に見つめる様に迷いは一切なく、迷いきっている自分とは対極に思えた。

「ゼクシィ、ありがとうな」

「うん?」

 突然出たユラスからの言葉。

 その意図が分からず、目が点になるゼクシィ。

「ルッカのことだ」

「ルッカが?」

「そう、ルッカ。ゼクシィが塞ぎ込んだ時、最も動揺して心を痛めていたのがルッカなんだ」

 あの日、突然の襲撃。

 サムライは魔物の血が入っているルッカを狙っていた。

 もしルッカが目論み通り死んでいたら、それ以前に自分がいなければ。

 ゼクシィがあんなことになることはなかったのだろうとルッカは自問自答していた。

「それは断じて違う!」

 反射的にそう反論するゼクシィ。

「分かっている。しかし、気に病んでいたのは事実。だから今日、ルッカがゼクシィに会い、頼まれごとをされたと言ってきた時の笑顔は本当に晴れやかだった」

「……」

 瞬間的に浮かんだルッカの笑顔。

 ゼクシィは胸が締め付けられるような苦しみに襲われる。

 そんな彼女の様子にユラスは気づいていないのか、こう続けた。

「ところでゼクシィ、ルッカになんて言ったんだ? ルッカ曰く『私、嬉しいの。ゼクシィが立ち直って強くなれるお手伝いが出来るのだから』と言ったんだが」

「っ」

 もう抑えきれなかった。

 ゼクシィは心の赴くまま飛び起き、全力で駆ける。

 目的地はただ一つ--ルッカの元へ。

 

