第80話 戦争の終焉……。
ーーーー〈ダリウス平原中央部〉ーーーー
「見ろ、黒い異形が、消えていく……」
義勇軍の兵士達が、空中の黒い異形に指を差し、声を響かせる。
人々は、長き負の歴史の終焉の光景を目の当たりにしていた……。充満させている気持ちを、言葉に表せる事は、出来ない。
ーーーーーッ!!
アンドラスの黒い異形城は、バキバキと光の粒子を噴出させ、ユッタリした速度で落下……。
地上に落下した黒い異形城は消滅し、落下した跡には巨大な風穴が開き、龍老樹の塔の面影はない。
巨大な風穴の底には、1メートル位の大きさを誇る樹が生え、全体に緑が広がっている。
「一体、どうなってるんだ……。ゼブラ達は……」
ダメージが癒えぬムジカは片眼を閉じ、左腕を押さえ、足を引きずり、光景を眺める。
ーーーー……。
地面全体に衝撃の風が吹き付け、草原をユラユラと揺らす。
「ぐっ……」
衝撃の風に煽られ、ムジカはグラッと上体をフラつかせる。
「ムジカさんっ……」
ムサシは駆け寄り、ムジカの肩を支える。
ーーーーッ!!
皆の前、白銀の光球がフワリと出現。
「何だッ!!」
ムジカ達は光球に視線を向ける。
そして光球がパッと消え、現れたのはゼブラ、ヴァン、ユリア。
3人は、地面にドサッと叩きつけられる……。
「うっ……」
地面に叩きつけられ、ショックで眼を覚ますゼブラ。視界に広がるのはダリウス平原、そしてコチラを不思議と眺める義勇軍の兵士達。
どういう事だ……。確か、アンドラスと戦い、自身は死にかけていた……。そして全身が回復している。ダメージは口では表せない位、重傷であり、普通は死んでいる。
「うっ……ん……」
ユリアは身体を震わせる。
「ユリア、眼を開けてくれっ!!、ユリアッ!!」
と、ゼブラは仰向けに倒れ伏すユリアの両肩を掴み、グラグラと揺らす。
「……ゼブラ……、さん?……。ここは?」
ユリアはゆっくり瞳を開き、眼を覚ました。
「ユリアっ……」
心配事から解放され、涙声のゼブラ。
ユリアの左手をガシッと握り、自身の額にグリグリと押し立てる。
アンドラスの戦いから、ここまで何がどうなったのかはどうでもいい、ユリアが助かってよかったから、それでいい。
「オッ、ホン……」と、ムサシは咳き込む。
ーーーーッ!!
ゼブラ、ユリアはビクッとなり、沈黙。
ムサシは、場を考えろ……。と、伺わせる様子を浮かべ、頬を赤色に染めていた。
「どうやら、助かったみたいだな……」
足を引きずり、ムジカはゼブラ、ユリアにズルズルと歩み寄る。
「ムジカさん……」
ユリアはムジカに視線を向ける。すると。
「すまなかった……。ワシはお前さんを平和の為に見捨てようとしたクズだ。本当に、本当にすまなかった……」
ムジカは人目を気にせず、土下座。
地下世界アストラルの平和の為、たった一人の女の子を見捨て、平和を迎えようとした自分が、今になって許せないのだ……。
ユリアを見捨てようとした事は、リサを見捨てようとした事と同然だ。
「私は、気にしてません。頭を上げてくださいムジカさん……。チェルシーさんは?」
気にしてないユリアは尋ねる。
チェルシーと町中を走っている途中、視界が真っ暗になったから、わからない。
それに、捕まった事ですら、わからない。
「チェルシーは、君が捕まっている時、お姉様に伝えてと言って、魔界に旅に出ていった。酷いよな、ムジカさんや、ムサシはカンカンで大変だったよ」
ゼブラは答えた。
もちろん、大嘘。本当の事は、言えない。
「そうですか……」
納得するしかないユリア。
しかし、心の中、しっくりしない所があるが、深追いはしない。
「コイツは、まだ気絶しているのか?」
