表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バスワール学園  作者: シェイフォン
4/8

第三章

「記念すべき初依頼は『隊列の護衛』だ」

「ありきたりだねえ」

 ユラスの発言にティトは頬杖をついたまま茶化す。

「学園という後ろ盾があり、かつ半人前が多いバスワール学園のパーティー向けの依頼だよ」

 ティトは何度もやった経験があるのだろう。

 表情と態度から小ばかにするというより余裕の念が強い。

「護衛ですか、久しぶりです」

「え? ミコトってあまりやったことがないの?」

「ティトさん。この手の依頼って派手に動く割に報酬が少ないのでちょっと……」

「ああ、なるほど」

 ティトは納得する。

 衣装が汚れたり傷を負ってしまう依頼は避けたいミコト。

 しかも額が安ければますます断わる。

「今回は費用のことを考えるな」

 この依頼の目的はパーティー戦での臨場感を知ってもらうため。

 費用対効果は度外視である。

「アルバーナ先輩……凄いです」

「懐具合で褒められても嬉しくはないな」

 手を組んで尊敬の目を向けてきたミコトに対し、ユラスは困ったように頬をかいた。

「ふむぅ、私は二回目だ」

「……同じく」

 ゼクシィとルッカは護衛依頼が二回目らしい。

「え? なんで?」

 基本中の基本依頼である護衛を、何故二年次にもなって二回目なのか?

