時間
エドの服を持って、屋敷に戻った。
エドを助ける手段がある筈だって…思ったから。それに、皆の願いだって叶えなきゃならない。だから、屋敷に戻ってきた。
カフラに…いや、ラミアに会う為に。
「む?主1人か?」
広間に入ると、早速カフラが答え辛い事を尋ねてきた。そして無言なんだけど“茶はいらぬか?”と言う目配せ。
「エドってさ…いつも水だったでしょ?どうして…他のは飲まなかったんだろうね」
こんな事、本当なら本人に聞けば良いだけの、何気ない会話の筈なのに、どうして俺はそれすら知らないんだろう。
初めて出来た仲間で、誰よりも特別な存在だった筈なのに。
皆の為にと思いながら、結局俺は、俺の事だけしか考えていなかったんだ。
「コーヒーは苦いし、紅茶は甘いから結局喉が渇く。と、言っておったぞ」
そんな、ちゃんとした理由があったんだね。
紅茶は甘いって、砂糖抜きにすれば済むだけなのに…教えてあげたかったな。エドに直接聞きたかったな。それで、砂糖抜きのレモンティーを進めたかった。
「カフラ、ラミアに話があるんだ。呼び出してくれる?」
そう言ってスグに呼び出してくれたから、俺はラミアを連れて場所を移動しようと思ったのに、思いがけずラミアの方から場所移動の提案があった。
「キリクから闇の気配がする…何があったの?天使なのに闇に落ちそうだよ?」
空き部屋に入った所で、慌しく喋るラミア。
天使でも何でも闇の気配は出るのか。天使も闇に染まると魔界に落ちちゃうんだね。その後は?
「落ちたら、どうなるの?」
悪魔になるのだろうか?天使が落ちるから堕天使になる?いや、でも実際ルシファーは悪魔になっているけど、魔界には行っていない。
「私の囁き声を聞いちゃってるから、餌だよ。餌として落ちたら、食べられるだけだよ?」
囁き?なにそれ…。俺は知らない間にラミアにとっての餌だったのか?
あぁ、餌だっけ。カフラなんかガッツリと食べられて、アクアがいなくなった事を忘れてる位だ。
じゃあ、他の皆も知らないうちに食べられていた?にしてはカフラのように分かりやすく記憶を奪われている感じはない。
「ラミアは、人の生きた時間を食べてるんだよね?」
生きた時間を食べるから記憶が消えるんだよね?
「そうだよ。闇に染まっている部分なら食べられた方も幸せでしょ?だから気兼ねなく食べてるよ」
笑顔でそう言ったラミアは、確実に俺の記憶を消そうと近付いてくる。
本当に忘れる事が出来るのだろうか?
蘇って、1番最初に出来た仲間をこの手で昇天させた事を、本当に?
冗談じゃない。
助けたいのに、忘れてたまるか!
「記憶を失わせないで、時間だけを食べる事は出来る?」
掴まれた腕を強く払い部屋の窓際まで逃げながら、ラミアにして欲しい事を伝えた。
これが出来ないなら、他の方法を考えるしかない。
「キリクは闇に落ちそうなんだよ?記憶を失った方が良いに決まってる」
ラミアが慌てたように言って近付いて来るから、窓から外に出て宙に逃げた。それでも捕まえようとしているのか、窓から手を必死に伸ばしてくる。
俺の闇は少しの猶予も無いほど深くなっているのだろう。だけど、エドを昇天させた本人のクセによく恥ずかしげも無く闇に染まれるよ!自分が悪いくせに、何から逃げようとしてんだよ!
ここで落ちたら誰も助けられないし、誰の願いも叶えられないじゃないか!
「天使だった頃まで戻りたい」
胸の奥から全身に広がっていた焦りを一旦押さえ、深く、長く息を吐いて、出来るだけゆっくりとした口調を心がけて喋ると、不思議な事に本当に少しだけ心に余裕が出来たような気がした。
こんな方法で闇が押さえられるんだな……とは言っても一時的なものなんだろう。なら、落ちてしまう前に天使に戻らないと。
ちょっとだけ落ち着けた俺に変わり、今度はラミアが焦った声を上げる。
「ちょっと待って。私、時間を食べるけど、その人の生きた時間であって、時間を戻せる訳じゃないよ?」
大袈裟に手を振りながら後退りをしたラミアは、とんでもない力の持ち主であると勘違いされている事を全力で否定してきた。
でも、それは分かってる。
もし本当にそんな力があるのなら、アクアがエルナさんとして蘇る事もなかっただろうし、カフラが大事に思っている王様が暗殺されたまま時間が経っている事もなかった筈だ。
「俺が天使に戻れれば良いだけ」
天使だった頃の記憶を取り戻したい訳でも、ましてや今の記憶を消したい訳でもない。俺に必要なのは、天使だった頃の体。
こんな中途半端な姿では駄目なんだ。
「ちょっと、待って。探ってみるから…」
俺の願いを受け入れてくれたラミアは、窓の外を飛んでいる俺に向かって手をかざしてきた。だから多分探っている最中なのかな?だったら、もっと近付いた方が良いよね?いや、頼み事を引き受けてくれたんだから飛んだままってのは失礼だ。
「出来そう?」
部屋の中に戻って、ちゃんと降り立ってから声をかけると同時に“魔石”からポチ達が出てきた。
無言なのに、物凄い威圧感だよ。
「先に聞かせて頂戴。天使に戻りたいのなら聖水を飲めば良いだけなのよ?どうして悪魔の力を借りるのかしら」
腕を組むペペの隣では聖水の瓶を持ったピヨが立っていて、静かに俺に差し出して来るから、それを受け取って薄っすらと埃の積もったテーブルの上に置いた。
「リセットじゃあ意味がないんだ。俺のまま天使に戻らなきゃ、意味がないんだよ」
記憶が必要なんだ。確実に助ける為に、この記憶が絶対に不可欠なんだ。それに、それはきっと天使の為にだってなる筈…俺に出来る大きな事が1つ、あるから。
「またお前は何をする気だよ?」
俺が大人しく聖水を飲むと思っていたらしいポチも呆れ顔だ。でもさ、こんなにも長い間俺に付き合ってくれたでしょ?だから、もう少しだけ付き合って欲しい…多分、記憶が残るのは俺だけだと思うから、本当に少しの時間で良いんだ。それはきっと1日もないよ?
「悪いようにはしないから」
エドが昇天していると言うのに穏やかに笑う俺が不気味なのか、3人は顔を見合わせてコソコソと小声で緊急会議なんかをしている。
ラミアの答えによっては、その会議は無駄になると思うけど。
「分かったよ、凡そ100年分の時間かな…一気に取るよ?」
凡そ100年か、ガイコツンでも、キリクでもない天使の俺。
「うん。良いよ」
大きく頷いた瞬間、パンと何かが弾ける音がして俺の体は一瞬にしてガイコツに戻ったんだけど、また次の瞬間には元の姿に戻り、今度はグングンと身長が下がって。何も見えなくなった。
暗い時間が続く……。