 ゼクシィは奔る。

 奔りながら笑う。

 今、ゼクシィの頭にあるのはルッカを助けること。

「簡単なことだな」

 ゼクシィは呟く。

 先ほどまでの苦しみは何処に消えたのか。

 この感覚をゼクシィは知っている。

 そう、ティトを救いにホブゴブリンの群れに飛び込んだ時。

 あの時も余計な感情は消え失せ、己が何をすべきかのみ残った状態。

 無心で動くその瞬間はまさしくゼクシィが望んでいた時だった。

「待っていろ、ルッカ」

 呼吸を乱すだけだと分かっているのにゼクシィはそう言わざるを得ない。

 それほどゼクシィの気分は高揚していた。

 しばらく進んだのち、ようやくルッカの姿が見える、テツジの影も。

 よく見るとテツジだけでない、多くの者がルッカを取り囲んでいる。

 あの中に飛び込めばどうなるか。

 しかもテツジは自分よりも強い。

 自殺に近い。

 と、頭ではわかっているゼクシィだが。

「もう、迷わん」

 たまたま近くにいた者を一閃で切り捨てたゼクシィ。

 テツジやルッカを含んだ全員が目を見開く中、ゼクシィはルッカの前に仁王立ちし、高らかに叫んだ。

「私はガロウ=キエンの弟子、ゼクシィ=マイスター! 師の名に懸けてルッカを護る!」


「ゼクシィ……なんで?」

 突如現れたゼクシィにルッカは茫然となる。

「ルッカを護るためだ!」

 ゼクシィはテツジを見据えながらの言葉。

「……私が犠牲になればゼクシィは--」

 テツジのもとでゼクシィはもっと強くなれるのに。

「そんな悲しいことを言わないでくれ」

 激高した様子から一転、泣きそうな声になるゼクシィ。

「私もそうだがルッカもパーティーの一員。右腕を強くするために左腕を斬り落とす真似など誰もしない。だが、私はそんな愚かなことをしかけていたんだ」

 誰かを犠牲にして得た強さなど歪な強さでしかなく、必ずどこかに破綻をきたす。

「もし私がルッカを差し出していれば、目の前のサムライのような暗く寂しい道を歩まざるを得なかっただろうな」

 ゼクシィは切っ先をゼクシィの眉間に向ける。

「テツジ殿、確かに貴殿は強い。しかし、その強さは私の望む強さではない、ただ斬るために生きるなど魔物の生き方とそう変わりはない!」

 ゼクシィの宣言は風に乗って消えるまで誰も動かなかった。

「--お前も師匠と同じことを言うのだな」

 冷え切った声がテツジの口から発せられる。

「師匠は決して俺を認めなかった。いくら魔物を退治しても、邪魔者を排除しても『慈悲がない』と叱りつけるばかり。そして挙句の果てには追放だ」

「……」

 どうやらゼクシィの師とテツジとの間には複雑に絡み合った何かがあるらしい。

「誤解するな。俺は師匠を恨んでいない。ただ、分からないのだ、何故師匠が俺を認めなかったのかがな」

 その声音には憎悪等が含まれておらず、純粋な疑問のみ。

 そうであるがゆえに救いがなかった。

「全員、このサムライ娘に手を出すな」

 テツジは周囲の兵にそう伝達する。

「こいつは俺がやる。お前らは穢れた血が逃げ出さないよう見張っておけ」

 カチン。

 と、こいくちを親指で上げたテツジ。

 ゼクシィは一対一で息の根を止めるつもりらしい。

「参る」

 ゼクシィは応える。

 彼女の得物はテツジが愛用していた刀。

 テツジはゼクシィより大きいので必然刀も長く重くなる。

 これでは繊細な力加減を要求する抜刀術を放つのは困難と判断、鞘から抜いておく。

「ん?」

 ゼクシィにとっては意外なことにテツジも刀を抜く。

 どうやらテツジも新しい刀に慣れていないようだ。

 互いに最も得意とする一撃必殺を封じられた状態。

 それが結果にどのような影響をもたらすのだろうか。

 一瞬の静寂、そして。

「は」

「ぬ」

 攻めたのはテツジ、大上段から一気に振り下ろす。

 威力、速さ共に申し分ない一撃だが、ゼクシィは予測していたかのように受け流す。

「ほう」

 流れたテツジの体を狙うゼクシィ。

 が、それより先に切り上げが迫ってきた。

 ゼクシィは後ろに一歩引く最小限の動きでかわす。

 当然生じる間合い。

 それをゼクシィはどうするのかというと。

「くらえ!」

「お?」

 いつの間にか鞘を外し、テツジに投擲していた。

 予想できなかったのか大きく下がるテツジ。

「っ、今だ!」

「え?」

 ゼクシィはそう叫ぶや否やルッカの体を掴んで囲いの外に投げ飛ばす。

 ルッカの咄嗟に空中浮遊の魔術を唱えたこともあり、やすやすと囲いを脱出した。

「しまった! 追え!」

 テツジが慌てて命令を下す。

「させるか!」

 しかし、それより先にゼクシィは動き、ルッカに最も近くの位置にいた者を切り伏せた。

「貴様」

 テツジが暗く低い声を出す。

「まさかこれが狙いで?」

「その通り」

 ゼクシィは肯定する。

 例え己が格上であろうと手練れである彼らからルッカを護り切るのは至難の業。

 ならばルッカの生存を第一に考えればよい。

 簡単なことだ。

 己の命を賭ければルッカの生存の可能性が生まれる。

 ゼクシィはそれを選択した。

「私を殺すか?」

 ゼクシィは笑う。

「しかし、ただではやられん。時間稼ぎぐらいはさせてもらおう」

 そう言い切ったゼクシィ。

(これで少しは失敗を償えたかな?)

 ゼクシィはそんなことを思う。

 ルッカを死地に追い込んだのは紛れもなく自分。

 その失敗を贖うためには命を賭けなければならない。

「うん、これで良い」

 ゼクシィは一つ頷く。

(ルッカ、必ず逃げてくれ……って、私が言うべきセリフではないよな)

 張本人が何を願っているのか。

 思わず失笑してしまったゼクシィ。

「こいつを囲め、ただし気をつけろよ、剣の達人だ」

 どうやらテツジは一対一を止め、確実に殺す包囲網を選択したようだ。

 じりじりと輪が狭まっていく。

 あと、自分の命はどれぐらいかな?

 と、考えたゼクシィが手に持った刀に力を込めたとき。

 ヒュンッ!

