抱いた夢
俺は何を怖がっているんだろう。
怖がる必要なんかないじゃないか。
だって見付けたんだもん。毒と麻痺を同時に治療出来る薬の、改良を重ねていけば万能薬と言ったって過言じゃない薬の調合方法を。
「来い!」
思い切り腕を掴まれて強引に連れ戻された家の中には母さんもいて、嫌な物を見るような目で俺を見下ろしてた。
「父さん、母さん聞いて!毒と麻痺同時に…」
治療出来る薬を作ったよ、そう言おうとしたのに最後まで発音出来なかった。変わりに店の中に響いたのは嗽をするような音だった。
口の中に広がる苦味とピリピリとした感じは、今まで散々味わってきた井戸水の味。
俺が薬を入れてから汲みに行ったのではないから…少しも毒が薄まっていない状態の毒水を、両親は俺の口の中に流し込んできている。
息が苦しくなって、徐々に麻痺していく体。薬が作れるんだって伝えようにも呂律が回らないし、喋ろうとしたって息苦しくてそんな余裕もない。
こんな毒を町の皆は飲まされていたんだね…こんな毒状態にされて、両親の作る万能薬の試作品を飲まされてるんだね。
だけど万能薬が完成したら、皆助かるよ?
あぁそっか、皆が幸せになる薬ってこう言う意味だったんだ…町の皆は、幸せになる人の踏み台にされたんだ。
「うぐっ…ヒッ、ヒッ…」
呼吸の合間に変に空気が漏れ始めると、それに合わせで体が痙攣を起こす。これは多分ショック症状になっているんだと思う。
薬を飲まなきゃ、大変な事になる。
ねぇ、父さん…試作品でもなんでも良いよ?どうしてなんの薬もくれないの?どうして見てるだけなの?母さん、どうして…薬だよ?その大きな鞄はなにに使うの?
「早く開けろ」
俺を抱き上げた父さんは、鞄の中に無理矢理押し込んだ、
鞄に詰め込まれ、余り動かない手を必死にポケットに伸ばし、井戸に入れようとしていた薬を1粒口に入れた。だけど飲み込む力も出なくて、ただアメを舐めるように口に含み、そのまま意識が遠くなった。
ガタン、ゴトン、そんな振動に目を覚ますと息苦しさは大分と治まっていて、口に含んでいる薬がドエライ味だと言う事を感じられるまでには麻痺も治まっていた。
口に含んでいるだけでショック症状から抜け出せたと言うんだから、服用する時はもう少し効果を薄くした方が良いのかな?それとも1回の使用量を調節した方が良い?なんにしたって味がコレなんだから、小さな子にはシロップにして、甘い飲み薬にした方が良いかな?
ガタンッ!
激しく鞄が揺れて、ポケットに入れていた3つの石が飛び出した。
微かに青く光るこの不思議な石は“魔石”と言う物らしく、光っている“魔石”の中には魔物が入っているらしい。
ポチと、ピヨと、ペペ。
まだ見た事もない3人に俺が勝手に付けた名前。
そんな石のうち、ピヨが入っている“魔石”が鞄の、少しだけ開いていた隙間を目指して跳ね、出て行ってしまった。
後で拾いに戻って来れたら良いんだけど。
振動がなくなる頃には呼吸も楽になり、まだ少し痺れているものの、ちゃんと手が動くようになっていた。そうなると今のこの状況について考えられるだけの余裕が生まれ、聞こえて来る音と、今まで続いた振動、そしてこの冷たい空気から、ここは雪山で、鞄ごと連れて来られたとの考えに辿り着いた。
なんの為に?
普通ならショック状態に陥った人を鞄には詰め込まないし、冷え込む雪山に運ぶ事だってしない。なのに、何故?
父さんの考えが分からず、とりあえず鞄から出てみようとファスナーを開け始めると、鞄を両手で持ち上げている父さんの腕が目に入った。
「と、ぅさ…」
痺れは取れたものの、喉のダメージが酷いのか、声は掠れて出なくなっている。
鞄の中から見えるのは1回、2回と大きく鞄を振り上げる父さんの腕、それが不意に父さんの姿になり、急速に小さくなって、後に見えるのは上に流れる岩肌、岩肌、岩肌。
宙に放り出されて落下する感覚は、まだ完全に回復した訳ではない俺にとっては耐え難い衝撃になり、何かが喉を上ってきて…抗う事無く狭い鞄の中にぶちまけた。
捨てられたんだ。
ゴミのように。
捨てられた。
「大丈夫か?って…悲惨だな」
ジィーっと、ファスナーが開いた。
「私達は大丈夫よ」
「グッジョブ!」
誰?何?魔物?
あぁ“魔石”の中からポチ達が出てきたんだね。
俺を食べるつもりなんだろうけど、大丈夫なんだろうか?こんな薬漬けにされて、ショック症状にまでなって、今もまだ立ち上がれもしないこんなゴミを食べたら、きっと毒がうつってしまうだろう。
「少し休憩したら移動しますが、大丈夫ですか?」
羽のある魔物が心配そうに覗き込んでくると、他の2人も俺に注目してきた。
どこに移動するつもりなのだろう?巣穴?どこでも良い…なんだって良いよ。
こうして2日かけて連れて来られたのは、見た事もないほど大きな町だった。
「え…?」
食べるつもりなんだよね?なのにどうして町?
「お願いだから、あんな扱いを受けた町に戻りたいなんて言わないで頂戴ね」
ペペと名付けていた“魔石”から魔物が出てきて言うと、ポチの“魔石”から魔物が出てきて、
「言った所で帰さねーけどな」
と笑った。
「この町に引越しが決定していますから」
ピヨまで一体なにを言ってるんだろう。
食べないの?生きて良いの?
一緒にいてくれるの?
万能薬の完成を夢見て良いの?
3人はそれ以上は何も言わず、ただ優しい笑顔を俺に向けてくれていた。
薬屋で修行をさせてもらいながら万能薬の素材集めをする。そんな日々を過ごしていたある日の事。
薬草を積みに出ようと思っていたのに、恐ろしいまでの寝坊をしてしまった。
いつもなら「早く起きなさい」って怒りながら起こしてくるポチ達は、窓際に立って静かに外の様子を見ている。
何かあったのかな?と耳を済ませると、なにやら騒がしい。
「おはよー」
そう窓際に立つ3人に声をかけるが返事はなく、ただ外ばかりを気にしている。流石に気になって俺も外を眺めて納得、天使が飛んでいて、
「キリク」
と、酷く優しげな声で俺の名前を呼んでいたんだ。




