やり直し
ガクンと一瞬体が痙攣を起こし、慌てて顔を上げてみると、俺は作業机に座っていた。
よく見なくてもその机の上には資料やら何やらが山のように積まれていて、視線を少し泳がせると部屋の入り口に立っているルシファーが見えた。
「また寝オチですか?」
寝オチ…いや、さっきまで俺はちゃんと起きていて、長に術を…って、もしかして、ここが100年前?
部屋の中を見渡してみると、白を基調とした内装が見える。家具まで綺麗に白で統一されている感じは、さっきまでいた長の部屋と全く同じ。って事は天界だ。その天界にルシファーがいるんだから、過去に来れたんだ!
「ルシファー、えっとぉ…」
凡そ100年前に戻れたのは良いんだけど、記憶も何もないから天使としてどう振舞えば良いのか分からない。
「俺の名前はルシフェルですよ。誰ですかルシファーって!」
誰って…。
「え…?」
なにそのちょっとした改名!
「寝惚けているのですか?昼寝は結構ですが、仕事もちゃんとしてください」
あ、でもなんか新鮮。
昔はハキハキと喋れてたんだね。
って、仕事ってなに?
「仕事?」
まさか、この資料全てに目を通せ、とか?
1枚手にとって読んでみると、導いた魂の数が地域別に記されていた。
こんな重要そうな資料に俺が判子を?普通こう言うのは天使長の仕事だったりするんじゃないの?
「どこまで呆けているのです?今日の資料は俺が確認しますので、貴方は判子だけ押してください」
位の高い筈のルシフェルが、俺に対して敬語なのはどうしてだろうか?まぁ、物凄く呆れられている感じはするんだけど。
資料に目を通すんなら、ルシフェルが判子押せば良いのに、それは俺でないと駄目なの?まさか俺の仕事って資料整理係りとかそんなんだったとか?
100年戻ってきたんだ、皆が生まれるまでノンビリ待つしかないんだし、ここは大人しく判子を押しながらルシフェルのご機嫌でもとっておこうかな。
それに、かなり難題な事もあるから、その解決策も調べなきゃならない。
「ここにあるので全部?」
ポンポンと判子を押していると、さっきまでは判子を押せと五月蝿かったルシフェルが心配そうな表情で俺を見てきた。
「今日は…ずいぶんと大人しいのですね。何か良からぬ事をお考えですか?」
うん、天使だった頃から俺と言う奴は周りをブンブンと振り回していたんだね!大人しくしてるのに不穏に思われるなんて相当だよ。でも、これでちょっと確認作業がしやすくなったかな。
「俺、人間になりたいって言ったっけ?」
天使から人間に転生したんだから、多分人間にして欲しいと俺から言ったんだと思う。誰に対してなのかは分からないけど、俺の傍にいただろうルシフェルなら知っている筈だ。もし誰かに人間になりたいと願い出た後なら、それを取り消さなければならない。
「まだ言いますか…怒りますよ」
言った後だったようだ。
「えっと…誰になんて言ったのか、ちょっと思い出せないんだ」
だから教えて☆
とか言おうとした瞬間、ルシフェルは思いっきりテーブルに両手を着き、バァン!と大袈裟な音をたてた。
「もう、二度と聞きたくありません」
なんか、相当物凄い事を言ってしまったようだ。それでも結局俺は人間になったんだから大した事ないのかも?
「人間になっても繰り返すだけだから撤回したいんだけど…俺、誰に言ったっけ?」
ポンポンと判子を押す作業に戻りながら言うと、軽い溜息が聞こえて、視線だけを向けてみると、心底ホッとしたような、そんな表情をしている。
「撤回も何も、俺は元々貴方を手にかける気なんてありませんよ」
そう言う事か!
え?そう言う事なの!?
ちょっと、俺悪趣味が過ぎるだろ!なに?慕ってくれてる人に「手にかけろ」だって?俺は本当にそんな強引に人間になったの?
待て待て!
確かルシファーは“奪う者”を倒しまくっていた罪の他に天使殺しの罪があるとか言ってたよな?それって、俺の事なんじゃ…。
「なんか、ごめんな?」
時間戻ってきて良かったよ!記憶リセットしてこなくて本当に良かったよ!
「いいえ、分かって頂けてなによりです。それより、なにを繰り返すのですか?」
人間になって“奪う者”になったら、ルシフェルはまた“黒き悪魔”になってしまう。そこで俺が蘇りになったら、折角の記憶も失って、本当に全部綺麗に全てを繰り返すだけになる。
皆を助けたいのに何も出来なくて、自分が嫌になって闇に落ちそうになるだけだ。
なんて、説明した所で分かってもらえないよね…時間を戻って来た事だって信じてもらえそうにない。だったら、サクッと誤魔化そう。
「不浄な魂」
この時代から不浄な魂は存在していたのだろうか?
「え?メカニズムが分かったのですか?」
あ、いるのか。しかもこの良い反応。この頃から天使は蘇りを嫌っていたんだな。
「全然」
本当は知ってるし、それを教えるって約束で時間を戻してもらったんだけど、まだ誰とも再会出来ていないうちに切り札を出す訳にはいかない。それに、恭治だけは蘇りになれて良かったと言ってるんだから、ここでメカニズムを言うのは早過ぎる。
「…少しでも期待した自分の首を絞めてやりたいです」
そこ自分の首で良いの!?
「あ、そうだ。ポチ達は?」
俺が無理を言って“奪う者”にさせる前だと良いんだけど…。
「ポチ?」
ん?ポチ達は元天使じゃないの?でもピヨはエンゼルンに名前を呼ばれて…あ、そうか、ポチ、ピヨ、ペペって名前は、人間になった後の俺が適当に付けた名前だっけ。
どうしよう、ポチとペペの本名が分からない!それとなく聞き出すしかないよね、なんなら自己紹介をしてもらうのは、ちょっと不自然かな?それとも「あだ名決めた」とか言ってポチ、ピヨ、ペペと呼び始めてみる?
それでいこう。
「サタナエル達に、ポチと、ピヨと、ペペってあだ名を考えたんだよ」
この時代でもあの3人は一緒にいるのかな?色々考える前に、状況把握からした方が良いのかも知れない。一応ポチ達の本名も知っておかないと…。
「変な名前を付けられなくて光栄ですよ」
変って言った!だったらルシフェルにもなにかあだ名を考えよう!でもスグに思いつかないから、
「ルシファーにする?」
と、提案してみた。
「遠慮しておきます」
そんな思いっきり笑顔で言わなくても良いじゃないか!それに、100年後にはそれが正式な名前になってたんだからな!黒い羽で“黒き悪魔”とか通り名があって、それはそれはもう恐ろしかった。
元々は、こんな真っ白で綺麗な羽だったんだな。
「ルシファー…ルシフェル」
俺に執着する理由は分からないけど、天使の未来の為に俺との繋がりは断ち切らなきゃならない。
もう二度と“黒き悪魔”とは呼びたくないから。
「なんですか?」
折角戻ってきたんだ、全員の願いを叶えるよ。
その中にはルシフェルを自由にしたいって俺の願いも含まれているからね。
「まぁ…なんでもないよ。資料どんどん持ってきて」