 ティトの疑問にゼクシィはばつが悪そうに顔を背けて。

「一度やらかしてしまって出禁になった」

 ゼクシィ曰く、どうしても我慢できない事が起こって陣形を滅茶苦茶にしてしまったらしい。

 幸い誰も大けがを負うことはなく、護衛者も大事なく済んだのだが学園に苦情が来、さらにパーティーメンバーからもはぶられたのこと。

「だが、私は反省も後悔もしていないぞ」

 ゼクシィは胸を張る。

 たとえもう一度やり直せたとしても同じ行動を取ると宣言する。

「それじゃあ駄目だよ」

 ゼクシィのそんな発言にティトは頭を抱えた。

「ちなみにルッカはどうして……って聞くまでもないか」

「……そう、魔物の血を引く私に護衛などもっての外ということで離脱させられた」

 もしかすると魔物と共謀するのではないかと勝手な嫌疑をかけられたルッカ。

 その幼い体にどれだけの差別を受けてきたのだろう。

 誰もが口をつぐんでしまった。

「もう大丈夫ですよ!」

 ミコトは声を張り上げてルッカに微笑みかける。

「ここにいる皆はルッカさんを差別しません。だから安心して下さい」

「うむ、ルッカ殿の強さは今更問うまでもない。その力を躊躇せず存分に発揮してほしい」

「ゼクシィ、その発言は少しずれていると思うんだけどねぇ」

 ティトはゼクシィの発言に笑うが否定しない。

 ティトのその微笑はルッカを仲間だと思っていることを周囲に伝えるのに十分だった。

「……………………………………ばか」

 ルッカは耳まで赤くして軽くどう毒づく。

 傷つき疲れ果てたメンバーの心を包み込み、励ますパーティー。

「なかなかどうして……ようやくパーティーらしくなってきたな」

 と、ユラスが嬉しくなったのは当然だろう。

 なお、それを聞きつけたティトは勢いよく振り返って抗議する。

「だ、だれが! 言っておくけどボクはまだ認めていない--って、ウソウソ! 売り言葉に買い言葉なだけで……」

 途中で大変不味いことを口走っていると気づいたティトは大慌てで訂正する。

「クツクツクツクツ」

 ティトが必至で言い訳している様子をユラスは喉を鳴らして鑑賞していた。


「『護衛』の任務かぁ……」

 皆と別れたティトは教室に戻る最中に依頼のことを考える。

「ボクやユラスさん以外はほぼ新人。うーん、これはボクが頑張らないといけないなぁ」

 この依頼においてユラスに意見できる立場はティト。

 まあ、経験と適正から見て当然だろう。

 パーティーの目となるレンジャーは『護衛』の任務において重要な役割を果たす。

 実質ティトがリーダーだった。

「はてさて……渡された詳細情報を読み込み、必要な道具を揃えておかないとね」

 すでにユラスから依頼内容の詳細について渡されている。

 これから夕方までにそれを頭の中に叩き込む予定だった。

 と、そんなことを考えていたティトを呼び止める者がいる。

「こんにちは、ティト=ルルファスさん」

 礼儀正しい声と仕草は育ちの良さを表している。

 確かこの人物は。

「あの……もしかして学生会長のカナン=クルセルスさんでしょうか?」

「はい、その通りです」

 カナンは天使のような笑みを浮かべて肯定した。


 少し話したいことがあります。

 と、カナンはティトを誘う。

 ティトにすればそろそろ授業が始まるので後にして欲しい。

 そんなティトの思いを察したのかカナンは続けて。

「ああ、次の授業についてティトは遅刻する旨を教師に伝えているので問題ありません」

 すでに根回し済み。

 ティトに拒否権はないと暗に告げていた。

「ここなら誰にも聞かれませんね」

 空き教室に入ったカナンはティトを教室の中央に誘導する。

「フフフ、そんなに固くならないでください。これはあくまで私の提案、乗らなくても支障はありません」

 カナンはそう緊張を解すよう諭すがティトは素直に従わない。

 カナンほどの実力者になればティトの状況など顎一つで変わってしまうのだ。

「あまり変なことを吹き込むとユラスさんが黙っていませ--」

「アルバーナ先輩です。先輩にはちゃんと敬意をもって接しなさい」

 カナンは告げる。

 何時からティトはユラスをさん付けで呼べる立場になったのか。

 部外者である以上、ファーストネームを口にするな。

「だからそんなに怯えないで」

 自分からやっておきながらそうのたまうカナン。

「これでは拉致があきませんね。単刀直入に告げましょう。ルルファスさん、貴女は次に受ける依頼に何も意見しては駄目よ」

「?」

「当然レンジャーとして最低限の準備を怠れとは言いません。ただ、それを越えての意見及び行動は慎んでください」

 ティトはユラスに雇われた一介のレンジャー。

 その心構えで臨むように。

「今更何を言っているのですか?」

 カナンの物言いにティトの言葉にとげが混ざる。

「ボクは『便利屋ティト』ですよ? 誰であっても態度は変えませんし、己が領分も越えません」

 ティトが声を荒げたのは図星を差されたから。

 カナンに指摘されたとおり、最近のティトは雇われレンジャーというより専属レンジャーという趣が強い。

 ティトはその事実を考えないようにしていたのだが、カナンの一言で呼び起こされてしまった。

「うん、その眼なら問題ありません」

 カナンはティトの怒気を涼しい顔で受け流す。

「ご苦労様でした、私の話は以上です。教室に戻っても結構ですし、そのまま欠席されても構いません」

「……」

 ティトは挨拶もせず踵を返し、荒々しくドアを開閉する。

「いくら学生会長でも、王族でも言って良いことと悪いことがある」

 ティトは歩きながら悪態をつく。

「ボクは『便利屋ティト』それは絶対に変わらないし変えてはならない称号だ」

 ティトは己に言い聞かせるように何度もその言葉を繰り返す。

 ティトの気分は最悪だ。

 少なくとも今は誰にも会いたくなかった。



 現在のパーティーでの初依頼の日。

 ティトは悶々とした思いを抱えながらもレンジャーとして期待通りの準備をこなして見せた。

「うむ、さすがティトだ……しかし、何と言って良いのだろうか」

「……ゼクシィの気持ちは分かる」

「ティトさん、何かありました?」

 ゼクシィ達パーティーメンバーはティトの違和感を覚えているようだ。

 しかし、確証がないため奥歯にものが挟まった言い方しかできない。

「……」

 加えてユラスはそんなティトに何も言わなかったため皆は首を傾げながらも引き下がった。

 ティトの異常に気づきながらも黙認するユラス。

(どうしてこんな時に限って何も言ってくれないんだよ!)