ムサシは、気絶し、仰向けに倒れているヴァンに視線を向ける。
「気絶?。よし、ここは……」
ムジカは元気を取り戻し、服から化粧道具を取りだし、メイク、メイク。
数分後、おかまのムジカに変身。
この人は、大怪我していたんじゃなかったのか……。どんな状態でも、ムジカの化粧スピードは、恐ろしく早かった……。
ある意味、ガープやアンドラスより恐ろしい。
「あの、良いのですか?」
ユリアはゼブラに尋ねる。
「いーの、いーの。全然、やってくれ」
と、ゼブラは首を縦に振り、合掌。
何故なら、敵だから……。
「それじゃ……。いくわよーーーーッ!!」
おかまのムジカは、ヴァンの顔をガシッと掴み、強烈なメイク顔をグイグイと、近づかせる。
同時に野次馬達の歓喜の雄叫びを響かせる……。
「ーーーーッ!!。なっ……、何だ、どういう事だっ!!。離せっ!!」
咄嗟に眼を覚ましたヴァン。
インパクト大のおかまのムジカの顔に驚き、ジタバタと暴れる……。
しかし、ムジカの腕力にガシッと拘束され、馬乗りに乗られ、動けない。
ーーーーユリアは顔を赤くし、口を塞ぎ、沈黙。
一方のゼブラは、拝む。
ーーーーッ!!
キツい吸い付き音が、チューーーーッと響かせ、場は静寂。……時間は1分、おかまのムジカのキスを味わされる。
ジタバタと暴れるヴァンは、次第にピタリと全身をピタッと停止した。
「美しい……。これぞ、一線を越えた美の芸術。性と性が相互に絡み合い、何卒美しいっ!!」
ゼブラの隣、いつの間にか現れていたのは、元魔界六人衆の魔族セアル。
金髪、美形のキラキラ顔。上半身裸、腰元にはタオルを巻いたの男性魔族。美を愛し、人々に幸運をもたらせる魔族である。
「なっ……。何でお前がここにいるんだぁーーーッ!!」
ゼブラは思わずビックリし、後退る。
「失礼だね、僕は師匠に弟子になる為、ここに戻ってきたのさ……。それに、魔界六人衆は消滅、事実上、僕は自由の身になったのさ……」
キラキラした光のオーラを全身から輝かせ、セアルはクルクルとご機嫌に回る。
そういえば、奴はムジカとの激戦?、に敗れ、弟子にしてくれ、と、依願していたのを見たような、見てないような……。
しかし、奴は非戦闘タイプ、害はない……。
「おっ……。セアルじゃないかぁーーーーっ!!」
おかまのムジカはヴァンから離れ、弟子予定のセアルに歓迎の様子で駆け寄る。
「師匠ーーーーッ!!」
セアルはおかまのムジカとガシッと抱き合う。
種と種を越えた堅い師弟絆の光景、しかし、暑苦しい。
「おい、生きてるか……?」
ゼブラは、うつ伏せの体勢で停止しているヴァンに歩み寄り、指でツンツンと突つき、安否確認。
(………)
うつ伏せの体勢で停止しているヴァンは、何も言いたくない、との様子で沈黙。
男にキスされるとは、人生で最悪な出来事だ。
今は誰の顔を見たくない……。それが今のヴァンの気持ちである。
おかまのムジカのキスは、あらゆる人を眼を覚まさせる事が出来るデタラメな力を持つ反面、対象者にトラウマを与えてしまうのが、難点である。
「おい、何だアレはっ!?」
兵士達は森林方面を差し、声を響かせる。
ーーー森林の出入り口から群れを作り、ガシャ、ガシャ、と、乾いた無数の足音を鳴らし、現れたのは……、魔界軍。
総勢、1万、2万……、赤い群影を光らせ、絶望の海に叩きつけられる。
人々は、絶望に言葉を失い、唇をカサカサに乾かせる。義勇軍の兵力は、数百も満たせず、戦争を展開は、不可能。
嘘だろ……。もう、終りだ……。
ーーー魔界軍の総勢は、平原中央部に足音を停止させ、整列。
そして整列隊の間を分け進み、義勇軍の前に駆けつけてきたのは魔界軍の総指司令。