 一本の矢がゼクシィとテツジの間に突き刺さった。

「はいはーい。ストップストップ」

 この場に似合わないお気楽そうな声。

 ゼクシィは声の人物に心当たりがある。

「お前は!?」

「お前とか酷いなあ。ボクにはティトというちゃんとした名前があるのに」

 茂みから現れたのはティト。

 彼女はいつもと変わらない笑みを浮かべていた。

「見張りは何をしていた? 部外者の立ち入りは禁じていたはずだが」

 テツジがそう漏らす。

 どうやらゼクシィは良いが、他の者は認めなかったらしい。

「ふふん、ボクはレンジャーだよ。それぐらいわかるって」

 ティトはカカカと笑うが、それがどれだけ凄いことなのか理解しているのだろうか。

 社会に出て索敵に特化したレンジャーの目を欺くなど尋常ではない。

「なるほど、こいつと肩を並べるだけあるな」

 テツジはティトの技量を素直に称賛した。

「さて、小童よ。我らの傘下に入らぬか? ゼクシィ共々、その技量を散らせるのは惜しい」

 それは脅し。

 もし承諾しなければ殺すという意味。

 空気を読むのが人一倍上手いティトからすればテツジが本気だということは分かっているだろう。

 しかし。

「断わるよ。ルッカを、仲間を危害を加える奴らなんかと組むのは死んでもごめんだし」

 ティトはあっさりと断った。

「そうか」

 テツジは引き下がらない。

 ダメモトだったのだろう。

「ならば二人もろとも死--」

 そうテツジは命令を下そうとした、が。

「ストップです」

 またしても乱入者。

「これ以上の戦闘は無意味です、武器を下ろしてください」

 そんな空気をまるで読まない正論を言う人物とは。

「本命登場! ミコトさんが来ました!」

 エヘンとない胸を張ったのはミコト。

 その立ち位置は危機意識が欠如しているように見える。

 いや、ミコトだけではない。

 彼女に手を引かれるように現れたのは。

「……みんな」

 ルッカである。

 ゼクシィが投げ飛ばしたはずのルッカがミコトの後ろにいた。

 図らずも全員集合である。

「ミコトやら、手間が省けた」

 テツジはミコトの存在を無視する。

「褒美として楽に死なせてやろう」

 殺すのは確定なようである。

「ふふん、無意味なことを」

 ミコトは鼻を鳴らす。

「私が登場した時点で貴方達は詰んでいるのですよ」

 と、自信満々に宣言した。

「……」

 テツジはミコトの言葉の意味を考え、そして瞬時に悟る。

「私は頭の良い人が好きです。もし私達にバスワール学園生に手を出せばOB・OGが黙っていませんよ」

 バスワール学園の卒業生の中から、武に秀でた者で構成される後援会組織。

 それはバスワール学園生に危害を加えた人物・組織に報復を与える機関であり、もし何の落ち度もないルッカやゼクシィに手を出せばテツジ達に慈悲なき制裁が加えられた。

「もし今手を引けば公にしません。このミコトの名において誓いましょう」

 自分の力でもないのに威張る様はまるで虎の威を借る狐のよう。

 しかし、イラッと来ないのはミコトの人柄ゆえ。

 嫌味や見下し感がないため、苦笑しか浮かんでこなかった。

 ただ、テツジには届かなかったようだ。

「--ミコトやら、お前達は考えなかったのか? 物言わぬ屍となる可能性を」

 テツジの暗く、冷たい声にミコトも多少動揺する。

「何を言っているのですか。ここで私達全員を殺すともはや言い逃れはできなくなりますよ?」

「お前らだからこそ有効だ。知っているぞ、お前たちはあぶれ者のメンバーだと、死んだところで誰も悲しまないし仇を討とうとも思わん」

 果たしてテツジが属する組織と抗争するほどの価値があるのかと問う。

 見ようによってはルッカは存在悪であり、どうとでも因縁がつけられそうだった。

「そんなことはっ!」

 ミコトは反射的に声を荒げ、反論しようとするがテツジは聞いちゃない。

「では、答え合わせを始めようか」

 そしてテツジは刀を天に向ける。

「ミコトやらの言葉通りなら我らの勝ち、それ以外ならミコト達の勝ち。分かりやすいではないか」