 この時、ティトはユラスが何もしないことに腹を立てた。

 そして目的の場所に着いたユラス一行。

 雇い主から思わぬことを指摘された。

「この中に魔物との混血児がいるってホント?」

「ああ、本当だ」

 ユラスは条件反射のようにそう答えたので、雇い主は誰がハーフなのか見当つかなかった。

「うーん、困るねえ。私は魔物が嫌いなんだよ」

「魔物が好きという人はほとんどいないだろう」

 この世界の誰もが知人を魔物に殺されている。

 加えてユラス達が通っているバスワール学園の学生は一人どころかパーティーそのものが全滅もあり得るぐらい死に近かった。

「ハハハ、それはそうだ。だから私としてはそのハーフに護衛されるのはイヤなんだよ」

 つまりハーフであるルッカを護衛から外せと注文してきた。

「……」

 ユラスは雇い主を睨む。

 果たしてその瞳に込められている感情は怒りか軽蔑か。

 少なくともルッカを侮辱した雇い主を許さないようだった。

(これはこれは不味いかもねえ)

 ティトは頭をフル回転させて次の展開を予測する。

 ユラスの性格上、高確率で雇い主を突っぱねるだろう。

 そうなると雇い主はユラスを恨み、良くない噂を周りに広める。

 その結果、ユラスの評価が下がりパーティーとしての依頼も減少するという悪影響を及ぼす。

(よし、ここはボクが何とかしよう)

 便利屋ティトにとってこういう修羅場は何度も経験してきた。

 ここは一つ誰も損をせず上手く場を納めて見せよう。

「あの--」

 だからティトは口を開いて何かを言おうとし--何も出てこなかった。

『何もしないでください』

 ティトの脳裏の蘇るのは昨日のカナンの言葉。

 彼女はティトに何もするなと提案した。

 それが何故なのかその時は分からなかったが、今となっては十分すぎるほどわかる。

「いえ--何もありません」

 ティトは消え入りそうな声でそう答えるのが精一杯である。

「分かった。だったらこの件はなしにしてもらいたい」

 ティトの予想通り、ユラスはそう突っぱねる。

「……どうしてだい?」

「ここにいる皆は俺の仲間だ。その仲間を侮辱されてまで依頼を受けようと思わない」

「つまり君は人間を敵に回しても構わないんだね?」

「俺だけでなく、バスワール学園の学生は死が常に隣にある。死を前にすれば敵味方など些細なことだ」

 当然ながら言い争いが始まる。

 ゼクシィ達はユラスの味方だが、唯一ティトだけは浮かない顔をしている。

(駄目なんだよ、そこで抵抗したら駄目なんだよ)

 ティトはこの状況を改善できる方法を知っている。

 しかし、それを押し止めているのがカナンの言葉。

 手を差し伸べることはレンジャーでの越権行為ではないか?

 レンジャーは索敵や危険予知であり、交渉云々は仕事の内に入るのか?

「そうか。君達の、バスワール学園の意向はよくわかった」

 雇い主はそう前置きする。

 恐らくこの依頼を正式にキャンセルするのだろう。

 そうなればユラスと学園に迷惑がかかってしまう。

(ああ、もう)

 ティトが内心絶望の溜息を吐いたその時、小さな声が響いた。

「……私」

 ルッカである。

 いつもより冷え冷えとした、自嘲気味の表情で言葉を紡ぐ。

「……私がハーフ、これが証拠」

 そしていつものように腕に無数の口と目を顕現させるルッカ。

「ひっ」

 この変化を初めて見る雇い主は喉を鳴らす。

「私は抜ける。だから依頼を受けさせて」

「うむ。まあ、そういうことなら」

 ルッカの言葉に頷く雇い主。

 話はルッカの離脱ということで話がまとまりそうである。

「少し待て、ルッカ。俺がリーダーだぞ。メンバーの独断を俺は許さない」

「ならティト。あなたがサブだから言って」

 取り決めでリーダーに意見できるのはサブリーダーのみ。

 突然話題を振られたティトは驚きに目を見張る。

 どう答えれば良い?