血の塗装の甲冑を照らし、ヒラヒラのマント。威厳を漂わせる瞳、窪み頬、髪型は逆さかの短髪。
年齢は40代後半、身長は180センチ、戦闘経験により、体躯はガッチリと鍛えられている。
「我は魔界軍総司令ストライク・ストーム。義勇軍よ、武装解除せよ……」
司令ストライク・ストームは、威厳な声圧を漂わせる。
同時に、生き残った義勇軍兵士達は、武器を一斉に地面に捨て、降伏。
「何しに、何しに来た?……」
化粧を落とし、ムジカは満身創痍の足をズルズルと引きずり、魔界軍司令ストライク・ストームに歩み寄る。
「本来、我々の目的は、第1級危険魔族のアンドラスの逮捕、討伐。しかし、地下世界アストラルに赴いた兵士の報告によると、アンドラスを庇護行為を展開する地下世界アストラルの兵士達に武力行為を実行され、長年の戦争を勃発させてしまった……」
「目的は何だと、聞いているっ!!」
魔界軍司令ストライク・ストームの言葉の途中、ムジカは怒号をビリビリと漂わせる。
デカイ声を出した為、全身にビリビリとした痛みを行き渡らせ、ゲホゲホと咳き込む。
魔界軍の戦争に、親しい先輩、友人が何人も戦死し、怒りがこみ上げてきたのだ……。
アンドラスの能力により、指揮官のローズ・ハットンを精神コントロールされ、魔界軍側に誤った指令を出されてしまった。しかし、魔界軍側は、アンドラスの死を知らず、誤った指令を正されていない可能性もある。
「貴様、司令の前だぞっ!!」
魔界軍の上級兵士は、高圧的な声を響かせ、槍を突き立てる。
「待て、落ち着きなさい……」
と、司令ストライク・ストームは手を掲げ、上級兵士を落ち着かせる。
「はぁ……」
上級兵士は、槍を引き下げる。
「ローズ・ハットンから報告されるのは、交戦中との並行線の報告。当時は大きな事件ではなかった為、余り事件に力を入れておらず、調査行動はしなかった。しかし、連絡が途絶え、我々は現地の様子を通信水晶で観察し、我々はアンドラスに全て騙されていた事を知り、重大な事件に認定した為、地下世界アストラルに参った」
ストライク・ストームは言った。
魔界軍の司令は魔界から地下世界アストラルの様子を水晶の映像で確認し、アンドラスの黒い異形城が目に映った途端、気づいた。
「全て騙されていた事を知った?。ふざけるなっ!!」
ムジカは激昂し、ストライク・ストームの胸ぐらを引っ掴み、怒りに身をプルプルと震わせる。
ふざけるな……。長年、奴らの誤報告により、地下世界アストラルの人々はどれ位、戦死したと思っている……。友人、家族、恋人、死んだ人々の数は、数えきれない。
「憎いか?……。我々が?」
ストライク・ストームは冷静に声で睨む。
彼の表情は、こうなる事を知っていたように……。落ち着いていた。
「貴様達のせいで、貴様達のせいで……」
ムジカは身を震わせ、怒りの小声を響かせる。
今まで死んだ上官、部下の顔が頭に流れ、怒りが気持ちを蹂躙させる。
「ムジカさん、やめろっ!!」
ゼブラはムジカを取り押さえ、引き止める。
事によっては、戦争になりかねない……。ムジカは、わかってはいるが、憎しみが気持ちを支配している為、聞こえない。
「我々の目的は、アンドラスを討伐した事の功績を讃え、我々の謝罪を兼ね、地下世界アストラルと魔界との(武力不可侵平和条約)を、ここに宣言する……」
ストライク・ストームは、部下から差された宣言状をパラパラと読み上げ、平和を宣言。
宣言状の銘印に、魔界側の王族位サインが記されている。条約は、地下世界アストラルと魔界の和平を意味し、魔界はいかなる場合も武力の行使、介入、宣言はしない。そして、終戦を意味している。