 そう言うものの、ミコト達が死ぬことに変わりない。

 戦闘再開かと思いきや、またしても乱入者が入った。

「では、私ならどうなるでしょうか?」

 静かな、芯のある声が全員の耳朶を打った。

「学生会長である私の命も賭けさせて貰いましょう」

 現れたのはバスワール学園学生会長カナン。

 彼女は常に笑みを絶やさない、この時でさえも。

「私が殺されても報復組織は腰を上げないのか、または私が訴えても耳を貸さないのか。その辺りを試しても面白いかもしれませんね」

 カナンの言葉にテツジは眉根を潜める。

 どうやら計算をしているようだ。

 考えに考え、重苦しい沈黙の後に出た答えが。

「--ここは退こう」

 戦略的撤退である。

「覚えておけよ、お前ら。機会があれば必ず殺す」

 退く際にそう言い残すことも忘れない。

「ええ、構いませんよ。ただ、絶対条件としてユラスさんが悲しまない方法で。に、限りますが」

 が、カナンの方が一枚上手だった。

 テツジを含む全員が「え?」という顔をした。


「ゼクシィ……」

「私の名を呼ぶな、呼ばないでくれ」

 ルッカが声をかけようとするとゼクシィは拒絶する。

 どうやらゼクシィはこの一連の出来事で激しい自己嫌悪に陥っているらしい。

 ルッカを危険に晒したのは紛れもなく己自身。

 そしてその理由は自分が強くなりたいからという自分勝手なもの。

 全て自分、自分、自分。

 以前は何も思わなかったが、今は違う。

 ルッカを、仲間をだまし、危機に晒したことが恥ずかしい。

 何をどう言いつくろっていいのか分からず、ゼクシィはそれ以上言葉を紡げない。

「「「……」」」

 思いつめた表情で黙り込んだゼクシィを見守るルッカ達三人。

 硬直常態かと思いきや、意外な人物が助け舟を出した。

「まあ、ここでうじうじと悩んでも構いませんが、彼らが完全に撤収していない可能性があります。私としてはそちらの方が都合良いんですけどね」

 もちろんくぎを刺すことも忘れないカナン。

「嫌な奴」

 と、ティトは誰にも聞こえない声音で毒づいた。


 無事、学園に帰還したカナンとゼクシィ達四人はその場で解散した。

 ティトは四人で会話を続かせたかったのだが、ゼクシィが拒否、話し合いを明日に持ち越されることになる。

 明朝。

 日が昇り切るか分からない時刻に、ある者が門を通り過ぎようとしていた。

 その者は一度だけ振り返って名残惜しそうに学園を見、次の瞬間には厳しい表情を作っている。

 この時、その者はわずかな間ながらも前方から意識を外す。

「何も言わずに出ていくとは酷いな、ゼクシィ」

「ユラス=アルバーナ殿か」

 まるで地面から湧いて出てきたかのように門に背もたれを預けている男--ユラスが腕組みをしてゼクシィにニヒルな笑みを浮かべていた。

「少し遠出をしようと思ってな」

「そんな大荷物を持ってか?」

 ユラスが指摘したのはゼクシィの持ち物。

 武器や食料はもちろん、財布が膨れている。

 日帰りの装備ではなかった。

「皆に合わせる顔がない」

 ゼクシィは唇をかむ。

「仲間を売った私はパーティーに、学園にいられない。例えメンバーが許しても私自身が許さない」

「だから逃げるってか」

「逃げるなど! ……いや、いい。怒鳴って済まなかった。今の私には反論する資格がない」

 一瞬いきり立ったゼクシィだが、すぐにしゅんとした表情になる。

 相当憔悴しているようだ。

「まあ、お前がどれだけ苦しんでいるかは、お前自身しか分からんだろうな。しかし--」

 ユラスは腰に差した剣を抜く。

「俺と勝負しろ。ゼクシィが勝ったらこのまま見送ろう。例えティト達が止めようとも俺が抑える」

 ユラスは剣先をゼクシィに向ける。

「だが、俺が勝ったら」

「学園に残り、メンバーに謝れということか?」

「いや、少し違う。もし俺が勝ったらパーティーのリーダーになれ」

「は?」

 思わず間の抜けた声を出す。

「正確には俺の代わりを務めろ」

「それはパーティーを抜けるという意味か?」

「まさか。まだまだ抜けんぞ。単なる部下として、頼れる先輩として振る舞おう」

