葉っぱ
サクリアのお店の2階。
薬草はまだこの辺りには生えていないから傷薬が作れない。だから解毒剤のみの品揃えで開店しているんだけど、やっぱりと言うか、当然と言うか、朝から1人もお客さんが来ない。
ピヨには樹海に行って薬草を摘んで来てくれるように頼んであるんだけど、樹海にしたって薬草が生えるのはもう少ししてからだ。
後ろにある棚にはこんなにも沢山葉っぱがあると言うのに、どれもこれもが毒消しやら毒草ばかり。
そんな棚の前には、3枚の葉っぱを手に唸っているエドがいる。
似たような葉っぱが3枚。そのうち2枚は毒消し草で、もう1枚は毒草。ただし、一般的に使われている毒草じゃないから、エドはきっと初めて見ると思う。
そんな似たような形、大きさ、色の葉っぱが3枚。
見分けてみてと言ってからかれこれ1時間が経つ。
難易度は低い方なんだけど…ここで分からないようじゃあ薬の調合は難しいかも知れない。
「どう?分かった?」
本当は分かるまで口出しはしないつもりだったんだけど、それじゃあいつまで経っても終わらない気がした。
「コレとコレの違いは分かんだけど、コレが良く分かんない」
エドが分からないと言ったのは唯一の毒草。コレと毒消しの見分けをつけてもらいたかったんだけど…。
「えっと、じゃあ、コレとコレの違いは?」
「こっちは裏側がザラザラしてて、こっちはザラザラしてない」
手触りですか!普通は起毛があるとか…棘があるとか…いや、間違ってないんだから良いんだけどね。
「コレは同じようにザラザラしてるし、色も似たような感じだし…」
と、口に含もうとした。
「それ毒草だから!」
えぇ?と大袈裟に驚いて葉っぱを手放すエドは、服の裾で両手をゴシゴシと拭いている。
床に落ちた毒草を拾い上げ、手で少し潰すと、何も言わないうちに顔を近付けて来るエドは、そのまま窓の方に走っていく。
「なにそれ、くっさ!」
本当は赤い斑点模様が、とか言った方が良かったんだろうけど、最大の違いはやっぱり臭い。3種類とも違った臭いがするんだ。
毒草はこの通りカビたような強烈な悪臭がする。毒消し草の1つは青々とした草って感じの青臭い感じで、もう1つは少し柑橘系の匂いがする。
「この毒草にだけは気を付けてねって話。じゃあ次行くよ」
と、再び3種類の葉っぱをエドの前に置く。
この3つは全てが毒消し草で、匂いまで似たような感じ、大きさも、色もほぼ同じ。ようするに、全部が同じ葉。
葉っぱを前に唸り続けるエド。
なにをどう見たって3枚に違う箇所なんかない。それなのに別の種類だと言う先入観から違いを探そうとしている。
後1時間待って、それでも答えが出なければエドに“何ちゃって万能薬”を教えるのは諦めよう。
使う草を確実に見極められなきゃ駄目なんだ。見極められても、更に細かい調整が必要なんだ。
自分の感覚を信じなきゃならない。無駄な先入観があったら…本当の万能薬の調合なんて無理だ。
まだ傷薬しか調合した事がないエドに、いきなりこんなのは難しいと思う。
やっぱり、難しいよね…。
薬師だった両親でさえ辿り着けなかった所に、いきなり立たせようとしてるんだから、無理がある。
だけど、俺はエドに万能薬を完成させて欲しいって願ってしまった。
とんでもなく迷惑な話だよね、夢を継がせようって言うんだから…だけど、エドは言ったよね?“奪う者”にはなりたくなかった、って。自分には何もないって。
だったら、俺の夢を……。
止めた。
こんなの俺が嬉しいだけだ。エドの気持ちなんか少しだって考えてないじゃないか。こんな葉っぱを前に朝からウンウン唸らせてさ、可愛そうだよ…監禁罪で訴えられたら完全に有罪になっちゃうよ。
出来るだけ笑顔で近付いて、エドの前に置いていた3枚の葉っぱを拾い上げた所で思い出した。さっき毒草を触った手を服の裾で拭いてたから、服を洗濯しなきゃ。
「服脱いで。毒が付いてるかも知れないから洗濯しとくね」
ゆっくりと俺を見上げてくるエド。
相当退屈だったんだろうな…人の命が懸かっている薬草の見極め中にボンヤリしちゃってるんだもん。本当にむいてないんだ。
「え?終わり?」
うん、終わり。お疲れ、もう帰って好きな事してて良いよ?
お客さんも来ないし、俺も洗濯が終わったら屋敷に帰ろっと。
「はい、バンザイ」
素直にバンザイしたエドの服を、裾からクルクルと巻くようにして脱がせていく。念のため髪の毛とか、お腹にも付いていないか臭いチェックして、特に問題がなかったから綺麗に手を洗ってから着替えを手渡した。
「え?本当に終わり?」
ん?他にも何か触っちゃった?
