天使
目的の町まで後少し。だから一気に行ってしまいたかったんだけど、3日に及ぶ移動のせいで大量の傷薬を担いだ旅人の体力はかなり減っていて、仕方なくテントを張って最後のキャンプをする事になった。
日が暮れて辺りが真っ暗になると遥か彼方に町の明かりが見えるような距離、の筈なんだけど…いくら目を凝らしたって真っ暗だ。
やっぱり町になにかあったんだ!ディルクが行ってる筈だから大丈夫だとは思うんだけど、それならどうして町に明かりが灯ってないの?
「ピヨ、遠くからでも良いから様子を見てきて」
分かったと快く了承してくれたピヨは勢いよく飛んで行き、そして不意に止まって町の様子を伺い始める。そんな小さな後姿を見上げているとピヨがこっちを見下ろしながら何度か手を振った。
「あー、どうすっかな?」
それを俺と一緒に見ていたポチは、ペペの“魔石”に向かって声をかけ、それで“魔石”から出て来たペペは無言でピヨを見上げて溜息1つ。
何があったと言うんだろうか?
「エンゼルンがいるそうよ」
あの手足のバタバタを見てそんな事が分かるの!?じゃなくて、エンゼルンがいる…天使がその場にいるという事は、導かれる魂が存在しているって意味で…大変だ!早く町に行かないと!
「待て、出て来たぞ」
町に向かおうとした腕をポチに掴まれ、見てみろと空を指差される。その先にはピヨがいて、町からエンゼルンが飛んで来ているようだった。
2人は何か話している風で、ピヨが俺達の方を指差すとそれまで黙っていたルシファーが“魔石”から出てきて俺の前に立った。それにより視界を遮られ、何も見えない。
「お久しぶり…ですわね…」
すぐ近くでエンゼルンの声がして、パサッと2回着地する音がした。どうやらピヨも一緒に戻ってきたみたいだ。
「ね、ねぇエンゼルン!俺、羽っ…ルシファーちょっと退いてっ」
背負っていた鞄を下ろし、上着を脱いで羽を出したのに、どうやってもルシファーが邪魔をして来るからエンゼルンの顔すら見えない。
「後ろにいるのは…キリクですね?」
ん?なんで俺の本名を知ってるんだろう?あ、天使だから人の名前位は見えてるのかな?そりゃそうか、人の寿命が見えてるんだから名前位は常に名札が付いてるレベルでしっかりハッキリ見えているのかも知れない。
「俺が天使じゃないって証言して欲しいんだけど…ルシファ~退いてよ」
エドと仲直り出来るかも知れない重大な事なんだ、それに聖水を飲むって言ってる訳じゃないんだからここまで避ける必要だってない筈だろ?
「もう、良いんじゃないかしら」
ペペが呟いてから少し、俺を包むようにしていたルシファーの羽が解け、思ったよりも近くにいたエンゼルンの姿が見えた。
かなり驚いているのか言葉を失うエンゼルン。
もしかして、俺は本当に天使…なの?けど“奪う者”だよ?“奪う者”は“魔石”に魔物を封じて天使を攻撃できる唯一の魔法石を作る存在だよ!?その上蘇りだよ?天使が1番嫌ってる不浄な魂なんだよ?そんな俺が天使な筈ないじゃないか!そうでしょ?そうだよね?
「…そんな…貴方は、墜ちた訳ではなかったのですね…」
ルシファーに向かって嬉しそうに笑ったかと思った次の瞬間、エンゼルンは顔を隠して泣き始めてしまい、もう何も聞けなくなってしまった。
何がどうなっているのか全然分からない。結局俺が天使なのかどうかも聞き出せてないし、ルシファーが墜ちたわけじゃないとか新しい謎まで生まれて。それにだ、ペペが言った「もう良いんじゃないか?」って言葉も分からない。
聞いたってきっと後で教えるとか言って、結局俺が自分で答えを見付けるまで何も教えてくれないんだよね?けど、こんな謎だらけの状態でなにをどう思えば良いんだよ。ルシファーは“黒き悪魔”じゃなくて天使のままだって言うなら“奪う者”を倒しまくっていた罪はなんなんだよ!
