龍の抜け殻
首用のコルセットを付けてもらって、来ていたと言う依頼について行こうと朝からエドの後ろを着いて回ってるんだけど、出かける様子がない。
夜に行くのかな?にしたって何の準備もしていないように見えるのはどうしてだ?
ちょっと難しそうな依頼って言ってたよね?準備しなきゃ駄目…だよね?
薬屋さんに行っても傷薬は品切れ状態が続いてるんだけど、他に…武器の手入れとかさ、あるでしょ?
まさか、依頼自体を忘れてる?
何気なく聞き出してみるしかない!
「えっと、エド」
飛んで数cmだけ浮いていた足を床に付け、首に負担がかからないようにゆっくりエドの視界に入るようにしゃがみ込むと、眼帯をしている顔が不思議そうに少し傾いた。
「なに?」
声の感じからして機嫌は悪くなさそうだし、特別緊張している感じもなくて普通だ。だけど眼帯をしているって事は外出予定があるって事…なんだよね?
「今から行くの?」
もっと遠回しに聞こうと思ってたのに、かなり直接的になってしまった。
「何処に?」
何処にって…え?依頼の事、本当に忘れてるの?
「ちょっと難しそうな依頼があるって言ってたじゃないか」
昨日の話だよ?
エドは、あぁ。とか言いながらソファーに寝転がると、
「もう終わった」
と。
朝から一緒にいたのに終わったって事は、夜の間に?
「俺も行きたいって言ったのに」
出る前に声かけてくれても良いじゃないか。依頼内容も結局教えてくれなかったしさ!
「首そんなんで連れてける訳ないだろ?大人しく寝て、さっさと治せ」
昇天しないし、俺自身が痛くないんだから別にそんな心配してもらわなくても良いよ!後少ししか一緒にいられないんだよ?それなのに離れて過ごしてる時間があるなんてもったいないじゃないか!
「そうでござるよ!」
うわぁ!ビックリした…。
「うぬ、エドもたまには良い事を言う」
今の今まで俺達の様子を黙って見ていた恭治とカフラが、揃って声を出した。
それにしたってカフラ…たまにはって。それに大きく頷きそうになっちゃったよ。
エドがいつも可笑しな事を言うって事じゃなくて、ホラ、エドってたまに物凄く口が悪くなるからさ。恐ろしい暴言を吐くってよりも、言葉の選択が悪過ぎると言うのか…。
なんにせよ、コルセットをしているお陰で首が動かなくて良かった。
「まぁ、町からは出てないから」
ん?見張りの依頼だったのかな?でも見張りなんてコレまでにも何度もしてるし、そんな難しいって事ないよね…友がいなくなったからとは言っても、エドは余程の事がない限りは友を呼び出さずに自分1人で戦ってたし…。
いや、それよりも、たまにはって言葉に対しての突っ込みは入れなくて良いのかな?もしかして気が付いてないとか?
だとしたら、そっとしておこう…。
「首は気合で治してみせるから、次からちゃんと誘ってね!」
依頼を終わらせたんなら午後は少しくらい自由行動にしよう。離れている時間はもったいないけど、それも全ては首を治す為。首が治ったら、ちゃんと依頼にも連れて行ってもらえる。だから、少し時期的には早いんだけど、薬草探しに…。
「気合でどうにかなるものだったんでござるか!?」
恭治……。気合を入れてどうにかなるのは骨だけだから!まぁ、骨だけでも充分超人的なんだろうけどさ。あ、でもそれなら背中に羽ってのはもっと可笑しな現象だよね。
そうか、恭治は天使だから怪我も気合でどうにかなるって思ってるのか。
天使をどんな生き物だと思ってるんだろう…。
「そんな訳あるまい。粗方薬草を見付けて傷薬を作るつもりであろう。行かせぬぞ?」
カフラ大正解!正解した序に行かせてくれたらもっと有難かったのになぁ。
ここで「行く」と言ったら包帯でグルグル巻きにされそうだし、一旦話題を変えた方が良いかな。
部屋に戻る振りして、窓から薬草探しに行こう。
「はぁ?大人しくしてろって言ってんだけど。怒られたいの?」
お茶を濁そうとした俺の横には、ユラリと怒りに燃えるエドの気配。
寝転んでいた姿勢を改め、眼帯を徐に外したエドから伸びてくる眼球は、目を逸らしても逸らしても視界に入ってくる。
これはマズイぞ…何とかして誤魔化さないと本当に怒られてしまう!
