<1>のよん!
4.
先の大戦。あたしが生まれる前に始まって、五歳の時に終わった。
細かいことは省略するけど……その大戦の、話をしようか。
この世界で一番大きい大陸、リライトユーン大陸。その中でも一番栄えていた王国であるリミレア王国。
そして、この世界で二番目に大きい大陸であるシェリアルナ大陸の中で一番大きかった国、ルーアス国。
その二つが海を越えて、たくさんの国を巻き込み、大きな戦いを起こした。
そのたくさんの国の中でも、遠く離れている東方の弥国。問題はこの国だ。長らく貿易をせずにいたその国は、禁断とも言える技術が発達していたのだ。
『人体実験』
人を解剖して、改造して、時には自我をもなくして。
もとは人であったはずのそれは、実験により様々な能力を得た。
栄え、大きかった二つの国。人口だって、その中の孤児だって、有り余るほどなのだ。
さぁ、やることは決まっていて。
それぞれの国が求めるのは、『人』ではなくて『兵器』。
むしろ、『人』はいらない。『兵器』が欲しい。
いらない『人』を、『兵器』にしてしまえばいい。
そして、悪夢は始まった。
あたしは、生まれたときから、人体実験の施設にいた。
『さぁ、お勉強しようか』
そう張り付けられた笑顔で言われて、手渡されたのは拳銃。
実験により強化された体は、銃の反動による衝撃でも吹っ飛ぶことはなかった。
代わりに、あたしの感情の、何かを変えた。
初めて『壊した』ものは、施設にいた子供だった。あたしは彼女を、「お姉ちゃん」と呼んでいた。実のお姉ちゃんではなかったけど、それだけ慕っていた。
施設の大人たちは、その子のことを、「失敗作」と呼んでいた。軽蔑していた。
『あの子を助けてあげようね? 助けてあげるには、あの子の左の胸のところを撃つんだ』
その子は自我をなくしていた。完全に『兵器』と化した後のことだった。
左の胸。心臓のあたり。言われるまま撃つと、紅い液体が飛び出した。
あたしは、『最高傑作』だった。
ルーアス国のうまく作られた『兵器』だったあたしは、言われるがままに戦場に出た。
そのときのあたしは……3歳か4歳程度だったっけ? よく覚えてはいない。
そんな少女を目の当たりにして、すぐに攻撃できる人などいないだろう。
当然ためらう。けれど、その少女は心臓を迷いなく撃ち抜く。
訳も分からぬまま、命じられるまま、ひたすらに戦って戦って戦って。
そしてまた訳の分からぬまま、大戦は終わった。
死なずに残った『兵器』の居場所はなくなった。数は少ないけれど、元は孤児な上に変な能力まであるとなると、居場所なんて探してもできやしない。
残った『兵器』は、二種類に分かれた。
自我をなくし、たださまよい、人を殺す類の『兵器』。
自我はあるけれど、どこにも行く宛がなく、ただ存在するだけの『兵器』。
大戦が終わり、平和を取り戻したはずの両国は、前者の兵器を見て青ざめた。
負の遺産。それを自覚したらしい。
『兵器』を倒すには、『兵器』しかない。
そんな考えから、王たちは後者の兵器に頼み込んだ。
国の平和を揺るがす『兵器』を除外すること。
そしてそのとき交渉に当たっていた『兵器』の代表…………ウィルさんは、条件を出して了承した。
条件は二つ。自我を持つ『兵器』たちの生活を保障すること。そして、二度と戦争を起こさず、人体実験を行わないこと。
両国は必死だったんだろう。二つ返事でその条件をのんだ。
それから発足した団体、世界特別強化団体WSOは、つまり負の遺産。
簡単に言うと、WSOで言う特殊団員というのは、人体実験によって生まれた『兵器』、ということだ。
あたしや、蒼雪さん、ウィルさん。その他の特殊団員も、すべてが、『兵器』なんだ。
あと2体。あと2体の『兵器』を『壊せ』ば。
……少しでも考え方を変えると、すぐに心がくじけそうになっちゃうな。これじゃあ蒼雪さんに怒られる。
これらは人じゃない。自我をなくした『兵器』。
「ウ……ぐ、あ、ああァあぁァアぁあァぁあアぁァああぁぁ!!!」
兵器たちの凶器じみた叫び声に耳をふさぎながらも、次々と落とされる文字通りの鉄拳をかわす。
さっきシヅナさんが言っていたとおり、力技について特化された兵器だ。殴られると木っ端微塵になって死んでしまうとは思うが、あいにくあたしの武器は遠距離戦。
力技しか持っていない彼らの攻撃は、接近戦でしか意味をなさない。
まとめると、この戦いはあたしの方が有利なのだ!