「どういう事?」
泣いてしまっているエンゼルンにでも、ペペにでもなく、俺の横にピタリとくっ付いて立っていたルシファーに聞いていた。
困惑した表情でペペを見ている顔を掴んで俺の方に向かせ、ちゃんと説明しろって命令にも似た口調で言ったんだ。
「キリクは人間よ?そして私達は“奪う者”。そうよね?」
ペペの声がすると、俺の視界に映っているルシファーとエンゼルンが同時に頷いたんだけど、そうじゃなくて…エンゼルンはどうして俺の顔を見ただけでルシファーが墜ちてないって言った?俺は何?人間で“奪う者”である事には変わりないのなら、生前の俺は一体何を知ってた?どうして天使であるルシファーが俺にこだわった?
俺は、自分の事が分からない。記憶がないんだからそりゃそうなんだけど、それじゃあ済まされないほど周りを巻き込んでしまってる…んだよね?いや、途方もない数の命を巻き込んでるんだ。
「俺は間違いなく罪を犯した…もし墜ちていないと言うなら、墜としてください」
え?ちょっと…墜ちたかどうかって自分では分からないの?しかも墜としてくれって何で俺に頼むの!?
「キリクを守ろうと全力を尽くした貴方がもし墜ちているのなら、私はキリクに無理矢理にでも聖水を飲ませて導きます」
俺を守る事は良い事なの?じゃあなんで聖水を飲ませるとか…あ、それは初めから言われてきた事か。要するにエンゼルンは不浄な魂を導きたいんだ。そこにどんな形でルシファーが絡んでくるのかは分からないけど、エンゼルンの望みが変わってる訳じゃない。
なら、ここで1番重要なのはルシファーが墜ちてるか、墜ちてないかって所。「もし墜ちているなら」って表現をしてるんだから本人やエンゼルンは明確に分かってる訳じゃなさそうだし、エンゼルンが「墜ちた訳ではなかった」と判断した理由は俺を見たから。俺の名前がキリクである事は知っていたのに、顔を見た途端に泣き出したんだ。
名前と顔が一致しなかった?キリクと言うのは偽名だった?けど人の寿命まで見られる天使が偽名を見破れないのは不自然過ぎる。整形で顔を変えて…いや、1回骨にまでなって回復したんだから整形してたとしたって関係ないよね…。
「全ての答えが知りたいんなら、聖水飲むのが1番手っ取り早いんだけどな」
なっ…。
エンゼルンならともかく、なんでポチが聖水を勧めてくるんだよ!聖水を飲んだら昇天するんだよ!?全ての答えなんか永遠に分からなくなるじゃないか!なに?それってこれ以上の追求はするなって意味!?
「それは、そうだろうが…まだ目的を果たしてないだろ」
ポチの隣にいるピヨまで聖水を飲めば答えが知れると?
「目的ってなに?」
俺の目的?それともポチ達の目的?
「貴方はここまで一体何をしに来たのかしらね?」
グッと肩を掴まれて振り返ると、いつもみたいに呆れ顔をしたペペが溜息まで吐きながら立っていた。
普段通りのペペの仕草に、なんだか一気に緊張が解けていく気がする。
「エルナさんに傷薬を届けようと思って…」
「なら、それを優先させるべきだわ。エンゼルン、聖水を置いて帰りなさい」
強い口調でペペが言うと、エンゼルンは頭を下げた後聖水の入った小瓶をルシファーに手渡し、俺の静止も聞かずに物凄い勢いで飛んで行ってしまった。その目的地はディルクとエルナさんがいる筈の町。
あの町ではまだ倒される人が出るって言うのか!?
疲れ切ってる商人達には悪いけど、どうやらテントで1泊してる余裕なんかなさそうだ。




