第75話 もう一度、戦場に……。
ーーー〈ダリウス平原〉ーーー
ダリウス平原の中央部には、エボルド森林から避難した兵士達……。戦場の傷で痛々しく横たわる者、精神崩壊により、ブツブツとしゃがみ込む者、負傷兵を手当てを施す者。
ーーー生きて帰れなかった者もいれば、仲間の死に悲しみに暮れる者もいる……。皆が皆、掟を守れる訳でもないのだ……。
兵士達は疲労困憊、言葉では表せない脆弱な表情を浮かべ、エボルド森林を眺める……。
状況とは逆に、地底雲による暖かい空気を漂わせ、何とも言えない。
「オイッ、あれを見ろ……」
兵士のは1人が森林の出入り口の先に指を指す。
指を指された先には、仲間を連れたムサシ、カメレオンの姿が、緩やか足取りで近づいて来る……。
「ムサシさんっ!!」
兵士達が、ムサシとカメレオンに駆け付ける。
「2人を頼む、怪我をしている……。お前も診てもらえ……」
ムサシは肩を組み、運ぶ重症兵を、駆け付けた兵士に預け、自力で走った負傷兵に診察を勧める。
「はい……。我々を救って頂き、ありがとうございます……」
負傷兵は頭を下げ、看護兵に向かう。
「どーいたしましてぇーーー」
カメレオンは敬礼し、お辞儀。
「いや、私は……」
ムサシは頬をポウッと赤く染め、頭をボリボリと掻き、言葉を困らせる。
救ったのではなく、生還を諦めようとした所を、ムサシに叱咤したのだ。
兵士にとって、命を救われた。と、言うべきなのだろう……。
「オイッ、何だあれはっ!!」
兵士の1人が森林の方向に指を指す。
すると、他の兵士達も指された方向に、視線を移すのである。
ゴゴゴゴゴッ………。
エボルド森林の中央部に位置にそびえ立つ龍老樹の塔から、闇の粒子煙が地上の森林帯に放出。
森林全体に、闇の粒子煙が広がり、光の微粒子の風となり、生命力を吸収していく。
吸収された森林全体は、カラカラに枯渇し、細長い木枝を露にしている。
大量な生命力を吸収した事により、龍老樹の塔は、黒曜の粒子で造形し、巨大球体と化した。
巨大球体と化した龍老樹の塔から、雷流をバチバチと行き渡らせる。
(何てデカさだ……)
巨大な異形に、義勇軍の兵士達は言葉を失った。
ーーーーッ!!
その時、兵士達の前に3体の光球が現出。
光球が消滅し、姿を現れたのは、ゼブラ、ムジカ、ヴァンが空間転移。
3人は、地面に腰を叩きつけられ、思わず叫び声を上げる。
「ここは、ダリウス平原か……」
ムジカは辺りを眺める。
「無事だったんですね?。ムジカさん、あの巨大な異形は一体?……」
ムサシは駆け付け、尋ねる。
「話せば長くなる。あれは龍老樹、今ではアンドラスの力によって変えられた、ただの闇の城だ……」
ムジカは答えた。
「アンドラス?」
ムサシは聞き覚えない様子。
「落ち着いて聞いてくれ。アンドラスは地下世界アストラルに戦争を引き起こした黒幕、そして正体は……」
ゼブラは声を上げ、アンドラスの正体を伝えた。
「バカな……。全ての黒幕が、チェルシーだと?。それで、ユリアもあの異形の中に?……」
驚きの様子を浮かべるムサシ。
彼女の戦術教官だけにあって、現実的なショックは大きい。度々、叱る事もあるが、敵視した事は一度もない。
まさか、あの子が……。
「ところで、あの銀髪のオスは誰?」
カメレオンは、ヴァンにピシッと指を指し、ムジカに尋ねる……。
「オス?……」
カメレオンの思い切った発言にムッとしたのか、ヴァンは睨む。
「まあまあ、そう睨むなって……。おいっ……」