 レンジャーとしての越権せずにどう言えばいいのか?

「…………」

「そっか。なら良い。ルッカ、悪いが学園で待っていてくれ」

 ティトは押し黙って俯きながらユラスの決定を聞く。

 顔を上げられない。

 今、皆はどんな表情をしているのだろうか。

 きっと悲しんでいるだろう、悔しいんだろう。

 この状況を何とか出来る術を知っているがゆえにティトは激しい自己嫌悪に苛まされる。

(ボクは最低だ)


 ルッカ一人が抜けたからといって達成できないほどティト達は弱くない。

 元々彼女達は誰にも頼らず独力で生き抜いてきた。

 特に大きな危機に陥ることなく依頼は終了する。

「いやあ、助かったよ。ありがとう」

「ああ」

 雇い主からそう褒められてもユラスを始めとした皆に達成感はない。

 むしろルッカなしで完ぺきにこなしてしまったことを恥じているようだ。

 特にティト。

 彼女はこの世の終わりのような虚ろな目をしていた。


 ティトは最悪の気分だった。

 これほどまで自分という存在を嫌ったことはない。

 殺してやりたいほど自分が憎いのだが、じゃあ自分はどうすれば良かったのか分からない。

 レンジャーとしての領分を越えてしまっているのではないか?

 そして自分はあんなにも特定のパーティーに所属するのを嫌がっていたのではないか?

 そう考えてみればティトの行動は大正解だ。

 ああいった対応を続けていれば自然と阻害され、パーティーから離れていけるだろう。

 そう、何も問題はない。

 これでいいはずなのに。

「なんでこんなに心が痛いんだよぉ?」

 ユラスの怒り、雇い主の傲慢さ、そして何よりルッカの諦観しきった顔。

 その三つがティトの心を繰り返し責めている。

 痛い、苦しい。

 あんなものを何度も受けたら自分はどうなってしまうのだろうか?

「ぐ、うう」

 何度目になるか分からない。

 ティトは俯き、己の唇を噛み締める。

 人通りのある廊下にて周囲の観察を怠ったら当然。

 ドンッ

 何かとぶつかる。

「いた、ごめんなさい」

 パーティの目であるレンジャーがよそ見など言語道断。

(まったくもう。ボクはどうしたんだよ)

 やりきれない思いと共にティトは謝り、そしてぶつかった相手を見て、驚いた。

「なに辛気臭い顔をしているんだよ」

 その人物は野性味溢れる上級生--ユラス=アルバーナ。

 仁王立ちし、腕組みをした彼は憮然とした表情で続ける。

「最近ゼクシィや俺と会っていないから何をしているかと思えば……一般人以下に成り下がっていたとはねえ」

 パーティーを外れて何をしているかと思いきや、ただうじうじと悩んでいるというのはユラスにとって黙認できなかった。

「ゼクシィやルッカも心配している」

 あの日以降、ティトの様子がおかしいことは誰でもわかる。

「ミコトなどティトに悪霊が憑いたと思い込んでお祈りまでやっているぞ」

「アハハ、ミコトらしいね」

 ユラスの言葉にティトは不覚にも笑ってしまった。

「ねえ、アルバーナ先輩」

「ユラスでいいぞ。俺とお前はパーティーなんだし」

「はい……ユラスさん」

「少し話そうか」

 ユラスをティトを誘う。

「とりあえず適当な空き教室を見つけるぞ」

 相変わらず相手の返事を聞かずに行動するユラス。

 強引だなとティトは思ったが、今はこの理不尽さが心地良い。

 ティトは不満も何も言わず、黙ってユラスの後についていった。


「さて、だ。ティト、どうしてパーティーに来なくなった?」

 空き教室にてユラスは単刀直入に尋ねる。

「別に休むなとかは言わん。だがな、メンバーを心配させることは看過できない」

「心配させるって……ボクはユラスさんに強引に入れられたんですよ? 意識が低いのが当たり前じゃないですか?」

「そう立派なことを言う割には苦しそうだな」

 ユラスはせせら笑う。

「ティトも分かっているだろう。本当に意識が低ければ周囲の人間がそいつを排除する。少なくとも誰も引き留めようとは思わない。だが、ティトはどうだ? 誰もお前が抜けてほしくないと思っている。俺も含めてな」

