<2>の2……
2.
……護身術指導訓練に関しては、端的にまとめようと思う。
「ふははははははは! すごいですね蒼雪さん! これすっごく楽しいですよ!?」
護身術で合気道を覚えた胡桃の高笑いが怖かった。
「蒼雪殿、あまりましたか? それでは私とやりましょうか」
「……シヅナさんインストラクターじゃないんですか」
「見本ですよ見本。それに見本とやった方がうまくできますよ?」
笑顔のシヅナが怖かった。俺は見事に投げ飛ばされた。
「いやあ、蒼雪殿は細いですね! もっと筋肉つけましょうよ!」
「はぁ……いや、別にいらな」
「また次回もやるんですよ指導訓練! 是非来てください!」
「おおおやるんですね! 蒼雪さん来ましょう! 来ましょう来ましょう来ましょう!」
「いや、だから俺は!」
「蒼雪殿? あぁ、次回も来てくださるんですね! 今度は他の特殊団員の方々にも募集をかけるようにしてみましょうか」
「誰1人として俺の話を聞く気がないのか……?」
表補佐にだいぶかまわれたあげく次回まで行くことになった。
……以上。ただ今の俺は本当に引きこもりになろうか思案中である。
「いやぁ、楽しかったですね蒼雪さん!」
胡桃はうれしそうにふらふらしていた。転べばいいのに。
「……何がだよ……お前の楽しいって感覚わかんねぇ……」
俺シヅナに恨まれたりしてたんだろうか。受け身を教えてくれなかったぞあいつ。腰いてぇ。
「さて蒼雪さん、次はどこに行きます!?」
猫背になりながらハイテンションな胡桃を見やる。
ぴょんぴょん跳ねていて目にうるさいくらいだ。なんか見ているだけでイラっとした。
「いやーそうですねー。知らないところがありすぎてどこに行きたいーとかは言えないんですけどとりあえずどこかに行きたいというか! そんなあたしの願望を何とかくみとっ」
べらべらとしゃべっていた胡桃が振り向いて俺を見た瞬間、言葉を止めた。
ひくっとひきつる笑顔。心なしか冷や汗までかいてるようだ。
「……んだよ」
「い、あの、蒼雪さん……何か怒ってます?」
人差し指をあわせておそるおそる、上目遣いで聞いてくる胡桃。
あー……顔にでてたか。
そんなに怒っているわけではないが、通常の不機嫌さも重なってかなり怒ってるように見えるかもしれない。
俺が答えずにいると、胡桃がうぅと唸ってうなだれた。割とへこんでるっぽい。
「……別に怒ってねぇよ」
ほとんど無意識に言葉を発した。
怒ってるわけでもないが怒ってないわけでもない。つまり若干怒ってはいるのだが……なんとなく胡桃を見てたらそう言わなきゃいけない気がした。
胡桃がばっと顔を上げる。
「ほ、ほんとですか?」
少しおびえているもののきらきらとした目が俺をみる。
やっぱ言わない方がよかったのかと眉をしかめつつも、俺はため息をついた。
「……とりあえず飯食わせろ」
朝からご飯食べてねぇんだよな。腹減ったわ。
「あ、あたしも食べます!」
「スイーツじゃねぇぞ」
「わわわわかってますよう!」
胡桃はまた嬉しそうに笑って俺の後をついてきた。
「……蒼雪さんってリアル草食系男子という奴ですか」
「は? 何の話だよ」
食堂にて。WSOの食堂は基本バイキング形式である。
よって俺はバランス良くを心がけつつも好きなものを多く取っているのだが。
「蒼雪さん野菜食べ過ぎじゃないですか?」
「……そうか?」
胡桃に言われて首を傾げる。いつもこんな感じだから何とも言えない。
「でもほら、野菜って食べ過ぎてもいいだろ別に」
「別にいいんですけど……よく食べれますね的な」
胡桃は渋面だった。俺の野菜を親の仇のように睨みつけている。
「何お前、野菜食えねぇの?」
率直に聞くと、胡桃はすすっと目をそらした。
「……ガキなんだな」
「い、いいじゃないですか! 大人でも野菜食べれない人はいますよ!」
胡桃が叫ぶと、食堂にいる団員数名がうなずいているのが見えた。食えないのかよ。
そういう胡桃の皿はサンドイッチが乗っている。しかもよく見るとフルーツサンドだった。スイーツとはいかなくても、それに近いものだ。胡桃は胡桃なんだな。
「まぁどうだっていいけど。……いただきます」
「い、いただきますです」
手を合わせてから食べ始める。また胡桃が意外そうな目を向けてくるが、無視した。
あれだ、食前と食後の挨拶って大切だろうが。
しばし無言の朝食タイム。朝食としては時間が遅いのでブランチか。