「……っしょ、っと」
バックステップで距離をとり、銃の上の部分をスライドさせる。
オートマチックピストル? だかなんだかなので、これで銃弾が装填された。
銃にもいくつか種類があるらしいが、あたしは昔からこれしか使ったことがない。
「っ、ごめんなさい!」
腕に負荷をかけないよう、片手ではなく両手で撃つ。
2体目の頭部に銃弾が撃ち込まれ、昏倒した。……頭からでる血には、あまり目を向けないようにして、次の兵器に狙いを定める。
兵器と目があった。
そして兵器は、笑みを浮かべた。
口を開く。
「オじょウちゃン」
聞いたことの、ある、声。聞いたことのある、呼びかけ方。
「……っ!?」
それはこの間、この大陸に、この国にきたとき、港で。
船を下りた瞬間、後ろから声をかけてきた、
「アーリ、さん……!?」
この兵器は、あの時蒼雪さんにやっつけられたはずの、アーリさんなの……?
この間まで、普通に話していた人。悪い人っぽかったけど、それでも、現に生きていた『人』。
『兵器』が『人』であったこと。それがそのまま伝わってきて、どくんと心臓が大きくなった気がした。
さっきの有利だという確信は、もはやどこにもない。
「おジョうチャん」
もう一度、呼ばれる。兵器の顔部分が、あの時のアーリさんの顔に見える。
「キリま、ま……びルも、イた」
聞いたことのある名前を、その兵器……アーリさんは発する。
キリマ。マビル。知ってる。それも。
「う……う、そ」
アーリさんの足下に転がる、もう動かない兵器。その2体の顔が、あの時少しだけ見た、キリマさんと、マビルさんに見える。
……いや、違うんだ。
「でモ、ころ……サれ、タ」
そう、知ってる。見えるんじゃなくて、この兵器たちは、本当にキリマさんと、マビルさんだった。
アーリさんはなおも声を発する。責めるような響き。
聞きたくない。しゃべらないで、もう、それ以上いったら、あたしは、
「オマえ、に、コロさ、れ……た。おオまエエにいいイい!」
そう、あたしが、殺した。『人』を。キリマさんとマビルさんを。
からんと音がして、手の中の感触が消える。
足元を見れば、拳銃が落ちていた。
「ひっ、い、……い、や」
アーリさんが近づいてくる。怖い、死ぬかもしれない。あの鉄拳がまた降ってくれば、あたしは間違いなく死んでしまう。
初めての任務だったのに。死にたく、ないのに。
どうしよう。また、涙で視界がぼやける。
逃げなきゃ、って思いに反して、足はぜんぜん動かなかった。
銃を拾ってこの兵器を倒さなきゃって思うのに、兵器じゃない、人なんだって思いが消えない。
振り下ろされる鉄拳が、やけにスローモーションに見えた。
もう仕方ないのかな。柊を探すなんて言って、初任務すらできていない。
あきらめと絶望とともに目をつぶりかけて、あたしは首を傾げた。
「……?」
あの、アーリさんの腕に生えている、光を反射する水色っぽい何かは何だろう。さっきまでは何もなかったはずなのに。
生えている、ということは強化されたのだろうか。必殺技のオプションみたいな?
