エンゼルン
その者が俺達の所にやって来たのは夕食後の事だった。
突然来たその者は背中に翼が生えていて、でもハクシャクンのみたいにコウモリの翼っぽいのじゃなくて、本当に鳥みたいな翼だった。
手には可愛らしい容姿とは全く似合わない大きな鎌。
「貴方達を昇天させに来ました」
フフフと笑った後の台詞がコレ。
優雅な振る舞いと優しげな笑みに、あ~そうですか~。なんて聞き流しそうになった訳なんだけど、えっと、なんだって?昇天とか言った?昇天って事はつまり成仏させるって事で…駄目だよ!自分がどうして蘇ったのかも分かってないのにソレは駄目だよ!
「って訳で取り敢えずコレ飲んで下さい。中身は聖なる水です。飲めばすぐに昇天します。痛みはありませんから」
ニコニコしたまま淡々と説明を済ませたその者は、小瓶に入った聖なる水とやらを人数分丁寧に1個ずつテーブルに置いた。
「その鎌は飾り物?」
平和的解決を願っていた俺の意思に反してハクシャクンはこの者と同じ位優雅に、でも挑発的に笑って見せていた。
「あぁ、コレは肉体のない魂だけの存在に対して使う物。でも貴方達には肉体があるからコレは使えないの。だから聖なる水、飲んで下さいね」
あぁ、駄目だ、ハクシャクンとこの者のあまりもの優雅さに光って見えて来た。
それにしても、何でこんな話をそんな優雅に進められるんだよ2人共!特にハクシャクン、昇天させられるかもしれないってのに。
アレ?でも肉体があるから鎌は使えないって言った?って事は、自分から進んでコレを飲まない限りは大丈夫なんじゃん。なぁーんだ、心配してソンしたよ。
「何故俺達のような者をわざわざ昇天させに?」
大丈夫だと分かった後でも、やっぱりこんな雰囲気に溶け込めない俺達を他所にハクシャクンは腕を組みつつ笑顔も忘れずに聞いていた。
「私は迷える者を導く天使。貴方達のような不浄な輩がいると魔物達が興奮するでしょ?襲われるのは弱い人間達なの。そうするとまた不浄な魂が浮遊する事になるわ。悪循環、分かるでしょ?」
フンフンと話を聞いていたハクシャクンは、フゥと溜息をつくと、聖なる水が入っている小瓶を手にして立ち上がった。
「待つでござる!まさか飲む気じゃ…」
オチムシャンの言葉に首を竦めて見せるハクシャクンは、次の瞬間天使に向かって瓶を投げ付けていた。それも、思いっきり。
「そっちの都合だけで俺達を消そうなんてもう2度と考えない事だね。OK?」
今まで優雅にしていた分、その変貌振りには俺だってビックリしたんだけど、天使はそれ以上に驚いたらしく後退っている。その隙を狙ったようにフラケシュンが天使を出口の所にまで追いやり、ミイランが体の包帯を鞭のようにして攻撃し、ゾンビンはその様子を一杯一杯目を伸ばして見ていた。
「また…来ますから。その時までに覚悟を決めておいてくださいね」
そんな捨て台詞を残した天使は、翼を大きく動かして飛び上がると、結構なスピードで飛んでいった。
「何度来たって真相が分かるまでは飲まないよ~だ」
追い帰すのに全然役に立てなかったので、ドンドン小さくなっていく後ろ姿に取り敢えず捨て台詞返しをお見舞いしておいた。
「真相が分かった後なら飲むのか?」
なんとなくスッとした俺にゾンビンが尋ねて来た。何処となく寂しそうにも見えるその表情なんだけど、右目だけは一仕事終えた後の余韻に浸りつつ楽しそうに話しているハクシャクン達の方を向いていた。
でも…まぁ、そろそろ行っても良いかな?とは思ってたんだ。何処にかって?勿論あの山にさ。目的はあの化け物…オチムシャンを殺したあの化け物を倒しに。
この前ちょっと勇気を出して“魔石”から1体だけ友を呼び出してあの化け物の事を聞いたんだ。そしたら、俺はやっぱりあの化け物に挑んでいた。でも、負けたんじゃなくて“魔石”に封じるまでに至ったらしい。
俺って死んでたから、つまり、相打ちになったんだ。
俺が命を欠けて“魔石”に封じた化け物。でも誰かが、あるいは自分で開封した…。その後は各地で“奪う者”と戦い勝利を収めているんだろう。
ここにいる皆は化け物に殺されたと考えて間違いない。でも…何故蘇ったのかは大きな謎として残っている。