やがて胡桃がフルーツサンドを食べ終わり、暇そうにきょろきょろし始める。
少しは落ち着いてられないものかと嘆息しながら野菜を食べ続けた。
「……よし、ごちそうさまでした」
手を合わせて言ってから、ふと胡桃がいた向かいの席を見る。
「うっわ……いなくなってるし」
胡桃は何を思ったのか知らないが、どこかへと行ってしまったようだった。
めんどくさい。探さなきゃいけないのだろうか。
だが俺としては、もうはしゃぐ胡桃を追いかけることもなくなるし、ゆっくりと休日に戻ることもできる。
さぁ、どうするべきか。
「…………少しは探してやるか」
ちくしょう。俺の優しさに感謝しろよ胡桃。……割と本気でそう思っているが言葉にしてみるとなんか気持ち悪いな。ナルシストか俺は。
とりあえず食堂をぐるっと見渡す。あの目立つ桃髪のちっこいのはいない。
「食堂の外かよ……よけいめんどくせえ……」
あーもう、と髪をグシャグシャにしながら食堂の出口へ。……どこかで迷子になってなきゃ良いけど。迷子だったら泣いてんだろうな。
胡桃の泣き顔を思い出してなんか苛々した。泣かれる前に探してやるか。
あのちっこい姿を見逃さないよう、目を細めて探す。通りすがる団員がみな怯えた顔をして避けていくのは、おそらく不機嫌な顔だと思われているからだろう。
違う。別に不機嫌な訳じゃない。ただ目つきが悪く見えているだけだ。
「ったく、いねえじゃん」
軽く舌打ちして立ち止まる。こうやって歩いていると、距離が離れていくかもしれないし。
適当に設置されていたベンチに腰掛けた。
本部内のイメージはショッピングモールみたいなものである。それほど大きくないけど。その適当に広い廊下……というか通路にはベンチが置いてあってりするのだ。
団員はまとめると結構多いし、利便性とか考えるとそういう構造になるんだろうな。よくわかんねぇけど。
座るとき、手に何かがぶつかった。
「いっ……すみません」
どうやら隣に人がいたようだ。周りを見ていなかったせいで、そこに人がいることにも全く気づけていなかった。さすがに気づけよ俺。
「……別にいい。それより蒼雪」
「……あ?」
静かな女性の声。名前を呼ばれて彼女の方をふっと見ると、……確かに、知り合いではあった。
戸惑いがちに名前を呼ぶ。
「メリス……さん、かよ」
「……蒼雪はいつもそう。さん、をつけるのを躊躇う」
伏せた目は鳶色。ふわりと揺れる肩より少し下ぐらいのブロンドの髪。無表情とそのしゃべり方から、おとなしいような、それでいて取っつきにくいような印象を受ける少女だ。……俺より年上だけど。
すっと、彼女の鳶色の目……すこし濁ったような瞳が俺を映す。
「……それよりも、蒼雪。私は」
彼女が何か言葉を発しようとした瞬間、視界に桃色が割り込んできた。
「えっ、蒼雪さん知り合いなんです!? 何それ聞いてないですよ! もう、それはそうと早く言ってくれたら良かったですのにっ」
「てめえここで何してやがる……!」
今日何回目かでまくし立てる胡桃の両頬をつまんで伸ばす。
「あおゆきひゃんらめれす、らめれすいひゃいです!」
おお、よく伸びるな。餅か。
「お前勝手に行方不明になった上に何のこのこ現れてきてんだよ? しかもメリス、さん、と何で一緒にいるんだよ? それと俺に一つ言うことあるだろ!?」
「あ、あおゆきひゃんひつもんおおいれす」
頬をつままれたまま困惑したように言う胡桃に少し気が晴れた。仕方がないので頬をはなす。
「……蒼雪。女の子に暴力は駄目」
「ちょっとあんた黙っててくれます!?」
突然の介入に声を上げた。そういうこと言うと胡桃が調子に乗るだろうが。
「うぅ、すみませんでした蒼雪さん」
反省したであろう胡桃が両頬をさすりながら謝ってきた。しゅんと垂れたツインテールが面白い。
「二度とすんなよ。探すのめんどくせぇんだから」
「探しに来てくれてありがとうございます……」
「で? 何でこの人と一緒にいるわけ」
「そう、それですよ蒼雪さん! 知り合いなん」
「質問してるのはこっちだぞ胡桃」
「……はぁい」
「……あとで紹介してやるから」
「あ、はい!」
一喜一憂するなよそれぐらいで。顔疲れねぇのかな。
「いえ、食堂で蒼雪さんが食べ終わるの待ってたんですけど、なんか大変そうに困ってるような方がいらして。で、なんか人助けでもしようかなと思ってですね」
「スイーツショップ以外迷子になる奴が困ってる奴を助けられるのか?」