細長い棒みたいな。槍みたいな。
しかしそれが生えたところから、だんだんと浸食するように水色の範囲が広がっていく。それとともに広がる冷気。
そして、アーリさんが叫び声をあげ始める。
日光が当たっている水色の部分から、水滴が落ちた。
―――氷……? まさか、これって!
「この、バカ胡桃っ!!!!」
「ひぃっ、やっぱり蒼雪さん!」
目を見張った瞬間、対峙するあたしとアーリさんの右側から怒声が飛んできた。
蒼雪さんだ。そっちに目をやると、蒼雪さんがとてつもなく凶悪な顔をしてあたしを見ていた。
彼が立っているのは、直径150cmもある魔法陣の中心。あたしにはこれっぽっちも理解できなさそうな複雑な図形に読めない文字が書かれている。
そしてその魔法陣の円周をなぞるように、地面に突き刺さっている槍。
それもただの槍じゃなくて、氷でできた槍だ。
「……すご、い」
蒼雪さんの能力は何度か見たことがあるが、久し振りなため感嘆の言葉が漏れた。
魔法陣からは水色の粒子が立ち上っていて、それが氷槍を作っているようだ。
つまり、何もないところに槍が造られていく感じである。
その造られていく槍の中、水色の粒子が立ち上る中にいる蒼雪さんの姿は幻想的と言っても言い過ぎじゃない。
……その幻想的な姿も、怒りの表情のせいで見とれることすらできないけど。
「胡桃! 何よそ見してやがる、早く壊せってあれほど言っただろうが!」
「わ、わかってますよ……!」
蒼雪さんの言葉に肩を震わせ、もう一度アーリさんに目を向ける。
氷槍のせいか、左半分の体が動かないアーリさん。撃つなら今しかないと、わかってはいる。
慌てて銃を拾うも、握った手が震えていた。力が入らない。
「……? どうした」
蒼雪さんが少し顔の険しさを収めて聞く。
あたしの様子がおかしいことに気づいてくれたんだろうか。
「あ、蒼雪さん、この人、たち」
「あ?」
つっかえつっかえ言うあたしに、蒼雪さんは怪訝な顔をする。疲れたようにいつものため息を一つついて、蒼雪さんはあたしのもとに駆け寄ってきた。
主を失った魔法陣が輝きをなくす。氷槍が溶けてしまうだろうに、蒼雪さんは変なところで優しく思えた。
「……この兵器たちがどうしたって?」
蒼雪さんはあたしとアーリさんとの間に入るようにして立った。アーリさんを警戒の目で見つつ、あたしに問いかける。
「その、人」
「……人、ねぇ?」
「人なんです! 人……だったん、です」
鼻で笑う蒼雪さんに声を上げる。
「そんなの今更だろ。俺らだって、これの一歩手前みたいなもんだろうが」
「そうですけど……そうじゃなくて! この人たち、知ってるんです!」
「はぁ? こっちに来たばっかりのお前の知り合いだぁ?」
「蒼雪さんも知ってる人です! あたしが始めてここに来たとき、三人の悪い人に絡まれて、蒼雪さんが迎えに来て助けてくれたじゃないですか!」
「……」
蒼雪さんが言葉を詰まらせる。……覚えてないとか? ないよね?
