兄と相棒の決意
「じゃあまたね刻矢、ひなちゃん、クロエ」
「ああ」
「また今度です麗那さん」
時刻はおやつ時。執事に出迎えられた麗那と別れ刻矢と姫陽、クロエは金属柵の門を開いて帰宅する。家と門の間にある噴水を過ぎ、後は屋敷の扉を開ければ普段通りの日常に戻れる。刻矢がそう考えていた時だった。
「兄さん」
「どうした姫陽?」
姫陽が荷物を運んでいる刻矢の袖を引っ張り、不安そうな声で兄を呼ぶ。
「兄さんは、その……怖くないんですか?」
姫陽が震える声で刻矢に尋ねる。刻矢はなぜそう尋ねたのか考えるがすぐにナイトメアとの戦いの事だと気付く。
世界を旅し続けてトラブルに慣れた刻矢と違い姫陽は慣れていない。自分が知らないうちにナイトメアとの戦いに慣れてしまった。そんな幼馴染みの麗那がいたからこそ気が付かなかった。トラブルが当たり前だと思っていた刻矢と平和な世界が当たり前だと思っていた姫陽とは、たとえ血を分けた兄妹でも大きく価値観が異なっていたのだ。今更ながら何故気付けなかったのかと刻矢は自責する。
少し間を置き刻矢が口を開く。
「姫陽は怖かっただろうな。俺の場合、旅で慣れていたから怖くなかった」
「兄さんには、怖い物は無いのですか?」
「俺にだって怖い物はあるさ」
「――え?」
兄は自分と違い小さい頃から何でも出来た。ずっとそう思っていた姫陽にとって刻矢の怖い物があるという発言は意外だった。刻矢の言葉に嘘はない。旅をしているからなかなか会えないとはいえ長い付き合いの姫陽にはすぐにそれが解った。
「お前と麗那、それに星神町に住む奴等を失いたくない。俺はナイトメアによって一度滅ぼされた町や村、集落を今までずっと見てきた。だからこそそう思えるんだ」
「その……ナイトメアに滅ぼされたら、その人達はどうなるんですか?」
「死にはしないが、感情や記憶を喰われて無気力になる。原因のナイトメアを倒さない限りな」
姫陽が青ざめた表情で息を飲む。感情や記憶を喰われる。姫陽はそういった人物に心当たりがあった。同級生の友達数人だ。姫陽は友達の変化を体調不良だと思っていた。
もし、兄の言った事が本当ならば被害者は更に増えていく。姫陽は刻矢の言葉を尚更他人事の様に思えなかった。
「兄さんは、その……ナイトメアを倒せるのですか?」
「それなりに場数は踏んでるさ」
姫陽が兄の言葉に思わず大粒の涙を溢す。すると、刻矢が荷物を落としつつ慌てて姫陽の肩を掴んだ。
「どうした姫陽!?」
「……けてください。助けてください、兄さん」
姫陽が今の星神町で起こっている事。自分の友達の状態を途切れ途切れだが全て話す。それを聞いた刻矢の表情が険しくなる。どうやら姫陽が予想していたより遥かに深刻な状況らしい。
「姫陽、今日は絶対に外を出るな」
「え?」
「俺が何とかするから、絶対にナイトメア倒して帰ってくるから泣かないでくれ。お前の晩ご飯期待してるからな」
「……はいっ!」
兄を心配させないためか姫陽は多少ぎこちないが笑顔を見せる。刻矢はそんな妹に安心したのか頭を優しく撫でた。
「さて、荷物を置いたら狩りに行ってくるか」
刻矢が散らばってしまった荷物を一つずつ重ね玄関の扉を開けてから持ち上げ運ぶ。荷物を一階のリビングへ置くと再び玄関へと戻っていった。
「兄さん!」
「ん?」
「……絶対、帰ってきてください!」
「当たり前だ!」
刻矢は勝利を信じてくれる妹に背を向け右手でサムズアップを決めて去っていった。
「――とは言ったものの、手がかり無しでどう探そうか」
家を颯爽と出ていったものの星神町は父親と麗那の母親、もう一人の親友の父親が開発した都市だ。その中から人に紛れて活動しているナイトメアを探すのは手間が掛かる。刻矢の言葉に応えたのか足元で一匹の軽く猫が鳴く。刻矢にとって旅の道連れで相棒のクロエだ。
「クロエ付いてきたのか。まあ良いか、お前とは長い付き合いだからな」
クロエを肩に乗せると刻矢は昼の町を歩き出した。