「床とか窓枠位でしょ?」
帰る前に1回拭き掃除した方が良いかな。
俺には特に問題ないけど、お客さんが触っちゃったらきっと大変な事になる…まぁ、しばらくの間はお客さん来ないんだろうけどさ。
「つか、キリク相当疲れてんじゃねぇ?」
俺が?どうして?
龍の薬の効果がまだ続いているのか分からないけど、全く疲れてないよ?寧ろかなり調子が良い。それに、疲れてボンヤリしてるのはエドの方じゃないか。
「俺は大丈夫だよ?エドこそ大丈夫?」
もしかしてあの毒草、俺が思っている以上の毒素があったのかな?けどあれはまだ猛毒の分類じゃないし、飲んでも吐き気とか下痢とかその辺りなんだけどな…。
「あのさ…さっきの葉っぱ、全部同じだったぞ?」
え…。
ちょっと!どうして今になって正解を言うの!?え?これ、エドに伝授した方が良いの?いや、エドの気持ちを先に聞かないとね!
「あ、うん。同じで正解だから…えっと。エドは…エドの夢って、なに?」
は?と怪訝そうに顔を歪めたエドは、卑屈そうな笑みを浮かべるとなにか勝手に1人で納得したみたいに頷いて黙ってしまった。
少し、2人して沈黙の時間を過ごしていると、俺から視線を外したエドは、
「前にも言っただろ…聖水寄越せって…飲んでやるから」
と、自分の腕を強く掴んだ。
今は服を着てないから、指先が腕に食い込んで…なのにエドは痛みを感じていないように更に指を腕に食い込ませている。
「万能薬って、聞いた事ない?」
ここでまた反論すると言い合いになって、折角仲直り出来たのにまた喧嘩って事になっちゃうから、少し話を進めてみた。
エドも喧嘩になるだろうと思っていたんだろう、俺の質問にビックリしたような表情をしている。指先も腕から離れてるし、良かったよ。
「……名前位なら…」
その場に座り込んだエドは、膝を抱えている。
この座り方をされると…ちょっとキツイ。だってさ、悲しい事とか、嫌な事があった時の座り方だよね?友がいなくなって心細い思いをしているのに、更に悲しくさせてしまったんだって思い知ってしまうから……。
だったら、元気付けなきゃならないのに、その方法が分からない。分からないから、万能薬の説明を続ける事しか出来ない。
「幻の薬として有名だよね。でね、毒と麻痺を同時に治せる薬があったら、それは“なんちゃって万能薬”って呼んでも良いと思わない?」
そして俺はその調合を知っていて、エドに教えようと……
「なんちゃって?名前もっとないのかよ」
先に気になったのは名前ですか!?
だって、毒と麻痺が同時に治せる薬、だよ?俺が蘇るまでに結構な年月があった筈なのに、未だにそんな薬が開発されていないような複雑な調合だよ?なのに、先に名前なの!?
「ど…毒と麻痺が同時にナオール?」
薬の名前でどんな効果があるのかって分かった方が良いだろうし“なんちゃって万能薬”よりも良い名前かも知れな……
「まんまだし!長いし!」
却下ですか。確かに長いけど他に良い名前がある?毒と麻痺が同時に…万能薬の子供みたいな薬だから…。
「じゃあ…万能薬未満…」
これはどんな効能か分かりにくい上に胡散臭い。そして何より格好良くない。嫌だもん、将来“なんちゃって万能薬”が万能薬未満としてお店に並んでいるなんて。
これでも、結構必死になって編み出した調合だもん…何回も何回も毒を飲んでは試し飲みして、それでやっと辿り着いた調合だもん。
「解毒剤プラスアルファーとかで良いじゃん」
エドさん?それはそれで長いし、麻痺が治せるって説明はバッサリとカット!?だけど、1番薬らしい名前。
俺の薬の名付け親なんだから、しっかりと調合方法、覚えてもらうよ?良いよね?だってエドは聖水を飲むつもりだったんでしょ?それってつまり、将来の事は未定って事だもんね。
「言い争っているように感じたんだけど…違うみたいだね。なんか、ゴメンね」
入り口の方から声がして、振り返ってみるとサクリアが立っていた。どうやら俺達の声は1階にまで響いてしまっていたようだ。
にしても、どうして謝ったんだろう?声が響いていたのなら謝るのは俺達の方なのに…どうしてそんなイソイソと出て行こうとして……あっ!
かなり至近距離で喋っていた俺達。エドは上半身裸で、俺は傷付いたエドの腕を握っている。この構図は……なんとハレンチな!
「ち、違うよ?服は毒が付いちゃったから脱がせただけで……ね、エド!」
「焦ったら余計怪しいだろが!」
あぁっそうか!
本当に違うからね?
サクリア、そんなに笑わないでよ!