「……」

 ゼクシィはユラスの意図が何なのか想像しようとするが。

「ゼクシィ、何故負けたことを考えている? どのような条件を付けられようとも勝てば問題ない、全てが許されるのだぞ?」

 それもそうだ。

 難しいことなど考える必要はない。

 勝てばいいのだ。

 いつも通り、ユラスを平伏せるだけ。

 単純な作業だ。

「承知した」

 ゼクシィは荷物を下ろし、鞘に手を添える。

 サムライの基本形--居合抜き。

 すでに鞘には魔力が込められており、タイムラグは発生しそうになかった。

「形だけは立派だな」

 対するユラスは長剣を構える自由形。

 型にはまらない形をユラスは取る。

「「……」」

 一瞬の静寂、そしてユラスが動く。

 斜め上から斬り下ろす袈裟斬り。

 ゼクシィが何度も見た動きだが速さが違っていた。

「ッ」

 軽くいなそうと高をくくっていたせいかその速さと踏み込んだ距離に押され、大きく仰け反る。

「今度はこちら」

 足を踏ん張れない不十分な体勢だが、ユラスを倒す威力と速さは十分。

 雷を纏わせた雷剣、当たると痺れる。

 掠るだけで十分に効果を発揮する技をユラスは避けずに--受け止めた。

「え?」

 ユラスのが予め着けていた籠手は雷を無効化する代物だったのだろう。

 動きは止まらない。

「まずい!」

 こうなると不利なのはゼクシィ。

 これで終わりだと侮っていたせいで次の動きが咄嗟に出ない。

 その隙は一瞬。

 しかし、ユラスクラスになるとその一瞬で十分だった。

「はぁ!」

 ユラスは剣の腹をゼクシィの右手にあてて刀を取り落とした後、一歩踏み込んで懐に潜り込む。

 そして足を引っかけると同時に体を押して仰向けに倒れさせた後、剣をゼクシィの首筋に添えた。

「俺の勝ちだ」

 ユラスがそう宣言するまでもない。

 こうも綺麗に負けたのはゼクシィの記憶ではテツジ以外なかった。

「何故! ……ああ、なるほど。アルバーナ殿は最近手を抜いていたのですね」

「その通りだ」

 ユラスはここ最近加減する--とまではいかないが速度を僅かに落としていた。

 それを気にも留めなかったゼクシィはまんまと術中に嵌り、気の抜けた速度をユラスの全力と考えて対処しようとした。

 それがこのざま。

 もし知っていれば勝っていたのはゼクシィだろう。

「引っかかってくれて良かった。でないと確実に俺は負けていた」

 ユラスもそれは認める。

 ユラスが勝利する条件。

 それはゼクシィより先手を取り、彼女を怯ませて居合の速度を落とすこと。

 例え知らなかったとしても、先手を取られれば八割の確率でゼクシィの勝利だった。

「何を戯言を」

 ゼクシィは唸る。

「運試しも何も、十回やれば十回今の結果だっただろう」

 何故ゼクシィは先手必勝、一撃必殺のサムライであるにかかわらず後手に回ったのか。

 それはゼクシィの心が揺れ動いていたから。

 ここ数日で起きた一連の出来事はゼクシィを憔悴させるのに十分だった。

「後手に回ったからといって負けるとは限らん。勝率八割が六割に減っただけだ」

 通常の居合に比べ、魔法を付与させるとどうしても威力が減衰する。

 それは紙一重の違いだが、それが明暗を分ける。

 が、それを補ってしまうほどゼクシィには力があるのだが。

「酷いことを言う。通常の居合など放てん。負けてしまったからな」

 居合はテツジを通さなかった。

 その敗北の記憶が居合でなく、魔法剣を選択させる。

「アルバーナ殿、そなたは本当にずるい」

 ゼクシィは大の字になる。

「絶対に勝てる場合にしか賭け事を持ち出さないのだから」

「絶対に勝てる、か……そんなのはありえないんだけどな」

 ポツリとユラスはそう抗弁した。

「さて、賭けは俺の勝ちだ」

「承知した。しかし、私に務まるだろうか」

「大丈夫さ。強い信念に他を黙らせる圧倒的な力。そしてティトの助言を素直に受け止めればお前は良いリーダーになる」

 ユラスはカカカと笑った。

「さて、俺はもう行くぞ」

 ユラスは立ち上がる。

