第3話 ユリア・クライン
「ちょっと待っててくださいね……」
心配しないで……と、笑みを浮かべるユリアはリビングを退室。厨房から店内を抜け、足を運ぶのである。うるさい客、パン屋も大変だな……。と、ゼブラは思った。
(あの客の口調から伺えると、気性の荒い奴だな)
心配になってきたゼブラは、厨房のドアに入る。厨房内には調理台、パンを焼く為の釜戸が設備されている。パンを焼いていた為、良い薫りだ。
が、薫りに堪能してる場合じゃない。ユリアの様子を見に行かなくては……。
厨房を抜け、ゼブラは店内に備えられる店の勘定台に身を潜め、ユリアを見守る。
目に映るのはユリアとガラの悪い二人のゴロツキ。 マユゲ無し、スキンヘッド。タンクトップにジーンズと二人は同じ顔つき、二人は同じ180センチの身長、そして同じ服装。名前はジャックとハリー。
(双子じゃないよな?……)と、ヒッソリと目を疑うゼブラ。
ーーーー店内。
「アナタ達の借金は毎月、少しずつ返してるじゃないですか?」
ユリアはゴロツキ達に訴える。
「うるさい、こっちにも事情があるんだよ!!。借金を返せッ!!」
ハリーは声を荒げる。借金の理由は父親の友人の連帯保証人だ。友人が行方不明になり、借金が生まれた。両親が死に、ユリアに受け継がれた。
「返せないなら、この店を売り払っちまえよッ!!」
ジャックは店内に置き並ぶ商品台に置き並ぶ一個のパンを手に取りる。見せしめに床にパンを叩きつけ、グシャグシャに踏み潰す。パンを潰され、(酷い)と、ユリアは悲しい表情を浮かべる。
「今度はオメェをグシャグシャにしようか?。このパンみたいにな、ガハハハハハッ!!」
ジャックは高笑い。ユリアは声を押し殺し、泣き崩れる。
「知り合いの娼婦宿を紹介しようか?」
ハリーはユリアを見下ろし、嫌な言葉を吹きかける。一方のユリアは泣き崩れ、立てない。
「腕でも斬れば、いくらか値が張るだろう」
ジャック嫌な笑みを浮かべ、ユリアの右腕を引っ掴む。腰に備えるナイフに手をかける。
(アイツら……)
ゼブラの怒りは頂点に達した。勘定台を跳び超え、ゴロツキ達に突っ込む。ジャックの顔面に目掛け、怒りの右ストレートを放つ。
「ーーーーッ!!」
ジャックの右頬にゼブラの右ストレートがめり込む。ジャックは殴り飛ばされ、床に叩きつけられる。
「ゼブラさんッ!!」
突然の登場に驚くユリア。
「大丈夫か?」
ゼブラは言う。
「何だテメェはッ!!」
ハリーは叫ぶ。
ゼブラはハリーを睨み、怒りの表情を浮かべてハリーに歩み寄る。怒りに言葉が出ないゼブラはハリーの両肩をガシッと掴みかかる。
ゴウッ、ゴウッ、ゴウッ、ゴウッ
ゼブラはハリーの顔面に頭突きを叩き込む。
怒りに意思を任せ、2発、3発、4発、ハリーの顔面の頭突きを浴びせる。頭突きを浴び続けたハリーの顔面は血一色に染まり、鼻骨が曲がり、折れている。
気絶したハリーをゼブラは放し、床に押し飛ばす。
「お前ら、自分が何をしたのか分かってるのか?」
ゼブラは倒れているジャックを睨む。ユリアを泣かし、命を救ってくれたパンをゴミのように踏み潰した。彼はそれが許せない。額にこびりついた血痕は、怒りを思わせる。
「知らないなぁッ!!」
ジャックは立ち上がり、両腕を広げ、突っ込む。
ドウッ
ゼブラは体勢を低く構え、突っ込むジャックのみぞおちに左の拳撃のカウンターを突き刺す。
拳撃がみぞおちにヒット。みぞおちを押さえ、苦悶のジャックはのたうち回る。
「テメェ……。こっちにも考えがある。先生、お願いします!!」
ジャックは店の表扉に向かい、叫ぶ。
ーーーーすると店の表扉が開き、謎の男が入ってきた。逆立つ黒の短髪、鋭い瞳。半袖のフィットスーツ、上着は革のジャケット。下はスラリとした茶色のジーパン。両拳にはナックルサポーターを装備し、見た目は体術使い。身長は178センチ、年齢は18歳だ。
マズイと察したのか、ゼブラは拳を構える。
「少し強いお前でも、コイツには勝てねぇだろ?」
ジャックは不敵の笑み、折れた鼻を押さえる。
パン屋は戦場、謎の男とゼブラのタイマンが始まる。呼んできた先生に自信があるのか、ジャックはニタニタと笑っている。
「ーーーーーッ!!」
先に動くのはゼブラ。体勢を低く、突っ込む。中間距離から自慢の右ストレートを放つ。
(フン……)
軽く笑い、謎の男は左側に跳び、ゼブラの右ストレートを空を切る。
謎の男の位置を瞬時に察し、ゼブラは左右の拳撃を放つ。ゼブラは山育ち、獲物の察知力は日常の狩りで鍛えた為、自信がある。
左右の拳撃を、謎の男はフットワークによるバックステップで避ける。
(クソッ。全く当たらないッ!!)
