<1>のに!
2.
「ところで先輩、さっきの人たち殺しちゃったんですか?」
「なわけねーだろ。ちょっと気絶させただけ」
あたしと先輩、二人並んで街を歩く。人が1人もいなくて、ちょっとつまんない。
あたしは少しため息をついて、飴を取り出した。最近人気の、棒がついた小さめの飴。
「・・・おい待て、今それどこから取り出した」
「え? どこからって・・・懐から」
「お前懐って言いたかっただけだろかっこつけんなドヤ顔すんな」
「むむ」
先輩はつっこみが上手だ。チョコバナナ味おいしい。
「ていうか、飴あるんだったら甘いもの買わなくて良くないか?」
「良くないです! お詫びは大切ですよ!? ほんとに怖かったんですから!」
「あれぐらいで怖いとかお前はガキか!?」
「ガキですよ! まだ7歳ですもん!」
「ない胸を張るな!」
「なっ・・・ちょっと! それはセクハラ発言と言うものでは!?」
そして毒舌だ。
ない胸なんて・・・ない胸なんて・・・! まだ7歳だから当たり前だし・・・!
先輩は14歳だからそんなことが言えるんだ。あたしの二倍だ。
「先輩酷い」
「何がだ。つーか先輩って呼ぶのやめろ」
「何で?」
「何で突然タメ口になったんだ・・・」
「だって先輩だから敬語なだけで、先輩じゃないならタメ口でもいいかなって」
「・・・不便だなお前」
「不便?」
「じゃあ、俺のことは名前で呼んでもいいけど敬語な」
「えー」
「一応俺はお前の教育係だから」
「・・・はぁい」
教育係。仕事上で蒼雪さんはあたしの先輩だ。
しかし、今回この大陸での仕事になるから、ルールを覚えるためとかで蒼雪さんが教育係になったらしい。
・・・よくわからないけど、とりあえずあたしは蒼雪さんの言うとおりにしなきゃいけないんだ、うん。
「あーまいーものー」
考えると当分が不足するって本当だ。スイーツ食べたい。
蒼雪さんはいつになれば甘いものを買ってくれるんだろう?
「あーおーゆーきーさぁん、お菓子はー? ケーキはー?」
「うるせぇ・・・」
「だってお詫びですよ! お詫びお詫び!!」
「何で唐突にウザくなったんだよお前・・・さっきからウザかったけど2割り増しだぞ」
「2割り増しは余計です蒼雪さん! いいからお菓子ください! あ、いやお菓子じゃなくても甘いものなら可、ですよ!」
「持ってねぇよお菓子なんざ・・・」
ぴたりと足を止めた。
それに気づいた蒼雪さんがあたしを振り返る。
「・・・? どうした」
「あたし・・・」
緊張した面もち。そっと口を開いた。
「お菓子くれるまでここを動きませんからね」
「何なんだよお前は!」
蒼雪さんは深く深くため息をついた。
ふふん、ここまですればお菓子くれるでしょう! あたしさすがだね!
「・・・お前ここに何しに来たわけ? お菓子食いにきたのかよ」
「む・・・まぁリライトユーン大陸は世界の最先端ですしね・・・スイーツもあたしの知らないものがあるでしょう・・・ぜひ食べてみたい・・・!」
「否定しろ! 本来の目的は違うだろうが!」
目ぇ輝かせんなと蒼雪さんはまたため息をつく。
「本部に行くために来たんじゃねぇのか、胡桃」
「・・・むむ」
蒼雪さんはどこか真剣な眼差しであたしに言う。胡桃、と名前を呼ばれたことから、蒼雪さんが真面目に聞いているのがわかった。
「少しぐらい、いいじゃないですか・・・遊びたいです」
人差し指の先をあわせて俯きがちにそう言うと、蒼雪さんがまたため息。
この人は何回ため息をつくんだろう・・・ため息ついてないと死んじゃうんだろうか・・・。
「ま、本部がつまんねぇことぐらい知ってるけどな」
ぽん、と擬音がつくような感じで、あたしの頭に手が乗せられた。
黒い包帯に巻かれた手。蒼雪さんの手。
「でもな、よーっく聞けよ。こっちの本部はお前が来ることをたいそう喜んでな、お前のために、
―――世界のスイーツ職人を集めたスイーツショップを作ったらしい」
「おぉ!?」
蒼雪さんの言葉に思わず声を上げた。
全世界のスイーツが! 食べられるんだ! 本部で!!
こっちの本部長に心から感謝しよう・・・。心の浮上を感じていたそのとき、
「だ・か・ら」
「おぅっ」
ぎりぎりぎりと頭に乗せられた手に力が込められていく。
「四の五の言わずに本部に行くぞ! 駄々こねてんじゃねぇぞ!?」
「いいいいいいい痛いですよ蒼雪さん! あたしの頭はボールですか!?」
「似たようなものだろ! 面倒なこと起こすなするな!」
「わわわわかりましたから! 頭が痛い痛い痛い痛いですって!!」
その会話から一時間ほどでついた本部では、蒼雪さんが言ってたとおりたいそう歓迎された。
「ようこそおいでくださいました、胡桃様」
今すぐにでもスイーツショップにダッシュしたかったのだが、本部長への挨拶が先だと怒られた。本部長に感謝を伝えてからということか。
本部長、というと厳つい髭のおじさまを想像していたんだけど、そんなイメージはぼろぼろに崩れ去った。
「は、はわ、はわわ・・・」
男ですらなかった、女性だ! しかも美人!