「……」

「何度でも言おう。ティト、戻ってこい。お前の居場所はこのパーティーだ」

「ユラスさん……何故ユラスさんはそんな優しく接するのですか!?」

 耐えきれなくなったティトは叫ぶ。

「ボクを脅したように有無を言わさずパーティーに引き戻せばいいでしょう! なのに何故そんな諭すような態度を取るのですか!」

 叫びながらティトは自分が如何に無茶を言っているのか自覚している。

 あんな半ば恐喝じみた勧誘など褒められるべき行為でない。

 しかし、今、自分はそれを望んでいる。

 何を言おうが喚こうが問答無用とばかりに引っ張り出すあの強引さをティトは今求めていた。

「あのなあ……俺はふざけた奴には辛く当たるが、本気で悩み苦しんでいる者に対しては違うぞ?」

 ユラスはティトが突然叫びだしたことに一瞬目を丸くする。

「それともティト。お前はこうして欲しいのか?」

 あの時の再現とばかりにユラスはティトを壁に押し付ける。

 違うのはティトが怯えた目をしていないことか。

 眼に涙を湛えながらもしっかりとユラスを見据えている。

「ほう」

 ユラスはティトの顎に触れ、順に頬、耳、髪へと撫でていく。

「あの時は俺という存在そのものを怖がっていたが、今は俺を認めたうえで怖がっている--一歩前進している」

 それは褒め言葉なのだろうか。

 ティトの顔を好き勝手触りながらそう言ってもティトは嬉しくならない。

「脱げ」

「え?」

 唐突な命令にティトはユラスを見上げる。

「聞こえなかったか? お前自身の手で制服を脱げといったんだ?」

 状況はあの時とほぼ同じのほぼ密着状況。

 どちらかが少し頭を動かせばぶつかりそうな至近距離だった。

「……どうせボクに拒否権はないんでしょう」

 観念したかのような口調でティトは制服に手をかける。

「見てもつまんないですよ」

 自分で言ってなんだが身体の発達状況は平均的。

 見せるほどプロポーションは良くない。

 果たしてユラスはそんな己の体を見てどう思うのだろうか。

 その辺りが気になった。

 ブレザーを抜き、ブラウスの第一ボタンをはずし、胸の谷間が見える第二ボタンに手をかけた時、ユラスが口を開く。

「カナンに何か言われたか?」

「っ」

 聞きたくなかった名前を聞いたティトの手が止まる。

「なるほどな。もういい、止めろ」

 それでユラスは全てを察したのだろう。

 両手を広げて後ろに下がる。

「何故お前がここまで苦しんでいるのか……一言で言えばカナンの言葉に惑わされているから。ならば無視すればいいのだが出来ないよな?」

 ティトは素直に頷く。

 常識的に考えればその通りだが、その通り出来ない。

 いくら耳を塞いでもカナンのあの言葉がティトの耳朶を打ち、心を惑わせる。

「あの人って何者なんですか? まるで--」

「悪魔のよう--そう言いたいのだな?」

 ティトの言葉をユラスは引き取る。

「カナンについては脇に置け。広い世の中、あいつのように弱点を突くのに何の躊躇も良心の呵責もない人物はいくらでもいるぞ?」

 あれより上がたくさん存在するのか。

 ティトは世界の闇を想像して身震いする。

「大事なのはティト、お前の心だ。一体何をされたのか、大体予想がつくが話してみろ」

 ユラスは手近にあった椅子に座り、足を組む。

 どうやら本気で聞き入る体勢に入ったらしい。

「うん、分かったよ」

 ティトはブレザーを羽織りながら話し出す。

 あの時、ユラスが止めなければどうなっていたのだろうと頭の片隅で思いながら。


