<1>のさん!
3.
鈍く光る短剣と、光を反射する拳銃。
「……ひい、らぎ?」
「胡桃、ずっと会いたかった。……ずっと、殺したかった」
彼女は笑う。薄い黄緑色のショートヘアが揺れる。
「最強の兵器は、一人しかいちゃいけないんだって」
光が、目を眩ませて。
目を開ければ、あたりは真っ暗闇だった。
「……うるさ、い…………」
その日は、本部内に鳴り響くサイレンで目が覚めた。
本部に来てまだ数日。質の良さそうな布団に慣れていなかったあたしは寝不足だ。
目覚ましのようなサイレンに逆らいつつ二度寝を計画する。
やっと寝れそうだ、と思った途端、部屋のドアが壊される勢いで開いた。
「胡桃! 起きろ!」
「……ふえ?」
寝ぼけ眼で見ると、そこにいるのは妙に髪のはねた蒼雪さんだった。
いつもよりも目つきが悪い。
「ふえじゃねーよ起きろっつってんだよ!」
蒼雪さんはそう怒鳴りながら、私の布団をはぐ。
「…………」
フリーズした。
「あ、あ、あ、蒼雪さんの変態!」
「いいから起き………は?」
途中で気づいたように聞き返す蒼雪さん。あたしは言い募った。
「蒼雪さんの変態! 見損ないましたよ!?」
「な、何が!? どうした胡桃?」
「どうしたじゃありません! すっとぼけないでください!! こんな朝っぱらに女の子の部屋に来ていいと思ってるんですか変態変態変態!!!」
顔が赤くなるのがわかった。
ひたすらに叫ぶと、蒼雪さんも慌て始める。
「ち、ちげぇよ! 馬鹿か!」
「襲いに来たんですか!? ロリコンだったんですか! 見損ないました! 蒼雪さんこそ馬鹿じゃないですかぁ!」
蒼雪さんこのやろう……! 何とも思わない振りしておきながら、こんな変態だったなんて!
少しでも信用した自分がアホみたいだ……!
「だあぁあもう胡桃うっせえ! 人の話を聞け! 繰り返すが俺に幼女趣味はねえんだっつーの!!」
「どの口がそれを言うんですか! この状況を省みてください!!」
「いい加減寝ぼけるのやめろ! なんで俺がお前を襲いに来なきゃいけねぇんだよ!?」
「知りませんよ! 蒼雪さんが勝手に来たんでしょう!?」
「だから、俺はお前を襲いに来たんじゃねぇんだよ! 起こしに来たんだよ!」
「変態! ロリコン!」
「意味わかんねぇよなんでそうなるんだよ!!」
その後、騒ぎを聞きつけた他の団員さんが事情を説明してくれた。
蒼雪さん、ごめんなさい。
でも、お仕置きにと「蒼雪さんは変態でもロリコンでもない」っていう文を百回書かせるのだけはやめてほしかった。精神的にきつい。
反省してる。うん。
「ふぇ? 仕事ですか?」
「……そうだよ、このサイレンは町中で正気を失った兵器が暴れてるっていう警告音だ」
やっといろんな意味で目が覚めたあたしに、蒼雪さんはそう説明した。
警告音か……なるほど、どおりでうるさいわけだね。
どうやらこれから仕事にいかなきゃいけないらしい。本部に来ての初仕事だ!
「他にも戦える団員はいるらしいが、実力を知りたいからとウィル様からの選抜らしいぜ。俺はともかく、お前は武器も支給されてる」
そう言う蒼雪さんにつれられて、やや早足で武器庫へと向かう。
さっきの騒ぎで大幅に遅刻してしまったから、急がなければいけないらしい。
こうしているうちに、町で暴れているんだろうから。
「ほら、これ」
「あ、ありがとうござ……って、重!?」
妙に頑丈そうなケースをひょいっと渡されて、足が崩れる。
慌てて持ち直したが、腕がぷるぷる震えた。何これ地味に重い。
「重い武器っておかしくないですか……? しかもあたしはこんなのもてませんよ」
「重いのはケースだけだ。早く出して仕舞え」
「どっちですか」
出して仕舞うって結局元通りな気が。
「そういう意味じゃねえよ出して装備しろって意味だ早くしろ」
「……蒼雪さん、今日はいつもよりまして不機嫌じゃありませんか」
「俺だって寝起きなんだよ」
「あぁ、通りで髪が」
「うるせえ早くしろ」
「……はぁい」
木製のケースの蓋を開けると、そこに入ってたのは漆黒の銃器だった。
手に収まる程度の短銃。ピストルだと思う。
特注なのか、シリンダーの所に金字で『Kurumi』と彫ってあった。……かっこいい。
あとでウィルさんにお礼を言わなきゃ。
「なんか高そうだな」
「ですね」
隅々まで見てみるが、あまり銃に関しては詳しくない。
確かにあたしの『武器』だけど、その武器については教えてもらったことがない。