太股ぐらいまで伸びた綺麗な白髪、知的な金色の目、柔和な笑み。
彼女こそが、本部長であるウィル・ナイト。
正式な役名は、『リライトユーン大陸リミレア王国本部本部長 兼 世界特別強化団体(通称《WSO》)総轄責任者』。
「挨拶ぐらいちゃんとしたらどうだ、胡桃」
「だ、だだだ、だって・・・!」
蒼雪さんに注意されるが、言葉がでない。
だって彼女は本部長ってだけじゃなくて、あたしたちをまとめる、世界で一番上の人ってことだ。
その人に、その人に・・・胡桃様、なんて!
「そう緊張なさらないでくださいな、胡桃様」
「ウィル様、その呼び方がまずいんじゃないすかね」
「え? そうなんですか、胡桃様?」
心底不思議そうに私に聞くウィルさんにこくこくと何度もうなずくと、首を傾げられた。
「でも・・・そしたら、なんてお呼びすればよいのか・・・」
「呼び捨てでいいっすよ・・・」
蒼雪さんが呆れたように言い、私は首が取れる勢いでそれに賛同した。
・・・うなずくばかりで言葉がでないよ・・・どうしよう・・・。
ウィルさんはそんな私を見て、平伏したくなるような笑顔を向けてくれた。
「わかりました、胡桃。なら私のことも遠慮なくウィルと」
「ダメですウィル様」
「・・・蒼雪はお堅いですね」
「ウィル様は身分っつーものを考えてみてはどうすか」
「じゃあ・・・ウィルさんなら良いかしら」
「・・・それも本当はあんまりよくないんすけど・・・」
「決まりですね」
しぶしぶ、という感じでうなずいた蒼雪さんを確認してから、ウィルさんは嬉しそうに微笑んだ。
ほんとに、想像と全然違っていた。なんかこう・・・突然親近感がわいてくる。
こんなに気さくな人だと思ってなかった。
怖いだろうなーという意味でも緊張していたから、どこか拍子抜けというやつだ。
「では、胡桃。蒼雪のせいで話がそれてしまったのですが・・・」
「あっ、ひゃい!」
慌てて返事をした瞬間、その場にいた人の視線が集中した。
「・・・・・・・・・はい」
恥ずかしさの中言い直すが、もう遅い。蒼雪さん笑うなし。
「ふふ、それでですね。まず私たちの団体のことを確認したいのです。何か知っていることをあげてみてください」
団体・・・WSOのことで、知っていることかぁ・・・。
「えっと・・・あたしは支部にいたんですけど、あまり活動させてもらえてなくて。それで、」
実は、あんまりない。
「あら、そうだったのですか? 確か胡桃は、シェリアルナの……」
ウィルさんは言葉をとぎらせた。
シェリアルナ大陸の、ルーアス国。それが、あたしの「生まれた場所」だ。
「…はい、だからそこの支部にいたんです」
「生まれた場所」、という言葉には、あたしたちにとって忌むべき意味がある。
「……そうでしたか。ごめんなさい。嫌なことを、思い出したでしょう?」
ウィルさんの言葉に、あたしはうつむいて首を振った。
もう今更、誰が謝ろうとどうしようもないことなんだから。
「……まぁ、本部のことはおいおい知っていっても良いですしね。詳しくは蒼雪に聞けばよいでしょう」
ウィルさんが微笑んで話題を変える。蒼雪さんの「げっ」って言う言葉は無視だった。
先輩なんだからそれぐらいしようよ蒼雪さん・・・。
「胡桃は、人探しをしたいのでしたね」
「あ、はい」
境遇や人種ゆえこの団体に所属していた、というのもあるが、この本部に来たいと願ったのはあたし自身だった。
人探し。あたしの、大切な親友を捜したいのである。
「どんな人か、今度聞かせてもらってもよろしいかしら?」
「はい、ぜひぜひ!」
ウィルさんは深くは聞かなかった。
その後は他愛もない話をして、お開きになった。
「そうだわ胡桃、一緒にスイーツを食べに行きません?」
「いいいいいいいいいんですか!?」
「ええ、胡桃のために作ったんですもの」
「ウィルさん良い人ですね! 蒼雪さんと違っ」
「おい胡桃今何つった」
「なんでもないですー。ていうかあたし、まだ蒼雪さんからお詫びもらってないんですけど!」
「あら、蒼雪何かしたの?」
「酷いんですよ蒼雪さん! あたしがさらわれそうになってるときなかなか助けてくれなくて!」
「酷いわね……蒼雪ダメよ?」
「というわけでスイーツショップでは奢ってもらいますからね!?」
「ちょ、おい待て!」
「私の分も奢ってくれます?」
「な、え、ウィル様まで……!?」
「ちなみにパティシエたちは超一流の方々です。値段もそれなりでしょうね?」
「わ、わかった謝る、謝るから! 胡桃悪かった!」
「今更許しませんよ蒼雪さん!」
「頑張りなさい、蒼雪」
本部に来てしまった。
たぶんこれから、今まで以上につらくなると思う。
ここがどんな団体なのか。あたし自身がどういう境遇なのか。
全部、だいたいはわかっているはずだ。
けど、頑張らなきゃ。―――柊に会うために。