「ガイコツンって!俺の質問に答えろよ」
地団太を踏みながら如何にも不満そうなゾンビンが目の前にいた。
右目も遥か向こうから俺を凝視している。その様子に皆の注目も俺に集まっていた。
「皆は知ってる?俺達が誰に負けたのか…」
蘇った“奪う者”に生前の記憶がないと言うのは基礎知識として記憶している皆にとって、俺のこの質問は不可解だったんだろう、ゾンビンなんか首を傾げたまま考え込んでしまっている。そんな中で察しが付いたらしいオチムシャンが手を上げてから発言した。
「もしや皆も拙者と同じ化け物に。でござるか?」
と。
俺はその質問に頷くと、化け物を知らないハクシャクンやフラケシュン、ミイランに判り易く“巨大な力を持った化け物”だと説明した。
「拙者を殺した相手と言うなら御供するでござるよ」
「我は確かめたい、その化け物とやらが“黒き悪魔”なのか否か」
俺の前に出てきたのはオチムシャンとミイランで、宣言するなり旅立ちの準備の為に部屋に戻っていった。
「どうやって死んだのか、そして何故蘇ったのか…それがガイコツンの求める真相か。で、ゾンビンの質問の答え、聞かせてくれる?」
改めてソファーに座り直したハクシャクンは笑顔のままで、明確な俺の答えがないなら手伝わない、そう言われてるようだ。
「それは…俺が化け物を倒して無事に戻ってから答えるって事で良い?」
本当はちょっと自信ないんだ。いや、言ってしまえば勝てないと思う。でもまた相打ちには出来るかなって。
前は俺1人だったから、折角封印した化け物が野放しになっちゃったんだ。でも、皆で行けば俺が動けなくなった後の事が頼める。
今度はちゃんと商人に頼んで魔力を出してもらうんだ。でなきゃ何年か後にまた復活するだろうしね。
「俺も行くよ?自分を殺した相手を前に何もしないとでも?よし、暫くお店は休業だ」
パンと手を叩いたハクシャクンはいそいそと準備を整え、そうするうちにオチムシャンとミイランが友の“魔石”を持ってやって来た。だからその場でズット佇んでいたフラケシュンの方を見ると、フラケシュンはポケットの中に入れていた友の“魔石”を得意げに見せてくれた。
「ガイコツン、俺は化け物倒して戻って来ても昇天する気なんかないかんな!」
本当はあの化け物には二度と会いたくもないくせにそう言って強がって見せたゾンビンがオーと突き上げた拳は、微かに震えていた。
そりゃそーだ。あんな化け物、俺だって生前に相打ちになったって事実を知らなきゃ会いたくもなかったんだから。
全員が集まってイザ出発しようと扉を開けると、丁度そこに飛んで現れた天使が俺達の出鼻をかなり激しく挫いた。
「全員分の聖なる水を汲むのに少々手間取りましたけど、揃えましたから。今度こそ飲んでくださいね」
フフフと笑顔の天使は、バスケットに入った人数分の聖なる水をバスケットごと差し出して来た。
そんな天使に歩み寄ったのは意外にもフラケシュンで、1個の聖なる水を手に取るとそれを眺めながら、
「黒き悪魔という者を知っているか?」
と、尋ねていた。
「まぁ…あの天使族の面汚しの事?忘れようとしても忘れられない忌々しい悪魔!アレが堕ちて手当たり次第に“奪う者”を殺すから貴方達みたいなのが現れてしまったのよ」
それまで優雅に笑っていた筈のエンジェルが酷い剣幕で怒鳴るから、俺は思わず大事な言葉を聞き逃しそうになった位。
この天使は全ての答えを知っているようだ。俺達が誰に殺されたのか。それはあの化け物だってのはもう分かってたんだけど、その化け物の素性について。そして、何故蘇ったのか、その理由までも。
「俺達が何故蘇ったのか分かる?」
俺は内心ドキドキしながら質問していた。
残る謎はそれだけ、それさえ分かればもう…思い残す事なんか本当に何もない。
「そんなメカニズムが分かっていたら、元々貴方達が蘇る事もなかったわよ!」
俺をキッと睨んだ天使は、声高らかに怒鳴った。
確かに…まぁ…ごもっともな話しで。
でも、これでハッキリした。俺の知りたい事を知っている可能性がある者があの化け物だけだって事。聞いて答えてくれるとは考えにくいんだけど、知りたいんだから聞くしかない。
「じゃあさ、今“黒き悪魔”が何処にいるか分かる?」