 ティトは全てを話す。

 カナンに呼び止められ、レンジャー以外は何もするなと言われたこと。

 初依頼の際、あの状況を何とか出来たのになにもしなかったこと。

 そしてそのことの罪悪感で苦しんでいること。

「これが全てです」

「そうか……」

 ユラスはゆっくりと頷く。

「不謹慎かもしれんが俺は嬉しい。何せお前が『本物』を見つけたのだからな」

「『本物』?」

 聞きなれない言葉にティトの片眉が上がる。

「そう、本物。持ち続けても苦しいだけなのに捨てることはできない。もし捨ててしまえば今のティトのように凄まじい苦痛に襲われる代物だ」

「なんでそんなものを……」

 ティトは顔を覆う。

「ボクはそんなのが嫌だから一人でいたのに」

 ティトは遠い記憶を思い起こす。

 行くことがどれだけの苦痛を伴うか分かっていても行かざるを得ない。

 理屈で、理性がいくら警鐘を鳴らそうと聞く耳持たない感情--衝動。

 とうとうティトもそれに犯されてしまったのか。

「っ、失礼します」

 唇を噛み締めたティトは踵を返す。

「ティト、俺の話はまだ終わっていない」

 ユラスは強い口調でティトを引き止める。

「俺はふざけた輩も、命を粗末にする輩も辛く当たるぞ?」

「命を粗末になんか……」

「もしお前がこのまま出て行けば二度と俺達の前に姿を現さん--最悪の形でな」

「勝手に決めないでください」

 ユラスの断定にティトは苛立つ。

「どうしてボクが死ぬのですか? 裏切り? 不注意? はっ、ありえません。それぐらい避けることはできます」

 これまでティトはほぼ一人で立ち回ってきた。

 危険の察知ぐらいわけなくできる。

「失礼します、アルバーナ先輩。ボクはパーティーを抜けますので、その旨を皆にお伝えください」

 慇懃無礼な礼を行うティト。

 こんな真似をしたら怒るかなと言ってから気付いたが、ユラスは不動。

「っ、本当に去りますよ!」

 引き止めようともしないユラスにティトは苛立ちを感じ、乱暴な足取りで教室を出て行った。


 その後すぐ。

 ティトは別パーティーに所属していた。

 便利屋ティトの再開。

 パーティーの目として機能しようとしている。

「うーん……このまま進むのは危険かな?」

 ティトの目に映るのは多数の魔物の影。

 戦闘を避けたい今は迂回をリーダーに進言する、が。

「おい、お前からは何が見える?」

 リーダーは別のレンジャーに意見を求めた。

「ゴブリンの群れしか見えません。このまま進みましょう」

 格下のレンジャーは察知できないらしい。

「よし、分かった。進もう」

 が、リーダーはそのレンジャーの意見を採用した。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 思わずティトが止める。

「本気? あそこはヤバイよ」

 ティトの見る限り、このパーティーレベルであの魔物の集団に突っ込むのは危険すぎる。

 下手すれば命を落としてしまう。

「煩いな。よそ者のお前は黙っておけ」

 ティトよりも信頼のおけるパーティーのレンジャーを信じるのだろう。

「そう。じゃあボクはここで一旦別れていいかな?」

 自身の命を守るためにそう進言するティトだが。

「無理に決まってんだろ。それは契約違反だ」

 にべもなく拒絶されてしまった。

「……」

 危険地帯へと向かっているのに自身は何もできない。

 ティトは周りにばれないよう唇をかむ。

(どうしてこんなことに?)