「うぐ」
絶対無理だろ。迷子の人数増やすだけだ。それと大変そうに困ってるってのがすげえ気になる。どういうのだ。
「いいか胡桃、お前はもうちょろちょろ動くな。動きたかったら俺に許可とれ。じゃねぇと首輪つけるからな」
「首輪!?」
いい加減探すのが面倒なのでそういう感じで伝えると、胡桃の顔が青ざめる。
「あ、蒼雪さん……やっぱりそういう趣味の……」
「ん? 口を糸で縫えばいいのか? 二度と開かないようにすればいいのか?」
自分でもすごく爽やかな笑顔になったと思う。
胡桃はそんな俺を見て首が飛ぶんじゃないかってくらい首を横に振り、
「二度と勝手に動きません約束しますだから命だけは命だけは」
そう約束してくれた。何だよ胡桃、俺を人でなしみたいな目で見るな。命だけはって俺は殺人鬼かよ。
話が一応終わったところでため息をつく。こいつと話すのはすごい疲れるから嫌だ。
「……蒼雪」
今までおとなしく黙っていたメリス……さんが俺の名前を呼ぶ。顔を見るとやや不服そうだった。
「なんすか」
「……蒼雪はいつもそう。人の扱いが雑」
「……すんませんね」
人の扱いが雑って。俺よりも雑な奴は大勢いると思うんだが。
「あ、そうですよ蒼雪さん! さっき紹介してくれるっていいましたよね!? 紹介してくださいよう!」
「胡桃うるせぇ! いちいち叫ぶな!」
「あうっ」
胡桃の脳天にチョップをかます。メリスの扱いもめんどくさいっていうのに、こいつまで介入されては困る。あともうメリスの敬称は略だ。
「……蒼雪。胡桃が可哀想」
「だから胡桃が調子に乗るからそういう発言は控えてくださいませんかねぇ……!」
やだもうこいつら。
胡桃にこれ以上騒がれるのも面倒なので、仕方なく紹介することにする。
「あー、胡桃、こいつ……この人はメリス・ルシア」
「……蒼雪、今こいつって言いかけた?」
「気のせいです。団員補佐部隊の表補佐系、その中でも特別補佐員になってる人」
「と、とくべつほさいん?」
特別補佐員はそのままの意味で特別な補佐をする人だ。
メリスはとある事情により、普通の表補佐系の仕事はできない状況にある。ただしWSOにとても有益というか必要な人材なので、特別補佐員という立場である、というわけだ。
「ふえぇ……なんかすごい人なんですね?」
説明したけど意味わかってなさそう。
「メリスさん、こいつは胡桃。特殊団員で、シェリアルナ大陸ルーアス国の兵器だったやつです。この間WSOに来たばっかり」
「……そう、特殊団員なの」
「そうなんですよメリスさん! 特別補佐員ってよくわかんないけどなんかすごそうですね!?」
「……ありがとう。胡桃は銃使いなのね」
「そうですよ! ……っていうか言ってないのに何でわかったんです?」
俺は額に手を当ててため息をついた。俺は胡桃が銃を使うなどと言った覚えはない。それがわかるから、彼女は特別補佐員なのだ。
「心が読める……とかですか?」
「……違う。でもそのうちわかる」
「へ?」
メリスは首を傾げる胡桃に向かって柔らかい笑みでごまかし、俺に向き直る。……説明してやればいいのに。
「……蒼雪。そんなことよりも、私の用事を聞いて」
「は? 用事って……大変そうに困ってたってやつ……ですか?」
「……そう。探してほしい人がいる」
「はぁ?」
探してほしい人? まぁその人によってはメリスには探せないが。
「……ゾルキアを、見なかった?」
「…………ゾルキア?」
誰だそれ。記憶をたどるも生憎聞いたことのない名前だ。
「ゾルキアって誰すか」
「……蒼雪は知っているはず。兵器」
兵器と言ってもWSOだから何人かいる。知らねぇよ。
渋面になっていると、メリスはさらに続けた。
「……蒼雪の天敵にも当たる人」
「天敵……って」
一人、顔が浮かんだ。ただ……そいつの名前はゾルキアなんかじゃなかった気がする。
そいつ以外の天敵っていないが、違う人か?
「……いい加減わかって。私の、パートナー」
……メリスのパートナーといえば、さっき浮かんだ顔だ。
嫌な予感がしつつ、口にしてみる。
「……まさかゾルキアって、風斬の―――」
ことか、と続けようとした言葉は遮られた。
「―――その名前を呼ぶ奴は、斬り殺すぞ」
耳元で声が聞こえ、俺は嫌な予感が当たったと舌打ちをする。
あぁ、確かにその通りだよメリスさん。こいつは俺の天敵だ。
俺の首にひたりと当てられた刃物に、胡桃が息を飲んだのが見えた。