懐かしい
悪魔がどう足掻いたって見る事が出来ない場所、天界。
この世界がラミアによって作られた幻覚なのかどうかを見極める為、俺はルシフェルに抱えられ真っ白な場所にいる。
ただ白い空間が広がっているだけじゃなくて、そこにはドンと物凄い存在を示す門が1つ。あの門をくぐった先が天界だ。
悪魔がどう足掻いたって見る事が出来ない場所が目の前に広がっている。それだけじゃなくて、懐かしさまで感じるんだからここは本当に天界門の前…なの?
「ホラ、ラグエルがこちらを見張っていますよ。コレでも幻覚とおっしゃいますか?」
スッと片手を門に向けたルシフェルの指先を目で追って行くと、門の前には大きな鎌を持ったエンゼルンが立っていて、睨むでもなく、笑いかけるでもなくこっちを見ていた。だから俺は実質蘇った“奪う者”でもなくなっているんだろう。
不自然な魂に無理矢理意味を持たせただけの存在…それなのに天使でも、悪魔でも、蘇りでもないのなら、俺は今でも十分不自然な存在じゃないか。
まぁ、辻褄が合っているんだから「可笑しいよ」と声に出さない限りはルシフェルの分身的な感じで存在は出来るんだろう。
じゃあ、いつかは「可笑しいよ」と言わなければならない時が来るのかな?
ルシフェルを俺から開放して欲しいってエンゼルンの願いを叶える為に。
「手ぇ振った方が良い?」
「お好きに」
うん。今まで通り、俺の好きなようにやるから。お好きにって言ったのはルシフェルだからね!いや、まぁ…何を指しての「お好きに」なのかは分かってるんだけど…。
だから!ここは幻覚かも知れないんだから、いちいち色々考えてもしょうがないって!
一旦頭の中を空っぽにする為、大袈裟な位大きくエンゼルンに向かって手を振ると、なんか少し困った顔をしながらも手を振り返してくれた。
不自然な魂なのに?ルシフェルをまだ開放してあげてないのに?結局、まだ不浄の魂ってところで落ち着いているのに?
「やさしい子だなぁ…ちゃんと振り返してくれてる」
鎌は構えたままだけどね。
「悪魔が想像出来ますか?この光景を」
確かにラミアがこの光景を作り出す事は出来ないのだろう。だけど、他に方法がない訳じゃない。
ラミアは人の生きた時間を食べる悪魔なんだから、その食べた時間を見る事が出来るのかも知れない。
「俺の記憶を見てこの空間を創造したのかも…」
折角ここまで連れて来てもらったのに、やっぱり明確な答えが見付けられない。
ここは何処?ここは何?
「キリがないですね。ではこう考えましょう」
ルシフェルは俺を下ろすと、話しを区切るように1度小さく咳払いをした。
地面に立って足の裏に感じるのは、天界独特のフンワリした感触。雲の上のような場所だけど、そこまでフカフカじゃなくて、だけど地上みたいにしっかりとした強度もなくて。フッカフカの絨毯の上みたいな…長い雑草の生えた草原のような…。
違う違う、感触を確かめたって幻覚かどうかの答えにはならないんだから、ここは大人しくルシフェルの考えを聞こう。
「なに?」
聞く姿勢が整った事を示すために黙って頷くと、ルシフェルも小さく頷き、
「どっちの世界だったとしても、貴方の傍には蘇った“奪う者”がおります。どちらの彼らも幸せにしてあげてください」
と、難しい事をサラリと言ってのけた。
「向こうのディルクは食べられそうになってるんだよ!?どうなってるのか…」
想像すらしたくないよ。
「次、向こうに行く事があれば、直接お確かめください。しかし、貴方を術にかけながら悠長に食事など出来るでしょうか?それに、ポチ達も黙ってはいないでしょう」
それは、確かにそうかも。
ポチ達も同時に幻覚に捉えられた可能性もあるけど、食事に集中して無防備だったラミアに、俺を含めた4人を同時に術にかけるなんて出来るだろうか?
