見敵必殺の世界
「姫陽怖いか?」
「怖いです。でも、兄さんと麗那さんがいれば平気です」
刻矢の言葉に対し姫陽が刻矢と麗那に笑顔を見せる。だが、言葉に反して姫陽の体は少し震えていた。場数を踏んでいる二人と違い本当に平和な世界に生きていた少女だからだ。それを見かねたのか刻矢の肩に乗っていた猫のクロエが軽く鳴いて姫陽の肩に跳び移る。
「クロエ……ちゃん?」
「自分がいるから元気出せってさ」
「ありがとう、クロエちゃん」
お礼を言う姫陽にクロエが頬擦りすると徐々に姫陽の震えが治まっていく。それを確認した刻矢は姫陽を護るために背を向ける。
「刻矢、そろそろ先に進む?」
「いや、ここで待ち伏せる。動いて迷うより、餌を使って待った方が効率が良い」
「その餌って――」
「ああ、俺達の事だ」
「……やっぱりね」
麗那が刻矢の作戦に頭を抱える。
なぜならば刻矢なりに作戦を立てているものの殆ど無策に等しい物だったからだ。だが、麗那は内心では不満に思っている。しかし、刻矢の自分や仲間をも利用するという。冷徹とも取れる冷静さに対してある種の尊敬の念を抱いていた。本当の意味で世界を旅してきた刻矢は幼馴染みとして信頼はできる。そう思っていた。
「ほら、腹を空かせた獲物が自分からやって来た。そうら、先手必勝だ」
刻矢が唄うように囁くが幾ら辺りを見ても二人には見えない。彼には見えているらしい。一度振り返り姫陽と麗那、クロエにバッグから取り出した耳栓と耳当てを配り装着させる。そして二丁の銃を前方に構えトリガーを交互に何度も引き見えない何かに発砲する。
すると、次々と刻矢達に飛び掛かってきたであろう何かに命中し撃墜していく。妹の姫陽がある程度抑えた悲鳴を発しても刻矢は銃による弾幕を止めなかった。弾幕を生み出している銃声はまるで弾切れなんて無いと言わんばかりに続いていく。森の中にミシンの針の如く正確にかつ連続する発砲音が鳴り響き森の住人による奇襲を静寂へと無理矢理塗り潰していく。その様は正確に『眼に映る存在を全て確実に殺せ』とインプットされた人の形をした大量殺戮兵器だ。
「雑魚掃除は終わったか」
「これだけの量を一人で……」
刻矢の“掃除”が終了すると全員の耳当てと耳栓を取っていく。その後麗那が勇気を振り絞って辺りを見る。
目の前には、かつて人間サイズの虫か甲殻類の何かだったと思われる存在が仰向けで転がっている。毛に覆われた表皮と正確に撃ち抜かれた複数の眼。八本あったであろう脚は間接ごとに砕かれており動くことすらできない。
「ごめんな姫陽。眼を閉じてていいから、もう少し我慢してくれ」
「はい……」
姫陽の顔からは明らかに生気が無くなっている。無理もない。元々は自分の進学記念だったにもかかわらず目の前で殺戮が繰り広げられたからだ。しかも、自分が大好きな実の兄の手で。怯えている妹を励ますため刻矢が優しく姫陽を抱き締める。
「わ……ちょっと兄さん……」
「俺がお前を護るから」
「……はいっ!」
姫陽が明るく返事をする。刻矢は彼女を抱き締めながらも右手で優しく頭を撫でる。
「ねえ刻矢。空間が崩れていくわよ」
「どうやら親玉は逃げたらしい」
周囲の景色にヒビが入り音を立てて崩れ去っていく。迷い込んだ世界の外には元の景色が広がっており世界があるべき姿になる。
「あんな事があったんだ。気晴らしに食べよう」
「はいっ!」
「そうね」
三人と一匹は休みを満喫するべく元の日常へと戻っていった。