 思えば自分はどうしてこのパーティーに参加したのだろう。

 最近駆け出しのパーティーで前めのりになっており、加えてリーダーは御覧の通り傲慢。

 いつものティトなら絶対に避けていたはずだ。

「弱気になるな、ティト」

 ティトは前を向く。

 目下の難題は目の前の戦闘を乗り切ることである。

 苦戦必至の戦いをどうこなしていくか。

 それだけを考えよう。

「なんだこの魔物の数と強さは!?」

 戦闘に突入したリーダーは敵の強さに悲鳴を上げる。

「彼らはホブゴブリン! 通常のゴブリンより強いんだよ!」

 姿形はゴブリンと似ているものの、知能が違う。

 ゴブリンが小学生並みの知能ならホブゴブリンは中学生並みの知能といったところか。

 各々の役割を持ち、団結して襲い掛かってくる。

「大丈夫! 強いのはあの一体だけだから、それさえ倒せば後は烏合の衆だよ!」

 苦戦中でも的確な指示を出すティト。

 これぐらい出来なければ一年も一人で生き残れない。

「くそっ! 退却だ!」

 が、リーダーはティトの言葉を聞かず、撤退を指示する。

「撤退って何を言ってるの!? 出来るわけないでしょ!」

 ホブゴブリンの速度は結構速い。

 特に、足の遅いリーダーが逃げ切れるわけがない。

「そうだ、だからこうするんだよ!」

 リーダーは懐から巾着を取り出し、それをティトに投げる。

「え?」

 とっさの行動にティトは反応できず、わき腹辺りにそれが当たる。

 巾着の中身が飛び散り、そこから甘い匂いが漂ってきた。

「ギギギギギギガガガガガガガガ!」

 それを嗅いだホブゴブリンたちは何故か興奮し始める。

「ねえ、これってまさか?」

「そうだよ、魔物を興奮させる匂い袋だ。俺達が逃げる間、お前が囮になれ」

 リーダーはそう言うが否や背を向けて逃げ出した。

「……」

 ティトはその様子を茫然と見つめる。

 他のパーティーもティトを見捨てることに異存はないらしく、リーダーの後についていっている。

「……はあ」

 絶対絶命の状況に追い込まれたティトは思わず天を仰ぐ。

 親玉を倒すのには力不足。

 仮に倒したとしても興奮したホブゴブリン達にどれほどの意味があるのだろう。

「けど、これがボクの望んでいた結末なのかもしれないね」

 ティトは思い返す。

 こうなるまでに引き返すポイントはいくつもあった。

 まず初めにうさんくさいパーティーの依頼を受けてしまったこと。

 戦闘に突入する際にパーティーを離脱すべきだったこと。

 そして匂い袋を投げられる前に自分一人でも撤退すればよかったこと。

 考えるだけで三つあったのに、自分は全てふいにしている。

 その理由は恐らく。

「ボクは……死にたかったんだ」

 あのパーティーからもう離れられない自分。

 しかし、過去の自分はそれを絶対に受け入れられない。

 今と過去を両立するための唯一の方法が--死。

 己を殺すことで相反する命題を達成するしかないとティトは無意識下で判断していたのだろう。

「ごめん、みんな」

 ティトが思い起こしたのはゼクシィやルッカ、ミコトといったパーティーの面々。

 ティトが押し倒され、ホブゴブリンがさびた剣を突き立てようとした時。

『……ファイアボール』

 どこからか飛んできた炎球がティトにのしかかっていたホブゴブリンに命中し、吹き飛ばされていった。

「え?」

 突然の事態に目をぱちくりとしているティトに。

「何をしている! 早く立ち上がれ!」

 颯爽と登場したサムライ--ゼクシィがティトの周辺にいたホブゴブリンを切り捨てていく。

「ティトさん、お怪我はありませんか!?」

 ミコトも息を切らした様子で、服が汚れるのも関わらずティトの前に立つ。

「動かないで下さい、傷を治します--神の愛をここに」

 ミコトはそう深く祈ると、ティトにできていた無数の傷が癒えていった。

「ゼクシィ、全て任せていい?」

 ルッカの言葉にゼクシィは凛々しく笑って。

「問題ない。五分で終わらせる」

 ゼクシィはさらに加速する。

 実際、ホブゴブリンを掃討した時間は二分もかからなかった。