「後はティト達と話し合え。ああ、すでにお前がリーダーを引き受けることは皆に伝えてあるから心配するな」

 ユラスはヒラヒラと手を振ってその場を後にする。

「ちょ、少し待て」

 ゼクシィは呼び止めようとしたが、直後の衝撃で叶わなくなった。

「ゼクシィ……良かった、本当に良かった」

「ルッカ」

 ルッカが涙を流してゼクシィに抱き着いていた。

「んもう、ルッカたら」

「アハハ、良いんじゃないミコト。こういうルッカも珍しいし」

 続いてミコトとティトも現れる。

 奇しくも全員が揃う。

「ああ、そうか」

 その瞬間に沸き上がった暖かさにゼクシィは溜息を吐いて。

「ただいま、みんな」

「「「おかえりなさい、ゼクシィ」」」

 ゼクシィの帰還を皆が祝福した。


 ゼクシィ=マイスターは自他ともに認める最強。

 団体戦ならともかく、個人戦において負けなし。

「一対一なら絶対に勝てる」

 誰に対しても無礼で傲岸不遜、集団で敗北するようなことがあっても彼女の心が折れないのはその自負心があるからであった。

「よし、待機場所に向かうか」

 今日もまたゼクシィはユラスやティトがいるパーティーへと向かう。

 すでに己の立場はリーダー、皆の模範となる言動をしなければならない。

「失礼する」

「やあ、ゼクシィ」

 教室に入ったゼクシィを迎えるのはティト。

 書類を机に置いて笑顔でゼクシィの到着を歓迎する。

「何を読んでいた?」

「ん、これ? ああ、次の依頼についての情報」

 ティトははにかみながら答える。

「依頼主の性格や依頼内容の吟味。そして通るであろう場所の魔物の種類といったところかな?」

 あの一件以来、ティトは依頼や遠出の際、必要とするであろう情報の収集・分析に熱心だ。

 レンジャーとして、パーティーの目として危険を事前に予測するよう心掛けている。

「助かる」

 ゼクシィは素直に感謝を述べる。

「事前に情報があるのとないとのでは初動が全然違う。特にミコトやルッカが狙われたら取り返しがつかなくなる」

 ゼクシィもティトも不意打ちには慣れているが、ミコトやルッカはどうだろうか。

 一撃で息の根を止められる危険性があった。

「ゼクシィって変わったよね。以前なら嘲笑するだけだったのに」

 ティトはゼクシィのその言葉に目を細める。

「り、リーダーとしては当然のことだ!」

 赤くなったゼクシィはそうまくしたてる。

「アハハ、そういうことにしておこう」

 ティトはたいして気にした様子もなく、ニコニコと笑った。

「遅いな」

 ゼクシィは時計を見る。

 ユラスは事前に遅れると連絡があったが、残る二人はどうしたのか。

「まさか不本意な出来事が?」

 と、ゼクシィは心配になるが。

「いや、大丈夫。そろそろ来ると思うよ」

 そう言ったティトはドアに視線を向ける。

 すると狙ったかのようにルッカ、そしてミコトが現れた。

「およよ、二人揃って遅刻とは仲が良いね」

「……不可抗力」

「そうです、私だって遅れたくて遅れているわけではありません。ただ、日課の購買部漁りに力が……痛いですゼクシィさん!」

 ミコトの威張った顔にアイアンクローをかますゼクシィ。

「遅れてきて何を偉そうにしているんだ?」

 こめかみに結果を浮かび上がらせたゼクシィはそう注意する。

「楽しそう……痛い!」

「お前もだ!」

 自分は関係ないとばかりの態度を取るルッカにゼクシィは頭の頂点に拳骨を落とした。

「少しはティトを見習ってほしいものだ」

 二人を解放したユラスは呆れ調子にそうぼやいた。

「リーダーやっていますねえ」

 頭をさすりながらミコトは微笑む。

「……うん、似合っている」

 ルッカも同意する。

 図らずもティト、ルッカ、ミコトから賛同を得たゼクシィはとても嬉しくなった。

「と、当然だ。さあ、アルバーナ殿は後から来るそうだから、始めよう」

 その照れを隠すように大きな声で宣言するゼクシィ。

「りょうか~い」

 ティトは間延びした声で応じた。

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