ゼブラはヴァンの前に立ち、落ち着け……。と、促す。しかし……。
(………)
ーーーヴァンはカメレオンに歩み寄り、鋭い瞳でジィーと圧力を漂わせ、見下ろす。
「何だよ……」
カメレオンはドキッとした様子でヴァンをジィーと、見上げる。
デカイ……。カメレオンとヴァンの身長差は、大人と子供である。彼からジワジワと充満させている青い殺気は、カメレオンに衝撃を与えた。
「おい、メスガキ。俺はオスと言う名前じゃない、ヴァンだ……。1つ、忠告しておこう。人の名前を呼ぶ時は、まず自分から相手に名乗ってからだ。それが、礼儀だ……」
ヴァンは、カメレオンの下顎を指先でクイッと持ち上げ、クールな表情で睨む。
「あっ……、あっ……」
カメレオンは、開いた口をパクパクさせる。
口と口がギリギリの距離まで、触れ合いそうになり、頬を赤く染める。
熱い緊張感が、カメレオンを硬直させ、細い瞳をパクっと開かせる。
「よく、覚えておくんだな……」
カメレオンの下顎を放し、ヴァンはクルッと振り向き、後ろ向きの背中で告げる。
「ああっ……」
腰をヘナヘナと地面にへたり込むカメレオン。
(あの、カメレオンの毒舌を打ち負かした……。奴め、ただ者ではないな……)
ムサシはヴァンをジロリと睨み、尊敬。
しかし、カメレオンに、こんな気質があったとは……。ある意味、クスリにはなっただろう。
ーーーーッ!!
その時、巨大な異形は行動を開始し、エボルド森林地帯ズシンと揺らす。
森林全体の木々は枯れ、パキパキの粉塵となり、巻き上がる。
「まさか、魔界に向かう気か?」
ムジカは予感した。
奴は言った……。龍老樹の力を手に入れ、魔界を支配する。
約束に、地下世界アストラルの戦争を終わらせてやる。と、突きつけてきた。これで、長かった戦争は終わる……。正直、生きて帰れただけでも、奇跡である。
「待てよ……」
ゼブラは憤った声を上げ、立ち上がる。
「どうした?、ゼブラ?」
ムジカはゼブラに視線を移す。
「あの中には、ユリアがいる。助けに行く……」
「彼女の事は諦めてくれ……。周りを見ろ、皆は疲れ果て、戦えない。これで奴を刺激したら、地下世界アストラルが危ない。戦争を終らす為には、犠牲は付き物、頼む……」
ムジカはゼブラの肩を掴み、依願。
「ふざけるなよっ、犠牲って何だよっ!!。平和の為なら、ユリアは、リサは、どうなってもいいのかよっ!!」
ゼブラはムジカの胸グラを掴み、激昂。
ユリアは特別な存在であり、居場所でもある。
リサは言った……。彼女がアナタの居場所なら、アナタも、彼女の全てを受け入れ、彼女の心の居場所になりなさい。と……。
「なら、逆に聞く。1人の娘の為なら、平和はどうでもいいと、言うのか?」
ムジカは尋ねる。
「どっちも大事だ。けど、平和を手に入れても、隣に大切な人がいないと言うのなら、そんな平和はいらない。だから、俺はユリアを助けに行く……」
ゼブラはムジカの胸ぐらを放し、剣を片手に持ち、黒い異形を眺める。
「貴様も行くなら、俺も行く……」
ヴァンはゼブラの隣に立ち、黒い異形を眺める。
「お前達……」
ムジカは、二人の背中を睨み、考えていた。
リサの生まれ変わりの娘を犠牲にしてもいいのか……。祖先の大切な人を、戦争終結の供物にして、それで祖先は喜ぶのだろうか……。
龍老樹の種を渡し、地下世界アストラルを大陸分断、長年の環境変動から守ってくれた彼女に、恩を仇で返すのか……。
ーーーーーッ!!
黒い異形から森林全体に衝撃波が放出し、微風となり、ダリウス平原に広がる……。