 戦闘が落ち着いた皆は円陣を組む。

 無論、話し合うためである。

「え? みんな、どうしてここに?」

 行先は誰にも伝えていないはずなのに。

「アルバーナ殿から聞いた。ティトが危ないとな」

「っ」

 ユラスの名前が出たとたんティトは唇をかむ。

「余計なことを……」

「何が余計なことか! もしアルバーナ殿が何も伝えなければ私はあいつを殺していた!」

 ゼクシィは怒鳴りにティトを竦ませる。

「けど、ボクは酷い人間で……」

「それは私を庇わなかったこと?」

 詠唱の合間にルッカが問いかける。

「気にしなくて良い。あの時も辛かったけど、ティトがいない方がもっと辛い」

 そしてルッカは微笑む。

 その傷を押し隠した笑みにティトは何も言えなくなりそうになる。

「……駄目だ」

 反射的にティトは後ずさる。

「ボクはここにいちゃいけない」

 一人で生きてきたティト。

 誰にも頼らず、己の力のみで過ごしてきた自負がゼクシィ達を拒絶する。

「だから、ごめん。ボクのことは忘れて」

「忘れることはできませんよ」

 そんなティトをミコトは優しく包み込む。

「そんな怯えたティトさんをどうして突き放すことができるでしょう?」

「う……」

 ティトはミコトの抱擁に抵抗しようとしたが--出来なかった。

 ミコトの甘い匂いが鼻腔に広がると何も考えられなくなる。

 まるで母を求める赤子のように無条件にその身を委ねたくなる。

「……良いのかな?」

 ティトのその呟きに。

「当然」

「うん」

「はい」

 ゼクシィ、ルッカ、ミコトは快く受け入れた。

「そっか……」

 ティトは体の力を抜き、そして過去の自分に向けて謝る。

「ごめんね」

 一人で生きていくと決意した自分に対するものだった。


 バスワール学園。

 ユラスは空き教室から黄昏色に染まる大地を一人見つめていた。

 橙色に染まりながら直立するその姿は中々美しい。

 特に強烈な信念をもって遥か彼方を見据えるその眼は見る者がいれば大多数の者が吸い込まれてしまうだろう。

 大多数。

 すなわちユラスのその姿を見ても何も思わない者もいることである。

 大多数に属しない人物とは。

「ユラスさんは行かなくて良かったのですか?」

「カナンか」

 カナン=クルセルス。

 ティトをあそこまで迷わせた張本人である。

「俺が行くのは不味いだろう」

「賢明な判断です」

 取り込まれる危険性がある。

 あのパーティーはティト達四人のものであり、あくまでユラスは部外者である。

「ユラスさんはもうお気づきでしょうが、先ほどの依頼も私が仕組みました」

 カナンはあるパーティーに依頼していた。

 ティトを誘い、危険地帯に突入したら見捨てるようにと。

 その依頼は他人を介して伝わっているのでカナンに届くことはない。

 届いてしまったら--まあ、その時は何とかすればいい。

「そうか」

 その謀略を聞いてもユラスは一つ頷くだけで、これ以上追求しない。

「あら? 普通なら顔をしかめると思ったのですが?」

 この件、間違いなくティト達が聞くと怒り狂う。

 カナンを敵と認定し、彼女に関わる者を良しとしないだろう。

 そして、それはユラスにも向けられる。

 ましてや知っていたとなればなおさら。

「その方が彼女達も本気になってくれるだろう」

 あっけらかんとユラスは言い放つ。

 あくまでも目的は最強のパーティーないし、自分達を熱くさせる存在の出現。

 秘密を共有していた方が敵意を向けやすい。

「フフフ、本当にストイックですね」

 カナンの指摘通り、ユラスは目的のためなら手段を選ばない。

 そう、例え彼女達に嫌われようとも最適と判断したならそれを選ぶ強さを持っていた。

「話はそれだけか?」

「ええ、それだけです」

 カナンは本当にそれだけだったのだろう。

 素直に引き下がる。

「では、失礼します」

 カナンが去り、またも教室にはユラス一人が残された。 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