苛つくゼブラ。右拳に強く握り締め、突っ込む。
ーーーーゴウッ!!
謎の男の頬に、鈍い音。ゼブラの右ストレートがヒット。しかし。
「ーーーッ!!」
ゼブラの表情が痛みで歪んだ。
右拳に強烈な痛み、思わず後退。硬い岩を殴ったような痛み、拳が赤くヒリついている。
「鋼鉄の肉体だ」
謎の男は喋った。彼の全身は鉄色に染まり、鋼鉄と化していた。鋼鉄の肉体は肉体付与術であり、達人の格闘家が使う技だ。
「チクショウがっ!!」
ゼブラは再び殴りかかり、奴の鉄頬に右ストレートを叩き込む。同時に右拳に激痛。それでもゼブラは激痛を無視し、何度も拳を叩き込む。一方の謎の男は攻撃しない。ただ拳が壊れるのを待つだけだ。
「剣を使えよ……」
謎の男はゼブラの剣に目を向け、ヤル気の無い口調でアドバイス。
「それは出来ない。剣を使うと店を巻き込むし、恩義がある。それに……」
痛みで苦悶を浮かべ、汗を流すゼブラはパンチを止める。両手は赤く腫れ、手が握れない状態。
「何だ?」
謎の男は口を開く。
「お前、攻撃してこないし、いい奴だと思ったからだ。逆に俺は、嫌な奴だな……。スマン」
ゼブラは痛みでうつ向き、尻餅をつく。隣にはユリアが心配になって駆け寄る。ゼブラの言葉に心を射たれたのか、ゼブラを見下ろす。
「さぁ、先生。殺っちゃて下さい」
ジャックはトドメを刺せ、と期待の笑みを浮かべる。ゼブラは戦える状態ではない。謎の男は考える。本当にコイツにトドメを刺すべきだろうか……。
「やめた」
謎の男は言った。予想外の言葉にジャックは驚き、謎の男に抗議。
「何でだよ、全然まだ働いてないじゃねぇか?」と、ジャックは言った。
「気が変わった。お前らのやり方を外で聞いていたが、やり方が汚くてアホらしい。それに、アイツは少しずつ借金を返してるんだろ?。全然返さない訳でもないし、待ってやれよ」
謎の男は言う。
「しかし」
納得いかないジャックの表情。
「俺は嫌だと言ったんだ。あんまりしつこいと、痛い目に見るぞ」
謎の男はギロリとジャックを睨む。
「……仕方ねぇ。オイッ行くぞ!!」
威圧され、ジャックはハリーを起こし、パン屋から逃げ去る。パン屋に平和が戻った。
「お前、いい奴だな」
ゼブラは言った。
「俺もアイツらは気に食わなかった。お前の意気込みで目が覚めたよ、ありがとう。それより、手は大丈夫か?」
謎の男は言う。
「いてーよ」
ゼブラは両手をブラつかせ、見せつける。
「何だこれ位で……」
ゼブラの両手冗談半分で、パンと叩く謎の男。
「ぎゃああああああああっ!!」
腫れた両手を叩かれたゼブラは激痛で絶叫。本当に痛かったんだ。と、謎の男は確信。
「何しやがるッ!!」
ゼブラは怒り、立つ。
「元気じゃねぇか?」
謎の男は笑う。
「ふざけるな。もう許さん!!」
ゼブラは両腕を広げる。面白い事を思いついたのか、謎の男は笑みを浮かべる。
「イダイイダイイダイイダイイダイッ、テメェ!!」
ゼブラの痛む両手を謎の男に強く握りられ、あっさりとギブアップ。
ゼブラは立ち上がり、謎の男を睨みつける。二人は睨み合う。すると。
「ククククッ。ハハハハハッ!!」
睨み合う二人は楽しく笑いあげる。ユリアも釣られて笑う。場は和やかな雰囲気と化した。ユリアの泣いてた顔は、まるで嘘みたいだ。
「俺はガイ・マリナッジ。よろしく」
謎の男は自己紹介。そして二人も軽く自己紹介を交わす。
ガイは放浪者の格闘家。見た目はキツそうだが、普通に話が分かるいい奴だ。すると、ゼブラは口を開く。
「あのさ……。安心したら腹へった」
ゼブラは少し厚かましく頭を掻き、ユリアに言った。緊張から解放され、腹が減ったらしい。
「 仕方ないですね。ガイさんもどうですか?」
ユリアは誘う。自身を助けてくれたから、皆にご馳走したい気分だ。
「いや、いいわ。俺は元悪方、気分よく飯は食べれない。それに、二人の間のジャマになるからな」
ガイはいらぬ気を遣い、静かに店を去る。
「二人の輪だって……」
ゼブラはユリアに目を向ける。
「私、パンを焼かなくっちゃ」
ユリアは照れて赤くなった顔を隠し、誤魔化すように厨房に向かうのだった。しばらくゼブラはパン屋で再びご馳走になり、色々と世間話を楽しむのだった。
やっぱり、ユリアのパンは美味い……。