王の乱心
ルシフェルからの許可をもらい、急いで地上に降りて行くが、少しだけ間に合わなかった。
俺が天使のまま100年過ごした事で、今の世界に“黒き悪魔”は存在していない。だから“黒き悪魔”に倒された多くの人の命は助かっている。
だけど、そのせいで王様は“黒き悪魔”を利用して集めていた“奪う者”の遺体を自分で集めなければならなくなった。
「王!ここを開けてください!」
城の中から聞こえてくるのは切迫したエルナさんの叫び声。
「エルナ、外へ…逃げろ!」
閉ざされた扉の向こう側からはディルクの声と、何人もの呻き声。
「何を言うの!?王、開けて!開けなさい!」
ドンドンと扉を叩くが、ビクともしない扉。
「開けない」
部屋の中には身動きが取れないように拘束されている“奪う者”がいて、1人1人拷問を受けていた。
城の上空には2人の天使が待機していて、魂が上ってくるのを今か今かと待ち伏せている。それはつまり、確実にこの場で導かれてしまう魂が存在している事…こんな惨い拷問にもかかわらず、2人しか導かれないと言う事。
ディルクとエルナさんではない事は分かっているし、誰が導かれる事になるのかも知っているから、余計に直視する事が出来ない。
だって、導かれる予定があるのは、ここにいる“奪う者”達じゃないんだ…ここにいる“奪う者”達は、この後どんな拷問を受けようとも、生き伸びるんだ。どんな事になっても、どんな姿になろうとも、今日を生きる。
「王、気は確かですか?何故このような事を!?」
エルナさんの言葉の、何処までが部屋の中に届いたのだろう?部屋の中には悲鳴が響いている。その悲鳴はシィンと静まり返っている城の長い廊下に響き、エルナさんの怒声は更に遠くまで。
俺が知っている世界では起きなかった王の乱心。“黒き悪魔”が存在しないこの世界では、変わりに王が“黒き悪魔”の役目を担っている?いや、それなら兵士だけじゃなくてサクリアやエドも王に倒されている筈だ。
「しょうがないだろ?不老不死の研究してるのに、お前ら全然死なないじゃないか」
ハハッと乾いた笑みを浮かべた王は、切り付けていた兵士の血がべっとりと付いている手で自分の額を拭い、ユラリと立ち上がると扉を眺めた。そしてディルクはそんな王を物凄い目で睨む。
「なっ…」
「王の為に命かけて戦うのが兵士の仕事。その俺が死ねって言ってんだから死ぬのが仕事でしょ?なに抗ってんの?」
死ぬ事が仕事?何言ってんのこの人…そこまでしてでも不老不死になりたいって熱意は凄いけど、こんな人物が不老不死にって考えると怖い。それこそ本当に“黒き悪魔”になってしまうだろう。
それが狙い?だけど俺が知っている世界でも王は不老不死を目論んでいて、倒された“奪う者”で実験をしていた。実際ディルクだって実験材料にされて肌の色が薄っすらと緑色になってた。
だったら、もしかしたら、俺の知っている世界でも王はこんな事をしていたのかも知れない…俺が知らなかっただけで、城の中では日々こんな地獄があったのかも知れない。
「俺達は…城を…民を、王を必死に魔物の脅威から救ってきた!その報いがコレか!?」
拘束されている体を揺らしながら、ディルクは力いっぱい叫び、その声を聞いたエルナさんが少しだけ安心したように息を吐く。
ディルクは今の所は無傷。それを声から察したのだと思う。
「良いから、蘇って俺を不老不死にしろ。お前らが最後の奪う者……期待してるよ?」
剣を手に取った王は、余所見をしながら大きく振り下ろし、身動きが取れないように拘束されていた兵士の足を切りつけた。
「っ!」
言葉につまり、俯いたのはディルクだけじゃない。部屋の中にいた全ての兵士はもちろん、隣にいるルシフェルまで。
「…助けに行かないのですか?」
こうして見てるだけじゃなくて、そりゃ助けに行きたいよ。だけど、直接関わる訳にはいかないんだ。
「そう、だね…」
ディルクとエルナさんはこのままでも命に関わる様な事にはならないし、ディルクの寿命は“黒き悪魔”が現れない限りそこそこ長い。
この場で導かれるのは、この2人じゃないんだ。
「あの者は今日導かれる予定です。それも、もうすぐ。貴方が直接魂を……」
魂を狩っても、きっと階級は下がらない。それ所か、上がるかも知れない。
兵士を助けられるし、階級が上がる。それは俺にとって物凄く良い事なんだろう。だけど、天使が直接狩るなんて可笑しいんだ。
今の天使長は効率を求めて狩る事を推奨しているし、その考えに賛成する大天使は多い。
俺は、反対だ。大々的に宣言すると「天使長に逆らう事」になってしまうから声には出せないけど、これからも魂を狩る事はしたくない…それが例えどんな悪人の魂だろうとも。
時間は少し早いけど、確認しに行こう。
「どちらへ?」
後ろを付いてくるルシフェルに何も答えず、城下町を見下ろす。
王の乱心は広く知れ渡っているのだろう、多くの人が城に押し寄せて暴動が起きていた。城門を全力で守らなければならない筈の兵士すら王に反感を抱いているのだろう、門を開け放ったままで、武器すら手にしていない。
そんな人の波の中、その人物はいた。