1人でも術にかけ損ねるだけで、ラミアが無事でいられる可能性は…極めて低い。それなのに俺はもう結構な時間この世界にいる。
もしかしたら、本当にここが現実?
いや、どっちが現実だろうと、皆を守ればそれで良いんだよね。向こうのディルクは心配だけど、ポチ達がいれば安心して任せられる。
「何だか安心出来たよ。ありがと、ルシフェル。あ、ルシファー?ルシフェル?」
白いから“黒き悪魔”って呼ぶのも変だし、墜ちてないのにルシファーも可笑しい。だからって“黒き悪魔”と言う設定なんだからルシフェルも駄目なような…。
「ルシファーですよ」
エンゼルンに軽く手を上げて挨拶をしたルシフェル…じゃなくてルシファーは、少し笑った後俺を担いで地上に降り始めた。
広がっていた白い世界が一気に色鮮やかな空の青と、樹海の緑に変わり、遥か下ではポチ達が手を振っている。そこにはピヨの姿もあって、多分だけど…手紙を受け取ってきていると思う。
「ピヨおかえり。手紙は?」
天界に行ってきた説明をごっそりと省略し、更には手紙を受け取ったと決め付けた言い方をしてみた。
ピヨは不思議そうにしながらも荷物の中から1枚の手紙を取り出し、
「多分ゾンビンから」
と、懐かし過ぎる名前でエドを呼んだ。
じゃあ俺もまだガイコツンなのかな?皆は皆をどう呼び合ってるんだろう?確か…もう本名で呼び合ってたと思うんだけど、100年以上前の事だから記憶があいまいだよ。
100年前にも受け取った筈の手紙。そこにはなんて書いてあったっけ?その時と、この手紙と、内容は同じなのかな?
ゆっくりと手紙を広げて、そこに書かれていたたった4文字を眺めると、俺の古い記憶の奥底から100年前の事が蘇ってきた。
会いたい。の4文字…間違いない、この手紙だ。
100年前、俺はガイコツンから回復しても屋敷に戻るつもりはなかった。それなのに、この手紙を受け取って、皆の事が心配になって屋敷に戻った…。
まだちゃんと思い出せないけど、樹海に居てもしょうがないから屋敷に戻ろう。
「ねぇ、何食べたい?」
とはいえ“屋敷に帰ろう”なんて言ったら、食料の買出しに屋敷のある町まで行って帰って来たばかりのピヨに悪いから、上手い具合に話しを進めなきゃ。
「そりゃ~新鮮な魚だろ!釣ったばっかの魚に粗塩ふって焼く…あ~、もう食いたい」
真っ先に返事をしてくれたポチは、相当お腹が空いていたらしく、その場にドカリと座り込むとお腹を数回さすって見せた。
その様子を見たピヨは、少し考えてから、
「俺は…久しぶりにケーキが食べたいかな」
と、子供みたいな事を言った。
確かに、樹海の中じゃあ甘い物なんて限られているし、傷みの早いケーキなんて食べられないもんな…。
「それは食事ではなくデザートでしょ?」
ペペの冷静なツッコミに、ピヨは少し羽をバタつかせながら、
「食べたい物って事だから問題ない」
と反論する。
言葉は知的なのに、動きが可愛い…。
「まぁ、そうね。それなら私はオチムシャンの作ったパンケーキが良いわ」
ペペはまた懐かしい名前を口にしたんだけど、俺の脳裏にその人物が浮かび上がって来るのに少し時間がかかった。
「オチムシャン有りなら、俺だってオチムシャンの焼いたクッキーが良いぞ?」
恭治の事だってのはちゃんと分かってたんだけど、生きている姿か、頭に矢が刺さっている姿か、刺さっていない姿かで迷ってしまったんだ。
で、結局出てきたのは矢が刺さっている姿…。
「甘いな…オチムシャン有りなら断トツ肉じゃがだろ!」
それにしても、恭治人気凄いな!