「貴方達…復讐でもしに行く気?」
天使の言葉に皆が一斉に頷く。
何か一丸となってるって感じで心地良い。ってか格好良いじゃん!1人ずつだと負けてしまったケド、全員で力を合わせれば勝てるような気さえしてくる。
なのに、天使は暫くの沈黙の後大笑いを始めた。
天使曰く、勝てる訳がないらしい。
天使族の中でも上位ランクだった“黒き悪魔”に、俺達のような死に損ないが何人束になってかかろうが無駄なんだって。
そこまでボロクソに言われ、流石にイラッとした俺は天使の目の前まで行くと、耳元で大きく、
「エンゼルンのアホ!マヌケ!性格ブス!!」
と、叫んでやった。するとそれを真似たゾンビンが、
「エンゼルンのアホ~ゥ。ドブス」
と、右目だけを近付けて言った。
「なっ!待ちなさい、私の名前は天使だって言ったでしょ!」
「エンゼルンとやら、拙者らはどうしても奴を倒さねばならぬ理由がある。居場所を知っているのなら教えては下さらぬか?」
「我は気が短い、さっさと答えよ!エンゼルン」
「諦めろ、俺もこうやってあだ名を決められた1人だ。エンゼルン」
「なっ!冗談じゃない!何で貴方達にあだ名なんて決められなきゃならないのよ!」
「五月蝿い、お前はエンゼルンだと記憶した。さぁ“黒き悪魔”の居場所を言え!」
収集のつかなくなったこんな会話を終わらせたのは、やっぱりと言うかハクシャクンで、大きくパンと手を叩いて俺達の注目を集めた。
一気に静かになった屋敷の中、ハクシャクンは大きな溜息を吐くと、
「あんたはエンゼルンだ。OK?で“黒き悪魔”は何処だって?」
と、珍しく機嫌悪そうに言った。それに対してエンゼルンは、まだあだ名の事で文句でもあったらしく、少々スネた風に口を尖らせてから、
「ここから北に行くと樹海があって、その奥にある山の頂上」
と早口で、しかも小声で言った。
うん、その場所は良く知ってる。俺が蘇った樹海の奥、オチムシャンが殺された場所だ。やっぱりあそこが住処になっていたのか。
「その場所なら分かる、皆行こう!」
足止めを食らっていた俺達はそう言って歩き出そうとしたんだけど、俺達の前に立ちはだかるようにして両手を広げたエンゼルンによって邪魔された。
「もし貴方達が“黒き悪魔”を倒せたら昇天させるって話、考え直してあげても良いわよ?」
さっきとは別人のように優しげな笑みを湛えているエンゼルンはそう言い、俺達の返事も聞かないままにバスケットを小脇に抱えて飛び去ってしまった。
えっと、今昇天の話を考え直すって言った?じゃぁ俺達死ななくても良いの?あ、勿論“黒き悪魔”を倒せたらの話だけど…。
でもさ、倒せた後どうしよう?このままハクシャクンの屋敷に居候するってのも気が引けるし、樹海に戻って細々と暮らすってのもアリかなぁ?俺、樹海じゃ道に迷わないし、道に迷った人を案内するって仕事でも…あ、駄目か。迷った樹海で出会ったガイコツって、それもう魔物にしか見えないよ。案内したいのに全速力で逃げられて、余計に道に迷わせる事になったら逆効果も良い所だ。
「…」
肉体のある皆が…ちょっと羨ましいな。
確かにゾンビンは半分腐りかけだし、ミイランは包帯だらけだし、フラケシュンは彼方此方継ぎ接ぎだらけだし、オチムシャンは首の所に継ぎ接ぎがあって頭に矢が刺さってるけど、顔の原型がちゃんとある。でも俺は骸骨でさ、しかも死後どれだけ経ってるのかなんてまったく分からないし…何をどう変装しようが俺は全身が骨で…人間からしたら立派な魔物だ…。
ちょっと物思いに耽っていた俺は、ハクシャクンの手を叩く音で我に帰った。皆もそんな感じでハクシャクンに注目してる。
「皆、エンゼルンは考え直すって言っただけ、正式に昇天を諦めた訳じゃないから、覚悟はしておいた方が良いよ?OK?」
首を竦めながらそう言ったハクシャクンは、呆気にとられてしまった俺達を他所に北に向けて歩き始めていた。
確かにハクシャクンの言う通りだ。考え直すって言っただけだから、また昇天させる事にしました。とか言われて聖なる水飲まされるんだ。でも、そんな事“黒き悪魔”を倒した後でいくらでも考えよう。
って事で“黒き悪魔”討伐に山へ突撃中!