「みんな、……他の二人も、この間まで人だったんです、でも、今ではもう兵器って、それであたし、」
「もういいわかった」
蒼雪さんがあたしの言葉を遮った。その横顔はさっきと同じように険しい。
「要するに胡桃、お前は兵器が人だったって改めて実感してショックで戦えないっつーことか?」
「……そう、です」
あぁ……怒られるのかな、嫌だな。
今日は本当に厄日なんだ。蒼雪さんに迷惑かけまくってるし。すごくいたたまれない。
蒼雪さんもこんなあたしの教育係なんて嫌だろうなぁ……。
うっ、蒼雪さんがウィルさんに報告して、あたしが役立たずってなったらどうなるんだろう。元いたルーアス国の支部に戻されちゃうんだろうか。
―――鬱々と思考を巡らせるあたしの視界に、黒い布切れが写った。
見覚えのある布切れだ。誰かのトレードマーク。
「って蒼雪さん!?」
「あ? 何だよ胡桃」
迷惑そうに振り返る蒼雪さんの右腕は、いつもの黒い包帯がほどかれ、真っ白の肌が空気に晒されていた。
「な、何してるんです!? 今、太陽でてるのに……! さっきそのために地面に魔法陣書いたんじゃなかったんですか!」
「いや、そうだけど」
何当たり前のことを、という顔をされた。
蒼雪さんは自分の腕を珍しいものでも見るかのように眺めて言う。
「お前がそのせいで戦えねぇっつーのは、俺がちゃんと教えてなかったせいもあんだろ。子供の責任は親の責任っていうじゃん」
「あ、あたしの親は蒼雪さんじゃありませんよ?」
「もののたとえだバーカ」
「ば、ばかって……!」
「幸い、こいつの巨体のおかげで日光なんて俺にはあたんねーよ。普通に戦えそうだ」
まぁ弱いんだけど……と後付けのように言う蒼雪さん。
あたしが言葉を失っていると、蒼雪さんは滅多に見れない顔をした。
「お前の失敗の尻拭いが、教育係の仕事なんだっけか? 最後の一体ぐらい、俺が片づけてやるよ」
その顔は、満面の笑顔。何をどう思ったのか、蒼雪さんは楽しそうだった。
「そんなに『兵器』が壊れるのが嫌なら、目ぇつぶってろ」
蒼雪さんは右腕を伸ばして、動けずにいるアーリさんにふれた。
彼の右腕は、ただでさえ異常な上半身の中でも特に異常である。それは先の大戦の人体実験で得られた産物。
彼の出身国であるソベルアリエ神国は、魔術に関して優れた国だった。
蒼雪さんがされたのは、王国神との契約。
そして、それによって得た能力が、魔法陣による氷系統の魔術を扱えること。
それによって得た多くある対価のうち一つ。それが、
彼の右の手のひらに刻まれた、魔法陣。
それはさっき地面に書かれていた魔法陣と、同等……いや、それ以上の能力を解放できる。
「我が契約の神、ソベルアリエ神国の双子神、俺の望みを、我らが望みを」
アーリさんに手をふれたまま、蒼雪さんは目を閉じて、祈るように言葉を紡ぐ。
使役とかじゃなくて、契約。精霊とかじゃなくて、神。
蒼雪さんは自分で弱いと言うけれど、それは能力が攻撃型じゃないだけだ。
一国の神との契約が、そんなに弱いわけがない。
「聞き入れ賜え―――ソベル」
蒼雪さんは目を開けた。その目には、普段ないような慈しみの色。
「悪いが、俺は教育係なんでね。あいつはまだ自分に流されることを許されるが、俺は無理だ」
続いて蒼雪さんが言った言葉は、アーリさんに話しかける言葉だった。
しかもその内容的に、あたしのことを羨んでいるようにも聞こえた。
「できれば誰も、兵器なんて生まれなきゃ良かったのにな」
蒼雪さんはもう一度目を閉じた。
「だからせめて、すべての罪が溶けるように、氷のように……終われるように」
アーリさんにふれている右の手のひらが、青白く、水色っぽく発光している。
蒼雪さんの言葉は最後まで、慈しみ、赦す、まるで聖人みたいだ、とまで思った。
「―――氷槍、この罪を溶かせ」
アーリさん……兵器の後ろから氷槍が突き出て、紅い血が飛んで、体を貫通したのだとわかった。
蒼雪さんがもう一度疲れたようにため息をついて。
「ほら胡桃、終わりだ。帰るぞ」
誰もが息を詰まらせていた、このなんでもないはずの街の一角の騒動は、ようやく幕を下ろした。