「一緒にいたいってのが、そんなに悪い事!?」
誤魔化しの言葉なんか頭に浮かんで来ず、俺はそのまま本音をぶつけた。
分かってるんだ、怪我が治らないと駄目だって事も、大人しくしていて欲しいって皆の気持ちも。だけど、寝ている時間ももったいないんだよ。それほど俺に残った時間は少ないんだ。
エルナさんが蘇ったら聖水を飲む…それが俺の未来だよ。
「首怪我してるからな!?しかも痛覚ないってドンだけなんだよってレベルの怪我だからな!?」
やっぱり、怒っちゃった。
「拙者も、全力をもって阻止いたす」
皆ありがとう、心配してくれて。本当にありがとう、怒ってくれて。
だけど、俺にも引けない理由がある!
包帯を手にじりじりと間合いを詰めて来るカフラと、出口の前に立つ恭治、そしてエドは俺の手を掴んでいる。
この状態で薬草を探しに行くにはどうすれば良いだろう?
一旦大人しくして諦めた振りをしたら、エドは手を離してくれるだろうし、恭治も夕食の買い物に出かけて行くだろう。けど、カフラからの包帯グルグル巻き拘束は確実に受ける事になる筈だ。
だけどエドの手を振り払うには今の俺にはちょっと難しい。出来たとしても反動でまた首が転がって…あ、それで良いかも知れない。
大袈裟に振り払って、首を恭治の足元に転がっていくようにしたら、恭治は出口から離れて首を拾おうとするだろう。そこでエドの手を離れた体で恭治よりも先に首を拾って出口へ一直線!いや、しかし恭治の素早さは異常だしなぁ…しかもそれじゃあカフラがどんな行動に出るかによって結果もかなり変わってしまう。
考え直そう。
えっと…んっと……。
「こんにちは~」
何も思い付かず、シンと静かな広間に、ゴンゴンと言うノック音と共に聞こえてきた明るい声。出口の前に立っていた恭治が回れ右してドアを開けると、小さくピョンとジャンプして広間に入って来た1人の女性。
「アンさん、こんにちは」
エドに掴まれていない方の手を上げて挨拶すると、カフラは構えていた包帯を腕に巻き直し、突然現れたアンさん用のお茶をいれに台所に向かった。
「キリクン、約束通り。お土産だよ」
ニコニコしているアンさんは、手に持っていた小さな袋を2、3回軽く振って見せると、どうぞ、と椅子に促す恭治に首を振った。
どうやらゆっくりして行くつもりはないようだ。
ドラゴンを町に入れる訳にはいかないから、まだ小さなジョウを岩場か何処かで留守番させているのだろう。ジョウは翼のない種類のドラゴンだから冒険者に狩られやすい。早く戻りたい気持ちは良く分かる。
「ありがとう!早速使わせてもらうね!あ、じゃなくて…おいくら?」
エドは手を離してくれないので、エドを引きずってアンさんの所に向かい、差し出された袋を受け取って、後ろポケットに入れていた財布を取り出したんだけど、財布を開けようとしてアンさんにソッと止められた。
顔を上げてみると、相変わらずのニコニコ顔だ。
「ジョウを紹介してくれたお礼だよ。次からお金とるけどね♪ホラ、辛いでしょ?早く煎じて飲んじゃって」
それじゃあね!と手を振ったアンさんは、カフラが広間に戻って来ないうちに行ってしまった。
風のように去ってしまった訪問者に、恭治もあっけに取られている様子、今なら薬草を探しに外に出るのも容易いんだろうけど、その必要がなくなっちゃったよ。
傷薬よりも強力な回復材、龍の抜け殻が手に入ったのだから。
袋に中には2cm四方の小さな抜け殻が入っている。普通に買えばコレだけでも相当の値段がする筈だ。
「煎じるだけで良いのか?」
目を伸ばして色んな角度から龍の抜け殻を見ているエドは、自分の息で龍の抜け殻を飛ばさないように口元を手で隠し、小声で尋ねてきた。
そんな注意をしなくても、結構な重量感だから大丈夫なのに…いやいや、高級素材だから注意していた方が良いよね。
それにしても、煎じるだけで良いのか?ってどうしたんだろ。もしかしたら薬の調合に興味があるのかな?だったら龍の薬は初心者にはとても作りやすい薬だし、エドにやってもらおう。
うん、もしかしたらこれからの事を前向きに考えてくれるかも知れないもん。
「20分水につけて、5分程加熱するだけだよ」
後は漉したりするんだけど、それは飲みやすさを考えての事だから、効能としては漉しても漉さなくても変わりない。いや、むしろカスが残っている方が多少効果が大きいんだから、そのまま方が良いのかも知れない。
まぁ、龍の薬自体の回復量が大きいから、カスの有無の違いなんてあるかないか分からない程僅かな差しかないんだけどね。
「俺がやってくるから、座って待ってて」
直接触らないように袋ごと龍の抜け殻を持って台所に入っていくエドの後姿を見て、俺は決意を固めた。
エドに薬の知識を教えようって。今は俺の頭の中にしかない“なんちゃって万能薬”の調合方法をエドに教えようって。
首が治ったら、忙しくなるね。