教えてもらったことといえば、それは道具で、戦う方法、人を殺す方法だということ―――
「……おい、胡桃!」
「……はれ?」
「なにぼーっとしてんだよ、まだ寝ぼけてんのか?」
「あ……あー、そう、ですかね?」
「いや、知らねぇけど」
蒼雪さんの怪訝そうな声に対して、笑ってごまかした。
「あ、そういえば蒼雪さんの武器はないんですか? こう、どーんとかっこいいやつ!」
わざとらしく話題を変えたあたしを見て、蒼雪さんは軽くため息をついた。
「お前、忘れたのか?」
「へ?」
「俺の武器なんて最初っからねぇだろ。……これがあるからな」
蒼雪さんは不敵に笑って、右手を軽く振った。
いつも通り、真っ黒の包帯に包まれた上半身。それは彼の体質のせいもあるけど……。
「あ、そっか」
「……まじで忘れてたのかよ」
忘れてた。蒼雪さんは、あたしとは違うタイプの戦い方をするんだった。
うーん……何で忘れてたんだろう。自分に呆れてため息をつく。
今日は、なんか、調子が悪いのかも。思い返せば夢見も悪かった気がする。
「まぁいいけど。ほら、行くぞ!」
「あ、はい!」
ぐずぐずと悩み始めるあたしを無視して、蒼雪さんはため息をつきながら思い出したように走り出した。
……うん、あたしも気持ちを切り替えなきゃ。
あたしは頭を何度かふって、慌てて蒼雪さんの後ろを追いかけた。
「来ました! 特殊団員です!」
WSOの移動車両部隊の車に乗ること10分。
いつにないスピードで走ったのか、町のはずれと思われる現場には早く着いた。あたしの寝坊で遅刻した分、ギリギリセーフだったのかも。
ちなみに移動車両部隊というのはWSO専用の特注の車を操縦、運転する人たちが集まった部隊。そのまんまだけど。
現場への移動や各支部への貴重品、資料の運搬もしているらしい。
戦うことを専門とする団員は車の運転ができない人が多いから、こんなふうに影ながら支える部隊ができたってわけ。……って昨日蒼雪さんが言っていた。
「あぁ、やっと来てくれましたか……」
「すいません、こっちの不手際により遅れました」
その現場を仕切っていたらしい青年が、こっちを振り向いて疲れたように笑う。
蒼雪さんが滅多にみない真剣な表情で対応していた。
この人は誰だろう……。ふわふわとした癖っ毛がどこか可愛く見えた。
「えっと、そちらが新しく移動してきたという……?」
ぼーっと見ていると、青年があたしに目を移した。同時に蒼雪さんがすごい表情でにらんでくる。
はっ、そうだった。現場での挨拶はちゃんとしろってさんざん言われたっけ。
「は、初めまして! しんにゅうとくしゅだんいんの胡桃です」
「おい胡桃、今妙に棒読みじゃなかったか」
仕方ない……緊張しすぎていたんだ……。
ちなみに新入特殊団員、である。
「なるほど、確か銃を使う幼子……申し訳ありません胡桃殿、団員補佐部隊の下世話な噂話ですので、お気を悪くしないでいただきたい」
お、幼子……いや、間違ってはいないから、そんな機嫌を悪くするほどでもないんです。はい。
「僕は団員補佐部隊の表補佐系のリーダーで、シヅナ・リックと言います。初めまして」
「……は、初めまして」
団員補佐部隊……うん、聞いたことがある気がする。確か、表補佐と裏補佐があって、表補佐は現場でのあたしたちの補佐、裏補佐は本部内とかで資料を集めたりなどをしてあたしたちの補佐をするんだった。たしか。
それで、この……シヅナさんは表補佐系のリーダー、と。
「えっ!? すごい人!」
「胡桃黙れ」
「あっ」
思わず声に出すと蒼雪さんに氷点下のまなざしでにらまれた。蒼雪さんがやると冗談じゃなく氷点下である。
それにしても、WSOはすごいなぁ……いろんな部隊がありすぎて覚えられない。
渋い顔をして唸っていると、シヅナさんは楽しそうに笑った。
「はは、胡桃殿は変わったお方ですね」
「ただの馬鹿ですよ……それより、暴れているのは?」
シヅナさんの言葉に適当にけなして返した蒼雪さんは、通りの向こうに目をやった。
相変わらず、町中なのに人通りの少ない通り。
蒼雪さんが目をやった先では、表補佐の皆さんが必死にガードして攻撃に耐えているようだった。
「やはり先の大戦で作られた兵器ですね。ただのゴロツキだと良かったんですが」
「そんなんだったら俺たちはここまで来ませんよ」
「……攻撃の仕方から見ると、力技ですからこのリライトユーン大陸の初期の兵器です。一体一体を壊すのは簡単ですが、今回は3体いましてね……少し、面倒でしょう」
