不穏
羽が消えないまま時間だけが過ぎ、なんとなく羽がある生活にも慣れてきた気分の良い朝、俺はサクリアのお店の2階で目を覚ましていた。
流石にもう屋敷には入り辛いからここを使わせてもらってるんだ。
幸い俺の羽は貧弱なので小さくしてれば分厚いコートを上から着るだけで目立たないし、更にその上から鞄を背負えば違和感も無い。そんな訳で朝から昼までは薬草集めや傷薬調合、昼からはお店の2階でちょっと変わった傷薬を売ってお金を稼いでいる。
何をどうしようとも傷薬の原料は薬草、飲めばそれなりに苦い。そのせいでお子様は傷薬が嫌いなんだ。
そこで、ぜひお勧めしたいのがこちらの商品。フレーバーを加える事で苦味を押さえた味付き傷薬、種類はストロベリー、バナナ、チョコの3種類からお選びいただけます!
「いつまでこんな事をしているつもりなのかしらね?」
薬草の粉末を仕入れに行った後、傷薬を調合している俺の隣にはペペがいた。
いつまでこんな事、とか言われたって羽がどうにもならないんだからここにいるしかないし、依頼も出来ないんだからこうして傷薬を売って稼ぐしかないしで、今出来る事を精一杯していると思う。だけど本当にしなければならないのはきっとエドとの仲直りなんだろう。出来そうにもないよね…エドは完全に俺を天使だって思ってるんだもん。
あ、そうだ。俺が天使じゃない事を証明出来る人物がいるじゃないか!
「次にエンゼルンが来た時には会おうと思ってるよ」
天使じゃないって証言してもらった後はどうして天使みたいな羽が生えたのかって事も聞こう。
「ちょっ…エンゼルンに会うの!?」
いつまでこんな事をーって次に進む事を望んでいた筈のペペは、俺の決断に対して驚きの声を上げている。それに釣られたのかポチとピヨも“魔石”から出て来ると、ルシファーまで遠慮がちにゆっくりと出て来た。
「なんだよ、皆して…」
そんなに可笑しな事を言った?まぁ、不浄な魂のクセに天使に会いたいなんて、良く考えたら物凄い事を言ってるんだろうけどさ。
「な、なぁ…俺の名前はなんだ?」
はい?
どうやら可笑しな事を言い過ぎたせいで正気かどうかを疑われているらしい…。
「俺は正気だよ?ポチ、ペペ、ピヨ、ルシファー」
全員の名前を呼んだのに皆はまだ半信半疑な表情を浮かべ、なにやら小声で言っている。そんな緊急会議が行われる程エンゼルンと会う発言は衝撃的だったのか。
いや、今は悠長に考え事をしてる場合じゃない。後でディルクと恭治とカフラに頼みたい事があるから、3人が来るまでには傷薬の調合を終わらせなきゃ。
ディルクと恭治は夕方、夕飯の支度が終わった後に俺達5人分もの食事を持って来てくれるんだ。大体はおにぎりと味噌汁で、梅と昆布とおかか、時々お肉系の具が入ってて1個1個丁寧に海苔まで巻かれてる。
2人が帰ってから1時間程すると今度はカフラが水筒に入れた紅茶を持って来てくれる。ちゃんとティーカップも持ってきてくれてて、カップに紅茶を注いでからレモンをその場で切って付けてくれるんだ。
3人は俺の全回復した顔を見ても、背中に生えた羽を見ても拒絶しないでいてくれた…ディルク曰く、蘇った“奪う者”には違いない、らしい。恭治に至っては、サクリアにも羽はあるでござるしな、とか爽やかに笑って。カフラは、主もサクリアもこのような小さな羽で空を飛べるとは、とか感心しちゃってた。
だから余計にどうしてエドだけ?と考えて、少し間違ってる事に気付いた。エドだけが正常な感覚を持っていると言う事。
天使かも知れない。その可能性が1%でもあるうちは警戒するべきなんだ。
まぁ、俺は間違いなく天使じゃないんだけどさ。その確認作業の為にエンゼルンに会わなきゃならない。だから、屋敷にエンゼルンが来た時に知らせて欲しいって皆に頼もうと思って。
「傷薬を売っているのはここか?」
仕入れた薬草分の調合が終わり、ディルクと恭治が来るのを待っていると、2人組の男がかなり自信なさ気に入ってきた。
ダイエット塾の2階に薬屋が在るとは、確かに思わないよね…外から直接2階に来られるように窓から梯子でも下ろしておこうかな?駄目か、怪しさが倍増して誰も来なくなる。
「普通の傷薬は売ってないけど、味付きのならあるよ」
声をかけると安心したように入ってきた2人の男は、ストロベリーとバナナ、チョコの全種類を3つずつ買ってくれた。
とんでもない甘党なのかとも思ったんだけどそうじゃなくて、薬屋の傷薬が足りなくなっているらしい。薬草自体が品切れ状態に陥っている訳じゃないから、単純に調合が間に合ってないだけなんだろうけど、どうしてこんな一気に傷薬の需要が伸びたんだ?
薬屋まで情報収集に行こうと立ち上がった所でディルクと恭治が夕食を持ってきてくれて、先にご飯を頂く事にした。
「傷薬の不足でござるか?」
何か知ってるんじゃないかと思って尋ねてみたんだけど、2人は首を傾げてしまった。
市場で毎日買い物をしている恭治が何も知らないと言う事は、目立った事件が起きている訳じゃない?それならどうして薬が足りなくなるんだ?どこかで魔物が暴れている?それとも事故?けど、可笑しい。
「可笑しな事とか、物騒な話は聞いてない?」
魔物が暴れているにしろ、近くで事故が起きたにしろ、噂話の1つや2つ聞こえて来るのが自然だよね。
「この町は今日も平和だ」
普段あまり喋らないディルクがきっぱりと言い切るんだから、ここは相当平和なんだろう。だとしたら、異変があるのは他の町?ご飯を食べ終えたらスグに薬屋さんに話を聞きに行ってみよう!
ディルクと恭治が帰り、カフラが来るまでの間に話を聞きに、そう思って急いで向かった薬屋では何人もの旅人が列を成して傷薬を待っていた。
話を聞くにはちょっとタイミング悪いか…だったら並んでいる旅人に話を聞こう。そうだよ、買おうとしてるんだからなにか事情を持ってるんだよ!
「今日は傷薬がどうしてこんなに売れるんだろうね?」
列の最後尾に並び、前にいる旅人に軽く話しかけてみると、かなりの時間この状態が続いていたんだろう、暇をもてあましていたらしい男は丁寧に、
「知らないのか?ある町が傷薬不足になっててな、傷薬の買い取り価格が11Gにまで跳ね上がってんだ。今の時期この町が1番傷薬の値段が安いだろ?皆買い付けに来てんだ」
と、状況を把握しきるに至るだけの情報をくれた。
傷薬の値段がじゃなくて、買い取り価格が11Gって事は、その町では傷薬1つ買うのにどれだけかかるんだろう…。
「それ、どこ?」
入り難い店構えのお陰で俺の手元には味付きだけど傷薬の蓄えがある。怪我をして今すぐにでも傷薬が必要な人がいたら使ってもらいたい。傷薬が高額で買えずに怪我を我慢してる人がいるんだとしたら、助けてあげたい!
「樹海の傍にある町だ」
エドの出身町だ。そこには今“奪う者”になる為の修行をしているエルナさんがいる筈。なにもなかったら良いけど、もし、万が一怪我をしていたら?こうしちゃいられない!
薬屋を出て全速力で屋敷に行き広間を見渡すと、水筒を持って今から出かけようとしていたカフラと、テーブルに座ってコーヒーを飲んでいるディルクがいた。台所からは食器を片付けている音が聞こえるから恭治もいるんだろう。
「ディルク、エルナさんのいる町まで傷薬を届けに行くから今すぐに準備して!」
何があったのか、そんな詳しい話もしていないのにディルクは一気にコーヒーを飲み干すと勢い良く広間を出て行った。
「樹海傍の町だな?」
チラッと時計を確認したカフラは、持っていた水筒をテーブルに置くと場所の確認をしてきた。
「うん。傷薬を届けたいんだ」
依頼を受けた訳でもなんでもないんだけど、エルナさんが困っているかも知れないって思ったら到底ジッとなんてしてられない。もし、魔物が暴れて大変な事になっているんだとしたら、俺達が行く事で多少なりとも役に立てる筈だ。
なにもなければそれで良いんだし、行くだけ行かなきゃならない。いや、傷薬の買い取り価格が11Gにまで跳ね上がっている時点で異常なんだ。だから1秒でも早く傷薬を持っていかないと。けど、町まで飛んで行けるピヨに傷薬を頼んでも魔物は全て敵だと考えている町の人は傷薬を受け取ってくれないだろう。それ所か、飛んでいるピヨを攻撃してきそうだ。
俺達が行って、直接エルナさんに手渡すしかない。
決意を新たにしてディルクを待っているとポンポンと頭を後ろから叩かれ、何事かと振り返って見ると、水筒ではなく荷物を持ったカフラが立っていた。
「丁度そこまでの用心棒を頼まれておる。目的地が同じならば共に行こう」
傷薬を買い付けに来た商人が目的地までの用心棒をカフラに頼んでいたのか。
3人で向かえば、町でどんな魔物が暴れてたって余裕で勝てる。
残っている傷薬を全部持って行く為に荷造りをしないと!
「出発は何時?」
「20分後に門前だ」
20分か、荷造りした後乾燥薬草を買いに行くだけの時間はありそうだ。
待っててねエルナさん!スグに傷薬持って行くから!