シヅナさんが冷静に分析している。表補佐系のリーダーはさすがだ。
こうして町中で自我を失い暴れている「兵器」は、特殊団員でないと壊すことができない。
壊すと言っても、後で解剖し兵器のシステムを完全に理解しなければならないので、素早く綺麗に、できるだけ少ない攻撃で壊さなきゃいけないのだ。
それをできる特殊団員は、世界でもそんなに多くはない。WSOの各支部に十人いるくらいだ。
もうだいたい察するかもしれないが、あたしや蒼雪さんはその特殊団員の1人。
現場には、ただでさえ少ない特殊団員が来るのに時間がかかる。その時間で被害を最小限にする、いわば時間稼ぎが表補佐系の仕事らしい。
ついでに、到着した特殊団員がスムーズに攻撃できるような分析も必要なようだ。
「ま、そういうわけです。お二人がいらしてくれたのですから、おそらく大丈夫だと思いますが」
「……当たり前、といいたいが」
蒼雪さんは口を開けてシヅナさんを見ていたあたしをちらりと見た。その目はどこか馬鹿にするような感じ。
「はっ、す、すいません! 話はちゃんと聞いてました!」
「……すごいアホな顔してたぞ」
「あ、アホな……」
どんな顔だろう。
「まぁいいけど。……表補佐に任せっきりはできねぇぞ。行けるか?」
蒼雪さんのその言葉に、あたしは太股のあたりをさわって確かめた。
そこにはさっきの特注の銃がある。弾倉はチェックした。換えもある。
「……はい、いけます」
新品の銃だからあんまり手になじまないし、自信はないけど……操作の仕方や的中率などはかつて戦争中の国から賞賛の言葉を与えられたほどだ。
少し武器が変わったくらいで、変わることはない。たぶん。
「表補佐の前に出たら、素早く壊せよ。もたもたしてたら向こうが有利になる。……俺はそんなに攻撃に向いてる能力じゃねえから、残念ながらお前の補佐に回るしかねぇ。手こずるってわかったらすぐに俺の方に来い」
「え、でも、今日晴れの日ですよ? 蒼雪さん何もできないんじゃ」
「馬鹿にしてんのかお前」
「えっ!?」
昔、蒼雪さんと戦ったり、共同戦線を張ったこともあるが、蒼雪さんは日光にとてつもなく弱い。彼のトレードマークである黒い包帯で巻かれた上半身は、日光に当たるのを防ぐ為なのだ。
なんだか知らないが、皮膚がすごく弱いらしい。日光に当たるだけで焼けただれるとかかぶれるとか……いろんな噂を聞いたことがある。
あたしが知っている限り、彼の能力を使うのには右手の包帯をほどかなくちゃならない。晴れの日は直に日光にさらすことになるので、や、や……やくたたず、と認識していたんだけど。
「お前今失礼なこと考えただろ殴るぞ」
「ひぃ!? ごめんなさいごめんなさい!」
殴られたくないのでもう二度と思わないことにする。
「自分の弱点ぐらい理解してる。魔法陣があれば能力は使えんだよ」
「はぁ……?」
「わざわざ手の魔法陣を出さなくても、地面に書けばすむってことだ」
どこか得意げに蒼雪さんは言ったけど、いまいちよくわからなかった。
適当にうなずいてごまかした。
「まぁそんなわけだから、俺はお前が戦ってる間に万が一のために魔法陣を書いておく。時間がかかるって思ったらすぐに来い、できる限りの補助はする」
「はーい、おっけーです」
ていうか思ったんだけど蒼雪さんって細かい人だ。いちいち説明が長い。
「……胡桃?」
「何でもありませんすいませんだからその拳をどうか収めてください」
蒼雪さんにはレーダーか何かがついてるのかな。なんでわかるんだろう。
首を傾げながらも、蒼雪さんが真剣な顔で表補佐さんたちの方に行くのを見て顔を引き締めた。
大事な初仕事。油断して失敗なんてしていられないんだから。
「……行くぞ」
「はいっ」
蒼雪さんの低い合図を聞いて、表補佐の後ろで地面を蹴った。
その跳躍で表補佐を飛び越え、最前線に出る。
「な、特殊団員……!」
「すいません、表補佐さん。あたし、頑張りますね!」
あたしは振り返り、驚いている表補佐さんたちを見て、笑いかける。
スカートに滑り込ませたあまり大きくない手には、もうさっきの拳銃が収まっていて。
「だから―――少しだけ、離れていてください」
ぱんっ、と乾いた音。
後ろ手で打ったそれは、3体の兵器のうち1体を壊した。
いや、正確には、
3人のうち、1人を殺した、と言うべきか。
視界を、あたしの目と同じ色をした、鮮血が舞う。